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2.


 告白をしたい。

 秘密を告白したい、という意味ではない。

 好きだという気持ちを伝えたい、という意味である。

 だれにか?

 灰音さんに。

 あー、あきらかに、ぼくはいかれているのかもしれない。

 ちょっとした発狂状態かも。

 でも、発狂状態じゃない恋なんてある?

 理性がぶっとんでないと、恋じゃなくない?

 っていうか、前にだれか研究者が、恋の状態と精神病の状態を区別することはできない、みたいな研究をして、イグ・ノーベル賞をもらってなかったっけ?

 あー、でもなあ。

 会ったこともないのに。

 コメントとかのやりとりと。

 声を聞いて好きになりました。

 うーん。

 結ばれる未来が、まったく見えない。

 マジで、見えない。

 なーんか、ストーカー一歩手前な感じするし。

 人によっては、明らかに超えてはいけない一線を超えつつあるというかもしれないし。

 いや、もう超えちゃってるよ、という人もいるかもしれない。

 でも、好きになっちゃったものはしょうがない。

 アニメや漫画の登場人物に恋をすることだってあるらしい。

 神さまに恋い焦がれるやつもいると聞く。

 だったら、声が聞けて、メールやコメントのやりとりをしちゃって好きになる、ってこと、そんなにありえないことでもないよね。

 ネット恋愛とか、あるらしいし。

 オンラインゲームで知り合って結婚、とか。

 でも、正直、じゃあ、ぼくは灰音さんのこと、どれくらい知っているんだろう、とも思う。

 結局、ネットを通して見せた部分しか見てない。

 いやいや、と心の中で反論する。

 でも、他のリアルで会っている人間だって、本人が見せた部分しか見せてない。

 ぼくだって、橘崎に見せてない部分がある。

 たとえば、灰音さんの話は、まったくしたことがない。

 橘崎だって、きっと、ぼくに見せていない部分はある。

 クラスメイトだってそうだろう。

 でも、クラスのだれかを好きになるときに、その人のすべてを知って好きになるわけじゃない。

 その人の見せている部分の中で、見えた部分を見て、好きになってる。

 結婚している人だって、相手のこと、おたがいのこと、何もかも知っている、なんていうやつは絶対にいないだろう。

 自分のことさえ、百パーセント知っているなんていうやつがいたら、そいつは悟りを開いた人か、そうでなければ認識の間違いだと思う。

 ぼくだって、自分がこんなに絵に集中できるとは思わなかった。

 美術部にいたときよりも、情熱をもって絵を描けていた。

 たぶん、美術部にいたときよりも、たくさん絵を描いた。

 こんな自分がいるなんて、美術部にいたときは、気づかなかった。

 すごくびっくりだ。

 そして、灰音さんへの告白を止められそうにない自分にも、びっくりだ。

 このまんま、ふつうに、なにごともなく、今までどおりに、やっていけばいいのに。

 ラジオ聞いて。

 ブログにコメント書いて。

 感想メールを送って。

 それでいいのに。

 そのまんま、いつかサイトが閉鎖されるまで、灰音さんが活動をやめるまで、そういうこと、やっていけばいいのに。

 告白してふられたら、ブログのぼくのコメントに返信がつかないこと、あるかも。

 メールに返事、来ないかも。

 むしろ灰音さんから返事が来るのはけっこう珍しいと思うのだ。感想メールには返信しない場合もふつうにあるって書いてあった。ぼくは返事をけっこうもらっているけど、それは絶対に、古参ファンだからだ。

