小森 周
初出勤の日(役所的には初登庁っていうのかもしれない。けど、そんな大層な職場ではなさそうだった。)は、新人には特別な日である。、
しかし、トレーナーの小森は綾の面倒を見るという態度ではなかった。
ざっと業務の説明をして、綾が担当する地区の地図を渡し、そのファイルのある棚を教えた。
「えーっと。生活保護のワーカー研修は明日からなんだよな。今日は俺の客と、さやかの客が相談に来たら、そのときに同席させてっと。あとは、ケースのファイルを見てりゃいいかな。」
と、言いまた自分のファイルに目を向けた。
綾は小森が教えたファイルのうち、ランダムに3冊棚からぬいた。 明香が苦笑いしながら
「ごめんね。今日は1年で一番忙しい日なんだ。こっちおいで。私の仕事を一緒にやろう。」
と言った。
「あっ。はい。」
「えーっと。私たちはだいたい町ごとに担当を決められるの。で、私で80ケース持ってるの。綾は60くらいかな。」
「60。ケースですか。」
「で、小森さん。私たちはしゅうさんって呼んでる。小森 周。」
「小森トレーナーはしゅうさんですね。週みっかみたいですね。」
「週3じゃねえし。」
明香のうしろから周がつぶやいた。
「週3、週4って。バイト?それじゃ生保課のエースも「とほほ」ね。」
「しゅうさんはエースなんですか。すごいですね。じゃあ嶋本さんは何ですか?」
「明香はメーカーだな。」
ファイルを見ながらつぶやく小森に明香がふりむきざまに
「何メーカーよ。もう。」
「そりゃトラブルメーカーだろ。」
「とほほエースの周さん。メーカーは、妙でしょ。余分な仕事メーカー。」
ここにはいない「たえ」という人が「余分な仕事メーカー」らしい。
いずれにしても、仲のいい感じの二人の会話だった。
「嶋本さんは何年目なんですか?」
「わたしは2年目よ。周さんは20年目。」
「えっ?」
綾は小森は30くらいかなって思っていたので、ケースワーカー20年というキャリアに驚くとともに、それじゃ40過ぎなんだってさらに驚いた。
「エースだけどオヤジ。見えないけどね。」
「オヤジはやめろ。せめてオッサンにしろ。」
意味が見いだせない違いだが、小森には大きいこだわりだった。
「わりい。明香。こいつとぼけてて大丈夫そうだから、一緒にシメの決裁をやって、
教えてやってもらおう。」
「えっ」
こいつって呼ばわり方と、とぼけてるって見られている事と、大丈夫そうっていう評価とシメをやらされるっていうことに、綾は驚き、ちょっと恥ずかしく思い、そして嬉しく思った。
「えっ」は明香も同じだったが、小森の事をよく知り、彼を慕う彼女は、今日初め会うのに何年も一緒にいるような綾の表情を見て
「いきなり。。。絶句。。。だけど綾はお客さんっぽくなさそうだね。やろっ。」
「はい。」
そのやりとりの最中も、小森はファイルを見ていた。