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戦争体験テーマパーク――死なない兵士になって、家族で一日遊べます ~最後のアトラクションは「勝った翌日」~

掲載日:2026/07/16

※戦争を扱いますが、遺体や流血の直接描写はありません。

 本日、私は二十七回死んだ。


 昼休みまでに。


 戦争体験テーマパーク〈フロントライン・ファミリー〉では、案内役もよく撃たれる。


「槙野軍曹、後ろ!」


 九歳くらいの女の子に言われて振り返った瞬間、灰色の敵兵ドローンが私の胸を撃ち抜いた。


 触覚スーツが、肋骨の周りを強く締める。


 視界が赤くなり、私は人工芝の上へ倒れた。


『戦死しました。復帰まで、三、二、一』


 耳元で明るい声が数え終わると、胸の圧迫が消えた。私は跳ね起き、敵兵ドローンを三発で倒す。


「ご救援、ありがとうございます。全員、生還です」


 女の子と両親が歓声を上げた。


 死んでも三秒で復活。


 家族全員が英雄になり、夕食までに帰れます。


 それが、この施設の宣伝文句だった。


 私が本当に死にかけた回数は、一度だけだ。


 十二年前の沿岸戦争で、左の脇腹に破片を受けた。三秒数えてくれる声はなく、起き上がるまでに四か月かかった。


 今は、銀色の名札の下に〈帰還兵ガイド〉の小さな徽章を付けている。


 本物の帰還兵と一緒に遊べる。


 それも、この施設の売りの一つだった。


「第七区画は、今日で閉めます」


 昼休み、運営責任者の榊さんは、私の弁当の横へ一枚の紙を置いた。


 最終アトラクション〈勝った翌日〉運用終了のお知らせ。


 明日の日付が入っている。


「来月ではなかったんですか」


「予定が早まりました。満足度、一・九。途中退出率、三十八パーセント。所要時間は他区画の二倍です」


 榊さんが端末を指で払う。


 客の感想が並んだ。


 楽しくない。


 子どもが黙ってしまった。


 最後に気分が沈む。


 戦争に勝ったところで終わってほしかった。


「テーマパークの最後で、楽しくないは致命的です」


「最初から、楽しく作っていません」


「だから閉めるんです。跡地には〈無人機エース〉を入れます。六分で遊べて、撃墜数は持ち帰り画像にも載せられる」


 反論しようとして、やめた。


 榊さんは戦争を軽く見ているわけではない。


 この施設で百二十人を雇い、安全設備を更新し、毎月の支払いをしている。私の提案を通し、売上になりにくい区画を三年間も維持してくれた人でもある。


 善意だけでは、壊れた触覚スーツ一着も直せない。


「午後の最終回までは、案内していいですか」


「お客様が自分で選んだ場合だけです。無理に勧めないでください」


「今までも、そうしています」


「槙野さんの『今までも』は、ときどき圧が強いんですよ」


 私は黙って弁当の蓋を閉じた。


 開業二日目のことを思い出したからだ。


 戦争なんて簡単だ、と笑った少年へ、私は本物の戦場がどんな場所かを話した。


 少年は泣いた。父親は謝った。家族は、第七区画へ来なかった。


 正しいことを言ったつもりだった。


 だが、責められた人は目を閉じる。


 案内役の仕事は、目を開けたまま帰ってもらうことだ。


 第七区画がなくなれば、この施設が私の戦争から切り取るのは、撃たれた一瞬だけになる。


 停戦後も続いた仕事は、また戦争の外へ押し出される。


「最後の一組まで、普通に案内します」


「お願いします」


 榊さんは運用終了の紙を置いて、先に休憩室を出た。


◇◇◇


 午後の最終回に来たのは、十歳の蒼君と、その両親だった。


 蒼君の誕生日祝いだという。


「今日で十歳です。家では戦争ゲームばかりで。食事だと呼んでも、『あと一戦』が終わらないんです」


 父親が、困ったように息子を見た。


「ちゃんと途中でセーブしてるよ」


「セーブしたあと、次の戦いを始めるでしょう」


 母親に言われ、蒼君は聞こえないふりをした。


 蒼君は、両手で光線銃を構える真似をした。


「百人倒したことある。ここの敵は、人?」


「人に見えるドローンです。倒されると光になって消えます」


「血は?」


「出ません。痛みも、スーツが振動するだけです」


「じゃあ余裕だ」


 母親は笑わなかった。


 私の胸の徽章を見ている。


「帰還兵ガイド、というのは。本当に戦争へ行かれたんですか」


「はい。十二年前に帰ってきました」


「子どもには刺激が強すぎるものは、出ませんか」


