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 結局、どうなったかといえば。ぼくも橘崎も、学園に受かっていて、橘崎は、学園で、フリーゲーム同好会をたちあげた。

 あわよくば、部に昇格して、予算や部室をもらうつもりらしい。

 こういう行動力は見習いたい、と思う一方で、今のぼくにはできないような気もする。

 そういう風に情熱をかけるようなものが、今はないからだ。

 正確にいえば、ぼくの持っている情熱は、そういう情熱じゃない。

 絵を描くのは好きし、情熱を持っているつもりだけど、それは、何かを企画して立ち上げるというタイプの情熱じゃない。

 たぶん、熱中するとか、情熱を持つとかいうのには、大きく分けて二つのタイプに分けることができる。

 ひとつは、周りを巻き込むタイプの、橘崎が持っているみたいな情熱。

 もうひとつは、自分の中を掘り進むタイプの、ぼくが持っているみたいな情熱。

 どっちがよくて、どっちが悪い、という話ではないだろうけど。

 橘崎は、もう一回、フリーゲームを作ろうとしているようだ。

 目標は二作作る、ダメでも一作は絶対に作る、らしい。

 前の作品(つまり、ぼくが絵を描いた作品)で、ノウハウをある程度蓄積したという橘崎は、次回作では、もうちょっと違うテイストのゲームを作りたいらしい。

 それは、もちろん、ノベルゲームから、シューティングゲームや格闘ゲームに舞台をうつすというような話じゃない(できたらそういう要素も入ったノベルゲームを作りたいとは言っていたが)。

 今ならノベルゲームで、前よりも良いものが作れる感触があるのだそうで、その感触を信じて、何か別のノベルゲームを作りたいのだそうだ。

 そういうわけで、橘崎は、今度は、シナリオやスクリプトはもちろん、音楽から背景、立ち絵、イベント絵まで、すべて自前で作ることを計画して、人集めをしていた。

 ちなみに、ぼくはイベント絵担当ではない。

 今度は、あえて「よくある」タイプの絵を使いたいのだそうだ。

 実は、ぼくも、そのフリーゲーム同好会に入っている。

 そういうわけで、イラスト以外の仕事、たとえばディレクションとか制作進行とかやらないか、と橘崎に言われた。

 いい経験になるだろうと思ったし、ぼくは委員長みたいな仕事をよくやってきていたから、そういうディレクションや制作進行などの、とりまとめ的な仕事は、別に苦手でもないと思ったが、断った。

 理由はふたつある。

 橘崎が作りたいゲームなのだから、橘崎がやるべき仕事なのでは、ということがひとつ。まあ、やつのシナリオがまだできていない以上、監督役としてぼくがいた方がよいのかもとも思わなくもないのだが……。

 だけど、ふたつめの理由のほうが、橘崎の提案を断った理由としては、ずっと大きい。

 橘崎を見ていて、ぼくもゲームを作りたくなったのだ。

 せめてひとつくらい、何かインターネットに公開して、自分が生きた証、みたいなものを残したいと思った。

 だれか、たとえそのだれかが、ぼくを知らなくて、ぼくも会ったことなんてなくても、その人の心に、少しでも何か残せたら、と思う。

 そうしたら、なにかつながれる感じがする。

 つまり、ぼくは、自分のゲームを作るために、橘崎の提案を断ったのである。


「たちばなざきー」

「なにー?」

 春。

 橘崎の部屋で、やつの持っているゲーム関係の資料、いわゆるハウツー本的なやつを読ませてもらっているときのことだ。

 春の風、あの独特のにおいと味のするあの空気が、窓から入ってくる部屋で、風にページが吹き飛ぶのを抑えつつ、ぼくは聞いた。

「あのさー。フリーゲームを作るときに、声優のギャラっていくらぐらいかかるのかね?」

「ギャラかあ」

 うーん、と宙をにらむようにして、橘崎は考える。

「本職に頼むと、だいたい1ワード、つまりひとつのセリフで100円くらいが相場らしい、ってネットで見たな。ネットの情報だから、デマとかガセとかいう場合もあるとは思うから、まゆつばで聞いてくれよな? その情報が、どれくらい正しいのか、俺には、はっきりとはわからない。けど、同人声優とか、同人ゲームとかの募集で1ワード40円ってのを見たことはあるから、そんなに変でもない数字かなって思う。プロならそれくらいもらっていても、全然変じゃないと思うし。アマチュアの二倍くらいって、そんなに変な数字でもないだろ?」

 橘崎は、こちらの方を見ずに、頭の中で思い出した情報を、引きずり出すようにしてしゃべりだす。

 こういう知識を持っているのをみると、今までにいろいろ調べてきたんだろうな、とあらためて実感する。

「1ワードで100円ってことは……1万ワードだったら、1万に100をかけて、100万円、かあ」

「まあ、同人で1万ワードいくところがどれだけあるか、っていう話だけどな。スタジオ代金とか、リネームやボイスカットなんかの音声編集系なんかにも、お金がかかるから、そういう経費も商業メーカーは考えないといけないらしいけど、やまちゃんが作りたいのは、そういう感じのやつじゃないだろ? プロでなければ、たいてい、宅録、つまり自宅収録してくれるから、スタジオ代金は不要だったりするし、自分のところで音声編集とかしてくれるんだから、ボイスカット代とかいらないし。あ、でも、スタジオにいかない宅録の方が割高っていう料金表を見たことがあるような……いや、見間違いか?」

