1-2不必要なピース~後編~
続きだよ!
がふっ…………………………。
俺の肺腑が血に埋もれたような感覚がして、俺は堪らず血を吐いた。
ギシギシ……………。筋肉が痛いほどキリキリと痛み、全身の神経に痛みが走ると痛伝してくる。
そのあまりの激痛に顔が歪む。
全身から血が噴き出た。
だがこれで……………。
「かは……………」
ヤバイ……………本格的に死ぬかもしれない。
『運命背中』この能力は運命を背負うことが出来る能力だ。
ただ、この能力はとてつもない代償を支払うのだ。
しかも、先払いで。
この能力は一旦使えばもう止められないし、代償を支払っているときに死ぬと能力が発動しない。
これはつまり、魔王が俺をここで殺せば本当に詰むということだ。
だが、今、魔王は俺が自爆しただけだと思っている。
だから、全身の痛み以外に邪魔はない。
気が遠くなってきた。
お姫様が何かギャーギャー叫んでる気がするが俺には分からない。
さらに、この能力のデメリットはそれだけじゃなく、何を代償にするかはわからないのだ。
そのため、もしかしたら視力も代償にしているのかもしれない。
視界が赤く濁る。恐らく血だろう。
は……………やべぇな。
こりゃ…………死んだかな?
しかし、代償はそこで止まった。
そのお陰で俺は、死の縁ギリギリに立たされることになった。
意識が明滅する。
赤と黒で変わってくる。
全身の痛みが辛うじて俺を繋ぎ止めていたが、段々慣れてきて、意識が閉じかけてきた。しかし、そこで背中が燃えるように痛みが走り、意識を何とか繋ぎ止めた。
皮肉なことにそれはケルベロスが付けた呪いの痛みだった。
まさか、敵に救われるとは思いもしなかった。
「ハガネッ!ハガネェエ!!返事をして!」
「フハハハハハハハハ!!!」
お姫様が何やら俺を呼んでいる気がするがあまりの激痛と疲れでまともに動くことも出来なかった。
でも、俺はそれでもいいかと思った。
どうせ俺はこのあと、お姫様を悲しませるのだ。
俺は分かっていてそれを選択した。
お姫様を救うなんて大それた事は村人風情に出来るわけがないのだ。
そもそも、ここまで生きてこれた方が奇跡的だったんだ。
だからお姫様。これ以上俺なんかに期待するな。
不幸になってくれ。
俺が一番辛い不幸を浴びてんだからお姫様にも飛び火が来るのは仕方がないだろう?
俺なんかのために不幸になったんなら、不幸になってほしい。
身分差なんて巻き返せないのだから。
俺が好きだの言われてもこれが………………。
君が望まなくてもこれが……………結果だ。
俺はもう赤以外のものが眼に入らないが、それでもいい。
ほら、聞こえてくる。
破滅の音が。不幸の足音が。
この物語が童話の世界ならきっとハッピーエンドで語られていることだろう。
お姫様だって幸せになっているはずだ。
だから、不幸になってくれ。
悪いけど……………俺なんかのために自分を捨てた罰として不幸になってくれ。
「フハハハハハハハハ!!!」
魔王…。俺はあんたが一番苦しんでほしいと思っていたが、皮肉なことにこの場にいるあんたが一番運がいいかもしれん。
俺が一番不幸になるのに、あんたが苦しまないなんていう理不尽は、やはりあんたが魔王だからか。
でも、不幸になるのは誰も同じだ。いつまであんたは笑ってられるかな?
ォン……………ド………ォオ!
「フハハハハハハハハ!!!」
「いや、いやあああああああああ!!!」
ォォォオオ……………ァァァ…ァォォォオオオ……………!
「フハハハハハハハハ!!!
……………は?」
「ひくっ、ひくっ……………な、なに?まだなにかあるの?」
絶望した顔をするのはまだ速いぜ。
お姫様。……………あと、悪いね。
でもまあ、お姫様が幸せになれないのは最近のテンプレじゃよくあることだしな。諦めてくれ。
最悪だけは回避させたから。
最悪の次くらいの不幸に甘んじてくれよ。
お姫様……………頭がいいんだろ?
なら、これが終わったら俺とあんたがやることは決まってるよな?
