戦争体験テーマパーク――死なない兵士になって、家族で一日遊べます ~最後のアトラクションは「勝った翌日」~
※戦争を扱いますが、遺体や流血の直接描写はありません。
本日、私は二十七回死んだ。
昼休みまでに。
戦争体験テーマパーク〈フロントライン・ファミリー〉では、案内役もよく撃たれる。
「槙野軍曹、後ろ!」
九歳くらいの女の子に言われて振り返った瞬間、灰色の敵兵ドローンが私の胸を撃ち抜いた。
触覚スーツが、肋骨の周りを強く締める。
視界が赤くなり、私は人工芝の上へ倒れた。
『戦死しました。復帰まで、三、二、一』
耳元で明るい声が数え終わると、胸の圧迫が消えた。私は跳ね起き、敵兵ドローンを三発で倒す。
「ご救援、ありがとうございます。全員、生還です」
女の子と両親が歓声を上げた。
死んでも三秒で復活。
家族全員が英雄になり、夕食までに帰れます。
それが、この施設の宣伝文句だった。
私が本当に死にかけた回数は、一度だけだ。
十二年前の沿岸戦争で、左の脇腹に破片を受けた。三秒数えてくれる声はなく、起き上がるまでに四か月かかった。
今は、銀色の名札の下に〈帰還兵ガイド〉の小さな徽章を付けている。
本物の帰還兵と一緒に遊べる。
それも、この施設の売りの一つだった。
「第七区画は、今日で閉めます」
昼休み、運営責任者の榊さんは、私の弁当の横へ一枚の紙を置いた。
最終アトラクション〈勝った翌日〉運用終了のお知らせ。
明日の日付が入っている。
「来月ではなかったんですか」
「予定が早まりました。満足度、一・九。途中退出率、三十八パーセント。所要時間は他区画の二倍です」
榊さんが端末を指で払う。
客の感想が並んだ。
楽しくない。
子どもが黙ってしまった。
最後に気分が沈む。
戦争に勝ったところで終わってほしかった。
「テーマパークの最後で、楽しくないは致命的です」
「最初から、楽しく作っていません」
「だから閉めるんです。跡地には〈無人機エース〉を入れます。六分で遊べて、撃墜数は持ち帰り画像にも載せられる」
反論しようとして、やめた。
榊さんは戦争を軽く見ているわけではない。
この施設で百二十人を雇い、安全設備を更新し、毎月の支払いをしている。私の提案を通し、売上になりにくい区画を三年間も維持してくれた人でもある。
善意だけでは、壊れた触覚スーツ一着も直せない。
「午後の最終回までは、案内していいですか」
「お客様が自分で選んだ場合だけです。無理に勧めないでください」
「今までも、そうしています」
「槙野さんの『今までも』は、ときどき圧が強いんですよ」
私は黙って弁当の蓋を閉じた。
開業二日目のことを思い出したからだ。
戦争なんて簡単だ、と笑った少年へ、私は本物の戦場がどんな場所かを話した。
少年は泣いた。父親は謝った。家族は、第七区画へ来なかった。
正しいことを言ったつもりだった。
だが、責められた人は目を閉じる。
案内役の仕事は、目を開けたまま帰ってもらうことだ。
第七区画がなくなれば、この施設が私の戦争から切り取るのは、撃たれた一瞬だけになる。
停戦後も続いた仕事は、また戦争の外へ押し出される。
「最後の一組まで、普通に案内します」
「お願いします」
榊さんは運用終了の紙を置いて、先に休憩室を出た。
◇◇◇
午後の最終回に来たのは、十歳の蒼君と、その両親だった。
蒼君の誕生日祝いだという。
「今日で十歳です。家では戦争ゲームばかりで。食事だと呼んでも、『あと一戦』が終わらないんです」
父親が、困ったように息子を見た。
「ちゃんと途中でセーブしてるよ」
「セーブしたあと、次の戦いを始めるでしょう」
母親に言われ、蒼君は聞こえないふりをした。
蒼君は、両手で光線銃を構える真似をした。
「百人倒したことある。ここの敵は、人?」
「人に見えるドローンです。倒されると光になって消えます」
「血は?」
「出ません。痛みも、スーツが振動するだけです」
「じゃあ余裕だ」
母親は笑わなかった。
私の胸の徽章を見ている。
「帰還兵ガイド、というのは。本当に戦争へ行かれたんですか」
「はい。十二年前に帰ってきました」
「子どもには刺激が強すぎるものは、出ませんか」
「遺体や流血の映像は出ません。音とスーツの刺激も、十歳向けに調整します。つらくなったら、途中で止められます」