 どうやら、それなりに混乱した知識のようだ。

 声を使うゲームを橘崎は作ったことがないから、それも当然だろうけど。

「ごめん、そもそも、リネームとか、ボイスカットって何?」

「あー、俺の記憶が正しければ、だけど。リネームっていうのは、音声ファイルに通し番号をつけたりするやつのことだよ」

 そういって、こっちにノートを持って近づいてくる。

 そのノートに、橘崎が文字を書いていく。

 こんな感じだ。「seiyu1_0001」、「seiyu1_0002」……。

「こんな風に、ファイルの名前を変えるのがリネーム。音声ファイルが、たとえば、ええっと」

 そう言って、先ほどの文字列の下に、「yyyymmdd」と書く。

 Yは年(YEAR)、Mは月(MONTH)、Dは日(DAY)だ。

 この表記は、昔、橘崎から教えてもらったことがある。

「これみたいにファイルが年代の名前のままだったりしたら、ゲームで使えないだろ? ふつう、台本なんかに、このセリフは、この番号ですよ、みたいに書いておいたりするんだよ。連番使ってさ。だれだれさんのセリフの一番目、二番目、三番目……みたいに。気になったら、グーグル様にでも、『声優用台本』とかでイメージ検索かけてみ? いろいろでてくるから」

「ぼくは、検索エンジンはダックダックゴー派だから」

「じゃあ、感嘆符をつけたあとに、アイジーだな」

 ダックダックゴー(DuckDuckGo)とは、(グーグルとは違って)個人の検索情報や履歴を収集しない検索エンジンである。

 画像検索は、ダックダックゴー自身にもそなわっているのだが、感嘆符をつけてアイジー、つまり「!gi」と付け足すことで、グーグル画像検索を情報収集されずに使えるらしい。

 ま、あんまり詳しいことは知らないのだが。

 個人情報を収集されない検索エンジン、というのが、ぼくのセンスにビンビンきてしまって、かっこいい、超クールじゃねえか、と思って、それを使っている。

 真面目な話、勝手に検索結果を統計分析されたり、おせっかいにも広告を検索の一番上に出して来たり、不要な予測検索をしてきたり、そういうのはなんとなく嫌だ。

 怖い。

「んで、話戻すぞ。ボイスカットだけど」

「うん」

「セリフを収録するときに、まあ、俺も詳しくないんだけど、たとえば十個セリフを言ったとするじゃない? で、それをひとつの音声ファイルにする、と」

「うん? どゆこと?」

「たとえば、こうだ。『お前のことが好きだったんだよ!』。『はっきり言っておく、お前を離すつもりはない』。『もう、別れよう……』。ほら、これで三つのセリフだろ? これを、ひとつひとつファイルに分けることは、普通しないで、一気にある程度しゃべったら、それをひとつのファイルとして保存するわけ」

「なんで?」

 しばらく、橘崎は考える。

「わかんないけど、たぶんある程度一気にしゃべった方が、演じる方としては楽なんじゃないか? 一回一回、セリフごとに、いちいちファイル保存してたら、正直細かい作業すぎる、みたいな」

「なるほど、ありがとう」

 ごほん、と咳払いして、橘崎が続ける。

「えーっと、どこまで話したっけ」

「十個くらいセリフをつなげて一気に録音する、的な話」

「ああ、そうそう。そしたら、そのまんまではゲームではもちろん使えないわけだ。だから、音声を切り出して、ひとつの音声ファイルを、十個の音声ファイルにしなくちゃならない。十個の音声ファイルそれぞれに、きちんとひとつのセリフが入るように」

「なるほど」

「それがボイスカットとか、音声切りだしとか、呼ばれている方法、のはず、だ」

「なんでそこで自信なくすわけよ」

 さきほどまでの説明で、十分詳しいと思ってしまったのだけど。

「いや、なんだかんだ言ってもさ、俺は声優を使ったゲームを作ったことはないからね? 興味があって、いろいろ調べたよ。そのときの知識を話してるんだ。でも、調べてみて、とてもじゃないけどスタジオ代とか出せないし、自宅収録にしたって声優さんに払える金はないし、そもそも俺、ノベルゲームに声は要らない派だから……。全部、自分なりにネットで調べた知識なわけよ。ネット声優さんの言っていることとかも入ってるから、全部デマだとはさすがに思わないけど、自分が経験していない分野について話すっていうのは、やっぱり怖い。いろいろなことを断言できないし、自信ない話し方にならざるをえないぜ」

「橘崎、けっこうそういうところ慎重だよな」

「お前、インテリパチンコことツイッターで、たくさんのデマが垂れ流されたり、間違った発現で大炎上する現場とかを見て来いよ。自信もって話すなんて怖くてできねー。ま、俺はテキストサイト全盛期のころからネットやってるけど、炎上ってわりとあったんだけどね、昔から。個人サイトのBBSには荒らしがいたし、個人ブログが炎上するってこともあったし、そもそも炎上って英語のフレーミングの翻訳らしいし、とにかくネット長年やってりゃ、絶対そういうことを目にする羽目になるわけじゃん。だから慎重になったのかも。ネチケットとかも言われていたし」

 あー、ネチケット。

「懐かしい言葉だな」

「お、やまちゃんも知ってる? ネチケット」

「知ってる知ってる」

 実はぼくも、ネット歴は、けっこう長かったりする。

 たぶん、橘崎とは、見ていた分野が違うから、テキストサイト全盛期とか、そういうのは、よくわからないけど。

 ぼくが見ていたのは、個人サイトで、好きな児童文学の挿絵画家とか、児童文学作家のサイトとか、そういう系統のものだったし、それ以外のところにはあまりいかなかった。

 そして、勉強が忙しくなると、あまりネットをやったりすることもなくなった。

 だから、自分の見てきた風景と、橘崎の見てきた風景には、若干のギャップを感じることがあって、同時代のインターネット空間を共に駆け抜けてきた同士、のはずなのだが、まるで外国の人のように感じることもある。お前の見てきたインターネットは、どこのインターネットのことなんだ、って。