じゃ、幸せになってくれることを祈っている。
それとさ……………
優しいお姫様のままでいさせて上げられなくてごめんな…。
「フハハハハハハハハ!!!がはっ!?」
あるものにとっては希望の光、あるものにとっては絶望の光が魔王の胸を貫いた。
信じられないという顔でそれを見る魔王。
お姫様もその緑色の瞳に驚きを隠せなかった。
やっと来たか。
「『勇者の(・)断罪』!!!」
「グギャアアアアアアアアアア!!!!!!」
来たのは、やはりこれまで出番のなかった勇者だった。
これで、俺は魔王と共にお役御免、だな。
またな、お姫様。
次会えるかどうか知らないけど、もし俺と会ったとしたら
俺のことは
無視してくれ(・・・・・・)。
それが今回の俺達の物語の結末だ。
ほら、勇者以外は皆不幸になっただろ?
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魔王死亡
勇者凱旋。後にお姫様と結婚する。
なお、魔王城から帰ってきたものは、勇者とお姫様以外いない。
ーーエプレシア王国の調査報告書
ーーーーーーーーーーーーー
「ーーそして、勇者はお姫様を救い、そのままお姫様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「「「わぁーー!!」」」
この国にある伝説を近所にいる子供に読み聞かせてやった。
子供は知らないだろうな。
この話の真実なんて。
あの話は、童話では国にいる国民を迷わせる呪いを掛けた魔王を勇者がかっこよく倒して呪いを解き、そしてお姫様と結婚して幸せになるという何とも都合のいい物語となって伝えられていた。
この物語は勇者が書いただけあって、それなりに真実味がある。
でもまあ、真実なんて子供に教えるようなもんでもないか。
グロいし、残酷だし、何より不幸だしな。
この童話はもちろん表向きの物語の結末だ。
この童話には俺のことなど何処にも載っていない。
強いてそれらしいものがあるとすれば、この童話に書かれている天の声くらいだろう。
俺があの時やったのは、『勇者をあの場に呼ぶ』。ただそれだけだった。それだけであれほどの代償を払うのだ。
いかに『運命背中』が割りに合わないかよく分かるだろう?
あれからもう1ヶ月か。
全治したのは最近だ。
俺は今日、外に出られるようになった。
俺には魔法が効きにくいためか、回復するのがとてつもなく遅かった。
ケルベロスの呪いはもうない。
というかケルベロスがあのあとどうなったかなんて勇者を知っていれば、結末は見えている。
そのお陰でこの呪いは解け、今日出られたわけだが。
「ふわぁーあ……………。体力、本当に落ちたなぁ。また2年間必死に修行しないといけないよ。……………あの不幸背負いの代償はこの修行をリセットしたことがほとんどだよなぁ。はぁ……………マジでやれねぇ……………」
ここのところリハビリがきつくてやるせない。
それでも、やらないわけにはいかない。
俺はあの能力を使うつもりはなかったが、結局使わなければ生き残れなくなっていたのだから、まだ全然だったのだろう。
それでも、魔王城のイベントで生き残れたし、もうこれで魔王城に生け贄が出されることもない。
この物語は村人Eな俺からすれば凄い功績だ。
元々俺は死ぬしか運命のない人間だったのだ。
それがあの大立ち回りで生き残れた。
今回は、それでいいはずだ。
それ以上のことなんて、今の俺には無理だった。
これは、最善じゃない。
しかも、最悪から2番目くらいの結末だ。
本当なら俺がいなかったら、お姫様が俺なんかに惚れなかったら、勇者がもっと早く来ていたら……………この物語はきっと違った結末になっていた……………かもしれない。
しかし、しょせん「たられば」である。ifの話なんてしたところでこれ以上あのときの選択が良くなるわけでもない。
俺は修行に没頭した。
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魔王城ーー
謁見の間。
俺はついにお姫様の姿を見付けた。
しかし、そこには魔王がいた。
物凄い殺気で魔法を撃ってくる。
俺なんかのようなちんけな村人じゃあ、余波だけで致命傷だろう。
魔王は俺に本気で戦っているわけじゃない。
