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パラレルワールド繁盛記  作者: ゆきの鳥
後編 シー・ユー・アゲイン
22/24

2-10 最後の一日(2)

 時を少し遡る。

 クリスマスが過ぎた、ある日の夕方――いや、日没からかなり経ち、もはや夕方というには遅い時間のことであった。

 筒井優花ゆうかは自己判断で残業をしていた。

 商品の包装作業や事務手続きが、昼のうちに片付かなかったためだ。無断で行う長時間の残業は、決して褒められるべきことではない。従って、優花はバックヤード通路の片隅で、人目をはばかりながら作業をしていた。

 そこを、巡回中の広瀬龍二にみつかってしまった。

 自らの不手際のせいで仕事をやり残し、しかも上司に無報告で残業しているとあれば、叱られても止む無しという状況である。

「ふーむ。……あと三十分くらいで終わりそうかい?」

 そう龍二は問いかけたが、優花は無言で首を横に振った。包装やそれに伴う事務作業を終えるには、あと一時間半はかかりそうであった。

 優花は、何を言われても仕方がないと覚悟を決めたが、龍二は怒る様子もなく、おどけた調子でこう言ったのだった。


「筒井さん。おれは、三十分とかからずに、この仕事を終わらせてみせるぞ。――見よ、店長のみに許された必殺技!」


 龍二は腰のホルダーにセットされていたマイクを握り、店内放送で店内の男性社員をふたり召喚、もとい招集し、合計四人で手分けして作業をした。

 結局、一時間以上もかかるはずの仕事は、二十五分ですべて終了した。

 本来の持ち場に帰っていく男性社員たちに缶コーヒーをおごると約束しながら、龍二は見送った。ふたりの男性社員は、報酬がケチくさいと冗談めかして文句を言っていたが、何のわだかまりもない様子で戻っていった。


 優花は、目の前にある包装済みの箱を眺めながら、なにか釈然としない様子で言った。

「三十分以内に出来ました。ありがとうございます。……しかし、これでは――」

「うん? ――ああ、あいつらじゃあ、筒井さんの仕事の丁寧さには及ばないか……。でもまあ、贈答用だという点を考慮しても及第点だと思うぞ」

 龍二の返答は、少々的を外していたらしい。

 優花は、仕事が短時間で終わったという喜びを微塵も見せず、むしろ悲痛な表情で訴えたのだった。


「そうではありません! 広瀬店長、わたしは……。

 わたし、美智子部長に言われたことが、まったく違っているとも思えないんです……!

 助けてほしいって言えば、皆さんが助けてくれます。でも、わたし、皆さんの足を引っ張っているだけですよね!? お荷物ですよね? 役立たずですよね。――自分で、わかっているんです……」


 龍二は、背を丸めて縮こまっている優花を見て、静かな口調で言った。

「最初はみんな、だめなやつだったんだよ、筒井さん」

「――え?」

「二階堂さんは、新人の頃はそそっかしくて、気も強かったから、ちょくちょく騒動を起こしていた。これはなんとなく想像できるかな?」

 優花はだまってうなずいた。龍二は話を続けた。


「水産の柿崎くんは、ここに勤めるまで包丁を握ったことがなかった。

 アルバイト経験もほとんどなかったから、マナーは知らないし、接客も下手くそでさ。最初の頃はとにかく、単純なパック詰め作業と、魚をさばくことしかさせてもらえなくて、水産加工室から出てくるなとまで言われていた。

 そっからあいつは踏ん張った。不器用を逆手に取ったんだろうなぁ。それしか任せられなかったもんだから、とにかく毎日ひたすら、魚をさばきまくったんだ。

 いつのまにか、包丁を持たせりゃ同期の誰にも負けないと言われるようになった。

 そこからだな、元々の明るい性格が顔を出したのは。今だってよく見ると、接客はそれほど上手じゃないんだが、持ち前の陽気さでカバーしているんだ。その前まではさ、面影もないほど地味な奴だったんだよ。信じられないだろう?」


