ニート魔王伝
魔界の端っこに、魔王ボイルと呼ばれる元ニートが住んでいた。
ボイルは学生時代から特に目立った点の無い、普通の生徒だった。
ただちょっと顔が残念で体型がピザで、家では床ドンで母親を動かしていて、学校でのアダ名が「牛魔王」で、いつもいじめられていて、いじめっ子への復讐の為にノートにモンスター軍団を描いて、いじめっ子をフルボッコするイラストを書いて悦に入っていただけだ。
それが成人してニート生活を満喫していると思ったら、いつの間にか本当にモンスターを従えた魔王に君臨していたわけである。
ただ、ボイルがめでたく魔王になれたのはボイル自身の功績では無かった。ボイルを魔界に召喚した、とある女のおかげだった。
*
「魔王、城の建築が全て完了したわよ。次はどうするの?」
「ううむ……すごいな。この城や立派な調度品全てがまさか砂でできているなんて思えないぞ、シャルル」
腕組みをした女と魔王が王の間で話していた。
漆黒の髪、赤いショートパンツに、薄赤色に透けたマントを身につけたシャルルは、魔王の好みのタイプを再現したような女だった。
「ここだけじゃないわ。この魔界平原とそれを囲む森林一帯が全て砂からできているわ」
「すごい能力だ。これほどの力があるのに、俺が王になってもいいものか……」
「いいのよ、あなたは私の恩人だからね」
「恩人?前にも言っていたが、いい加減理由を教えてくれないか?」
ボイルが問いただすと、シャルルは少し照れくさそうに話した。
「私は現実世界であなたに命を救われたのよ。何年も前の事だけどね」
「命を救われたと言われても、覚えが無いな……」
「ほら、私が海岸で波にさらわれた時よ」
ボイルはやっとの事で思い出したが、少し決まりが悪そうだった。
「あ……あー、あの時か。そういえば昔、砂のお城作ってた幼女が大きな波に飲まれて気絶していたから、介抱してあげたな」
「あの時はありがとう。おかげで死なずに済んだわ、心から感謝してる」
「い、いや、礼を言われるほどのものじゃ……」
「あら、魔王がそんな謙遜してていいの?」
シャルルの言葉に、まだ魔王慣れしていないボイルは慌てた。
「し、しまった!って、ふぅ……よかった、誰も見てない」
「ふふ、かわいい魔王さんね」
シャルルはボイルの頼り無さを特に不快に思うわけでもなく、淡々と仕事について話し始めた。
「魔王の仕事は勇者を倒す事。勇者は現実世界でのいわゆる社畜だから、真面目で、仲間と統率の取れた攻撃を仕掛けてくるわ。ニートの想像力と無限の可能性を駆使して戦ってね。あ、グズグズしてると勇者がやって来るから、まずはモンスターを作り出すのが得策ね」
「ううむ……勇者が社畜だとは知らなかった。何かだんだんムカついてきたぞ。よし、俺のアイデアノートからモンスターを召喚してみるか」
そう言ってボイルは自分のノートを開いた。これまで描き溜めた全てのモンスターが使えると思うと、ボイルの胸は高鳴った。
「よし、この電気をあやつる強力な双子にしよう。ニコラとテスラ!出てこい!」
そう言うと巨大な電撃が城の屋根を貫き、魔王の面前に青と黄色の刺青を全身に掘ったスキンヘッドのモンスターが二体現れた。
「お呼びでしょうか」
「それともお呼びではないでしょうか」
「勇者を倒して来い!」
「はい、すぐに倒して参ります」
「いいえ、勇者など我らが行くまでもありません、配下の者に行かせましょう」
魔王は大きくため息を一つついた。
「あのなぁ、まずお前ら双子なんだから意見を合わせろよ!