もし、本気で戦っていたらすぐに死んでいる。
だが、魔王は本気で戦っている。
光の聖剣を持って戦っている勇者とな。
俺に与えられた任務はお姫様を救うことだ。
魔王を倒せなんて言われていない。
なら、この話は単純だ。
さっさとお姫様を救いだして帰るだけだ。
俺は大きな鳥籠に囚われているお姫様を救いに必死に魔王と勇者の攻撃を掻い潜って側までやって来た。
全く俺という奴はどこまで悪運が強いのやら。
「誰…ですか?」
お姫様がそこにいた。
あれから1ヶ月。
よくもまあ、魔王と一緒にいてまだ生きていたもんだ。
今にも壊れそうな精神と体つきなのに、さ。
深い深い不気味な森の奥を連想させるようなどんよりした瞳。青に黒の汚れが着き、光沢を失ってかさついたロングヘア。元々は白くて美しかったはずであろうかさかさの少し黒っぽい肌。
フローラルな臭いのする雑巾みたいな体臭。
お姫様に夢を持っている奴だったら幻滅しそうだな。
でもまあ、現実なんてこんなもんだよな。
誘拐されて閉じ込められた人を救う警察官みたいな心持ちで俺は魔王城の地下で拾った鍵を使って、錠を外した。
お姫様の眼に光はない。
俺が誰なのか…ね。
そんなの決まっている。
「俺は…君を救いに来た村人だよ」
「……………そうですか」
そっけない態度だった。
それもまあ、仕方ないか。俺は魔王に勝てる訳じゃない。今は、魔王と勇者が戦っているから、お姫様を救いに来れただけ。
はっきり言えば、俺なんかじゃお姫様は安心させられない。
だからこそ、絶望したままなのだろう。
なら、
「………お姫様は、救われたいのか?」
「…どうしてそんなことを聞くのですか?」
瞳が揺れたな。
なるほど。これは当たりかな?
「…だって、君、救われたくなさそうな顔をしているじゃないか」
「…!?!?」
大きく目を見張った。
やっぱりか。
このお姫様…。生け贄のことも知っているんだな?
それがどうなったのかも……………。
そりゃ、こんな態度を取っても仕方ないよな。
たぶんこのお姫様も悩んだんだ。
推測だけど、ここまで来れたのは俺が初めてってことはないようだな。
このあと、どうなるかも知っているけど、ここに来る人達の事情も知っているから、好きにやらせてあげようってところだろう。
本当なら、つっけんどんな態度を取って、諦めさせるのだろうけど、それも疲れたって顔だな。
だからこそ俺の返事が乗り気じゃないって感じなんだろうけど。
憎々しげにお姫様が俺を見る。
おーおー、おっそろしい顔してんなー。
女は恐いねぇ。
「…あなたに何が分かると言うのですか?」
「ここであったことは見てもないし知りもしないよ」
俺のセリフを聞いて少々、肩透かしを食らって距離感が分からなくなるお姫様。まともな会話をしてないからか、感情が発露しにくくなってはいるが、我慢する必要がなくなった分、態度に出やすくなってるな。
分かりやすくて助かる。
「……………分を弁えていらっしゃるのですね」
「ただ……………」
「ただ、何です?」
その態度に、俺はやっぱりまだ感情が完全に無くなったわけじゃないんだなと分かった。
何となくだけど嬉しくなった。
「俺はお姫様のような顔をしている奴なら気が遠くなるほど見たよ」
「…………!」
俺の瞳の奥に眠る暗いそれを感じたからかお姫様の眼が揺れ、ほんの少し体が硬直した。
「だからというわけじゃないけど……………。俺には今のお姫様の気持ちが分かるんだ」
「さっきは何も知らないと言っていたじゃないですか」
「分かっていないとは言っていない。ただ君がここで見たことは知らないだけだよ」
お姫様が呼吸を整えようと深呼吸をした。
動揺していたのに気付いて気持ちを落ち着かせようとするつもりらしい。内心しくじたる想いがあるんだろうけどね。
「……分かりました。ですが、貴方に私が救えるのですーー」
「救える」
「なっ!?」
即答だったからか、驚きがでかかった。
まあ、狙って言った訳だしねぇ。
「嘘ですね」
ありゃ、狙ったのがばれたかな?
まあ……………。
「…嘘でもなければ本当でもないんだがな」
「……………どういう意味です?」
あ、やっぱり聞いてきた。
でもさー。
「じゃあ、質問に答える前に聞くけど、君は何を救われてほしいんだ?」
「……なにを?」
「君の身柄を救うこと?