私は三人の顔を順に見た。
「ご家族全員を、安全に夕食までに帰す。それが私の仕事です」
私は三人分の触覚スーツを示した。
「ただし、最後まで回ると、楽しくない区画が一つあります」
「それ、宣伝として大丈夫?」
蒼君が先に聞いた。
「あまり大丈夫ではありません」
母親が少し笑った。
私は、安全確認を始めた。
銃口を人へ向けない。非常停止の合図があれば、その場で止まる。苦しくなったら我慢せず、手を上げる。
三人の役割を決める。
蒼君は、迷わず突撃兵を選んだ。
父親は工兵。母親は衛生兵だった。
「お母さん、回復役じゃん」
「あなたたち二人が、すぐ突っ込むからでしょう」
戦争体験は、避難路の確保から始まった。
サイレンが鳴る。
壁面映像の空を、無人機が横切る。
家族は壊れた街を模した通路へ入り、動けなくなった市民役の人形を安全区画まで運んだ。
蒼君は敵を探して何度も先へ出た。
父親は扉を開ける装置の説明を聞かず、一度警報を鳴らした。
母親だけが、救護用の水と包帯を最後まで持っていた。
「右の窓!」
蒼君が叫ぶ。
灰色のドローンが顔を出す。
蒼君は四発撃ち、二発当てた。
『敵兵一体を無力化。二百点』
頭上の数字が跳ね上がった。
「やった!」
父親もつられて前へ出る。
私は二人の背後を守り、母親は撃たれた父親のスーツへ救護タグを当てた。
『味方一名を救護。五十点』
「命一つで、敵の四分の一なのね」
母親が言った。
「そういう配点です」
「誰が決めたんですか」
「施設を作った大人です」
その中には、私も入っている。
次は、市街地の通信拠点を奪う区画だった。
青い扉の建物へたどり着くと、父親が工兵用の突破装置を取り付けた。
「爆破まで、三、二、一!」
音と風が出る。
扉が内側へ倒れ、玄関にあった赤いランドセルが通路へ転がった。
蒼君はそれを足で脇へよけ、真っ先に入った。
私も、父親も、母親も続いた。
誰も立ち止まらなかった。
屋上へ旗を立てると、金色の紙吹雪が降った。
『作戦完了。青部隊の勝利です』
蒼君、八千四百二十点。
最優秀兵士。
父親、三千百点。
母親、千八百七十点。
「お母さん、最下位!」
「二人とも、私が三回ずつ起こしたんだけどね」
「でも敵は僕が一番倒した」
蒼君は、胸に投影された金色の勲章を何度も触った。
「戦争って、簡単じゃん」
父親が慌てて息子の肩をつかんだ。
「蒼、そういう言い方は」
「今日の戦争は、簡単に作ってあります」
私は言った。
三人がこちらを見る。
「十歳の誕生日に、ご家族全員が勝って帰れるように作った商品です。楽しんでいただけたなら、前半の案内は成功です」
蒼君の顔から、笑みは消えなかった。
それでいい。
ここで笑ったことを責めても、次の扉は開かない。
壁に、二つの進路が現れた。
左は、勝利撮影所と土産売り場。
右は、黒い扉だった。
『第七区画 勝った翌日』
『武器使用不可・得点なし・所要四十分』
蒼君の腕輪には、六つの作戦完了印が光っている。
七つ目だけが、灰色だった。
「あれやらないと、全部埋まらない?」
「埋まりません」
「じゃあ、やる」
即答だった。
「四十分よ。予約したレストランに遅れるかも」
母親が言う。
「最優秀兵士が、途中で帰っていいの?」
「そこを使うのね」
父親は、黒い扉の注意書きを読んだ。
「何をする区画ですか」
「私が実際の戦争で、一番長くやった仕事です」
「戦うんじゃなくて?」
「戦いが終わったあとです」
蒼君は迷わず、黒い扉へ腕輪を当てた。
七つ目の印が、細く明滅した。
◇◇◇
第七区画でするのは、戦闘が終わった街の後片付けだ。
危険な物を見つけ、水や道を使えるようにし、残された持ち物を記録する。一組では終わらない仕事を、前の家族から受け取り、次の家族へ渡す。
黒い扉の向こうには、銃を持ち込めない。
三人は光線銃を返却箱へ入れた。
金色の勲章も、胸から消えた。
代わりに渡したのは、厚い手袋と、記録端末が一台ずつだった。
「敵はどこから出るの?」
「出ません」
「ゾンビは?」
「いません」
「じゃあ何を倒すの?」
「何も倒しません」
扉が閉まった。
音楽も、作戦を急かす声も聞こえなくなる。
目の前にあるのは、戦いの終わった街だった。