 そういう、一種特権的な地位を、捨てることにもなりかねない。

 最悪の場合、自分の心がぽっきり折れて、サイトに足を運ぶこともなくなってしまうかも。

 だから、ふつうに、今までどおり。

 今までどおり、声を聞いて。

 感想書いて。

 返事もらって。

 それで、ぼくの心が別の方に向かうか。

 灰音さんが活動停止するまで。

 そうやって、続けていけばいいじゃないか。

 と思うんだけど。

 思うんだけど。

 ダメなんだよなあ。

 全然ダメだ。

 それでいいじゃないか、予想できる将来のレールにのって、安全なやり方をとろうじゃないか、と思うんだけど。

 やっぱりそんなこと、納得できてない。

 なーにが安全だ、ふざけんな。

 なーにがふつうだ、くそくらえ。

 このまんま、予見できる未来のままに、そーゆーやり方で、そのまんま生きていくのが、どうしても、嫌だ。

 納得できない。

 どう考えても失敗しそうなんだけど。

 それでも、失敗してもいいから、この気持ちを伝えたいと思う。

 このまんま、何もしなくても、それなりに快適だろうけど。

 心の中の大事な部分が、納得できないと絶叫している。

 あきらかに、失敗するとしても、この気持ちを伝えたほうが、すっきりする、納得できる、とわかる。

 損得勘定ができないとか、理性的じゃないとかいうかもしれないけど。

 そんな計算で動く人生、生きている感じ、ぼくはしないよな。

 楽しくないし。

 納得できない。

 そして、ぼくは、理性を粉々にすることにした。

 損得勘定をする、頭の中のそろばんには、サヨナラだ。

 やりたいことが明らかに明確にわかっていて、やらないと絶対にしんどくって、しかも我慢もできそうにないなら。

 ああ、もう。

 どうしようもない。


 結局のところ、相手に気持ちを伝える方法なんて、メールくらいしかない。

 でも、これが最後のメールになるかもしれないのに、文章だけっていうのは、嫌だった。

 かといって、他の人に見られるような場所でしゃべるのは困る。

 だから、音声ファイルにすることにした。

 ぼくは、灰音さんの声を知っている。

 灰音さんの文章や思想を知っている。

 灰音さんは、ぼくの文章や思想を知っている。

 でも、灰音さんは、ぼくの声を知らない。

 せめて、ぼくの声を、知っていてほしいな、と思う。

 兄貴の使っていたマイクを、ちょっと拝借させてもらおう。

 聞き取りやすいように、発声練習もしようか。

 それから、言うべきことを、考えないと。



 えっと、はじめまして。

 ヤマトです。

 声で、話すのは、はじめて、ですよね。

 えっと、突然ごめんなさい。

 たぶん、灰音さんは、びっくりしてると思います。

 突然の音声メッセージ。

 ドン引きかもしれません。

 実は、ぼくは、あなたのことが好きになってしまいました。

 会ったこともないのに、おかしい、と思うかもしれません。

 というか、自分でも、若干そう思います。

 でも、声を聞いていると、ドキドキしてきて、自分でもどうしようもないのです。

 「灰音のぺ~じ」が開設したばかりのころから、あなたの声を聞いてきました。

 特徴ある、いい声だと思います。

 最初に聞いたときに、素敵な声だな、と思って、それからずっとファンです。

 ずっと、あなたの声が好きでした。

 それだけじゃなくて、ウェブラジオとか、ブログとかを読んで、そこに書かれている内容も、好きで、考え方とか、感じ方とか、そういうところも、好きになりました。

 もしよければ、付き合ってください。

 よろしくお願いします。



 収録し終わった自分の声を聞く。

 変な感じだ。

 いつも聞いている、自分の声とは、全然違うように聞こえる。

 今日中には送らない。

 あきらかに、このテンションがバリバリ上昇しているときに送ったら、ふと我に返ったときに、とんでもないことになるからだ。

 めっちゃくっちゃ後悔するのは目に見えている。


 翌日の夜。

 あらためて聞いた。

 顔から火が出るくらいはずかしい。

 頭おかしいんじゃないのか、こいつは?