「遺体や流血の映像は出ません。音とスーツの刺激も、十歳向けに調整します。つらくなったら、途中で止められます」


 私は三人の顔を順に見た。


「ご家族全員を、安全に夕食までに帰す。それが私の仕事です」


 私は三人分の触覚スーツを示した。


「ただし、最後まで回ると、楽しくない区画が一つあります」


「それ、宣伝として大丈夫?」


 蒼君が先に聞いた。


「あまり大丈夫ではありません」


 母親が少し笑った。


 私は、安全確認を始めた。


 銃口を人へ向けない。非常停止の合図があれば、その場で止まる。苦しくなったら我慢せず、手を上げる。


 三人の役割を決める。


 蒼君は、迷わず突撃兵を選んだ。


 父親は工兵。母親は衛生兵だった。


「お母さん、回復役じゃん」


「あなたたち二人が、すぐ突っ込むからでしょう」


 戦争体験は、避難路の確保から始まった。


 サイレンが鳴る。


 壁面映像の空を、無人機が横切る。


 家族は壊れた街を模した通路へ入り、動けなくなった市民役の人形を安全区画まで運んだ。


 蒼君は敵を探して何度も先へ出た。


 父親は扉を開ける装置の説明を聞かず、一度警報を鳴らした。


 母親だけが、救護用の水と包帯を最後まで持っていた。


「右の窓!」


 蒼君が叫ぶ。


 灰色のドローンが顔を出す。


 蒼君は四発撃ち、二発当てた。


『敵兵一体を無力化。二百点』


 頭上の数字が跳ね上がった。


「やった!」


 父親もつられて前へ出る。


 私は二人の背後を守り、母親は撃たれた父親のスーツへ救護タグを当てた。


『味方一名を救護。五十点』


「命一つで、敵の四分の一なのね」


 母親が言った。


「そういう配点です」


「誰が決めたんですか」


「施設を作った大人です」


 その中には、私も入っている。


 次は、市街地の通信拠点を奪う区画だった。


 青い扉の建物へたどり着くと、父親が工兵用の突破装置を取り付けた。


「爆破まで、三、二、一!」


 音と風が出る。


 扉が内側へ倒れ、玄関にあった赤いランドセルが通路へ転がった。


 蒼君はそれを足で脇へよけ、真っ先に入った。


 私も、父親も、母親も続いた。


 誰も立ち止まらなかった。


 屋上へ旗を立てると、金色の紙吹雪が降った。


『作戦完了。青部隊の勝利です』


 蒼君、八千四百二十点。


 最優秀兵士。


 父親、三千百点。


 母親、千八百七十点。


「お母さん、最下位!」


「二人とも、私が三回ずつ起こしたんだけどね」


「でも敵は僕が一番倒した」


 蒼君は、胸に投影された金色の勲章を何度も触った。


「戦争って、簡単じゃん」


 父親が慌てて息子の肩をつかんだ。


「蒼、そういう言い方は」


「今日の戦争は、簡単に作ってあります」


 私は言った。


 三人がこちらを見る。


「十歳の誕生日に、ご家族全員が勝って帰れるように作った商品です。楽しんでいただけたなら、前半の案内は成功です」


 蒼君の顔から、笑みは消えなかった。


 それでいい。


 ここで笑ったことを責めても、次の扉は開かない。


 壁に、二つの進路が現れた。


 左は、勝利撮影所と土産売り場。


 右は、黒い扉だった。


『第七区画 勝った翌日』


『武器使用不可・得点なし・所要四十分』


 蒼君の腕輪には、六つの作戦完了印が光っている。


 七つ目だけが、灰色だった。


「あれやらないと、全部埋まらない?」


「埋まりません」


「じゃあ、やる」


 即答だった。


「四十分よ。予約したレストランに遅れるかも」


 母親が言う。


「最優秀兵士が、途中で帰っていいの?」


「そこを使うのね」


 父親は、黒い扉の注意書きを読んだ。


「何をする区画ですか」


「私が実際の戦争で、一番長くやった仕事です」


「戦うんじゃなくて?」


「戦いが終わったあとです」


 蒼君は迷わず、黒い扉へ腕輪を当てた。


 七つ目の印が、細く明滅した。


◇◇◇


 第七区画でするのは、戦闘が終わった街の後片付けだ。


 危険な物を見つけ、水や道を使えるようにし、残された持ち物を記録する。一組では終わらない仕事を、前の家族から受け取り、次の家族へ渡す。


 黒い扉の向こうには、銃を持ち込めない。


 三人は光線銃を返却箱へ入れた。


 金色の勲章も、胸から消えた。


 代わりに渡したのは、厚い手袋と、記録端末が一台ずつだった。


「敵はどこから出るの?」


「出ません」


「ゾンビは?」


「いません」


「じゃあ何を倒すの?」