 インターネットは、ウェブサイトが検索エンジンとリンク集でつながっている世界で、昔はYAHOOがインターネット世界をカテゴリ分けしていたわけだけど、興味のないところには、まったく行かないし、目にすることもないままに、ネットサーフィンができていた。

 今だってそうだろう。

 だから、興味関心がずれていると、まったく見ている世界が違う、ということはある。

 ぼくは、ツイッターはやらないし、だれかのアカウントを閲覧もしていない。

 だから、きっとツイッターをやっている人たちとは、見ている風景は、絶対に違うはずだ。

「あの頃はよかった、なんて言いたくなるよなあ。ネチケットがあったころのさ。間違ったこと言っても、丁寧に返事してくれたしさあ」

 そう言って、橘崎は、懐かしそうな顔をした。

「たしかに、温かい雰囲気は、あったね」

「今も、そういうの、あるのかな」

 ちょっとさびしそうに、不安そうに、橘崎は言った。

 あってほしいな、と思っているのが、わかった。

「あるんじゃないかな。見えにくくなっているだけだと思うよ」

「俺はニフティサーブの時代は知らないけどさ。個人サイトが盛り上がって、次にブログで、その次にSNSで、2chまとめサイトが来て、今ツイッターだろ? マジで大衆化は害悪だと思うわ、ネットに関しては。昔のテクノエリートの特権階級の社交場、的な方が絶対に雰囲気よかったと思うし、そっちのほうが上品だったと思う」

「ぼくは、正直それが、ノスタルジアによる過去の美化なのか、わりと客観的な評価なのかわかんないけどさ。少数者の比較的ひっそりした空間にだけ流れる穏やかな時間、っていうのは、わかる気がするよ」

 それは、ぼくが、ノベルゲーム制作同好会で味わったものだ。

 クラスメイトみんなが参加する、っていうものでは、絶対に味わえない色や香りを、ぼくは知っている。

 同じ匂いのするだれかと、波長の合うことをするっていうのが、どれほど心地よいのか、ぼくは知っている。

 これは、全員参加の行事では、絶対絶対味わえない。

「まあ、現代にもネチケットは必要だと、俺は割りに思うね」

「それはぼくも思うけど。話、それてないか?」

「あー、そうだ、声優の話だった」

 橘崎が、ぽんとひざを打つ。

「まあ、今までいろいろ言ってきたけどさ。ぶっちゃけた話をいえば、全年齢対象のフリーゲームに限って言えば、無償で引き受けてくれる人もいると思う」

「そうか」

 そうなのかなー、とうっすら思ってはいたのだけど。

「基本的に、フリーゲームは、フリーで出すからね。作る方も、好きで作ってる場合が多いし、だれかにお金を払ってやってもらうんじゃなくて、自分たちの作りたいものを自分たちが作るって感じが多いから、あまり誰かにお金を払うって話は、聞いたことがないよ」

「うん、それは思った。でも、たまにいるじゃない、本職っぽい人に頼んで微量ながら報酬払いました、みたいな」

「うん、あるねー。あるけど、だいたい成人向け要素が絡んでいるか、めちゃくちゃ規模がでかいか、なにかこう、別の意図で作られた作品――商業とか同人作品のおまけとか、販売促進用とか、そういうパターンが多い気がするんだよなあ」

 うーん、と橘崎は、腕組みをする。

「俺もくわしくは知らないから、偉そうなことはいえないけど。全年齢対象のフリーゲームだったら、無料でもいいんじゃないかと思うよ。あ、もちろん、トラブルを避けるために、しょっぱなから、お金は払えません、って言っといた方がいいと思うぞ。ネット声優系のソーシャルネットワーキングサービスもあることだし、そこで募集かけるとか。フリーゲームとかの人員募集のサイトなんかも見たことあるな。ま、問題は、募集しても人が来るかどうかなんだけどな」

 そこがフリーゲーム制作のつらいところなんだよな~、と橘崎はうめく。

「お金のやりとりがあると、法的な責任も生じるし、まあ、だいたいそれなりのものは出来てくるわけだが、気持ちだけで何か好きなものを作ろうぜ、っていうのは、なかなか難しいんだよね」

「それは、わかるよ。ぼくもフリーゲーム好きだもん。企画を立ち上げたら十個のうち一つくらいしか完成しないとかいう噂聞いたことある」

「あー、そういう話聞いたことあるなあ。ホントかどうかは知らないけど、確かに完成させるのは難しいよ。完成しない人たちの方が、圧倒的に多いだろうな。途中で投げ出された企画、俺も見てきたもん。永久に更新されないページ、4ルートあるはずなのに、2ルートしか出来ていないまま数年が経ったゲーム……。俺もあきらめそうになった時期あるし、気持ちはわかる」

 ぼくは、家に帰るために立ち上がる。

 橘崎は玄関まで見送ってくれる。

「ありがとう、橘崎。参考になった」

「おう、どういたしましてだぜ。……声優つきのゲームを作るのか?」

「いや、まだそこまではっきりとは決めてない。だから、相場をちょっと知っておきたくてさ。だいたい、企画も立ち上げてないんだから」

「ははっ、まあ、はじめてはそんなもんだろ」

「途中で投げ出さないようにがんばるよ。三十分くらいの短い話になるとしても、ゲームひとつくらいは完成させてみせる」

「ま、最初は無理しないのが一番だよ。30キロバイトくらいのシナリオでも、最初としては十分なんじゃないか? 完成させない大作より、完成した小品だぜ。そのあと長さを伸ばしていけばいいんじゃないか」

