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バスケやろうよ  作者: みなもと とおる
7/39

5分ゲーム 三宅登場

7時15分から始めた全体練習。あっと言う間に30分過ぎた。

「えーっと。まだ、うちの三宅さんが来てないけど、10人いるからゲームやろうか。」


 増山の提案で京浜区+中央区の平田の5人対福祉局の5人でゲームをすることになった。

平田は身長178センチくらいの選手だった。

「平田さんを真ん中で、男子は後ろで、女子は前ね。ツースリーのゾーンだな。」

「ゾーンディフェンス」そう聞いて綾は戸惑いがあった。ゾーンディフェンスはよくわからなかった。しかしそれ以上に本当に久しぶりのゲーム。不安よりもわくわく度が心の中に増していた。(が、誰かほかの人にわくわくしているのがばれてしまう事がちょっとこわかった。)

「10人しかいないから、11点先取ね。ジャンプはなーし。じゃやろ。」

 京浜区ボールでゲームは始まった。田中がセンターコートからドリブルでスリーポイントラインまでボールを持ち込んだ。そこへ小澤が詰めた。身長差がある田中はボールを頭上でキープし、ポストの石垣にパス。石垣から右0度のスリーポイントラインに走り込んだ妙にパス。妙は躊躇なくスリーポイントシュートをうった。

 ボールはきれいな放物線を描いてゴールへ。しかし、惜しくもリングにはじかれリバウンドになった。

 リバウンドは福祉局の宮本が取り、増山にパス。増山は速攻のドリブルでセンターラインを越えたあたりでコートプレスに来た田中を瞬く間に回転してかわした。

「バックロール」

思わずつぶやく綾の目がぱっちりと開いたその次の場面では右前に走り込んだ小澤にパスが通り、カウンターの速攻が決まった。

「ナイシュー。」

後ろ向きに小走りでディフェンスに戻る増山の良く通る声がコートに響いた。 

「一本かえそーっ」

 妙が手を叩きながら声をかけた。ドリブルでボールを持ち込む田中に増山がついた。増山が田中のシュートを封じるため自らマンツーマンディフェンスについたのだ。

「ボックスワンだぜ。」

「抜きますよ。マスさん。」

一瞬のフェイクを入れ、田中がスリーポイントシュートをうった。

しかし、増山のディフェンスの厳しさに、田中のシュートはリングをはねた。田中はすかさずリバウンドに飛び込んだ。しかし、ゴール下は宮崎と栗山がしっかりとスクリーンアウトし、田中をゴール下に入れなかった。リバウンドを宮本がとり、増山にパス。妙が果敢に増山に走り詰めたが、速いドリブルで妙を抜き去った増山のドリブルシュートが決まった。

「やだ。」

 

この人はひょうなのか。綾は思うと同時にここのバスケが高いレベルのバスケであることを理解した。まだ、綾や香澄はゲームに何のからみもなかった。

 次の攻撃は妙がボールを運んだ。 

「綾、いくよ。」

 妙が綾に声をかけた。7号球のスリーポイントシュート。無理だとは思うものの、思い切り行こうと決めた。ポストの石垣から綾にパスが出た。フリー。

「うてっ。」

 田中の声が床をうった。綾のシュートは大きく弧を描き、そしてリングをはねた。

「ごめんなさい。」

 綾が叫んだ。「おしい。でもくやしい。」思う気持ちを感じる間はなかった。

「ナイリッ。」またもリバウンドは宮本が取った。すかさず増山にパス。増山がドリブルで持ち込もうとした瞬間、妙がコースをふさいだ。だが、増山は妙の横を一瞬で抜き去った。そしてゴール下で止まった。「えへへっ」と笑いシュートをしない増山に抜かれた妙が走り寄った。その横に短いパスを出し、妙の後ろから走り込んだ香澄がキャッチしゴールを決めた。

「いえ~いっ。か・す・みぃ初ゴール。」

 増山が香澄に駆け寄った。そしてハイタッチしようとする香澄にグーパンチをした。

「えっ。」

 意表をつかれた香澄。

 完全に福祉局のペースで1回目のミニゲームは終わった。結果は12対4。京浜区チームは田中の2本のミドルシュートが得点だった。

「つぎ、やろーっ。」

 田中が呼びかけて2回目のミニゲームが始まった。綾は次はシュートを決めてやろうと意気込んだ。同期の香澄が先にゴールを決めたことは綾の気持ちを揺らしたみたいだ。

「田中さん。パスください。」

 今日はじめて会った田中に綾は指示っぽく言った。「おーっ」という表情の田中はちょっと嬉しそうだった。

 パスが綾にわたった。そこへすかさず小澤がチェックにはいった。綾はシュートフォームに入ったが、この時はシュートはうたなかった。フェイクを入れてドリブルで中へきれこんだ。

