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犬と飼い主の受難

作者: 蜜ハチ

―――夏だ。 


開け放した庭へと続く雨戸から蝉の声が聞こえる。生ぬるい風に風鈴が鳴る。

畳には少年と少女が並んで座り、向かいにも少年が座ってる。

2人で並んで座っている少年は黒い髪を短髪に刈り込んでおり、タンクトップにハーフパンツと身軽な格好だ。そしてその隣に座る少女は、少し赤い茶色い髪を肩上でそろえていて、水色のワンピースが涼しそうだ。

短髪の少年はしかめつらでその隣にすわる少女は困った表情でとなりの少年を見やりながらスイカジュースをストローで飲んでいる。

向かう少年はにこにこと上機嫌だ。

3人の間で扇風機が首を回しながら風を送る。チリン、風鈴が鳴る。



「お嫁にきませんか」


少年が甘く優しく、おねだりするように声をかける。

サラサラとした茶色い髪に、細い涼やかな目元をして水色と白色のボーダーのシャツを着ている。

その彼の言葉に、向かいに座る2人はお互いに一度目線を送る。一度無言。


「…」


ズゾッ、スイカジュースが尽きた。


「…行ってどうすんの」


短髪の少年が、低く唸るように聞いた。


「楽しく仲良く暮らします」

「…」

「………か?」

「あ、OKですか?」

「…わん」

「なあ、お前…」


少年の膝の上に置いたこぶしが―――いや、体がわんわなと震えた。

その隣に座る少女の―――犬耳が、ペタンと頭にひっつく。



「犬とか?なあ、犬とか?!」

「私は狐ですから!」

「どちらにしろ種類が違うわボケーーー!!!」

「くぅん…」




―――少女が鳴く、蝉の声が一瞬かき消された。

この少女、山犬の「きのこ」の飼い主である憲次は―――叫んだ。





―――きのこは悪さをする犬だった。


山の仕掛けを壊すわ、家畜を盗むわ、野菜を盗むわで小悪党でよく村の親父共とそれは楽しく闘っていた。

よくもまあ殺されなかったものだと思うだろうが、きのこは一応分別のある犬であった。

なるべく最低限のものをきれいに盗っていくので食い散らかしていく他の野犬やイノシシに比べたら、まだ可愛いと思えるきのこのやり口は鮮やかだった。

だからきのこの犯行は明らかだ。そして親父共は「きのこの野郎!」と怒るのだけれど、親父共が心底からは怒っていないのは子供ながらに分かったものだ。


そんなきのこは、時折山の近くをほてほてと呑気に歩いているのを見掛けている。

親父共が怒鳴るとさっと森へと隠れるが、怒鳴られるまでは我が物顔で山近くの田んぼを歩いていたりする。

親父共は怒鳴るだけで、きのこを決して傷つけたりしようとはしなかった。なぜか。憲次は親父にきいた。


「―――きのこは、神様のお使いだからや。傷つけたらお使いできねえべ?」


そう言って、憲次の頭をぐりぐりと撫でた。



そしてそんなきのこは少年と出会う。






話は戻って。



「きのこは犬なんだぞ、そしてお前は狐!」

「九尾です!」

「一緒じゃぼけえ!」

「けんちゃん、そんなに吠えないで、頭かっかするよ」



ガーガーと吠える憲次をきのこは心配そうに、けれど耳はうるさいと言わんばかりに伏せて彼を落ち着かせようと背中をなでた。

憲次はフー、フー、と息を切らして目の前のキツネ目の―――妖怪「九尾」の銀にぎらりと睨みつけた。警戒心丸わかりである。

それを銀はさらりといなして―――何もなかったように、きのこにくるりと顔を向ける。



「きのこはどうなんです?いいでしょ、僕の家にはたくさんお金もありますから贅沢できますよ」

「…どうせ騙かして手に入れたやつでしょ」

「…言葉を変えましょうか。ビーフジャーキー…好きなだけ食べれますよ、缶詰だって好きなくらい」

「な、なんだってえ…?!」

「きのこおおお!?」



―――所詮犬である。憲次の言葉で我に返るが彼女の本心は口の端から零れる唾液が証明していた。

さっきとは打って変わり今度はきのこを憲次がどうどうと納める。


「だ、だってけんちゃん、わたし、缶詰だんて食べたことない…!」

「…。我慢するんだ、きのこ」


彼は決して家の両親が何かよっぽどのことがない限り缶詰なんて買ってくれるわけがない―――そして自分の毎月500円のお小遣いでお高い犬の缶詰なんて…そうそう買えたものではない。