それとだめだめ!配下に行かせるパターンはだめ!勇者がそいつを倒して強くなって数々の死線をくぐって、いずれお前たちも倒すようになるから!強くなる前に倒して来いっての!」
「分かりました」
「よく分かりませんでした」
そう言って青と黄色のモンスターは消えていった。
「大丈夫なの?あんなので」
シャルルは呆れたような顔で言った。
「あんな性格まで設定したかな。多分絵が下手くそだから、変な性格になったんだろうな……」
「言い忘れてたけど、この魔界には他にもニートが魔王になりまくってるから、負けないようにね」
「うそ!?」
ボイルは自分だけが特別だと思っていたらしく、露骨に悔しそうな顔をした。
「社畜の勇者が沢山いるんだから、そりゃニートの魔王も沢山いるわよ。でも安心して。私達みたいに自分の城を持っている魔王はそんなにいないから。モンスターを作り出せるニートも少ないんじゃないかしら?まあ作り出した以上、管理する義務が生じるわけだけど」
「ふーん。じゃあ君ももしかしてニートなの?」
「私は不登校。私の場合、魔王を目指すより魔王の側近になった方が向いてるし、魔界の征服も早いと思ってさ」
「そうだったのか……」
助けた幼女が不登校になっているというのもバツが悪いな、とボイルは思った。
*
その後も魔王は何とかして勇者を倒そうと、モンスターを描き続け、召喚し、送り込んだ。モンスターは人間と同じように食事、排便をする他、余暇を満喫したり、レジャーを楽しんだりするので、全てを管理しなければならない。RPGだけでなく、あらゆるゲームをやり込んでいないと、魔王を務める事はできないのだ。
ニートにはゲーマーも多数おり、魔界でのニート同士の争いも楽ではない事をボイルは悟った。
「はあ……こんなに頑張ってるのに、全然勇者を討伐できない。収支は赤字だし、モンスターの幸福度は下がっていくし、経営アドバイザーは同じ事しか言わないし、これからどうしよう。魔王に経営シミュレーションゲームのスキルが必要だとは思わなかったよ……」
「ゲームの腕前を上げるのもニートの大事な役目よ。頑張って!」
「うん!だから今日も『見抜き』……してもよろしいでしょうか?」
そういって魔王はズボンを下ろし始めた。
「また?本当に好きなんだから……」
「違うでしょ!そこは『しょうがないにゃあ……』でしょ!」
「しょうがないにゃあ……」
シャルルは薄赤色のマントを脱ぎ、大胆なポーズを取り始めた。ニートの夜は長かった……
それから月日が経った頃、シャルルは熱心に仕事を続けていたが、魔王はうまくいかない勇者討伐に段々と飽きはじめていた。
ある時、シャルルが城を巡回していると、とある部屋の中から子供の泣き声が聞こえてきた。
ドアを空けてその部屋にシャルルが入った瞬間、身の毛もよだつような記憶をフラッシュバックした。
しばらくしてシャルルはものすごい剣幕で魔王の所にやってきた。
「ちょっと魔王!何なのよあの大量の子供たちは!」
「いや、あれはハーメルンの笛吹き男に村の子供達を誘拐させただけで……」
「じゃあ何で全員幼女なのよ!」
「し、知らないって!たまたまだろ!」
機嫌を損ねたシャルルはそれだけでは収まらず、日頃の愚痴をぶちまけはじめた。
「最近、城の中も卑猥な女モンスターばっかりなんだけど!一体どうなってるのよこの城は!」
「いや、その方が勇者討伐が上手く行くんだよ」
「そりゃ、勇者は社畜だからそういうのには弱いと思うけど、だからって多すぎよ!」
「まあそう怒らないで!経営が安定しだしたら元に戻すから!」
シャルルは返事もせずに自室に帰っていった。
奔放だった魔王も少し反省したらしく、幼女はすぐに解放する事にした。
「シャルルがあんなに怒るなんて……明日、仲直りの為にプレゼントでもあげよう」
次の日、ボイルはプレゼントを渡す為に、いつものようにシャルルを呼んだ。
「シャルルたーん、今日も見抜き……よろしいでしょうか?」
しかし返事がなかった。
「シャルル……?」
ボイルは不思議に思い、プレゼントを抱えてシャルルの部屋に行き、ノックをした。
「シャルル、入ってもいいか?」
「どうぞ。開いているわよ」
ボイルが部屋の中に入る。
するとそこには、裸のイケメンとシャルルがベッドインしている姿があった。
その瞬間、ボイルの脳が揺れた。
「なんだこの感覚……?
