三年寝たろう
綾は4月の下旬、連休の前の日、1件の家を訪問した。
今井 由利子という30半ばぼ女性とその息子の世帯だった。
母親は心療内科に通っているとのこと。息子がいて、この子は中学生だが不登校と
のことだった。
綾は玄関のベルを押した。
ベルを押す前に人の気配を感じた。
しかし、中からの返事は無かった。
もう1回押した。中で物音がした。しかし、しばらく待っても反応は無かった。
綾は帰ろうと思い、階段を降りた。踊り場にさしかかったとき、ドアがわずかに開
いた。
綾はすかさず階段を駆けあがった。
「こんにちは。京浜区役所の中嶋と言います。」
ドアのノブをつかんで、わずかに開いたドアを自分の体の幅くらい開けた。玄関に
は男の子がいた。
玄関は異様にものであふれていた。にわかには中に入ることがためらわれる家であ
るこ
とがわかった。
いろいろなものが散乱し、うずたかく積まれている玄関。
ただ、綾もさほど驚かなかった。他にも片づかない世帯は知っていた。
「こんにちは。」
「…。」
「お母さんは?」
「…おくに。」
「そうなんだ。わたし、中嶋。小森さんのあとに新しい担当になって。」
「…。」
「けんたろう、くん?」
男の子はうなずいた。平日の昼間にうちにいる中学生の男の子。区役所の福祉の担
当者が来ても出てこない母親。
「お母さんは?」
綾はもう一度聞いた。
「…なか。」
「呼んで。」
「…ネット。…ケータイで。」
「そうなんだ。」
「中学生?」
「…行ってない…。」
「そう。」
綾はなぜかこの子に福祉職員としてはよけいな話をしていた。(ただ、綾は性格上
よけいな話や態度をとるケースワーカーだったが。」
「行かないの?」
「…小学校のときから行ってない。」
「家でなに、してるの?」
「…ほん…読んでる。」
「そう。」
「ねえ、三年寝太郎っておはなし、知ってる。」
「…知ってる…。」
「けんたろうくん。何年行ってないの?」
「…さん…ねん…。」
「そう。三年寝太郎、だね。」
「また、来るね。」
綾はドアを閉めた。
三年寝太郎
昔、昔あるところにいつも寝てばかりいる変な男が住んでいました。
人から悪口を言われても、子供からからかわれても一向に気にしませんでした。
それでも子供のときは普通の男の子でした。
それでも子供のときは普通の男の子でした。
ある日とつぜん眠り始めたのです。
床から出て来るのは、どうしても我慢出来なくなってお手洗いに行くときだけでし
た。
戻ってくるとまた眠ってしまいました。
ところで村は干ばつで困っていました。神様に雨をお祈りしても無駄でした。
そこでみんなは寝太郎が寝てばかりいて働かないから神様が怒ったのだと思いまし
た。
みんなは寝太郎をこらしめてやろうとやって来ました。
すると目をあけ、床から起きあがると、あくびをしてぶつぶつ言いながら家を出て
いきました。
山の上にゆっくりゆっくり登ると、寝太郎はぶつぶつ言いながら、大きな岩を押し
はじめました。
みんなはそれをみてこう思いました。
「あの岩を動かすのはとても無理だ。」
それでも寝太郎は一生懸命岩を押しつづけました。
すると岩が揺れはじめ、とうとう谷に向かって転がっていきました。
そしてもっと大きな岩にあたり転がっていきました。
そしてもっと大きな岩にあたり転がっていきました。
川は流れを変えて畑に流れ始めました。
みんなは大喜びです。畑は田植えの水で一杯になりました。
寝太郎はいつも干ばつのことを考え、その良い方法を考えていたのです。