割れた窓。
道へ崩れた壁。
止まった信号。
誰もいない集合住宅の上で、洗濯物だけが風に揺れている。
戦闘区画と同じ街を、停戦後の時間軸で再現している。同じ形なのに、色が抜けたように見えた。
「この区画だけは、閉園しても最初の状態へ戻りません」
私は、入口の進捗板を示した。
運用千九十六日目。
通行可能な道路、六十二パーセント。
使用可能な井戸、五基中三基。
保全・記録済みの持ち物、四百二十一点。
家族との照合が終わった持ち物、二百八十九点。
「前に来た人が片づけた分は残ります。今日できなかったことは、次のご家族が引き継ぎます」
戦闘区画で見過ごした物と同じ物が、この街に残る未処理品の中から、家族ごとに再現される。
ただし、片づいた道をもう一度ふさぎ、使えるようになった井戸を壊して、初日に戻すことはない。
私は入口の引継ぎ箱から、一枚の票を取り出した。
〈北通りは未確認。建物の裏から水の音がします〉
「前のご家族は、ここまでです。今日は、この続きから始めます」
「三年もやって、まだ終わってないの?」
「はい」
「戦争の方は、一時間で終わったのに」
「はい」
蒼君は進捗板をもう一度見上げた。
北通りへ入った最初の角で、道の真ん中に金属の筒が落ちていた。
「弾だ」
蒼君が駆け寄ろうとする。
「止まってください。近づかない。触らない」
私は声を低くした。
蒼君の靴が、金属の筒から数歩手前で止まった。
「爆発するの?」
「その可能性がある物として扱います」
「でも、作り物でしょ」
「ここでは全部作り物です。それでも、覚えて帰っていただく手順は本物です」
私は端末の〈危険物を報告〉を開いた。
「見つけた人の仕事は、近づかず、触らず、場所を知らせるところまでです。片づけるのは、訓練を受けた専門員です」
「僕が倒さないの?」
「倒さなくていいんです」
蒼君は、少し不満そうに端末を持ち上げた。
母親が地図上の位置を読み、父親が周囲の目印を確かめる。
蒼君が報告ボタンを押した。
『危険物報告を受理しました』
数字は、一点も増えなかった。
「これだけ?」
「これで、次に来る人が近づかずに済みます」
少し進むと、道路のひびから水が流れていた。
父親が端末で水道図を開き、母親が近くの建物に人が残っていないかを確認する。
安全な元栓を私と一緒に閉めると、茶色い水がゆっくり細くなった。
「これで何点ですか」
父親が聞いた。
「零点です」
「徹底していますね」
「水は止まりました」
父親は濡れた手袋を見た。
「それが結果、ということですか」
「はい」
母親が、止まった水と進捗板を交互に見た。
「全部は、四十分で終わりませんね」
「一組では終わりません」
私の戦争は、停戦の日には終わらなかった。
翌朝から銃を手袋と記録端末へ持ち替え、十一か月、海沿いの町を歩いた。
危険な物の場所を記録する。
水が使える家を確かめる。
名前の分からない持ち物に、見つけた場所と日付を付ける。
家族を捜す窓口へ、その記録を渡す。
戦っていた日数より、後片付けをしていた日数の方が長い。
最初の週、雨の降り始めた路地で、泥の上に落ちたウサギのぬいぐるみを見つけた。
これ以上汚れる前に保管しよう。そう思って拾い、袋へ入れて捜索窓口へ運んだ。
「どの家の前にありましたか。玄関の内側ですか、道側ですか」
窓口で聞かれて、私は答えられなかった。似た路地が三本あり、倒れた街灯の近くだったことしか覚えていなかった。
持ち物が見つかった場所は、持ち主を捜す手掛かりになる。私は親切のつもりで、その手掛かりを消していた。
別の班が撮った巡回写真から場所を割り出し、持ち主の家族へ返せたのは、二週間後だった。
それから私は、手を伸ばす前に記録するようになった。
それでも私は長い間、帰還兵として呼ばれるたび、撃たれた日の話ばかり求められた。
「槙野さんも、こういう仕事をしたんですか」
母親が尋ねた。
「はい。戦うより長く」
「それを、誰も教えてくれなかった」
父親が言う。
「私たちも、うまく話せませんでした」
青い扉の前に着いた。
先ほど、父親が突破装置で倒した扉と同じ色だった。
内側の柱には、子どもの背丈を測った線が残っている。
床には、赤いランドセルが落ちていた。
蒼君が立ち止まる。