「そんな、まさか――あの柿崎さんが、ですか?」

 にわかには信じられない様子で、優花は言った。彼女にとっての柿崎という男は、大勢のお客の面前で、堂々とマグロ解体ショーをやってのける、目立ちたがりのお祭り人間という印象だ。

 しかし、龍二が出まかせを言っているとも思えない。そして、もう少し話は続いた。


「ねえ筒井さん、最初からなんでも手際良くできる人間は、世の中のほんの一握りだ。

 じゃあ、一握りに入らなかった、平凡な人間はどうしたらいいかな? 例えばさっきのように、多くの仕事を抱えてしまって、じゅうぶんな時間もなく、良い策も思い浮かばないときは?

 そしたら、答えはひとつしかない。助けを呼ぶことだ。

 ひとりきりで正確な判断を行い、たくさんの仕事を抱え込むなんて、誰にもできないよ。助けてくれと声をあげること、仲間の力や知恵を借りることは、何も恥ずかしくないんだ」



 ふたたび、大晦日のサンシャインマート茅場町かやばちょう店へ戻る。

 龍二が文字通り転がるような勢いでサービスカウンターに到着したとき、ひとりの若い主婦らしき女性客が見えた。困り果てた様子で、うつむきがちに何かを話している。

 そのお客を励まそうとしているらしいのが筒井優花。ベテランの盛田真由美は、精算待ちのお客の列を相手にしていて、手が離せない様子だ。

 緊急事態とは、筒井優花が相手をしているお客に関係するのだろう、と龍二は察知した。


「お……お待たせいたしました、お客さま。店長の広瀬です」

 龍二は駆けつけるとすぐに、頭を下げてあいさつをした。呼吸を整える余裕もない。

「あ、ああ……どうしましょう。店長さんだなんて、そんな、なんだかすみません」

 女性客は、龍二が一度頭を下げている間に三回くらいは頭を下げた。

 いままで気丈に笑顔を見せていた優花は、龍二が到着したことにより気が抜けたのか、すがるような表情で現状を説明した。龍二は、優花と女性客の説明を、まずは口を挟まずに黙って聞いた。

 状況をまとめると、こうだ。

 この気弱そうな女性客は、お姑さんから、お年賀のあいさつ回りに使うための商品――燻製ハムの詰め合わせセット二十二箱――を手配するよう頼まれていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。自らの失念であるため、無理にとは言えないが、出来ることなら本日中に受け取りたい。しかも、包装とお年賀の熨斗のし紙つきをご希望。

 そして、サービスカウンター内に、該当商品は六個しかない、ときた。


(個数が足りない。そりゃそうだ、注文が急すぎるんだ。お断りするのは簡単だが――)

 龍二が逡巡したのは、ほんの一瞬だった。

 すぐにグロッサリーの二階堂麻衣を呼び出し、店内の在庫を確認させた。結果、バックヤードのストックを含めても、商品は全部で十二個にしかならなかった。

 しかし、麻衣も簡単にはあきらめない。

「――でも、待って。定番商品だから、他店に在庫があると思うわ。まず、城東店に問い合わせてみましょう」

 麻衣は従業員専用の携帯電話で、城東店の越後谷に連絡した。その間、急な注文を持ち込んだ張本人の女性客は、申し訳なさそうに縮こまっていた。それを、優花が笑顔で話しかけ、元気づけようとしていた。