俺はこの惨めさを感じた事があるぞ……
どこだったっけ……
あれは確か……
リアル……っ!?」
ボイルは劣等感にまみれた現実の自分を強烈に意識した。ボイルが現実を……つまりこの魔界が本来の世界ではない事を強烈に意識した途端、脳が揺れ、嗚咽が止まらなくなった。魔界という名の異世界体験が終わりを告げようとしていた。
シャルルはバスローブ姿で立ち上がり、ボイルの前に立った。
「もうあんたも終わりね。現実を強く意識してしまった者は、魔界から追放される事になっているの。私はこのイケメンの*タダシ(アスタリスク・ただし)と暮らしていく事にするわね。あんたはもう用済み」
「うそだ!嘘だと言ってくれよシャルル!俺はお前の恩人だろ?どうして裏切るんだよ!!!」
するとシャルルは恨みがましく言った。
「……あんた、私を波から助けた時、変な事したでしょう」
ボイルの心臓がドクンと大きく打った。
「し、してない!」
「嘘、私思い出したの。あなたが幼女ばかり誘拐していた時、あなたが真性のロリコンのクズ野郎だったって事。完全に思い出したのよ!この変態!」
「違う!違うんだ!助けたはずみでちょっと触れてしまったんだ」
しかしシャルルは聞く耳を持たなかった。
「思えばあの頃からよ。私の人生が何もかもうまくいかなくなったの。あんたのせいだったんだ。犯罪者のあんたなんかに従ってきたなんて、もう最っ低の気分よ!!」
「シャルル!頼む、許してくれ!」
「うるさい!死ね!」
そう言ってシャルルは、砂から杖を作り出し、魔法を詠唱し始めた。
すると城自体がガタガタと音を立てて崩れ始めた。
タダシとシャルルだけは不思議なバリアで守られていた。
「うあああ、なんだこれは!」
「見ての通り、城が崩れているのよ。あと数分で粉微塵ね」
「俺の城が!砂上の楼閣のようにあっさりと消えていく……」
「言ったでしょ。この城も周辺も全て砂でできているって」
まだシャルルの裏切りが信じ切れないボイルは、必死でシャルルの説得にかかった。
「あの時、砂浜で遊んでいたシャルルは、ひたむきに砂のお城を作ってたじゃないか!それをどうしてこんな簡単に壊すんだよ!」
「わかっていないわね。私が何であの時、砂のお城を作っていたと思う?」
「そりゃあ、作るのが好きだからじゃ……」
すると、それまで怒っていたシャルルの顔に奇妙な笑みが零れた。
「私は砂のお城を、壊す為に作っていたのよ」
そう言ってシャルルは高笑いした。
シャルルの笑いと共に城は一気に崩れ去った。
「アッハッハッハッハ!」
「うあああああああああああああああああ!」
ボイルは大量の砂に飲まれ、意識を失った。
*
ボイルは現実のとあるベッドの上に引き戻された。
それは精神病院の隔離病棟の一室だった。
錯乱状態から立ち直る事ができないボイルは、魔界と現実を混同するような発言を定期的に繰り返した。
医者はそれを、投薬した事による有益な成果だと思った。
「お母さん、息子さんの症状もよくなってきましたよ。時折まともな事を言うようになりました。このまま経過を見てみましょう」
「はい、先生。よろしくお願いします」
「息子さんの様子を見ていかれますか?」
「いえ、先生にお任せしますので、私はこれで……」
そう言うとボイルの母はそそくさと家に帰っていった。
ボイルの魔界体験は完全に終わったわけではなかった。
己を乗り越える為、納得の行くラストを迎えるまで、魔界に挑戦し続ける決意だった。