 と音声ファイルを聞いていて思う。

 問題なのは、その頭おかしいのが、自分だという点である。

 ホント、どうしようもない。

 どうしようもないけど、「別にいいじゃん、いっちゃえいっちゃえ、このままいっちゃえ」という声がする。

 ぼくの心の中で。

 自分で自分が止められない。

 こんな恥ずかしいことできない、という気持ちは、ちゃんとある。

 でも、それを上回るほどの、この気持ちを伝えたいという、ほとばしるような思いがある。

 ぼくは冷静じゃない。

 夜にラブレターを書いてはいけない。

 そんな話を聞いたことがある。

 夜は、独特のテンションになってしまうから、と。

 夜の精神状態は朝や昼とは違うから危ないのだ、と。

 その通りだと思う。

 朝や昼に、もう一度聞こう。


 休日の朝と昼に、もう一度音声ファイルを聞いた。

 うん。

 完全に恋にいかれた人の言葉だ。

 でも、同時に、朝や昼に聞いても、これを送るのをやめようとは、不思議と思えなかった。

 この気持ちを抱えたまますごすよりは、いっそひと思いにけりをつけてくれ、というような、そんな気持ちもあった。

 そして、やっぱり、伝えたい、という思いも。


 メールを出した。

 そこに、文章でも好きです、と伝えて、そのうえで、ウェブサイトのアドレスを貼った。

 このためにわざわざ取ったウェブサイト。

 その、どこにも、どこからもリンクしていないページに、音声ファイルを置いた。

 ぼくの告白が入った音声ファイル。

 そして、返事を待った。


 ふられた。

 それは、明らかな結果であった。

 ぼくは、それを完全に予想できていたし、わかっていた。

 でも、気分は晴れやかだった。

 音声ファイルを使って告白とか気持ち悪すぎる、という人もいるかもしれない。

 でも、したいと思ったんだから、いいじゃないか。

 だって、好きだという気持ちを伝えるのって、悪いことではないじゃないか?

 このまんま、ストーカーになっちゃったら、それはアウトだけど、気持ちを伝えることまで禁止されるわけではないはずだ。

 生まれて初めての告白が、こんな風になるなんて、まったく思いもしなかった。

 それでも、気分は晴れやかだ。

 なんの後悔もない。

 完全に納得している。

 これは、正直、かなり意外だった。

 すごく落ち込むのかな、と思ったけど、全然そんなことはなかった。

 それは付き合っていないから、かもしれない。

 幸せの絶頂から落下すると滅茶苦茶痛いだろうけど、幸せになる前に終わってしまったのなら、それはそこまで、痛くない。

 でも、やっぱり、灰音さんのネットラジオは、しばらく聞けなくなった。

 ひんぱんに出していた感想も、出せなくなった。

 つまり、それなりには、影響を与えていた、ということだ、しっかりと。

 しかし、このままだと嫌だったから、勇気を出して、ブログにコメントを書いてみた。

 ちゃんと、返事が来た。

 ラジオの過去ログ音声を聞いた。

 やっぱり好きだと思った。

 メールで、あたりさわりのない感想を書いた。

 これも、ちゃんと返事が来た。

 ぼくのメールは、いつもよりも少し短かった。

 灰音さんのメールも、いつもより、少し短いように思えた。

 もっとひどく、いろいろなものが壊れると思っていた。

 案外、世界は頑丈にできているようだった。


 橘崎と一緒に作っていた、フリーゲームについて。

 それなりの反響があった。

 具体的にいうと、個人のレビューサイトでとりあげられたり、感想のメールが来たり、フリーゲームを置かせてもらっているサイトに、感想が書きこまれたりした。

 とはいえ、爆発的大ヒットとか、そういうわけでは全然ない。

 今年のベストフリーゲームランキング、みたいなものに載るようなレベルではない。

 まったく無視されるようなものじゃないけど、そこまで目立ってもいない。

 ふつうのヒット。

 橘崎は、そう言っていた。

 これは、別に卑下した言い方ではないし、特別に称賛するような言い方でもない。

 なるべく正確に、客観的な表現を心がけた結果だ。

 それでも、「ふつうのヒット」と言った橘崎の表情は笑顔だったし、それを聞いていたぼくの表情も笑顔だった。

 ふつうのヒット?

 上々じゃないか。

 橘崎から、プレイヤーの人たちが送ってきてくれた感想のメールをもらったりしたのだけど、やっぱりうれしいものだった。

 自分が思っていたよりも、絵について叩かれていなかったのはよかった。

 あまり水彩は合わないと思う、という意見もあったりしたが、そういうのはほとんどなくて、それよりもずっと多くの人が、絵をほめてくれた。

 これは、すごくうれしかった。

 そもそもメールという直接つながるコミュニケーション手段で批判することはあまりないということはさておいても、ほめられるとうれしいし、自信にもつながる。

 水彩は合わないという意見も、技術が下手ということとはまた別だったし、むしろシナリオの雰囲気と合っているという人が多かった。

 ぼくの絵自体が好き、という人もいて、もうそういう人には感謝の念がわきおこるのをおさえることができない。

 とはいえ、そもそも、絵について話さない人が多数であり、むしろ語られるのは、シナリオについてだった。

 おおむね好評であり、自分の文章をほめられなれていない橘崎は、実のところ、かなりよろこんでいた。

 やっと俺の時代が来たってことかな?