「何も倒しません」


 扉が閉まった。


 音楽も、作戦を急かす声も聞こえなくなる。


 目の前にあるのは、戦いの終わった街だった。


 割れた窓。


 道へ崩れた壁。


 止まった信号。


 誰もいない集合住宅の上で、洗濯物だけが風に揺れている。


 戦闘区画と同じ街を、停戦後の時間軸で再現している。同じ形なのに、色が抜けたように見えた。


「この区画だけは、閉園しても最初の状態へ戻りません」


 私は、入口の進捗板を示した。


 運用千九十六日目。


 通行可能な道路、六十二パーセント。


 使用可能な井戸、五基中三基。


 保全・記録済みの持ち物、四百二十一点。


 家族との照合が終わった持ち物、二百八十九点。


「前に来た人が片づけた分は残ります。今日できなかったことは、次のご家族が引き継ぎます」


 戦闘区画で見過ごした物と同じ物が、この街に残る未処理品の中から、家族ごとに再現される。


 ただし、片づいた道をもう一度ふさぎ、使えるようになった井戸を壊して、初日に戻すことはない。


 私は入口の引継ぎ箱から、一枚の票を取り出した。


〈北通りは未確認。建物の裏から水の音がします〉


「前のご家族は、ここまでです。今日は、この続きから始めます」


「三年もやって、まだ終わってないの?」


「はい」


「戦争の方は、一時間で終わったのに」


「はい」


 蒼君は進捗板をもう一度見上げた。


 北通りへ入った最初の角で、道の真ん中に金属の筒が落ちていた。


「弾だ」


 蒼君が駆け寄ろうとする。


「止まってください。近づかない。触らない」


 私は声を低くした。


 蒼君の靴が、金属の筒から数歩手前で止まった。


「爆発するの?」


「その可能性がある物として扱います」


「でも、作り物でしょ」


「ここでは全部作り物です。それでも、覚えて帰っていただく手順は本物です」


 私は端末の〈危険物を報告〉を開いた。


「見つけた人の仕事は、近づかず、触らず、場所を知らせるところまでです。片づけるのは、訓練を受けた専門員です」


「僕が倒さないの?」


「倒さなくていいんです」


 蒼君は、少し不満そうに端末を持ち上げた。


 母親が地図上の位置を読み、父親が周囲の目印を確かめる。


 蒼君が報告ボタンを押した。


『危険物報告を受理しました』


 数字は、一点も増えなかった。


「これだけ?」


「これで、次に来る人が近づかずに済みます」


 少し進むと、道路のひびから水が流れていた。


 父親が端末で水道図を開き、母親が近くの建物に人が残っていないかを確認する。


 安全な元栓を私と一緒に閉めると、茶色い水がゆっくり細くなった。


「これで何点ですか」


 父親が聞いた。


「零点です」


「徹底していますね」


「水は止まりました」


 父親は濡れた手袋を見た。


「それが結果、ということですか」


「はい」


 母親が、止まった水と進捗板を交互に見た。


「全部は、四十分で終わりませんね」


「一組では終わりません」


 私の戦争は、停戦の日には終わらなかった。


 翌朝から銃を手袋と記録端末へ持ち替え、十一か月、海沿いの町を歩いた。


 危険な物の場所を記録する。


 水が使える家を確かめる。


 名前の分からない持ち物に、見つけた場所と日付を付ける。


 家族を捜す窓口へ、その記録を渡す。


 戦っていた日数より、後片付けをしていた日数の方が長い。


 最初の週、雨の降り始めた路地で、泥の上に落ちたウサギのぬいぐるみを見つけた。


 これ以上汚れる前に保管しよう。そう思って拾い、袋へ入れて捜索窓口へ運んだ。


「どの家の前にありましたか。玄関の内側ですか、道側ですか」


 窓口で聞かれて、私は答えられなかった。似た路地が三本あり、倒れた街灯の近くだったことしか覚えていなかった。


 持ち物が見つかった場所は、持ち主を捜す手掛かりになる。私は親切のつもりで、その手掛かりを消していた。


 別の班が撮った巡回写真から場所を割り出し、持ち主の家族へ返せたのは、二週間後だった。


 それから私は、手を伸ばす前に記録するようになった。


 それでも私は長い間、帰還兵として呼ばれるたび、撃たれた日の話ばかり求められた。


「槙野さんも、こういう仕事をしたんですか」


 母親が尋ねた。


「はい。戦うより長く」


「それを、誰も教えてくれなかった」


 父親が言う。


「私たちも、うまく話せませんでした」


 青い扉の前に着いた。


 先ほど、父親が突破装置で倒した扉と同じ色だった。


