Trick or trick
ハロウィンの日用、小咄。
旦那様と幼女…そして執事。微恋愛。
「ハッピーハロウィン!というわけで、旦那様トリックおあートリートメント!」
わたしは旦那様の部屋の扉を思い切りよく開けると、こう叫びました。
そしていつもながら不機嫌な顔でわたしをニラミつける……それさえなければ意外とカッコイイ気がします……旦那様に負けじと両手を差し出します。
「何だその手は?」
「何だ。ってハロウィンですよ? ふふ、子供はお菓子をくれなきゃイタズラするぞの日なのです!」
「お前……それを言うなら。いや、いい。で、何で俺がお前にくれてやらねばならんのだ」
眉間のシワを更に深くして、そしてわざとらしく大きくため息を付く旦那様。
この子供めが、うんざりだ……と言いたいのでしょう。でもわたしは紛れも無く子供なので、そういわれても問題ないのです。
ええ、旦那様に子供扱いされるのはちょっぴり悔しいですが、問題ないのです。
「ハロウィンは子供がこの呪文を大人に言えばお菓子を無条件にもらえる日なんですよ! 実際に皆さんくれました!」
そう言って、わたしはポケットいっぱいにいただいたお菓子を旦那様に見せびらかします。
見せびらかすだけで旦那様にはあげませんよ!
わたしが貰った、大事で大好きなお菓子たちです!
「お前は普段からいつも、屋敷の皆に菓子を貰ってるだろう」
――あいつらお前を甘やかし過ぎる。
と、誰ともなく旦那様は呟きます。
独り言多いですよ。
もしや旦那様、お友達少なそうですから、壁に話しかけたりしてるんでしょうか?
「……ともかく。俺はお前にやる菓子などない」
「そんな旦那様。オトナげないです。子供みたいな意地悪しないでくださいよ。というか、旦那様の方が子供です」
「いや。事実を言っているだけだ」
そう言うと旦那様は視線をわたしから外して、一瞬、ある方向を見つめます。その先をたどると、棚です。ここですか、旦那様のお菓子の隠し先は! わたしはすかさずガサ入れすると、そこにはどうみても晩酌用のスルメイカやら……のおつまみしかないのです。
旦那様親父クサイです。と言ったら最後怒られるのは分かっていたので、賢いわたしは言いません。代わりに抗議でもでも駄々っ子ですっ!
「甘いお菓子じゃなきゃイヤです!」
「ほらな、だからいっただろう。お前にやる菓子などないと」
「お菓子がないなら、イタズラしますよ!」
「……ふん。まあいいならばやってみろ。甘んじて菓子がなかった罰を受けてやる」
「え」
「さあ」
そう言って旦那様は顔は更に不機嫌に怖く、しかし体は手を広げてバチコイな受け入れ体制をとってくれました。
……大変です。
正直、お菓子がもらえる事が当たり前だと思っていたので、イタズラなんて考えてもみませんでした。イタズラするぞなんて、口先だけの様式美というやつなのです。
この前、旦那様の書斎のゴミからは賞味期限切れのお菓子を発見しましたから。旦那様はこんな怖い顔をして隠れ甘党。ストックは腐らせるほど持っているとばかり思ってました。賞味期限の切れたお菓子といえど、とても美味しそうで。ゴミ箱に無造作につっこんでいなければ、わたしうっかり食べてしまうところでした。なのに今日もってないなんて、なんてバッドタイミング。
「後で納めてくれてもいいのですよ、旦那様? 厨房のベンは後でシフォンケーキを届けてくれるって……」
「…………」
旦那様の無言の圧力が、目が怖いです。
ここは気を取り直して。
大事な時に持ってない旦那様が悪いので、わたしはイタズラをしなければなりません。こんな思いやりのない旦那様に、イタズラやりすぎると大変な事になりそうなので、わたしはよく考えます。そうここは慎重に考えなければ、旦那様に逆恨みされるのです。
……うーん。
旦那様に笑って許してもらえそうな嫌がらせ……もとい、イタズラ。
旦那様の笑顔なんて想像するのは無理ですが。
と、考えてわたしは閃きました!