 みたいなことを言っていた。

 自信に満ちている橘崎はけっこう見たことがあるが、調子に乗っている橘崎を見るのは珍しく、それほどうれしかったのだろうと思う。

 ぼくもうれしい気持ちだ。

 もっと調子にのって、もっと面白い話を作ってくれ、と思う。

 橘崎は、わざわざ、感想メールをプリントアウトしてくれて、一緒に見た。

 ぼくたち二人とも、にっこにこだった。

 馬鹿みたいに見えたかもしれない。

 しかし、幸福な連中というのは、そこから疎外された人間たちにとっては、馬鹿っぽく見えることがあるものなのだ、たぶん。

 どちらかといえば、疎外される側の人間だと思うぼくだが、このときばかりは、まったくなにも考えず、幸せをかみしめていた。

 だって、そうしたかったから。

 ただ、幸せな時間を抱きしめていたいと思って、実際に素直に抱きしめることができた、あのときの経験は、本当にかけがえがない。

 正直、プレイヤーのみなさん全員を、抱きしめたい気持ちだった。

 愛があふれていた。

 みんな大好きだったし、こういう気持ちは、ぼくを元気にしてくれる。


 今考えると、そういうことがあったから、あまりふられても大丈夫だったのかもしれない。

 そういうことなら、橘崎には足を向けて寝られないな。

 そんな中でも、受験シーズンは近づいて来て、ぼくは「学園」を受けることにした。

 橘崎も「学園」志望らしい。

 一緒の学校に、仲の良い知り合いがいるのは、きっと楽しいだろうと思う。

 でも、どっちかが落ちると、なんだか嫌な気持ちだな、と思う。

 受験なんてなくなればいい。

 勉強したい人には、だれでも門戸が開かれている、というのが、あるべき世界の姿じゃないか?


 列車に乗って、受験する土地へと降り立つ。

 途中、だれか知り合いと一緒になるかと思ったけど、そんなことはなかった。

 ホテルに泊まって、一泊する。

 一人ぼっちの部屋は、なんだかいやな感じだ。

 親と来ている人もいて、ぼくも親と来たかったな、と思う。

 あんまりさびしくなさそうだし、家族仲がよさそうで、うらやましい。

 いや、うちの家庭環境が悪いという話ではなくて、一般論として。

 明日にそなえて勉強する。

 途中、まわりを見てみたくなって、ホテルを出て、まわりをぐるりと歩いてみた。

 見知らぬ土地。

 ピリピリと緊張する。

 一種の警戒態勢に入るのだ。知らない場所だから。

 まわりがぼくを受けて入れてくれていない感じがする。

 ぼくも、ここは「うち」じゃない、と判断する。

 それでも、いや、それだからこそ、こういう土地を歩くのは、楽しい。

 ピリピリとした緊張感が、いい刺激になって、見るものすべてが新しく見える。

 ホテルじゃなくて、民宿みたいなところに泊まったほうがよかったかな、と一瞬思う。

 ホテルって、どこも同じような感じで、あまり好きじゃないから。

 温かみじゃなくて、冷たさを感じるから。

 でも、変に干渉してこないというのは、たぶんよい面もあって、おかげで勉強の邪魔は絶対にされない確信がある。

 お母さんが作ってくれたおにぎりを食べて、ぼくはその日は、早く寝た。

 翌日、コンビニで買ったおにぎりを、コンビニの前で食べて、即座にそこにあるゴミ箱に包装紙を捨てる。

 腹ごしらえをして、受験会場に入り、受験番号を確認して、席に座る。

 あとは、解答を書いていくだけだ。

 手ごたえ?