「これ」
誰も続きを言わなかった。
「さっき、僕が蹴ったやつ」
最後の街では、戦闘区画の記録から、その家族が通り過ぎた物を可変素材で再現する。
私は説明しなかった。
蒼君は、もう分かっている。
「この家、僕たちが壊したの?」
「これは訓練用の街です。誰も本当に住んでいません」
「そうじゃなくて」
蒼君は赤いランドセルを指した。
「僕が悪いの?」
「君を悪者にするための区画ではありません」
「でも、僕が蹴った」
「君は、点が入る行動を選びました」
私は蒼君の隣にしゃがんだ。
「敵を早く倒せば点が入る。ランドセルを見ても、点は入らない。そう決めたのは、君ではなく大人です」
母親が、千八百七十点だった自分の腕輪を見た。
「ここでは、前の画面が数えなかったものを数えます。責めるためではなく、置いていかないために」
蒼君はランドセルへ手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「これも、触らない方がいい?」
「爆弾ではありません。でも、すぐには拾いません」
「どうして?」
「拾ったら、どこにあったか分からなくなるからです。見つかった場所も、持ち主を捜す手掛かりです」
蒼君が手を引く。
父親が扉の番号を読み上げ、母親がランドセルと周囲を撮影した。
外から見える名札を、蒼君が読んだ。
「四年二組、みな」
端末で照会すると、同じ名の子どもが行方不明者名簿に一人いた。
「ランドセルがあるんだから、この子はここにいたんだよね」
「その可能性はあります」
「じゃあ、家族に帰ってくるって言えばいい」
「それは分かりません」
「でも、ずっと不明だとかわいそうじゃん」
「分からないまま待つのは、つらいです」
私は、蒼君の言葉を否定しなかった。
「でも、安心させるために『帰ってくる』と決めつければ、家族はその言葉を信じて待ち続けることになります」
「じゃあ、何て書くの」
「不明です。捜すのを、ここで終わらせないために」
蒼君はしばらく端末を見つめ、自分で〈不明〉を押した。
場所と名札の記録を保存してから、ランドセルを透明な袋へ収めた。
『持ち物一点を、家族照合所へ引き継ぎました』
また、得点は入らなかった。
代わりに、進捗板の数字が一つ変わった。
保全・記録済みの持ち物、四百二十二点。
家族との照合が終わった持ち物、二百八十九点。
「終わってない」
蒼君が言った。
「はい。持ち物を見つけただけです」
「家族に返してない」
「次は、照合所の担当が記録を確かめます。次のご家族が、その続きを手伝います」
「僕たちは?」
閉園十分前を知らせるチャイムが、遠くで鳴った。
街には、まだ割れた窓も、通れない道も、持ち主の分からない物も残っている。
「今日は、ここまでです」
私は三枚の引継ぎ票を出した。
「端末じゃないの?」
「電源が止まっても、次の人へ渡せるように。引継ぎだけは紙です」
「できなかったことを書いて、次の人へ渡します」
「勝ってないのに、終わるの?」
「勝ち負けではなく、交代します」
蒼君は、腕輪に残った〈最優秀兵士〉と、白い引継ぎ票を見比べた。
「この点は、次の人に渡せない?」
「渡せません。引き継げるのは、分かったことと、残った仕事だけです」
蒼君は腕輪へ指を置き、最優秀兵士の表示を消した。
「じゃあ、こっちを書く」
引継ぎ票へ、一字ずつ書く。
〈赤いランドセル。記録ずみ。持ち主は、まだ不明。照合をお願いします〉
その下に、父親が水道の元栓を閉めたことと、その位置を書いた。
母親は、危険物を見つけた場所と、専門員への報告番号を書いた。
三人分の記録を重ね、入口の引継ぎ箱へ入れる。
七つ目の作戦完了印は、最後まで光らなかった。
代わりに、腕輪へ小さな白い文字が浮かんだ。
『引継ぎ済み』
蒼君は、その二文字を何度も見た。
◇◇◇
黒い扉を出ると、榊さんが待っていた。
手には、三人分の満足度調査票がある。
「最終回のご参加、ありがとうございました」
営業用の笑顔で頭を下げる。
「差し支えなければ、各区画の楽しさを五段階でご評価ください」
蒼君は、戦闘区画の欄に星を五つ付けた。
第七区画には、一つだけ付けた。
榊さんの表情は変わらなかった。
閉鎖の判断が正しかったと、数字がもう一度証明しただけだ。