 内側の柱には、子どもの背丈を測った線が残っている。


 床には、赤いランドセルが落ちていた。


 蒼君が立ち止まる。


「これ」


 誰も続きを言わなかった。


「さっき、僕が蹴ったやつ」


 最後の街では、戦闘区画の記録から、その家族が通り過ぎた物を可変素材で再現する。


 私は説明しなかった。


 蒼君は、もう分かっている。


「この家、僕たちが壊したの?」


「これは訓練用の街です。誰も本当に住んでいません」


「そうじゃなくて」


 蒼君は赤いランドセルを指した。


「僕が悪いの?」


「君を悪者にするための区画ではありません」


「でも、僕が蹴った」


「君は、点が入る行動を選びました」


 私は蒼君の隣にしゃがんだ。


「敵を早く倒せば点が入る。ランドセルを見ても、点は入らない。そう決めたのは、君ではなく大人です」


 母親が、千八百七十点だった自分の腕輪を見た。


「ここでは、前の画面が数えなかったものを数えます。責めるためではなく、置いていかないために」


 蒼君はランドセルへ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


「これも、触らない方がいい?」


「爆弾ではありません。でも、すぐには拾いません」


「どうして?」


「拾ったら、どこにあったか分からなくなるからです。見つかった場所も、持ち主を捜す手掛かりです」


 蒼君が手を引く。


 父親が扉の番号を読み上げ、母親がランドセルと周囲を撮影した。


 外から見える名札を、蒼君が読んだ。


「四年二組、みな」


 端末で照会すると、同じ名の子どもが行方不明者名簿に一人いた。


「ランドセルがあるんだから、この子はここにいたんだよね」


「その可能性はあります」


「じゃあ、家族に帰ってくるって言えばいい」


「それは分かりません」


「でも、ずっと不明だとかわいそうじゃん」


「分からないまま待つのは、つらいです」


 私は、蒼君の言葉を否定しなかった。


「でも、安心させるために『帰ってくる』と決めつければ、家族はその言葉を信じて待ち続けることになります」


「じゃあ、何て書くの」


「不明です。捜すのを、ここで終わらせないために」


 蒼君はしばらく端末を見つめ、自分で〈不明〉を押した。


 場所と名札の記録を保存してから、ランドセルを透明な袋へ収めた。


『持ち物一点を、家族照合所へ引き継ぎました』


 また、得点は入らなかった。


 代わりに、進捗板の数字が一つ変わった。


 保全・記録済みの持ち物、四百二十二点。


 家族との照合が終わった持ち物、二百八十九点。


「終わってない」


 蒼君が言った。


「はい。持ち物を見つけただけです」


「家族に返してない」


「次は、照合所の担当が記録を確かめます。次のご家族が、その続きを手伝います」


「僕たちは?」


 閉園十分前を知らせるチャイムが、遠くで鳴った。


 街には、まだ割れた窓も、通れない道も、持ち主の分からない物も残っている。


「今日は、ここまでです」


 私は三枚の引継ぎ票を出した。


「端末じゃないの?」


「電源が止まっても、次の人へ渡せるように。引継ぎだけは紙です」


「できなかったことを書いて、次の人へ渡します」


「勝ってないのに、終わるの?」


「勝ち負けではなく、交代します」


 蒼君は、腕輪に残った〈最優秀兵士〉と、白い引継ぎ票を見比べた。


「この点は、次の人に渡せない?」


「渡せません。引き継げるのは、分かったことと、残った仕事だけです」


 蒼君は腕輪へ指を置き、最優秀兵士の表示を消した。


「じゃあ、こっちを書く」


 引継ぎ票へ、一字ずつ書く。


〈赤いランドセル。記録ずみ。持ち主は、まだ不明。照合をお願いします〉


 その下に、父親が水道の元栓を閉めたことと、その位置を書いた。


 母親は、危険物を見つけた場所と、専門員への報告番号を書いた。


 三人分の記録を重ね、入口の引継ぎ箱へ入れる。


 七つ目の作戦完了印は、最後まで光らなかった。


 代わりに、腕輪へ小さな白い文字が浮かんだ。


『引継ぎ済み』


 蒼君は、その二文字を何度も見た。


◇◇◇


 黒い扉を出ると、榊さんが待っていた。


 手には、三人分の満足度調査票がある。


「最終回のご参加、ありがとうございました」


 営業用の笑顔で頭を下げる。


「差し支えなければ、各区画の楽しさを五段階でご評価ください」


 蒼君は、戦闘区画の欄に星を五つ付けた。


 第七区画には、一つだけ付けた。


 榊さんの表情は変わらなかった。