「参考にするわ。ありがと」

「おう」

「じゃあね」

「またな」


 ぼくが作りたいと思っているフリーゲームは、もちろん、灰音さんが声をあててくれるゲームだ。

 もちろん、全年齢で。

 いや、成人向けというのも、正直、かなり見たい(というか聞きたい?)気持ちはあるが、直接面識のある、友人でもある相手に、そういうことはできない。

 むしろ、無神経さではなく、信頼関係に基づいて、そういうことが言えるのであれば、そういう友人関係を、本当に素晴らしいと思う。

 ともかく、ぼくがいま作りたいと思っているゲームのコンセプトは、二つしか決まっていない。

 ひとつめ。灰音さんが主役で声をあてる。

 ふたつめ。絵は自分で描く。

 自分の能力を考えると、背景画像は描けるかもしれないが、どう考えても音楽関係の素材はフリー素材を使うしかない。

 問題は、シナリオだが、これは他人まかせにするつもりはない。

 ということは、自分で書くしかない。

 スクリプト……はよくわからないが、それはあとで橘崎に聞いたり、自分で調べたりすればいい。

 こうしてみると、やっぱり一番の問題は、シナリオ、だよなあ。

 どんな話がいいのか、さっぱり思いつかない。

 橘崎は、シナリオ担当だから、たぶんシナリオから先に話を構築するんだろう。

 ぼくの場合、声から先にゲームを作ろうと思っているわけで、正直な話、こういうタイプのゲームを、あまり聞いたことがない。

 人気声優さんを使った、萌え萌えで甘々なゲーム、というのがあれば、それに近いか?

 でも、学園に入学できたおかげで、灰音さんと友だちになれたのは本当にうれしいのだけれど、そのために変なセリフは絶対に頼めなくなってしまった。

 お金を払ってでも嫌だと言われるかもしれない。

 だいたい、ぼくは灰音さんに告白しているわけだし。

 たとえば、甘いセリフ、「大好きだよ」程度でさえ、ちょっと断られるかもしれない。

 え、この人、ゲーム作るって口実で、わたしに言ってほしい言葉を採取しようとしてるんじゃないの、なんて思われたくない。

 マジでそれだけは勘弁してほしい。

 やっとつながった縁なのに、それをぶっつりと切られてしまうのは、本気で耐えられそうにない。

 でも、よい方向に考えることだってできる。

 シナリオの経験がないぼくは、どういう風に書いていけばいいのか、よくわからない状態にある。

 しかし、こういうものは書けない、ということが前提としてあるならば、方向性をしぼりこみやすくなる。はずだ。と信じる。

 まず、ラブストーリーは駄目だ。

 好きだ、とかいうのが出てくるのはなしだな。

 じゃあ、悲劇?

 あんまり、悲しい話は好きじゃないし、案外悲劇ってラブストーリーを内包している場合も多い。

 逆に喜劇は?

 コメディを書ける自信がない。これはホントにない。笑える文を書ける人って尊敬する。というか、笑えることを言える人も尊敬する。

 じゃあ、推理か空想科学小説かファンタジー、かなあ。これらは、ラブストーリーなんて全然なくても、余裕で物語が成立する。

 雰囲気で読ませるという作品でなければ、そういう王道エンタメ路線で短編を何か……って感じか。

 ぶっちゃけ、著作権が切れているミステリをシナリオに使う、っていうのもありだな。

 もし、完全にアイデアが出なかった場合のために、そういう手段も最後に残しておくことにしよう。


 灰墨文音はいずみあやね

 それが、灰音さんの本名らしい。

 本名からハンドルネームを取っているのは、ぼくと同じだ。

 めっちゃくっちゃかっこいい苗字ですね、と言ったら、ありがと、と笑ってくれたけど、ちょっとかっこよすぎて名前負けしているかも、と言っていた。

「おはよう。お、ちゃんと、準備してきたね、ヤマトくん」

「おはようございます、灰音さん。当然ですよ。走るんですから」

「もう、その名前で呼んじゃダメだって言ってるだろー?」

「あ、すいません、灰墨先輩」

 うーん、ついやってしまうが、これは気を付けないとダメだな。

 友だちとかにも声の活動については話していないし。

「よし、じゃ、走ろうか」

「はいっ!」

 そういうわけで、灰墨先輩の後ろについて、ぼくはジョギングする。

 ぼくは、走るのが別に好きではない。

 スポーツ全般について、はっきり言って、興味ない。

 でも、前に灰音さんに、今まで一度も運動部に入ったことがないけど、体なまるのは怖いですよねー、みたいな話をしたら、朝のランニングに誘われた。

 誘われた、というのは少し違うか。

 朝のランニングすればいいじゃない、わたしみたいに。

 そうですね。

 その返事はやるつもりないだろう?

 いや、でも正直、ランニングとかどうやればいいかよくわからないですし。

 じゃ、わたしのランニングパートナーになる?

 こんな会話があって、ぼくは、この春から、朝に、灰音さんと一緒に走っている。

 正直、ふられてから、距離感がいまいちわからず、とりあえず近づきすぎないようにしようとは思っているのだが、このパターンのように、向こうから距離を詰めてくるときもあって、こりゃあ気をしっかり持たないと、下手に浮かれて、浮かれた分、今度精神がたたきつけられるようなことになったら、ただじゃすまないぞ、という感じがする。