 しばらくたって、電話連絡が済んだ麻衣が言った。

「龍くん、なんとかなるわ。お代官の城東店と、本社倉庫から融通してもらえば数が揃うわ」

「城東と、倉庫と……か」

 この繁忙を極める大晦日に、誰かが車を走らせて、二か所をまわり受け取ってこなくてはならないのだ。龍二は思わず、眉間にしわを寄せた。

 それを察したのか、間髪入れずに麻衣が言う。

「わたしが走るわ」

「――すまん、お願いするよ」

 笑顔を作りながら立ち去っていく麻衣に、疲れが見えるのはわかっていた。

 ほんとうは龍二が車を出したかったが、忙しいからこそ、リーダーの自分が不在になるわけにはいかなかった。心苦しいところだったが、黙って麻衣を見送った。


 ハムを注文した女性客には、十五時の引き渡しを約束し、いちど帰宅してもらった。女性客は最後まで申し訳なさそうに頭を下げていた。

「……さて、筒井さんは、おれと一緒に来てくれ」

 龍二は早速、店内バックヤードの倉庫へ向かった。優花もその後をついていく。歩きながら龍二は後ろの優花に言った。

「サービスカウンターも忙しいと思うけれど、合間を縫ってでも包装をしておいてほしい。もしも、十三時の時点で目処がつかないときは、ためらわず応援を呼んでね」

「わ……わかりました! がんばります!」

 優花はしっかりと返事をすると、カートに商品を積み込んで、またサービスカウンターへ戻っていった。これで、さっきのお客さまに喜んでいただける――そう考えると、優花はなんだか自分のことのように嬉しくて、少し誇らしい気持ちになった。



 午前十時半。

 普段であれば、商売にはまだまだこれからの時間帯であるが、きょうは大晦日。勝負は早い時間に決着を迎えてしまうのだ。もったいぶっているうちに、世の主婦たちは家にこもって宴会の用意を始めてしまい、もう買い物に出てくることはないであろう。

 この時間に一気に攻勢をかける。店長の龍二の指示により、それは始まった。


『店内のお客さまにご案内です! まもなく、鮮魚売り場前通路にて、マグロ解体ショーを開催いたします!』


 店内アナウンスを行っているのは、もちろん包丁をふるう柿崎淳であった。

 彼の私物であるラジカセからは、これもまた本人が入手した音源である和太鼓の響きが、かなりの大音量で流れ始めた。それを目印にするかのように、お客がどんどん集まってくる。

 

 惣菜部門の用事が済んだ龍二は、柿崎の周りに集まっている人混みをやや遠巻きに見ていた。

 先週のデモンストレーションが効いたのか、以前の解体ショーのときよりも賑わっているようだった。背伸びして輪の中央を見てやろうと思ったが、人が多すぎて、マグロどころか柿崎すらもよく見えないありさまだった。


『それではご覧ください! まずは頭を切り落としますよ!』


 ひときわ大きな歓声が上がり、拍手が沸き起こる。

 様子は見えなくても、柿崎があざやかな包丁さばきで、順調に事を進めていることは容易に想像できた。

 そのとき、龍二の横から肘をつついてくる者がいた。二階堂麻衣だ。

「おっ、戻っていたんだ? 例のハムのセットはどうなった?」

「持ってきて、いま優花ちゃんに渡してきたところ。――さすが大晦日ね、あちこち道が混雑していて、時間かかっちゃったわ」

「そうか! ご苦労であった!」

「いいえ、どういたしまして」

 そう答えながら、麻衣は笑顔を作っている。なにか不自然だ、と龍二は思った。朝からおかしいと思っていたのだが、いまやそれは確信に変わっていた。

「ちょっと、二階堂――左手のそれ、なんだ」

 龍二が言うと、麻衣は隠すように左手を体の後ろに回した。

「え? べつに何も――」

 一瞬、袖口からちらりと見えたものが何なのか、龍二には聞かずともわかっていた。それ以前に、麻衣の顔色がすぐれないのは明らかだった。

「だめだよ、こっちに来るんだ」


 龍二は、半ば強引に麻衣の手を引っ張り、売り場からバックヤードへ連れていった。

 麻衣は観念した様子で、左手の甲を見せた。緑色の丸いゼリーのような物体――宇宙人エルフィン特製の医療用パッチ、が貼りついていた。

「これ、ついさっき、フリュカさんがくれたの。――でも、大したことじゃないのよ。ちょっと疲れたなーって思って、栄養ドリンクを買おうとしていたら、こっちのほうがいいからって、くっつけてくれたのよ。本当、それだけ」