 閉鎖の判断が正しかったと、数字がもう一度証明しただけだ。


「蒼」


 父親が言った。


「一番長くいたのは、第七区画だろう」


「だって、楽しくはなかったもん」


「そうね」


 母親は調査票を裏返した。


「でも、この用紙には『必要だったか』がありません」


 榊さんが、初めて笑顔を止めた。


「必要、ですか」


「私たちは、子どもに戦争を見せるために来ました」


 父親が、戦闘終了時に端末へ送られた家族写真を開く。


 紙吹雪の下で、三人とも笑っている。


「第六区画までなら、強い自分たちの写真だけを持って帰るところでした。最後まで入って、ようやく一日分だったと思います」


「赤いランドセルを出すのは、ずるいと思いました」


 母親は率直に言った。


「私たちを泣かせて、反省させるための仕掛けかと。でも、泣けとは言われなかった。代わりに、場所と名前を記録する仕事を渡された」


 母親は、私を見た。


「あれなら、子どもを責めるだけで終わりません」


 蒼君は、まだ灰色の七つ目の印を見ていた。


「明日、誰か来る?」


 榊さんへ尋ねる。


「第七区画は、本日で終了する予定です」


「じゃあ、ランドセルは?」


「あれは物語の中の物です。実際のご家族が待っているわけではありません」


「待ってるって作ったのに、待ってないことにするの?」


 榊さんは答えなかった。


 蒼君は調査票の余白に、自分で項目を足した。


〈必要だったか〉


 星を五つ描く。


〈また来たいか〉


 少し考えて、星を五つ描いた。


「続きがあるから」


 榊さんは、その二列を見つめた。


 端末を開き、過去の感想を検索する。


 最初に出てきたのは、一つ星の感想だった。


〈楽しくなかった。でも、帰りの車で家族が一番話したのは、この区画でした〉


 次も、一つ星だった。


〈子どもには早いと思った。来年、もう一度連れてきたい〉


 三つ目には、こうあった。


〈戦争に勝ったあとを、初めて想像した〉


 榊さんは、しばらく三つの感想を見ていた。


「読んでいました。どれも」


「では、なぜ」


「読みながら、会議には一・九だけを持っていきました。必要だったかを、数字にしていなかったからです」


 榊さんは画面を閉じた。


「槙野さん」


「はい」


「第七区画の撤去を、一か月保留します」


「保留ですか」


「楽しさだけでなく、必要度と再訪希望を測ります。一か月で、運営を続ける根拠を数字にしてください」


 命令口調だった。


 ただ、運用終了の紙を二つに折り、上着のポケットへしまった。


「蒼君」


 榊さんがしゃがむ。


「明日、次のご家族へ、あなたの引継ぎ票を渡します」


「ちゃんと、途中から?」


「途中からです。この区画は、リセットしませんから」


 蒼君は、ようやく七つ目の印から目を上げた。


「じゃあ、全クリじゃなくていい」


 白い〈引継ぎ済み〉の文字を、両親へ見せる。


「僕の次、いるなら」


◇◇◇


 翌朝、第七区画の入口には、新しい看板が掛かっていた。


〈最終アトラクション 勝った翌日〉


〈楽しくありません〉


〈昨日の続きを、お願いします〉


 同じ文面が、夜のうちに園の予約アプリにも掲載されたらしい。


 受付開始の時刻には、十二組の家族が並んでいた。


 榊さんは、その日だけ、私を第七区画の専任にした。


 先頭の男の子が、受付で尋ねる。


「昨日の人は、どこまでやったの?」


 私は、蒼君の引継ぎ票を開いた。


「赤いランドセルを見つけて、記録したところまでです」


「じゃあ、そこから」


「はい。そこからお願いします」


 私は光線銃ではなく、各家族に一台ずつ記録端末を用意した。


 その日、私は一度も死なずに、十二組の家族を〈勝った翌日〉へ案内した。

 戦争の派手な一日ではなく、その翌日から続く仕事を書きました。


 私自身の仕事でも、目立つ一言で解決する場面より、事実を確かめ、記録に残し、次の人が迷わず動ける形にする時間の方が長いように思います。


 その経験を、槙野の記録端末と引継ぎ票へ少し込めました。


 誰か一人が「全クリ」しなくても、正確に渡された続きが、見知らぬ誰かを守ることがあります。蒼君の〈引継ぎ済み〉が、読後に少し残ってくれたならうれしいです。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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