「ここはオーソドックスに、くすぐりの刑なのです!」
「まぁ、いいだろう」
イタズラをされる方が偉そうなのは、なぜなんでしょう?
答え。
それは旦那様だから仕方ないのです。
「では、こちょこちょこちょこちょ……」
気分を盛り上げるために、口でも言います。
まず手始めは脇腹です。
しかし、わたしがこんなに頑張っているのにも関わらず、旦那様の顔色は全く変わりません。むしろはりきって旦那様の弱いところを探している、わたしの方が疲れてきました。だんだん息が……苦しく、手も痛いです。
……数分後。
「こ、今回はこのへんで、勘弁してあげるのです!」
――降参です。
というかお菓子がないのなら、こんなところに長居するものではありません。わたしは旦那様に挨拶をして部屋から出ていこうとすると、旦那様に呼び止められました。
「dolcetto o scherzetto」
旦那様はそれはそれは見事な発音で言ったので、初めわたしは何を言われたのかわかりませんでした。
しかし、偉そうに右手を伸ばして。
「ほぉ、俺にはないというのか?」
と意味ありげに言われれば、なんといったのかはもう分かりきったものです。
「ありませんよ、今日は子供がお菓子をもらう日なのですよ?」
「お前が言ったんだぞ? 俺は子供らしいからな、もらう権利はある」
何を言ってるのでしょうか、このダメな大人は!
しかし、そういったのは紛れも無く自分です。
わたしは自分の言葉に責任を持たなければなりません。でも持っているお菓子と言えば、今日の戦利品です。旦那様に分けてあげるわけにはいかないのです! これは全部わたしの物です!
口に出さなくてもわたしがぎゅっと、スカートの裾をつかんでいるままなのを見て、旦那様はわたしがお菓子を渡したくないのを読み取ったようです。
「ほう……なら仕返してやる。横腹をかせ」
「それもできません。わたしの弱点です! 延期です延期にしてくださいっ出世払いでお願いします! 旦那様」
必死になってお願いするわたしに向かって、旦那様は愉快そうな瞳を向けました。口許も微かに上がってます。
ば、バカにしてます!! ひどいです。こっちはとっても不愉快なのです。
「そうだな、お前が俺の妻になる頃には返してもらうとするか」
「な、そんなにはお待たせしません!」
やっぱりバカにしてます!
わたしは五年後には旦那様の奥様になるので、婚約者としてお屋敷に遊びにきてますが。
そこまで長い間逃げ続けると思われているのは侮辱なのです。
旦那様とギリギリとにらみ合っていると。
「あぁ、旦那様のところにいたんですか、コルネーリア様」
その声に集中力が切れて振り返ると。このお屋敷に勤めて20年の大ベテラン執事さんが、いつの間に部屋に入ってきたのでしょうか、わたしの背後にいて穏やかに話しかけてきました。
「どうした?」
「あぁ、旦那様。ご婚約者様との大事なお時間を邪魔するのは心苦しいのですが、厨房のベンがコルネーリア様を探しておりまして」
「……別に、邪魔なのはこの娘の方だ」
「左様でございますか、ならばよろしかった、ではお借りしても?」
「……勝手にしろ。おい、コルネーリア」
「何ですか? 旦那様」
「イタズラを仕掛けるのは俺だけにしておけ。屋敷の使用人が辞められても困るからな」
「皆さんは旦那様のようにお菓子もくれない意地悪さんではないので、いたずらなんかしませんっ!」
私は心外な! と。ぷりぷりおこりながら旦那様にアッカンベーすると、部屋から飛び出しました。
本当に旦那様は意地悪です! いじめっ子です。レディの扱い方をわきまえてません。
「では、コルネーリア様。一緒に来ていただけますか?」
このおうちは未来のわたしのおうちになるはずなのですが、何度遊びに来てもあまりにも広すぎて、迷ってしまいそうなのです。だからベンの所に行くにも、案内してもらわなければ、辿り着けません。このお屋敷の女主人になったら自分の家で遭難することだけは、避けたいです。が大丈夫でしょうか。と今から心配だったりします。