「いいね。綾。」

 妙が言った。ゴール下にいた宮本も面食らったがブロックに行こうとした。すかさず綾は宮本の横に入りシュートにいった。

「すげーっいいぞ。」

 田中が叫んだと同時に綾のボールはエンドにとんだ。

 増山が綾が放ったシュートをブロックしたのだった。

「ごめーん。思わずいっちゃった。」

 明るくそう言う増山。しかし目は鋭かった。綾は自分の心に引火性の液体が流れ込んだことを意識した。悔しいときの綾の昔からの生理現象だった。

 エンドからボールが入った。田中がスリーポイントシュートを放った。ゴールが決まった。

 福祉局の攻撃。増山がスリーポイントラインの外でボールをキープした。

 田中が増山のマークについた。ドリブルでボールをキープする増山に綾がつっかけた。スティールを狙った綾。ダブルチームでの増山へのディフェンスになった。

「ほわほわしてるくせに。負けず嫌いなんだね。綾は。」

 ほわほわした負けず嫌いの妙がぼそっと言った。

「あらま。」とだけ言うと増山は綾の横にドリブルでステップアウトをして、スリーポイントシュートを放った。

 ボールはゆっくりと弧を描き、「ぱすっ」という音とともにリングを抜けた。

 綾は増山ばかりを目で追っていた。自信にあふれた増山の笑顔。ところが、増山がコートのそばに視線を向けた次の瞬間、突然、笑顔が消えた。綾も増山の視線の先をふりかえった。

そこに屈強という表現でしか言えない男子プレーヤーが立っていた。


 「遅いっよーっ。三宅さあん。」

 田中がそのプレーヤーに呼びかけた。

「わり。バッヂの処理終わんなくって。」

三宅は京浜区のプレーヤーなのか。増山はまた笑顔に戻ったが、目は鋭く光っていた。

 このミニゲームも福祉局チームの勝ちだった。

「平ちゃん、福祉に入って。三宅さんが来たからさ。」

増山が言った。

「ちーす。君、中嶋さん?三宅です。よろしーく。」

「よろしくお願いします。」

「中嶋、、、綾のトレーナーは周さんなの。」

 妙が言った。

「じゃあ、バスケは僕がトレーナーになっちゃおうかな。綾ちゃん。」

「始めるよ。」

 田中が3本目の合図をした。

「三宅さんが来たので5分ゲームにします。福祉のだれか、ボールをあげてください。」

 5分ゲームが始まった。 

 ジャンプボールは三宅と宮本の対決だった。

「あーっ。やだ。三宅さん。」

「宮、なんだよう。嫌がるなよ。」

 ボールがあがった。三宅よりも少し背の高い宮本がここは勝った。ボールは増山に渡り、増山から鋭いパスが栗山に通った。

「くりっ。シューッ。」

 瞬間の出来事。その前にジャンプボールに飛んだ三宅が栗山の前にいた。田中よりも速い戻り。栗山はシュートのタイミングを逃した。

 そこへ、増山が走り込んで来た。栗山が増山にパスをしたその時、三宅の左手が伸びた。カットされたボールはフリースローラインに落ちた。妙がそのボールをキャッチしドリブルをした。ディフェンスのセーフティーに残った小澤が妙に詰めた。

 そこへ田中が走り込み妙からのパスを受けた。だが、ものすごい速さで増山も田中についていた。

 パスを受けた田中にファウルギリギリの増山のディフェンス。かわしてうった田中のシュートはリングをはねた。ところがリバウンドの先には既に三宅がいた。

 リバウンドを取り、三宅があっさりとゴールした。

 エンドからのボールを受け、増山がドリブルでダッシュした。すぐさま田中が詰めたが、増山はスピードを落とさず体をかがめるように田中を抜いた。

「くそっ。」

 振り向いた田中は、増山の前に既に三宅がいるのを確認した。増山はそのままゴールに向かうのを諦めスリーポイントラインの内側、左45度からドリブル、ステップしジャンプシュートにいった。


三宅がそのステップに合わせ、増山のシュートをブロックした。その後ボールは福祉局側のフロントコートに転がった。これを田中がキャッチ。セーフティーで残っていた妙にロングパスをして、妙がゴール。またも福祉局の攻撃をブレイクした。