 警戒、警戒である。

「はあっ、はあっ」

「うーん、ヤマトくん、体力が足りないねえ」

「はいっ」

 灰墨先輩は、陸上部に所属していたことがある、と前に聞いた。

 あんまり疲れていないみたいだ。

「じゃ、わたし、まだ走るから」

 そう言って、ぼくを置き去りにして、走り去っていく。

 世の中には、男の子は女の子より走るのが早いと思っているやつもいるようだが、ところがどっこい、そうじゃないことだってたくさんあるんだ。

 荒く、呼吸しながら、家まで帰る。

 走ったあとに、すぐに止まるとダメで、歩いてクールダウンするのが大事なんだ、と、たしか体育の先生が昔に言っていたな。

 家に帰るまでがクールダウンです、か。

 でも、灰音さんと一緒に朝に走れるのは、幸せだ。

 付き合えるなんて思っちゃいないけど、この喜びはかみしめたい。


「その、灰墨先輩」

 ぼくが、灰墨先輩を呼び出したのは、五月のことだった。

 外のベンチに横に二人で座っていると、恋人同士に見えたりしないかな、と思うけど、いまどき、男女二人で座っているだけで恋人に見えるわけない。

「うん、話って何?」

 心なしか、先輩も緊張しているように見える。

 なにか、変なことを言われるんじゃないかと思っているんだろうか。

「あの、ぼくがゲーム作ってる、って話、聞いてましたっけ?」

 表情が、少しおどろいた感じになる。

 こういう話になるとは思ってなかったのかも。

 聞きたいことがあるんでこの時間にここに来てください、って言ったけど、ゲームの話だとは予想していなかったのかもしれない。

「えーっと、友だちとゲーム作ってる話は聞いたし、絵を描いてるのも聞いてたし、っていうか、プレイしたし、絵がよかったって、あの日、言ったじゃないか」

 忘れちゃったのかー?

 とこちらの目を直視する。

 そんなにまっすぐな瞳で見ないでほしい。

「いや、それはちゃんと覚えてますけど。ありがとうございます、ホントにうれしかったです」

 忘れないうちに、お礼を言っておかないと。

「でも、そっちのことじゃなくて、ほら、フリーゲーム同好会に入った、とかいう話とか。そこで自分がフリーゲーム作ろうとしてるとか。そういう話ですよ」

「うーん、フリーゲーム同好会に入った話は聞いたね。でも、自分でなにか作ろうと言うのは、はじめて聞いた」

「そこで、ですね。できれば、声優、やってほしいんですけど」

 ぴく、と眉毛があがった。

「シナリオ」

「え?」

「台本、シナリオ。これが完成してないと、引き受けられない」

 そりゃそうだ。

 それはわかってる。

「あ、いや、そういうことじゃなくて。ほら、ぼくからの頼みは受けたくないとか。受けられるとしても、予算とか、あるじゃないですか。そういうの、どうかな、って話です」

 ん?

 と完全に意味がわからないという顔をされる。

「いや、なんで断る理由があるの?」

「え、いや、だって……」

 その、こくはく、したから。

 と小さな声で言う。

「だから、嫌かなって。そういう人から頼まれるのは」

「あぁ」

 合点がいった、という声が聞こえた。

「ああ、なるほど」

 二回も。

 それから、しばらくの沈黙のあとで、

「うーん、そりゃあ、よっぽどひどいシナリオだったら、別だけどね。なんかすっごくエッチな言葉を言わせるとか」

「十八禁のもの作るつもりはないですから……」

「ふむ。まあ、それも含めて、やっぱりシナリオができてからだね。シナリオが出来ている仕事しか受けてないのは、ちょっとこういうシナリオは演技できないな、っていうのがあるからだし」

 ちらり、と周りを確認しながら、そう説明する。

 きっと、知り合いに聞かれていないか、見ているのだろう。

「じゃあ、値段は?」

「値段? あー、そうだな、でもフリーなんだよね」

「そうです。フリーゲームだから、無料です」

「フリーゲームの声あてについては、基本的には料金は取ってない。でも、仕事の優先順位は、有料の仕事だから、納期がつまっているようなものは断らざるをえない。それに、あまりにもシナリオが長すぎると、それも負担になっちゃう」

「なるほど」

 無料だからといって、なんでもかんでも受けていたらパンクしてしまうだろう。

「だから、フリーだけど、あえてお金を払ってもらうことで、有償の仕事にするか、あるいは運とタイミングによって、きちんとしゃべれる容量の台本が、ぴったりの時期にくるか、だいたいどっちかかな」

 そして、少しだけさびしそうに笑った。

「昔は、かなり長い話でも、よろこんで演じてたけどね。暇もあったし」

「なつかしいですか? そのころが」

「うん、なつかしい。今が悪いとは、全然、全然思わないけど」

 ふうっ、とため息をついた。

「思ったよりも、人気出ちゃったんだよね、自分の声が。それが本当にびっくり。大誤算。でも、すっごくうれしい大誤算」

 にっこり笑って、

「今の状況、環境は、すっごくうれしいんだ。なろうと思ってもなれるような状況じゃないと思うし、ファンの人にも大感謝してるよ。それは大前提。けど、あの大した人気もなかったころ、特に有名でもないところのゲームに声をあててたときの、あのアットホームな雰囲気っていうのかなあ。あの頃の、あの感じを、なつかしいと思うことだってあるんだよ」

「それは、なんとなく、わかる気がします」

「今が嫌とか、そういうんじゃ、全然なくね」

「わかります」

 ぼくは、ちゃんと目を見て言った。

 本当にわかる気がしたから。

「えーっと。だから、とりあえず台本を用意してほしいな。というか、むしろあとは声を入れるくらいにしてほしい。そして、容量はあまり多くないように。これなら、友だちのよしみで、ある程度、忙しいときでも、合間を縫って収録できるかも。でも、あまり大きな期待はしないでね。できないかもしれないんだから」