 わからん。

 だって、できたと思っても、まわりの人間もできていたら、受かる確率は減るわけだし、できなかったと思っても、まわりの人間がもっとできていなかったら、受かる確率はあがるはずだ。

 結局、受験は相対評価なので、自分が解答をどれだけ正しく書けたかは、結果とはなんの関係もない。

 もちろん、できないよりできたに、こしたことはないけれど。

 何もかもが終わったあと、帰りの列車の時間までに、少し、というには少々たくさんの時間が空いたので、ぼくは駅のあたりをぶらぶらする。

 別に物欲はあまりないから、見ていて楽しいものでもない。

 でも、知らない土地というだけで、少しは楽しめる。

 目の前から、女の子たちがやってくる。

 黒髪に、髪の短い、かっこいい感じの女の子。

 セミロングの髪の毛を茶髪にして、ふわふわとした服を着ている、癒し系な感じの女の子。

 その人たちのおしゃべりが風にのって、聞こえてくる。

 そして、最後の一人。

 髪を後ろで無造作にくくっている女の人。

 珍しい色合いの、赤茶色(のように見える色)に染められている。

 その人の声が聞こえた。

 心臓が、止まるかと思った。

「あのっ」

 その、赤茶色の髪の毛のお姉さんが、振り向いてこっちを見る。

「何?」

 不審そうな、警戒するような目つき。

 でも、いつもなら気にする、そういう目を、そのときばかりは、まったく気にしなかった。

 間違いない。

 あのハスキーボイスを、間違えるはずがない。

「あの」

 あれ。

 なんでだろう。

 言葉が、出せないでいる。

「あの……えっと、すいません。人ちがいでした」

 あれ。

 こんなことが言いたいんじゃないのに。

 とっさにもれた言葉は、自分でもびっくりするもので。

 ぼくは、そのまま、お姉さんに背を向けて歩き去る。

「ごめんなさい」

 後ろを向いたまま。

 目を合わせることができないまま。

 そう、謝罪の言葉をつぶやいて、ぼくは立ち去る。

 がしっ。

「ちょっと待った」

 そのとき、ぼくの肩に、手がかけられた。

「きみ……もう一回、しゃべってみて」

「え?」

「もう、一回、なにか、しゃべって、みて」

 混乱するぼくに、ゆっくり、聞き取りやすい声で、はっきりと区切りながら、お姉さんは、そう言った。

「しゃ、しゃべるって、い、いったいなにを、ですか?」

「なんでも」

「なんでも、って言われても」

 そこで、ふふふっ、と笑う。

「もう、しゃべってるじゃないか」

 そう言って、後ろにいて、不安そうにこっちを見ている友だちに、待っているように簡単に伝えると、

「きみ、ヤマトくんでしょ?」

「あ」

 呆然。

 やっぱり。

「音声メッセージ、くれたでしょ?」

「あ、はい。でも」

「でも?」

「覚えていて、くれたんですか?」

 うすく微笑んで、

「わたしのこと、特徴あるいい声だ、って言ってくれたけどさ。きみの声だって、けっこう特長あるよ」

「そうなんですか?」

 そんなこと、考えたこともなかった。

「うん。そっか、君がヤマトくんか」

「灰音さん……なんですよね」

「うん。わたしが灰音だよ」

 奇跡だ。

 何に感謝すればいいのかまったくわからないが、今のぼくの心の中には、感謝しかない。

 こんなことが。

 まさか。

「まさか、同じ土地に住んでいるとはね」

「え?」

「同じ土地、なんじゃないの?」

 あわてて、ぼくは説明する。

「受験でここに来たんです」

「受験? あー、そっか、そういう時期か」

「学園を受験したんです」

「学園? この土地は、学校が多いけど、なるほど、学園、ね」

 ふーむ、とうなって、

「なるほど」

 とまた言った。

 そして、ちらり、と後ろを見て、まだ待っている友人たちに気づく。

 にっこり笑って、灰音さんは、彼女たちの方へと歩き出す。

「もしさ」

 少し行ったところで振り返って、灰音さんは言った。

「学園に受かったら、教えてよ。ここに住んでるからさ。よかったら、友だちになろう」

 でも、すぐさま、真面目な、少し怒ったような顔でつづけた。

「でも、勘違いしないでね。付き合うとか、そういうんじゃ、全然ないから」

「あ、はい……」

 それから、またすぐに振り返って、いろいろと重なりすぎた出来事で、くらくらしているぼくに、灰音さんは最後の言葉をかける。

「あと、紹介してくれたゲームやったよ。いい絵描くじゃないか。またね! がんばってね!」

 笑って立ち去る灰音さん。

 ぼくは、しばらく立ったまま、彼女の姿を心に焼き付けていた。


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