君の心を救うことかな?
それとも……………」
体が揺れている。
こりゃ大当たりだな。原因はそこか。やっぱり優しいお姫様だね。
しかも、このお姫様。次の言葉が何かある程度予想しているな?
なら、当てますかね。
「将来ここに来る村人を救うことかな?」
「なんで………貴方は…………そこまで…!」
「そりゃ、分かるよ。だって君は優しいから」
「知ったような口を!」
無力感に苛まれているのも見れば分かる。
悔しいと思ってはいても、俺の言っていることは的を得ているから言い返せない。踏みにじりすぎたかな?
でもね。
「…君は優しい。じゃなきゃ、そんな言葉で動揺なんてしないだろう?」
「っ!!!」
泣きそうになってるな。
女の子を泣かせるなんて最低だとは思うが、この子には泣く時間が必要だと思う。
誰かがこの子の悔しかったことを受け止めてやる必要があると思う。
そう思ったからその強情な彼女の心に俺は止めを刺した。
「今、この時までのことは忘れてやる。だから、泣け」
「…ぅうわあああああああぁぁんんっ!!!」
俺の胸に抱き付いて泣き叫んだ。
何故、俺の胸に突撃して来たのかは分かる。
でも、この子のことを思うならそこは黙ってやるのが大人ってもんだろ?
俺はまだ子供だけど、その気持ち、分からんでもないぜ。
何せ1ヶ月だ。
そりゃあ、抱き付きたくなるのも分かるよ。
「泣け泣け。強情なお姫様には一人で泣くより、今の方がいいだろうから」
「うう、ひっく、ヒック。どうして? どうして私がこんな目に合わないといけないんですか! お父様とお母様に会いたいよぉ!うえーん!」
「辛かったな、寂しかったな、よくここまで一人で戦ってくれたよ。よくそんな目に合って生きていたよ。君はえらい。普通なら、自己嫌悪で死にたくなってる」
俺はお姫様の背中を優しく撫でて胸を濡らした。
お姫様は、感情が爆発してどうしようもなく思ったまま話している。
深窓のお姫様なんて役職をよくやってられるよ。本当に。
それでもこんないい性格してるなんて凄い奴じゃないか。
「俺は君を誉めてやる。よくここまで一人で生きてくれた。こんな一寸もないような希望の光をよく信じてくれた。君は強いよ」
「でも助けられなかった!皆私を助けに来てくれたのにっ!私は何も恩を返せなかったっ! あの人達にも幸せになる権利があったのに私はその羽根を折ってしまったっ! あの人達はきっと私のことを恨んでる!こんな私のせいで…ヒック、私のせいで彼らは殺されてしまった!」
「君の立場じゃ仕方のないことだよ。それに君は魔王に処刑された村人達のことをまだ覚えているんだね…。充分君が優しい証拠だよ」
「優しいだけじゃ…人は救えなかった!」
「知ってるよ。だから仕方がなかった(・・・・・・・)。君がどうすることも出来なかった。最善を尽くそうとしても何をしても魔王を喜ばせるだけだった」
「そうです。でも私は仕方ないなんて思わない! みんな私なんかのために犠牲になってしまったから、今更謝ったって遅いのっ! 家族の方には申し訳ない気持ちで、もう私どうしたらいいか分からない!」
「君は頑張った。あんな地獄の中でもがいてくれた。それを俺は知っている。分かっている。だから、俺は君を恨まない」
そこでお姫様が顔をあげた。
「…恨まないの?」
「うん。君が頑張っているのを知っているからね」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ本当だよ」
「…ヒック」
ぽて。彼女は顔を俺の胸に埋めて隠した。
「…………ちょっとこのままで居させて…ヒック」
「うん……………」
背中をぽんぽんと撫でながら、もう片方の手を彼女の頭に乗せて抱き締めるように撫でた。
俺としては子供をあやしているようで、少しだけ微笑ましく思った。
実を言えば、俺も彼女を抱けて良かったと思っている。
ここ数日だけとは言え、気が休まる時がなかった。
だから、俺も寂しかったし、辛かったのだ。
ようやく少しだけ俺のささくれた心も………癒された気がした。
それを感じて俺も相当疲れていたんだなと自覚した。
やがて彼女は眠った。
俺も何だか眠たくなったのでそのまま寝た。
お互い抱き締めたまま、安心して眠った。