 その緑色の薬は、龍二が昏倒するほど疲労していたときに、フリュカに処方されたものと同じに見えた。龍二には、麻衣が強がって無理をしているようにしか思えなかった。

 龍二は首を横に振りながら言った。

「だめだよ。無理せず帰るんだ」

「――いや! 絶対にいや! ここまでみんなで頑張ってきて、最後の最後だけ、わたしだけがこの場にいないなんて、そんなの絶対にいやよ!」

 泣きそうな顔で麻衣は訴えた。もともと強情な彼女である。簡単に引き下がりそうには思えなかった。



『では、いよいよ三枚おろしに入ります! もちろん、全て実演販売致しますので、じっくりご覧ください!』


 柿崎は、マグロの中骨と身の間に包丁を入れ、豪快な三枚おろしを披露していた。

 お客たちの目は、すっかり釘づけになっている。

 包丁を器用に使い、みるみるうちに皮を剥がす。いとも簡単にやってのけているが、素人にはとてもこんな真似はできないであろう。半身をさらに縦半分に切り分け、きれいな赤い身のブロックが出来上がっていく。そのたびに、観衆からは大きな歓声が上がっていた。

 残った硬い中骨は、分厚い包丁で適当な大きさに分断された。


『この骨の周りの身をスプーンなどでこそげ取ると、いわゆる中落ちとなります。もちろんお刺身として召し上がって頂けますので、ぜひぜひお試し下さい!』


 お客たちから感嘆の声があがり、財布を覗きこみながら、どの部分をどれくらい購入しようかと算段し始める者もいた。

 柿崎は、最後の仕上げとばかりに、白髪大根の上に手ごろなお造りを盛りつけてみせた。その板前並みの手際もさることながら、マグロそのものも食欲をそそる、見事な色艶である。さりげなく添えた大葉の濃い緑が、鮮やかな赤色を一層引き立たせていた。

 これを見せつけられてはたまらない。それまでは冷やかし半分や、物珍しさに寄って来ていたお客たちも、途端にそわそわし始めた。

(さて、そろそろショーは終わりッス! ここからは商売の時間ッスよ)

 柿崎は、バックヤードから覗きこんでいた水産部門のパート職員に合図をした。切り分けた柵やお造りをパックするのに、柿崎ひとりでは追いつかないからだ。そして、向かい側の惣菜売り場から様子を伺っていた星野彩にも、事前に決めてあった合図を送った。



 龍二は、事務室に顔を出し、パソコンに向かっていた後藤香織を手招きして呼び出した。

「ちょっと、売り場に出てもらってもいいかな?」

「いま、月末処理が一段落したところなので、いいですよ。お店、混雑しているんですか?」

 後藤は椅子から立ち上がりながら言った。今日はいつでも店に出られるように、あらかじめ接客用の制服を着用していた。

「ああ、実は……。二階堂さんが、朝から体調が悪かったみたいで、いま仮眠室で休ませているんだ。フリュカさんからいい薬をもらったから、少し横になると言ってた」

 後藤は目を丸くして驚いた。

「まあ、帰宅しなくてもよろしいのですか?」

「おれもそう思ったんだけど、テコでも動きそうになくてね。あそこまで連れてくのがやっとだったよ」

 頭をかきながら龍二が答えると、納得したように後藤はうなずいた。

「二階堂さんらしいです。むしろ、よく大人しく休憩をとる気になりましたね。――あら、広瀬店長も、お顔がずいぶん赤いんじゃありません? 熱でもあるのでは……」

「あ、いや、そういうんじゃ……」

 本気で心配している様子の後藤に、そんな理由ではないと言うこともできずに、龍二はくるりと背を向けて歩きだした。

「と、とにかくなんでもない。後藤さんは、グロッサリーの品出しに入ってほしいんだ」

 何かを察した後藤は、それ以上は訊ねないことにしようと思った。



 後日談になるが、少ないながらも目撃証言が浮上した。

 強情を張って動こうとしない麻衣を、龍二が華麗にお姫様抱っこして連れ去っていったのだ、とか、もうちょっとだけそれ以上のことがあったのだ、とか、真偽不明の情報に、後藤は大いに惑わされることになった。