…そうとわかって、彼はしょぼくれて下を向く彼女の背中を複雑な心境で撫でながら、心の中で懺悔した。

この二人、慰める行動が同じである。

それを見て銀がフンッと鼻を鳴らして、どこから出したのか扇でパタパタと自分を仰いだ。



「ねえ()(のこ)さん、僕の事お嫌いですか」

「ううん、…それなりに好きだよ、割と」

「…うん、まあスキってことですよね。」

「狐ってポジティブだな」


狐はひとつ咳払いをして、居住まいを正すと熱っぽい視線をきのこに向けた。

流し眼が細いキツネ目にはよく似合って子供ながらに色っぽい。それをきのこは真面目な顔で迎え撃つ。


「僕は貴女を尊敬してますし、愛してますよ、ねえ僕と結婚しましょう」

「…」

「憲次さんが気になりますか?」

「え、」

「安心なさい、貴女がお嫁に来た暁にはこの伊藤家には我々お狐の祝福を」

「おいなりくさそうだな、その祝福」


憲次が茶々を入れたところで銀がじらりと睨みつける。

それに負ける憲次ではない、その睨みには分かりやすい警戒と睨みで真っ向から勝負に出た。―――互いの視線に火花が散る。



「…わたし」



きのこの言葉に二人が振り向く。


―――木仔は、じ、と銀を見つめる。真摯に、見据える。



「け」

「  き の こ は 嫁 に や ら ん !  」



え、ときのこが横に振り向く。

―――憲次は、きのこ以上に真摯な目をきのこに向けていた。

けれど、顔を真っ赤にさせて。息を荒立たせていた。そうして、その顔を銀に向ける。

その言葉に銀は―――数刻置いて、ため息をついた。







―――枯れ葉を、掃いてた。

掃いても掃いても次々にはらはらと落ちてくる枯れ葉を憲次が見上げていた。


少し寒くなってきた時期だ、母親に無理やり着せられたもんぺを羽織って、軍手をつけてざかざかと掃いていた。

掃いてる最中に降ってくる枯れ葉が面倒で、舌打ちをして木を見上げたが―――その光景に、ふと手を止めた。


青い秋晴れの空に伸びた枯れ木がその葉を風にあおられてカサカサ、バサバサと音を立てて揺れている。

その葉が風にあおられて、はらはらと落ちてくる。

―――秋だな、憲次は季節の折り目に触れた気がして―――柿が食べたくなった。



「…わふん」



と、心の呟きに同意をしたかのように犬の声が聞こえてそちらに目を向けた。


―――気づかぬうちに、木の下にはきのこがいた。

いつの間に、いやさどうしてこんなところに、と憲次が驚いて動けないでいると、きのこの腹が人間の腹のようにくう、と音がなった。

え、ときのこの顔を見るときのこは所帯なさげに、いや恥ずかしがってか顔をそむけた。

…なんて人間のような犬なのだろうか。


「おまえも、柿食べるか?」


干し柿だけど、と付け加えた。まあ犬にはわからないだろうけれど。



「肉じゃないのか…」



憲次が目を見開いた。

その顔に―――明らかにやってしまった、という犬の表情に憲次は焦り―――「に、肉は母ちゃんに怒られっから…、」と、言い訳をしていた。







「つまり餌付けですね」

「優しさって言って」


玄関の軒先、もう夕暮れで風景が赤に染まっていた。

その空を2匹は見つめながら言葉を交わす―――2人は、互いに幼馴染であった。



「…ねえ、山犬---…神の使いなんですから、(うち)へ来ませんか。なんで人に飼われてるんです」

「優しさにほだされて」

「人間のどこがいいんですかねえ。僕からしてみれば随分気分屋で身勝手な種族だと思いますが」

「狐だってそうだろう」

「僕は―――、最低でも、勝手じゃないですよ。ねえ、貴女よく人を好きになれましたね」


きのこは返事をしない。銀がため息をつく。


「―――大神さまが心配してましたよ」



―――きのこは言葉を返さずに、夕焼けを遠く見つめていた。











「ねえ、きのこ、干し柿おいし?」

「甘いね、これ」

「だって干し柿だもん」



きのこが器用に前足を使って干し柿を支えて、噛んではちぎって食べていた。いつも思うのだがどうして年寄りというのは歯がガタガタのくせに固いものや、食べにくいものが好きなのだろうか。


「ね、きのこ。きのこは神様に会ったことある?」

「さあてね、君は?」

「俺?」


きのこは言葉をさらりとかわして、憲次に質問した。答えは分かり切っていた。


「ないよ」


ほらね。


「俺の家は近くの神社の檀家さんで、よく話も聞くから会ってみたいとは思うけどさ」

「うん」


どうせ人間好みの、自己犠牲あふれるタダ働きの神様の話だろう。ときのこは検討づけていた。

それにしても干し柿はどうしてこんなに噛み切りにくいのだろう。


「会えるのは死んだ時かなあ」

「会えたらいいね」

「でも、俺思うんだけどさ、神様ってかわいそうだね」


きのこは憲次に振り返った。

幼い憲次のふっくらとしてリンゴのように赤い頬が寒そうだった。そして、つぶらな瞳をきのこに向ける。


「だってどう考えても神様の報酬って釣り合わないと思うんだ…」


―――幼い子供の言葉だ。きのこには彼の考えが目に見えているのだろう。

いつも助けてくれる神様のお供え物は―――いつも果物やらと、あまり幼い彼が命を助けてでも食べたいと思うものではないのだろう。

そんなものもらって、日々見守ってくれている神様って―――えらいなあ、と思っているのだろう。



「きのこも、神様のお使いなんてかわいそう。…柿なんかでいいならいつでもやるからな」



そういう子供の言葉にきのこは―――つい、声をあげて笑った。








「ねえ銀、私は人が好きなわけではないよ。神様じゃああるまい」

「そりゃ、まあ…」

「私は―――けんちゃんが好きなだけだよ」



あの幼くて、純情で、神様に可哀そうといったけんちゃんが。

その返事に銀はほほ笑んだ。―――遠くで憲次が「狐かえれ!」と、銀を追い返す声が聞こえた。



「愛されてますねえ」



銀はそう言って---憲次のが見てると分かって、きのこの頬にキスをする。

憲次の怒声があたりに響いた。こんな受難。犬は幸せに笑む。






end






リハビリ作品第2段。

もっとけんちゃんをキノコ大好きな犬バカ飼い主にしたかったなあ。。。

気が向いたら続編いくかも。


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