トラブル処理
「ちょっと。これまずいよ。」
西山係長が会田係長に話しかけた。
「中嶋さんの先月の石井さんの支給。実は石井さんの障害が2級が3級に変更になったから障害者加算が先月から変更なんだよね。」
「すると、減額ですか。」
「そう。差額を来月分から戻入するしかないかな。」
(※戻入とは返金のこと。)
「それ。俺がこいつと石井さんに説明に行きます。」
二人の会話に小森が割ってはいった。小森の表情は真剣すぎるくらいきつい表情だった。
綾は何のことか良くわからなかった。自分がとんでもないミスをしてしまったのか。
「計算するとこの額の戻入が出ますか。」
明香がプリンターから書類を出して西山係長と会田係長と小森に渡した。
「これね。」
明香が綾に書類の金額の部分を指さして言った。
「これが来月分の支給額から減額されると石井さんに説明するの。」
「すみません。わたし。」
震える綾の頭の上から周が言った。
「お前のせいじゃねえ。障害者援助課のせいでもねえ。だれのせいでもねえ。」
「あの。」
「行こう。係長。いいですか。」
「お願いします。」
このやりとりはあっと言う間の出来事だった。本当にあっと言う間に小森が次の行動に事態を引っ張ったのだ。
「俺が運転する。行こう。」
「ごめんください。」
「はあい。」
「区役所の福祉事務所の小森です。」
ドアを開けて中から初老の男の人が出てきた。綾には初対面だった。
「すみません。実は石井さんに説明したいことがあって。」
「なんですか。」
小森は資料を示しながら、障害者加算金が減額になること、2ヶ月分の減額が来月の支給から減額になることを説明した。
石井の表情が険しくなった。
「困るよ。なんでだよ。」
「申し訳ございません。これはミスとは言い切れ無いんですが、手続きの関係で石井さんにはご迷惑を。」
「冗談じゃないよ。」
石井の言葉は怒気をふくんでいた。
「新人の担当で、ミスしたんだろ。」
「いえ。そうではありません。」
綾は直立不動のまま、何も出来ずにいた。怖かった。どうしたらいいのか。
「新人ですが、担当のせいではありません。お怒りはわかりますが、制度的に今回のようなことがあることはご理解ください。」
「いいよ。もう。」
「支給日の前に担当から明細を送りますので。」
「ああ。」
階段を降りながら、綾は悔しくて、また、周に申し訳なくて泣いた。車についても涙は止まらなかった
2人が生活保護課に戻ると、みんな一様に心配そうな表情で集まってきた。
会田係長が小森の側に駆け寄るように来た。
「ありがとう。小森さん。」
「とりあえず、説明しました。」
「おつかれさん。」
報告というより、小森を労う。こういうやりとりだった。
「記者発表にならなくてよかったなあ。」
見慣れないメガネのおじさんが言った。名札を見ると「障害援助課障害者担当係長」と表記されていた。名前は石黒。
「おねえちゃんたちにはいつもハラハラ
させられるんだよね。」
石黒係長がへらっとそう言うと。そばにいた妙と明香の目つきが変わった。
周が石黒の方に振り返り言った。
「おねえちゃんではありません。中嶋ワーカーです。たちだとすると他の若手女性ワーカーも同様です。」
それは、強く、そしてやさしい声だった。まっすぐな周の背中が綾の目の前にあった。
「とりあえず、よかった。」
西山係長がそう言って、その場面を切り替えた。
「綾。だいじょうぶ?」
明香の言葉に綾は周の背中をまっすぐに見ながら
「だいじょうぶです。」
とこたえた。