「次は綾ちゃんのゴールをやっちゃおうかな。」

 軽口をたたく三宅の加入により、京浜区役所チームは勢いづいた。

 片方の増山の表情は、きつくなっていた。

 田中がハイポストの三宅にパスした。三宅のマークは宮本がついたが軽くフェイクを入れて三宅がシュートを押し込んだ。

 次の福祉局の攻撃では宮本のマークに三宅がついた。ポストの宮本にパスが入っても、宮本はシュートにいかず増山にボールを戻した。

 フリースローゾーンの台形の中に三宅がいるだけでディフェンスの強さが格段に違った。

 増山は自分でスリーポイントシュートをうちにいったが田中がそれを許さなかった。仕方ないパスが小澤に渡った。小澤がシュートにいこうとすると妙が詰めた。小澤はドリブルで妙をかわし、ゴールへ切れ込んだ。

 そこへ三宅が小澤の前に立ちふさがった。苦し紛れの小澤がシュートをうった。しかしボールはボードを跳ねた。

 このリバウンドは宮本がキャッチした。と、思う瞬間。三宅がボールを跳ね上げた。

「綾ちゃん。行くよ。」

 そのボールを自らキャッチした三宅が綾に声をかけた。

 2線の速攻。香澄が必死に戻った。ドリブルで持ち込む三宅。必死にディフェンスに行く香澄。だが、三宅は香澄の存在など気にもとめず走る綾にパス。

 綾はボールを受け取ると、フリーでレイアップシュートをうった。

 ところが、ボールがリングをこえた。シュートは、はずれたのだ。

 しかし、そのボールを三宅がキャッチした。三宅は

「おしっ。」

 と言いながら、ジャンプシュートをゴールした。  


 綾の心はぐしゃぐしゃになった。自分が泣いているんじゃないかと思った。

 最上級の悔しさ。それは入るのが当然のシュートをはずす自分。

 とりあえず泣いてはいなかった。それにしてもこの三宅さんの余裕は何だろう。動きにまるでムダが無い。足の裏から指先まで全てが教科書どおりのバスケの動き。

 増山に向いていた自分の目が三宅に移ることに、綾は何の疑問も感じなかった。

 いずれにしても、福祉局にやられていた京浜区役所は三宅の加入で一気に形勢を逆転した。


 三宅みやけ りょう 綾と書いてりょうと読むこの選手の名前をこの時は綾は知らなかった。

 自分の仕事の師匠の小森 周。福祉局の増山 拓也。そして、三宅 綾。この3人は横山市役所バスケ部シーホークスのメンバーでもあった。そして、綾と同期の児童相談所の加藤 尊。彼も横山市役所のバスケ部に加入していた。 

 このミニゲームは12対8で京浜区役所が勝った。三宅が8点。田中が4点。福祉局は増山が6点。宮本が2点だった。

 次のゲームが始まった。ジャンプボールは三宅が勝った。石垣がボールを取ろうとしたが、増山が飛び込んでボールを奪った。 

 増山の速攻を田中がディフェンスに行った。しかし、瞬く間に増山は田中を抜き去りレイアップシュートを決めた。

 次のオフェンスでは、三宅が宮本をかわしシュートを決めた。

 高いレベルの男子同士の攻防。それはそれで緊張感のあるすばらしいバスケだった。けれど、綾はいまだノーゴールの自分が許せなかった。

「シュートを決めたい。パスして。」

 と思うばかり。

「さっきのシュート。なんではずしたんだろう。」

 と思うばかり。時間は8時35分。練習は8時45分で終わる。と思っていたそのとき、左45度スリーポイントラインの外でフリーでいた綾にポストの三宅がパスを出した。

「うてーっ。」

 香澄がブロックに来た。夢中でスリーをうった。ボールは大きな弧を描いてボードを跳ねてリングに吸い込まれた。

「ナーイシューッッ!」

「綾~っ ナイシュー!」

「すげーっナイス初ゴール!」

 今度こそ泣いてると思った。自分は笑ってる顔で涙を流してる人だと思った。けど、よかった。涙は流していなかった。

 仲間が綾に駆け寄りハイタッチしてくれた。


「じゃあ、飲みに行きたいひとーっ。南口の養老にいきまーす。」

 田中がお疲れさん会の「お誘い」をした。

「綾も行こ。」

「今日は帰ります。」

 そこへ三宅が割り込んだ。

「今日は綾ちゃんのデビューアンド初ゴールのおめでたい日だから、僕がおごりマウス。」

「マウス」のところで頭のうえにグーを作りながら言う三宅。

「さすが、係長。み・や・けん。」

「えっ。かかり?」

 この日は結局福祉局の増山と小澤、それに香澄も飲み会に参加。京浜区役所は綾、妙、田中に三宅の参加になった。 


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