今日は何だかいい夢が見れそうだ。
自分ではない誰かの体温と心臓の音が俺達二人の心を溶かしていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
眼が覚めると、腕の中に誰かがいた。
それは昨日泣き散らして子供のように寝てしまったお姫様だった。
俺は彼女の寝顔を見て、可愛いなって思った。
女の子からいい匂いがするというのは嘘じゃない。
しかし、いい匂い以外にないとは言ってもいない。
雑巾みたいな変な匂いもした。
まあ、俺からもしてくるんだが。
しかし、ここで登場するのがこのスプレー。
タオルと合わせれば、体も拭けるし、匂いもある程度拭ける。
俺の胸に埋めてもすぐに離れなかったのにはこう言う理由がある。
彼女も洗浄の魔法くらい使えるはずだが、闇の魔力の強いこの謁見の間では回復よりも防御膜を張るしか生き残れる手段が無かったのだろう。
今更ながらに結構ギリギリだったことを知る俺だった。
「う…うぅん…」
そんなことを考えていると彼女が動いた。
無意識なのだろうか?彼女は俺の胸に顔を押し付けるようにすりすりしてくる。
何となく気恥ずかしい想いをした俺だった。
とは言え、久し振りに気持ちのいい目覚めだ。
心がすっかり軽くなり、体の疲れも取れた。
いい睡眠だったと言うべきであろう。
まあ、こうして彼女に癒しを求めていてもいいのだが、流石に埒が飽かないので起こすことにした。
「おーい、起きろー。たぶん朝だぞー」
「むにゃむにゃ…」
可愛いな。というか凄く気持ち良さそうに眠っているな。
それだけ心の不安を消したいと思っているのかもしれないな。
今まで彼女は魔王以外の人にまともに会っていない。
心のなかじゃ、誰かを求めていてもその誰かはいなかったんだ。
だから、今こうして甘えているのかもしれないが…。
ちょっと無防備過ぎる気がする……………いいのだろうか?
いや、なにもする気は無いんだけど。
「起きてくれ。ほらほら」
「うきゃう♪ふふふ♪」
頬をつんつんつついたらくすぐったそうに笑った。
あ、すっごく可愛い。
じゃなくて。ちょっと無防備過ぎだ!
ここは魔王城なんだぞ。
しかも、その中でも謁見の間の中!
危険地帯のど真中なんだぞ!
いい加減起きて欲しいので、肩を両手で掴んで顔を揺らして見せた。
「う、ううん…なあにー?」
「起きろ。もう朝 (?)だ」
「そうなのー。ふふふふ♪」
まどろみの中にいるのか笑っている。
寝惚けてないか?
「寝惚けてないか?」
「寝ぼけてないよー。お兄ちゃん♪」
ずしん。
なんか聞いてはいけないものを聞いた気がする。
これは言わないことにしよう。
うん。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか俺に嬉しそうに抱き着いてくるお姫様。
頬をすりすりしてスキンシップを取ってきた。
どうやら彼女は俺に甘えているようだ。
「お兄ちゃん、だーい好きー」
「………そ、そうか。そりゃ嬉しいな」
「お兄ちゃんは、私のことどう思ってるのー?」
お姫様や。頭は正常かね。
甘えてくるのはいいが、我に返った後、何にも言うなよ?
「お兄ちゃんも、君のことは好きだよ」
「……………本当?」
何故か神妙な顔をするお姫様。
おい、寝惚けてるんじゃなかったのか。
「本当だ。俺も君のことが…大好きだよ」
「うふふふ♪わーい!お兄ちゃん大好きー!愛してるー!」
「おっとと」
思いっきり抱き着いて、体重を掛けてきた。
ちょっ、ちょっと?
「お兄ちゃん、私にドキドキしてる………」
「…恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしくない。お兄ちゃんが大好きなことは恥ずかしくないもん。愛してるもん」
もんて……………もんって。幼女化してないか?
すると彼女がいきなり口を突き出して喉をならした。
このジェスチャーの意味が分からないほど朴念人じゃないけどさ。
いいのか?
「キスしましょう?」
「……………後から後悔するぞ」
「しません。むしろ、誇ります。何なら…」
「おい、何をしている」
「ふふふふ♪」
スカートをたくしあげて、誘ってきた。
深窓のお姫様、カムバーック!