「はい」

 とりあえず、なにもかも、ぼくが完成させなきゃはじまらないってことだ。

「その……いろいろ、ありがとうございます」

「いや、まだやるっていってないから、お礼は早いよ」

「だって、お金つまれてもやらない、とかいう返事じゃなかったから。だから、やっぱり、ありがとうですよ」

「わかった。そういうなら、お礼を、受け取っておく」

 あ。

 ふと、思い出したように、灰音さんは声をあげた。

「そういえば、ヤマトくんって、自分のサイトとか、持ってないの?」

「サイト、ですか?」

「そう。たとえば、『灰音のぺ~じ』みたいなやつ」

「いや、ないですね。個人サイトも持ってないし、イラスト系のSNSにも登録してないです」

「それ、もったいなくない? もしかしたら、仕事来るかもしれないよ、そういうところで絵を公開してると」

 ぽかん、とする。

「そんなこと、考えたこともなかったです。だって、ぼくの絵って、そんな上手じゃないし、そもそもスキャナとかなかったから、取り込めなかったし」

「そういえば、アナログ絵だったね。でも、スキャナがついているプリンタってざらにあるし、それに、たとえばオークションとかで二次創作絵とかリクエスト絵とか売っている人とかもいるよ」

「マジですか!?」

 そんな人たちがいるのか?

 なんか、路上で絵を売っているやつのネット版みたいに感じる。

 野性的って感じだ……。

「マジだよ。っていうか、知らないことの方がびっくりだよ」

「いや、ホント、ぼく絵師のコミュニティに所属とかしたことないんで。イラストの相場とかも知らないし……」

「あ、それはもし将来的に絵やイラストを売ったりするつもりが少しでもあるんだったら知っておいた方がいいと思うよー。安い値段で交渉してくるやつは、だいたいろくなもんじゃないから」

「なんか実感こもってますね」

「やばいところは、たいてい予算からおかしくなってる感じがするね。有償で仕事を請け負うようになってから、最初のころに、ちょっと痛い目をみたことがあるけど、ホント、プロの仕事として生活かけてやってなくてよかったと思うよ。いや、仕事の場合は、事務所とかが守ってくれるのかな? わかんないけど」

「気を付けます」

 安請け合いの銭失い、ってところだろうか。

 ぼくも気を付けよう。

「そういえばさ。きみの絵、最初、女の子が描く絵に似ているな、と思った」

「え? どういう意味です?」

「いや、きみの絵がさ。男の子っぽくないな、と」

「ああ、確かにそうかも」

 ぼくの描く絵は、けっこうほんわかした絵なのだ。

 絵本とか児童書の挿絵を真似して描いていた時期があったせいなんじゃないか、と自分では思っている。

 水彩画の印象もあるかもしれない。

「水彩だからか、メリハリのはっきりした絵じゃないよね。ゲームに使われる絵って、たいてい、メリハリがはっきりしている気がするから、最初はおどろいた」

「あー、メリハリが効いた絵、いいですよねー。あこがれます。自分ができないからかもですけど」

 輪郭線がしっかりして、境界線ごとに、ぴしっと色分けされている絵は、版画みたいで美しいと思う。

「ま、無責任なことはいえないけどさ。あんまり見たことないタイプの絵だったから、ひょっとした需要あるかもって思ったんだ。だから、サイト持ってみたら、って言ってみたの。こういうのって、自分にふさわしいタイミングもあるだろうし、本当に無責任なことは言えないんだけどね。話半分に聞いといて」

「はい」

 そこまで言うと、先輩は立ち上がる。

「じゃ、わたし、そろそろ行くわ。とりあえず、シナリオできたら読ませてよ。話はそれからね。もちろん、途中で計画放棄したって、それは自由だから」

 じゃあね、と言って先輩は去っていく。

 あまり、こういうことで燃えるタイプじゃないんだが、やめてもいいよ、と言われて、珍しく、やってやろうじゃないか、という気持ちになった。

 本当に珍しい。

 とりあえず、シナリオ考えないとな。


 シナリオの書き方、なんて全然わからないので、最初は、橘崎から、そういうハウツー系の本を借りようと思った。

 橘崎は、それなりにゲーム作りの資料を持ってはいるが、そこまで多くはない。

 必要最小限というか、少数精鋭らしい。

 立ち読みをして、これは必要だと思ったものを買うらしいが、シナリオのハウツーに関しては、たとえばエンジン(ゲームスクリプトを書くソフト)の使い方よりも、激しく合う・合わない、良い・悪いが別れるらしく、一冊しか置いてなかった。

 それも、ゲームシナリオの書き方ではなく、小説の書き方、物語の作り方、といった感じのものだ。

 読んだのだが、よくわからなかった。

「それはねえ、たぶんやまちゃんが一度も書いたことがないからじゃないか?」

「そう、なのかなあ」

「プログラミングとかのハウツーとは違って、経験がないと、ストーリーメイキング系のハウツーを読んでも、何を言っているのかわからないってこと、あるかもしれない。まず、いっぺん何かを書いてみて、それでまた読んでみたら」

 と言われて、とりあえず何かを書こうとしてみるのだが、何を書けばいいのかさっぱりわからない。

 数十行てきとうに書いてみるが、つまらなくなって放り出す。

 そもそも、何を次に書けばいいのか、さっぱり思いつかなくなって筆が止まってしまう。

 そこで、また橘崎に助けを求めると、

「じゃあ、嫌いな作品をひとつ思い出してみて」

「それでどうするの?」

「その嫌いな作品の、どこが嫌いかを考えて、それを修正していくんだよ。最後にヒロインが死ぬのが嫌なら、ヒロインを生き延びさせる。主人公の性格が嫌いなら、好きになれるものに変える。そういう修正をしたあとで、時代背景や性別を変えていけば、もうこれはパクリやオマージュじゃなくて、別作品になりえるからね」

