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バスケやろうよ  作者: みなもと とおる
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バスケ大会後

12月も初旬のある日の夕方。綾が地区の訪問から戻ると生活保護課がざわついていた。

「綾。おかえり。」

 明香が笑顔で綾に声をかけた。周の回りにみんなが集まっていた。

「周さん、係長だって。昇任試験に合格した。」

「えっ?」

 綾はこの唐突な言葉が何を意味するのかわからなかった。綾は初めて聞く話しだった。

明香や妙は知っていたのだろうか?綾もみんなの輪の中に入った。

 座っている周の横に立った。

「係長になるんです、か?」

「そうだな。」

「よかった、です、ね。」

 綾は笑顔になろうとしていた。けれども、自分が笑顔以外の表情であることはわかっていた。

 ふと、明香と妙を見た。二人とも笑顔だった。けど、うれしくはなさそうに見えた。

 業務後、生活保護課に来た田中が妙と綾に言った。


「しかし、あんだけ仕事して、あんだけバスケやって、試験受かるんだもんな。スゲ。」

 綾は周との別れが確実に来ることが、なぜかこの田中の言葉を聞いて強く感じた。

 周の昇任を素直には喜べない自分がいた。


 12月24日。綾は夜になっても端末に入力している周の背中を見つめていた。

妙も明香も帰っていなかった。というか、執務室にいたのは周と綾の二人だった。

「お前、イブなのに何残ってんだよ。」

 背中を向けたまま、周が言った。

「あ。は い。」

 意表をつかれた綾は返事になっていない言葉を返した。

「周、さん。は、帰らないのですか?」

「もう、終わる。帰るよ。」

「イブは予定は。」

「とくに。」

「そうなんですか。」

 このとき、周は振り返った。綾は自分がどんな表情をしているのかまるでわからな

かった。

 瞳の大きい周の目が一瞬、大きく開いた。そして、いつもの笑顔に変わった。


「なんか、食ってくか?」

 二人で区役所を出て、駅まで歩いた。

「周さん。ご家族は?」

 綾は周のプライベートをほとんど知らなかった。それは妙も明香も同じだった。

「おふくろと二人で住んでる。」

 周が住んでいるところは横山市の郊外の団地ということは、綾は知っていた。

「どこに連れてってくれるんですか?」


「そうだな。お前、肉は食えるか?」

「大好きです。肉食女子です。」

「系が抜けてる。肉食じゃ、肉しか食えねえみたいだろ。」

 京浜駅の手前にある、ガード下の串焼きの店に二人は入った。

「何飲む?」

 店員がおしぼりをもってきた。

「生?でいい?」

「あ、はい。」

「生ふたつ。」

「何?食う?」

 周がメニューの串焼きのページを綾に見せた。向きが自分に向いていたのが、綾には嬉しかった。

「かしらと皮と、砂肝。」

「塩?」

「しお、で。」

 生ビールが来た。

「お前、頑張ってるよな。」

 周がそう言った。綾は少し照れた。

「先輩のみなさんのおかげです。」

「やっていけそうだな。」

笑顔の周にそう言われた綾は嬉しかった。でも、すぐにその嬉しさは悲しみに変わっていた。

「周トレーナー。係長になるのですね。」

「ふふっ。そうだな。良かったよ年末発令が無くって。」

「ねんまつはつれい、って?」

「係長は補充でお正月の異動があるんだぜ。今日市役所のイントラネットで出てるぜ。」

「よかった。もし、お正月に周トレーナーがいなくなったら大変です。」

「おれも、ほっとしてるよ。」

 また、瞳の大きい周の目。綾はその目をまっすぐ自分が見ているのをどうにも出来無かった。


「周トレーナーはどうして係長になったのですか?」

「どうしてって。試験に受かったから。」

「ごめん。ちゃんと答える。にらむなよ。」

 自分が怖い表情をしていることがわかった。

「バスケも一区切りついたし、お前たちのためになるかなって思ったから。」

 お前たち。自分も入っている。その言葉の真意は綾には理解できなかったが、自分のために係長になったという周の言葉は綾の心をかき回した。

「4月には、いなくなってしまうんですよね?」

「ははは。いなくなるじゃ変だろ?」

「いなくなります。」

「まあ、市役所のバスケ部は一線を引くけど、その分京浜区バスケとか、金曜とかに

行くつもりだ。」

 この言葉に綾は歓喜していた。怖い顔はでれっとした顔になっている。自分でも止められなかった。

「お前たち。の、まごころに答えるために係長になった。」

 まごころ。この言葉が周がトレーナーとして自分に教えてくれる最後の言葉になるとはこのときはわからなかった。

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