 しかし、麻衣本人に真相を確かめるほどの勇者は、ついに現れることがなかった。



 後藤が龍二に連れられて売り場に出たとき、ちょうど柿崎の実演販売が終わったところだった。前回と同様に、マグロのパックをカゴに入れたお客たちが、レジへ向かおうとしていた。

 さきほどまでマグロ解体ショーで賑わっていた水産売り場から、少し離れたところには惣菜売り場がある。そこで、惣菜タイガースの星野彩が、なにやら不審な動きをしているのが目にとまった。

「広瀬店長、あれは……」

 後藤が問いかけると、龍二は立ち止まり、静かに事を進める星野の様子を眺めながら言った。


「ああ。――ほら、前回の解体ショー、ろくに宣伝もしないで開催しただろう? そしたら、盛り上がったことは盛り上がったんだけれど、実質的には客寄せ効果が少なくて、ほとんど儲けがなかったんだ。その上、お客さまが一気にレジに向かってしまったんで、混雑するばっかりで、チェッカーさんたちにはえらく不評だったんだよね」


 龍二の言っていることの意味は、数秒ののちに後藤も理解することになる。その店内アナウンスは唐突に、店内に響き渡った。


『お客様にご案内です! ただいまより、数量限定、幻の特製寿司を販売いたします!

 第五番並行世界で大好評、行列が出来た"インデペンデンス寿司"、本日限定で復活いたしました。いろどりも鮮やか、大晦日にご家族で、ちょっぴり贅沢はいかがでしょう! 惣菜売り場で、ぜひご覧ください!』


 マイクを手に持ち、店内放送を行っているのは星野彩である。

 惣菜売り場には、いつのまにか特設の平台が設置されていて、あの豪華なインデペンデンス寿司が並べられていた。価格も高額だが、中身は高級ネタが惜しみなく詰まっている、見栄えもよい上等な品物であった。

 店内の客の一部は、惣菜売り場へ流れ込んできた。解体ショーほどではないが、みるみるうちに人だかりができていく。しかし、中身が立派であれば値段もご立派。相応な価格設定にしたものだから、飛ぶように売れるとは言いがたく、売れ行きはゆるやかだった。


「あら……? 大半のお客さまは、見ているだけですけど……。ちょっと高すぎましたかね?」

 後藤は不安になっていたが、龍二はにこにこ笑っている。

「いいんだ、見てくれることが目的なんだ」

「あっ! これはもしかして――」

 後藤は、売り場の向こう側にあるレジのほうを見た。極端な混雑は発生しておらず、精算待ちの列は滞りなく流れている。マグロ解体ショーの直後なのに、だ。

「なるほど、お客さまの流れを分割し誘導したのですね!」

 これは、群集を操作するために考案された、ある有名な方法である。大きなイベントの直後、混雑が集中し、インフラ機能のまひが懸念される場合などに利用されるものを応用したのだ。


「そう。解体ショーが終わって、すぐに帰りたいと思う人もいれば、珍しい寿司を一目見たいという人もいる。あわよくば、お買い上げ下さるお客さまもいるかもしれない。

 あのインデペンデンス寿司、好評だったから、どうにかして復活させたいって考えてたんだけど、ただ普通に並べておいて、前みたいに売り切れたらつまらない。高級ネタがたくさん必要なぶん、際限なく作成することはできないんだ。

 だったらいっそ、製造個数を区切ったほうが管理しやすい。『幻の限定品』っていう触れ込みなら、これは特別な商品だという付加価値を与えることもできる。もしかしたら、一石二鳥になるかなと思ってね」


 後藤はインデペンデンス寿司が積まれている平台を見た。手に取るお客は徐々に増え、さきほど並べたうちの半分くらいは、台の上からなくなっている。

「――ほら。あるお客さまがカゴに入れているのを見て、呼び水のようにまた別のお客さまが手に取っていく。価格を考えれば、じゅうぶん売れているだろ?」

 龍二と後藤は、徐々に平台から高額寿司が消えていく様子を、しばし満足げに眺めたあとで、麻衣が抜けたグロッサリーの応援に入った。


 もうすぐ正午である。大晦日のお客の引きの早さを考えると、勝負の残り時間は決して多くはなくなっていた。

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