 なるほどー、と思ったが、実際に書いてみると、なかなか難しい。

 気に入らない部分を変えても、その部分につながる箇所をどう修正すればいいのかよくわからなくなったり、よい環境設定を与えられなかったりした。

 やはり、完成した作品を自分なりに改造するには、それなりの手腕が必要なのかもしれない。ぼくの技術では、まだ足りなさすぎるのか。

 最初に橘崎に頼ったものの、それからは、ぼく一人でしばらく考えてみることにした。

 プロットを書いて、それに従って書いてみようともしたのだが、プロットを作品にするときに、短くなりすぎた。

 プロットが箇条書きで十行かそこらだとしよう。

 できあがるものが、せいぜい数十行程度なのだ。話がふくらまず、すぐに終わる。

 しかも、あまりおもしろくない。

 ただ、ここまで来ると、とりあえず、つまらないものだとしても、完成させることはできるようになっていた。

 完成させる、といっても、10キロバイトいかない程度の長さだ。

 でも、橘崎は、完成させることが大事だと以前言っていたし、それはぼくも同意する。

 なんとなく―――ゲームを完成することができるような気がしてきた。


 とはいえ、ずーっと、シナリオを書くのに専念していたわけではない。

 はっきりいえば、シナリオに関する試行錯誤の時期であり、具体的な成果はなにひとつ出ていなかった。

 だから、焦っていた。

 いろいろ試して、あれがだめだ、これがだめだ、というのを理解する時期というのは、目に見える結果、つまり「成果」といったものは、何一つ出てこない。何が駄目かというのがわかる時間なんだから、当然だ。

 しかし、こういう時間は、わりときつい。

 だから、他に、音楽素材を探したり、昔に橘崎が言っていたように、背景画像を描いたりしていた。

 あと、立ち絵にも挑戦してみたのだが、この地味な作業は、ストレス軽減にかなり役立った。とりあえず手を動かしていれば、成果が目に見える形で蓄積されていく作業というのは、その真逆の作業で苦しんでいるときには福音である。