「しませんか?」
「しません!」
すると残念そうにするお姫様。
何故だ……………。
「もういいです。ふん…」
拗ねやがった。子供かよ……………。
しかしまあ、これくらいだったらしてやらなくもないかな?
俺はそっぽを向いているお姫様の頬に口付けをしてあげた。
音は鳴らさない。
するとそれに気付いて嬉しそうな顔をした。
やっぱり可愛い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「魔王がいない……………?」
「勇者が倒したのか? それとも追い払っただけなのか?」
謁見の間を警戒しながら、調査していた。
魔王の姿はなく、勇者もいない。
所々に穴やクレーターが出来ており、戦いの激しさを物語っていた。
凄まじいな…。
勇者が化け物扱いされる話があるのも頷ける。
これは酷い。
あの物語にいた王族達はこんな馬鹿みたいな力を持った欲望の塊に何を期待していたのだろうか?
俺にはこんな力に頼らざる負えなかった王族が何を考えているのか、及びも着かなかった。
流石に隣にいる人がそんなことを考えるような人ではないと思っているが、真実は何処までなのやら。
「なぁ、お姫様…。もし、勇者に会ったらどうするんだ?」
「……そうですね」
彼女のスキンシップタイムは既に終わっていて、あの後自らのしたことに顔を真っ赤にさせていた。
今は深窓のお姫様モードのようで、冷静に落ち着いた行動を取っている。
こちらをチラッと見て、にこっと笑ってきた。
あれ?
「勇者様とは一度会わなければなりませんが、貴方のことを見棄てるつもりはありませんっ」
「…そうか」
今の質問…………ちょっと露骨過ぎたかな?
それとも、言われなくても気付いたのだろうか?
さっきは然り気無く聞いたつもりだったのだが、顔に出ていただろうか?
もし、彼女が勇者に会ったら、きっと彼女の安全は確保される。
でも、その時俺はどうなる?
勇者なんて奴はこの世界では異世界転生者のことを指している。
俺も『運命背中』を使ってこの世界に来なかったら、きっと勇者並のチート能力を得ていただろう。
しかし、勇者なんて所詮、そういう元一般人のことだ。
化け物であることに変わりはない。
たまたま初期の勇者の性格が良かっただけ。
勇者の粛正なんて言葉もあるくらい理不尽な国滅ぼしも存在しているくらいだ。
勇者の認識を間違えれば、その勇者から粛正される可能性があるのは否定できないのだ。
……だから、もし頭の弱い奴だったり、欲望に忠実な勇者だったりすれば……………最悪殺されるか…その場で見捨てられる。
勇者が男であることは正騎士が勝手に語った話から聞いている。
俺は男だから、もしそんな勇者だったなら、見捨てられる可能性が高い。それをこのお姫様は気付いたのだろうか?
じっとお姫様を見詰めると照れたように頬を赤くして照れ笑い。
俺はそんな笑顔を守りたいと思った。
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ーーバッドエンド1
闇に包まれた真実
また、書く時もあると思いますので、待ってて欲しい!
えっと…とりあえず、1ヶ月くらい。
人物紹介
流瀬鋼。
13歳の少年。村人程度のステータスしかないため弱い。
『運命背中』の能力を持っている。
歩法の修行をしている。一応、剣術を習っている所もあるようだが……………この物語では特に語られることはなかった。
黒髪黒目は異世界転生者のよくある話。
優しく穏やかな性格をしているが、時おり子供っぽいところもある。
大人に近い思考をするのは過去に何かあるからなのだろうか?
光の勇者ケンイチ・ミナヅキ
19歳の青年。お約束通りのチートを持つ青年。
噂ではかなりのハーレムがいるらしい。
思い込みが激しく、頭が弱いのは若者によくある悩みの種。
闇の魔王ダークブランド
かなりのゲスでありながら、ラスボスクラスのチートを持っていたとされる魔王。人の不幸が大好物なドSなのは悪党によくある話。
エプレシア王国のお姫様
ミゼル・フルル・エプレシア。
14歳の深窓のお姫様。頭がよく、優しくて明るい少女だったが、今回一番辛いポジションにいた少女。
ヒロインがチョロインなのは最早お約束。