ひつじさんはそんなわたしの不安を汲み取って、道案内をさりげなくかってくれます。わたしが迷うからとは一言も言いません。さすが勤続20年のプロです。レディの扱いをわかってます。旦那さまとは大違いです。
わたしは案内されて長い長い廊下をガシガシと歩いて行きます。分厚い絨毯がふわふわと怒りを吸収してくれます。
「ひつじさん、ひつじさん!」
「はい、何ですか? コルネーリア様」
ひつじさんは、わたしの方をみてニッコリと笑ってくれます。
といっても、ひつじさんは旦那様とは違って、いつもにこにこしているお爺さんなのでほのぼのしてしまいます。わたしは、ひつじさんにもあの魔法の言葉を唱えてみました。
「とりっくおあーとりいと?」
「?」
ひつじさんのにこやかな顔が、少し困ったような顔をします。
そして、私に視線を合わせるようにかがみました。
「コルネーリア様、誠に大変申し上げにくいお話なのですが、聞いていただけますか?」
「はい、なんですか?」
「ハロウィンは、十月三十一日の晩の事なのですよ」
わたしはびっくりしました。
十月三十一日というと、とっくの昔に終わってます。ということは今日はハロウィンではないのです。
なのに今日わたしは……そう考えると、恥ずかしさとそれに付き合ってくれたお屋敷のみなさんに申し訳なさからいたたまれなくなってきました。涙がこみあげてきます。
しつじさんはそんなダメなわたしの頭を、ほんわりと優しくなでてくれました。
「でもこんな可愛くて小さなお客様ならいつだって、お菓子を差しあげてしまいたくなるものなのですよ、ですから笑ってください、小さな姫君」
「……は、はいなのです! みなさんにお礼とごめんなさいを言ってきます!」
まずはワガママを言ったせいで、ケーキを作らせてしまったベンからあやまらなくては!
「私もお供しても?」
「もちろんなのです! ついてきてくれますか?」
「ええ、その後に皆でティータイムと参りましょう」
ひつじさんはいたずらっぽく笑いました。
じんわり、と。いたたまれなかったわたしの心が、温まってきます。
――もちろん旦那様の事は最後の最後の後回しで、のけ者なのです。
お茶になんかよんであげません!
追加。
ある執事の業務報告書。
それにしても未来の奥様の思い間違いと言いますと。とても可愛らしいもので、訂正するのは心苦しかったのですが。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と申します。これが旦那様であれば、男子は恥をかいて乗り越えてこそ一人前の紳士となるので、そのままにしているのも楽し……いや、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと申します。そうそうこの格言、獅子が住むような草原には谷などどこにあるのかと思ったことが有りましたが、よくよく調べてみると、獅子とは伝説の霊獣のことだそうで麒麟と同じような間違いですね。……と、脱線してしまいました。
流石はコルネーリア様です、指摘されたと開き直ったり、誤魔化したり……私に八つ当たりなどもせず。落ち込みはしましたが、すぐさま屋敷の皆に謝罪しにいくという、立派な行いをされました。上に立つ者、下の者には立派な立ち振る舞いを求められます。そうでなければいけません。
あ、そうそう、「ひつじ」はいいのです。
ある意味親愛の証のあだ名だと自負しておりますので。
――そういえば、旦那様はお菓子を買い込んでおられましたね、甘いものはお好きではないのに。
旦那様の名誉のため……というよりは、少し素直になるために努力していただかないと、これから本当にお嬢様を奥様にお迎えした時に、よりよい夫婦生活が送れそうにもないのには困ったものです。
旦那様よりもお嬢様に年の近い、ベンを敵視している場合ではないと思うのですが。
……という訳で、私はこの件に関しては口を噤ませていただく所存でございます。