 ふつうなら、退屈すぎて嫌になるかもしれないような作業も、環境によってはリラックス要素になる。

「どうよ、調子は?」

「うーん、シナリオ以外は順調」

 ゲーム制作エンジンは何がいいか、と考えているぼくに、橘崎が声をかける。

 橘崎の部屋で、エンジンについての本や、よくあるエンジンについてまとめたサイトや、橘崎がダウンロードしてきたエンジンを試しに動かしたりしている。

 やっぱり、簡単にできるのがいいなあ。

 あんまりスクリプトに力を使いたくないし。

 それはシナリオだけで十分だよ……。

「シナリオは?」

「完成はさせられる――という、まったく根拠のない自信だけがある」

「いや、その自信は大事だよ。大事大事」

 ぽんぽん、と肩を叩く橘崎。

「息抜き、ちゃんとしてる?」

「してるしてる」

 ここ最近、めちゃくちゃ勉強の効率と、絵の生産性があがっている。

 むしろ、シナリオを書かない、書けない言い訳を、勉強とお絵かきが担いつつある。

「なんなら手伝うか?」

「いや、それはいい」

 ぼくにしては珍しく、きっぱりと断った。

「自分でやらなきゃ、と思うし、最悪の場合、著作権が切れた作品を使う」

「なるほど、グッドアイデアだ」

 ぐっ、と親指を突き出す橘崎。

「がんばれよ」


 先輩とのランニングは続いている。

 ランニング自体は、たぶん一人だったら速攻でやめていただろう。

 でも、先輩がいるから続けられる。

 もしかしたら、以前よりも体力がついているのかもしれない。

 息切れするポイントが、少し伸びた気がしている。

 気のせいかもしれないが、害のない気のせいなので、気にしないことにする。

 ゲームのことについては、話さない。


 使うエンジンも決めた。

 たまに使い方が書いてあるサイトを読んで、適当な文章や素材を入れて動かしている。

 きちんとカテゴライズされた音楽素材。戦闘用、日常、コメディ、恐怖、などなどとラベルづけされたフォルダ。橘崎に参考にしたいから今度聞かせてくれと頼まれている。

 とりあえず描いてみた背景画像。スキャン済み。

 学校はもちろん、駅、西洋風の建物、お寺、山、海、なんのまとまりもなく描いてある。

 どれを使うかなんてまだわからない。

 橘崎からは、フリー素材としてサイトにアップしようぜと言われている。

 立ち絵。

 これが今回のシナリオの主人公になるのかどうかなんて、まったくわからず、いろいろ描いた立ち絵。

 学生服、セーラー服、ブレザーの男と女、魔法使い、巫女さん、日本刀を持った男。

 これも、橘崎からサイトにアップしようぜと言われている。

 シナリオだけが、まだ書けないでいる。

 そして、それは突然やってきた。


 ちょっとした月の夜だった。

 まったく唐突に、電車のイメージが降り注ぐ。

 夜の電車。幽霊。

 学校の屋上、食べるサンドイッチ。

 星空。霧。

 さよならの声。

 ぼくは、即座に携帯の電源を切り、あらゆる情報をシャットアウトし、メモに、降り注いだイメージを書き殴る。

 そのまま、絵のラフをみっつほど即座に描いて、そしてプロットを簡単に書く。

 この完璧なイメージを崩さないように、これが失われる前に、なんとしてでも形におさめたくて、そのまま、シナリオの執筆に入る。

 今までの停滞が嘘のように、キーを打つ手がすすむ。

 午前二時近く。

 シナリオ、完成。


 あの日、唐突にやってきたインスピレーションのおかげで、ありえないほどの速度で、シナリオが完成した。

 そのまま、ラフを元に、絵に起こしていく。

「あんな風にインスピレーションが降ってくることってあるんだねえ」

「ああ、あるある。わりとよくある」

 そういうことを言うと、橘崎は笑った。

「でも、それできちんと形にできることは、あまりない」

「そっか」

「完成、おめでと」

「まだ、シナリオだけだよ」

「そこで一番悩んでいたくせに。バックアップは取っとけよ」

 すっかり忘れてた。

 早く取らないと。


 シナリオが書けると、あとは嘘のようにうまくいった。

 エンジンにシナリオを流し込み、素材を配置していく。

 音楽素材などをダウンロードして、目的ごとに整理しておいた過去の自分を、我ながらよくやったと、ほめてあげたい。わざわざ新しく探しなおす必要がない。

 シナリオ、二十数キロバイト。

 イベント絵、六枚。

 昼と夕暮れなどの差分をふくまない背景画像、五枚程度。

 音楽素材十あたり。

 ゲーム、完成。


「やったよ、ゲーム」

 朝のランニングが終わったあと、先輩は唐突に言った。

 ゲームが完成したことはメールで伝えてあったし、メールにゲームのデータも圧縮して添付していたから、時間があったらテストプレイしてくださいと頼んでいたのだ。

「あのくらいの長さだったら、たぶん声、当てられるよ」

「そうなんですか!?」

 うれしさのあまり、少し身をのりだしてしまう。

「うん。フリーゲームだから、お代はいらないけどね」

「そ、それは、ありがとうございますっ!」

「いえいえ。だいたい、二週間……は、必要ないかな。一週間後には、声を送れると思うよ。音声の切り出しとかはそっちでやってくれる?」

「あ、はい、やってみます。おすすめソフトとかあったら教えてくれませんか?」

「音声素材を加工するためのフリーソフトだよね? 知ってるかぎりでいいなら」

「ありがとうございます」

「うん」

 なんだか信じられない。

 あこがれていた人に、実際に声を当ててもらえるなんて。

 灰音さんは、実在しているんだ、という感じを、強く感じる。

 灰墨文音という人物と、灰音さんというネット声優さん。

 同じ人間のはずなのに、ぼくには違う人のように感じる。

 一緒に走っているのは、灰墨先輩。

 今も続いているウェブラジオで聞く声は、灰音さん。

 メールをしているときには、その二人が混ざっている。

 インターネットからだれかに知り合ったときは、ある種のとまどい、みたいなものを覚えるものなのかもしれないが、ぼくは灰音さんの場合、それが顕著で、今でも、どういう風に先輩を見ればいいのか、わからなくなるときがある。

 ふつうに話しているときは、ネット声優っぽさなんてまったくないし、おくびにも出していないし、まわりから隠しているようだから、ぼくも灰音さんなんて呼ばないし、だから、こうやってじかにあっているときは、灰墨先輩という感じが、強くする。

 でも、ネット上に、灰音さんは、確かに存在していて、今だにネットラジオとか、ゲームとかでその声を聞くことができるけど、灰墨先輩と声が同じなのに、あまりイメージが重ならない。

 それが、一種、この人を分裂させてぼくに見せている要因なのかもしれない。灰墨文音と、灰音さんに。

「あのさ」

 こちらの方を見ずに、どこかをまっすぐに見て、先輩は言った。

「ねえ。実はわたし、告白したんだ」

「え?」

「それでね、オッケーをもらったの」

 頭が、少しだけぐらぐらする。

「その……だから、今まで好きだった男の人と、付き合うことになりました」

「あ、そうなんですか」

 そうじゃないだろ。

 なんだそのクソみたいな返事は。

 ぼくはいったい、何を言っているんだ。

 というか、何を言うべきなんだろう。

「うん、その、言っておかないと、いけない気がして」

「あ、それは、その、ありがとうございます」

 じゃなくて。

「えっと、今まで、思い続けていた人に告白して……付き合えることになった、ってことですよね」

「うん」

 なんでそれをぼくにわざわざ言うんだ、という自分もいる。

 でも、隠しておいて、なにかのきっかけでばれてしまったら、ぼくは、今よりもずっとずっと嫌な気持ちになるだろうし、裏切られたような気持ちになるだろうし、だから、先輩のやったことは全然間違いなんかじゃない。

 それでショックがやわらぐわけでもないけれど。

 でも、それでも、言ってくれてよかったのだ。

「ごめんね」

「いえ、全然。むしろ、言ってくれて、よかったです。隠されているほうが、ずっと嫌ですから。むしろ、先輩、かなり勇気が必要だったんじゃないですか。こういうこと、口に出すのって」

「ちょっとね」

 そういう先輩の顔からは、喜びがにじみ出ていた。

 祝福する気には、あまりなれない。

 かといって、呪う気にもなれない。

 なんだろう、この微妙な気持ち。

 これが、告白してふられる前だったら、もっと明確に、嫉妬とか絶望とか羨望とかを味わえたのだと思う。

 でも、告白してふられた後の今、そういうことを聞いた気持ちは、うまく言葉にできない、奇妙なものだった。

 心の底からのおめでとうという気持ちはないけれど、そして嫌な気持ちもあるけれど、ものすごく嫌だというわけでもなく、よかったねという気持ちが若干あって、それがまぜこぜになって、本当に、言葉で説明しづらい気持ちだ。

 なんて言ったらいいんだろう。

「その……お幸せに」

「うん」

 おめでとうとは、言いたくなかった。

 ちっぽけな意地だなあと思われるかもしれないが、言いたくなかった。

 祝福するには、まだ少し、気持ちが残りすぎていたらしい。

 そのあと、どんなことを言って、先輩と別れたのかは覚えていない。

 ただ、あたりさわりのない話をして帰ったはずだ。

 でも、ぼくの顔が、先輩にそういうことを言われたあとのぼくの顔が、どんな顔だったのか、鏡がなかったから、わからない。

 先輩に、嫌な思いをさせるような、彼氏ができたことを言わないほうがよかったなって思わせるような、そういう顔をしないままで、いられただろうか。

 そうであればいいと思う。

 本当に。

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