「蒼」
父親が言った。
「一番長くいたのは、第七区画だろう」
「だって、楽しくはなかったもん」
「そうね」
母親は調査票を裏返した。
「でも、この用紙には『必要だったか』がありません」
榊さんが、初めて笑顔を止めた。
「必要、ですか」
「私たちは、子どもに戦争を見せるために来ました」
父親が、戦闘終了時に端末へ送られた家族写真を開く。
紙吹雪の下で、三人とも笑っている。
「第六区画までなら、強い自分たちの写真だけを持って帰るところでした。最後まで入って、ようやく一日分だったと思います」
「赤いランドセルを出すのは、ずるいと思いました」
母親は率直に言った。
「私たちを泣かせて、反省させるための仕掛けかと。でも、泣けとは言われなかった。代わりに、場所と名前を記録する仕事を渡された」
母親は、私を見た。
「あれなら、子どもを責めるだけで終わりません」
蒼君は、まだ灰色の七つ目の印を見ていた。
「明日、誰か来る?」
榊さんへ尋ねる。
「第七区画は、本日で終了する予定です」
「じゃあ、ランドセルは?」
「あれは物語の中の物です。実際のご家族が待っているわけではありません」
「待ってるって作ったのに、待ってないことにするの?」
榊さんは答えなかった。
蒼君は調査票の余白に、自分で項目を足した。
〈必要だったか〉
星を五つ描く。
〈また来たいか〉
少し考えて、星を五つ描いた。
「続きがあるから」
榊さんは、その二列を見つめた。
端末を開き、過去の感想を検索する。
最初に出てきたのは、一つ星の感想だった。
〈楽しくなかった。でも、帰りの車で家族が一番話したのは、この区画でした〉
次も、一つ星だった。
〈子どもには早いと思った。来年、もう一度連れてきたい〉
三つ目には、こうあった。
〈戦争に勝ったあとを、初めて想像した〉
榊さんは、しばらく三つの感想を見ていた。
「読んでいました。どれも」
「では、なぜ」
「読みながら、会議には一・九だけを持っていきました。必要だったかを、数字にしていなかったからです」
榊さんは画面を閉じた。
「槙野さん」
「はい」
「第七区画の撤去を、一か月保留します」
「保留ですか」
「楽しさだけでなく、必要度と再訪希望を測ります。一か月で、運営を続ける根拠を数字にしてください」
命令口調だった。
ただ、運用終了の紙を二つに折り、上着のポケットへしまった。
「蒼君」
榊さんがしゃがむ。
「明日、次のご家族へ、あなたの引継ぎ票を渡します」
「ちゃんと、途中から?」
「途中からです。この区画は、リセットしませんから」
蒼君は、ようやく七つ目の印から目を上げた。
「じゃあ、全クリじゃなくていい」
白い〈引継ぎ済み〉の文字を、両親へ見せる。
「僕の次、いるなら」
◇◇◇
翌朝、第七区画の入口には、新しい看板が掛かっていた。
〈最終アトラクション 勝った翌日〉
〈楽しくありません〉
〈昨日の続きを、お願いします〉
同じ文面が、夜のうちに園の予約アプリにも掲載されたらしい。
受付開始の時刻には、十二組の家族が並んでいた。
榊さんは、その日だけ、私を第七区画の専任にした。
先頭の男の子が、受付で尋ねる。
「昨日の人は、どこまでやったの?」
私は、蒼君の引継ぎ票を開いた。
「赤いランドセルを見つけて、記録したところまでです」
「じゃあ、そこから」
「はい。そこからお願いします」
私は光線銃ではなく、各家族に一台ずつ記録端末を用意した。
その日、私は一度も死なずに、十二組の家族を〈勝った翌日〉へ案内した。
戦争の派手な一日ではなく、その翌日から続く仕事を書きました。
私自身の仕事でも、目立つ一言で解決する場面より、事実を確かめ、記録に残し、次の人が迷わず動ける形にする時間の方が長いように思います。
その経験を、槙野の記録端末と引継ぎ票へ少し込めました。
誰か一人が「全クリ」しなくても、正確に渡された続きが、見知らぬ誰かを守ることがあります。蒼君の〈引継ぎ済み〉が、読後に少し残ってくれたならうれしいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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