表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Short Short Circuit

登るのだ

作者: 境康隆

 何故わざわざに困難に立ち向かうのか?

 周りの人間はいつも私にそう問いかける。

 もっと楽な方法があるのではないのか? お前のしていることは無駄ではないのか? たとえ目的を達成しても、それはただのお前の自己満足に過ぎないのではないのか?

 私がそれに登ろうとする度に、周りはそう失笑混じりの視線を向けてくる。

 なるほど確かに楽な道はある。皆と同じ道がある。

 だがそのルートは多くの人間に既に踏破された道なのだ。

 それは先人が切り開いてくれた道なのだ。

 用意された道だ。そう、容易な道なのだ。

 それに私が本当に目指したいのは未踏峰――

 だが私にはそれはもう用意されていない。先達たちが既に多くの頂きに先に到達してしまっているからだ。

 なら私のこの冒険心は何処で満たせばいいのか?

 せめて未だ誰もなし得ていないルートで、それに登るべきなのではないのか?

 少なくともそれが残されている以上、私はそのことに挑戦をせざるを得ない。

 それは困難な道のりだった。何度アタックしても跳ね返される。その度に私は滑落し、周りの人間に心配をされ、時に莫迦にされた。

 多くの者が私を止める。多くの者が私を非難する。

 だが私は怯まない。

 そこにあるから登るのだ――

 たしか先人はそう言ったと、私の先生が教えてくれた。

 私もそうだ。そこにまだ未開のルートがあるから登るのだ。

 勿論分かっている。どんなに楽なルートから登っても、見える景色は同じだろう。同じ高さ。同じ風景。同じ空気だ。

 だが経験は違うはずだ。やり遂げたという達成感は違うはずだ。

 私はそう信じ、今日も困難なルートからその頂きを目指した。

 その日も何度も足を滑らせた。何度体勢を整え直しても、その急なルートはやはり登るのには適していない。なるほど皆が楽な方を選ぶはずだ。道半ばで私は今更ながらそのことに思い知らされる。

 しかし私は知っている。挑戦する度に、私は少しでも高く、頂き近くまで登れるようになっているのだ。

 これだ。私はこの経験がしたかったのだ。そしてこの経験を本当に己のものにするためには、やはりこのルートを踏破し、頂きを制覇することが必要なはずだ。

 私は歯を食いしばり、何度も何度も足を滑らしながら一歩一歩登っていった。

 そしてついにその日、私はこの過酷なルートを攻略した。

 やはり見える景色は同じだ。だがこの胸を満たす満足感は何ものにも代え難い。

 私は今きた道を振りかえった。私の足跡が点々と着いている。私がこのルートを攻略した証拠だ。私が一歩一歩困難に立ち向かった印だ。

 私は胸に込み上げてくるものを懸命に押さえて、この喜びを伝えるべく直ぐさま下界に向かった。

 何よりこの喜びを一時でも早く知らせたい人がある。

 私が先生と呼ぶ人だ。

 そこにあるから登るのだ――

 そのことを私に教えてくれた、まさに先生と呼ぶべき人物だ。

「先生――」

 私は真っ先にその先生の下に駆け寄った。

「滑り台逆から登ったで!」

 先生はもうダメでしょと言ったが、私は勿論大満足だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