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短編集置き場。  作者: 桜ありま
恋愛×至難!
8/16

こじれる女庭師の秘密。

 殿下が少しでも賢ければ、藪をつついて蛇を出すような選択肢を選ばないとは思っていても、もしかしたら本当に言うかもしれないという不安があって、私は数日びくびく暮らしていた。

 が、王妃様のお召はなかった。

 どうやら殿下は王妃様に本当には言わなかったらしい。

 そして、殿下の姿も……あの日から見当たらない。


 私は心の平穏を取り戻し、いつも日課の庭の草むしりと任せてもらった木の剪定をしていると、目にとても見覚えのある姿が映った。


「兄上どうしてここに?! この時期はイルマの家の収穫時期では?」


 周囲を見回し誰も居ない事を確かめてから、私は兄上を人から見えない茂みに引っ張りこんで再開の抱擁とキスをした。

 久しぶりの兄上の厚みのある感触に私は安心する。この前のお休み以来だから半年ぶりだろうか。手紙のやり取りをしているとはいえど、実物の安心感にはかなわない。農作業に従事しているがっちりとした逞しい体躯に焼けた小麦色の肌……お日様の匂いがする。


「いや、実は王妃さまからの謁見の要請があってな、この前ヘンリーナイト郷にお渡ししたハンカチがどうやらお気に召したようで献上するようにと」

「王妃様が?」


 本当にそれだけな……はずがない。

 けれど、喜んでいる兄上には心配をかけたくなくて私は隠した。

 家族には心配かけたくなくて、定期的に書く手紙からは意図的に、殿下との出来事は排除している。


「これで王妃さま御用達という箔が付けば少しは家計も楽になるだろう」


 うちの領地ははっきり言って狭い。

 作物を育てたり家畜を飼ったり出来る範囲はさらに狭い。

 それでもなにか特産品をと考えてた末に、真面目な働き手は沢山いるので。前から特産品としてある織物に加えて特殊な方法で染めた糸で、複雑な刺繍をするという事を考えついたのは兄上だった。その複雑な模様の為に生産数は少なく、価格も抑えても割高になってしまうため、市場には流通していない。もし王妃様御用達という箔がつけば、希少価値プラス付加価値でもっと高値で売っても納得してもらえることだろう。

 兄上は筋骨隆々な体型と顔をしているが、我が家では一番のお洒落さんだ。男性の方の服装は布地にはあまり流行はないらしく、ポイントになるのは形と刺繍だ。今日の謁見の服も父上のお下がりに、布を絶妙に継ぎ足し流行の型に仕上げている。しかも兄上直々の手で。


 兄上は特産品を宣伝する事を考えて無理してやって来たのか、と私は納得しつつ。王妃様の考えが計り知れない。一瞬側室にとの通達かと考えたが、それならば兄上ではなく父上がくるだろう。


「それよりもスティン。元気そうでよかったよ」

「?」

「手紙では何か隠しているようだったからなぁ」


 さすが長年の付き合いであり、兄上には手紙の微妙な変化を感じ取ったようだ。


「……とにかく、誰かに見られると、面倒な事になります兄上」

「あ、あぁ。そうだったな」

「ですから仕事終わりに」

「ああ」


 別れの抱擁を手早く済ませる私の視線の端に微かに見えたのは、まばゆいばかりの……銀色。

 しまった! と思って兄上からさっと身体を離したのも後の祭。

 バッチリと殿下に見られてた……というか会話内容も聞かれていたかもしれない。

 殿下にばれたらどんな事になるのかと。私の方を向いているためどこと無く不機嫌な顔をしている殿下に気がついていない呑気な兄上を無理矢理追いやって、殿下が近づいてくるのをまった。

 殿下は優雅なあしどりだけれども、不機嫌さは一歩足を踏み出すごとにびしびしと感じ取れる。私の本当の身分の事を知ったので怒っているんだろう。


 ――しかし、殿下の口から漏れた一言は私の予想の範囲外だった。


「仕事中に隠れて逢い引きとは……お前もそこいらの女と変わらないという事か」

「……は?」

「しかもこんな茂みの中で何をしていたのやら」

「はぁぁぁあ?!」

「とぼけるな。見ていたんだ」


 殿下の言いたい事が、頭をめぐりめぐってからようやく分かって私は叫ぶ。


「な、なんて言うこと言うんですかっ!? エロ殿下!! 最っ低ですっ……あ、あれは兄ですっ。……いえ、兄のように思ってる前の仕事場の家の坊ちゃんです」


 と、言うようにと。あらかじめ打ち合わせしてあった理由を並べ立てる。

 まぁ実家でも庭仕事は私の担当なのだから、嘘は言っていない。


「あの方の家は、一般人とでも普通に付き合ってるんですよ。だけどここの人達は私たちが親しくするだけでうろんな眼で見てくるから隠れていただけです」


 案の上。信じられないと言った疑わしげな眼で、殿下が見ている。


「ほら殿下だって、今私達の関係を勘ぐって来たじゃないですか!」

「それは場所が場所だったからだ。男と茂みにいる危険性を考えないのか、何故警戒心が足りないんだ?」


 「来い」と言われて。私は殿下に茂みの中に誘い込まれたので、確かに彼と口論している所を誰かに見られては大変だと思い、大人しく殿下とまた茂みの中に入った。

 そして殿下は顔を息がかかるほど近づける……間近で見ても粗も見えず……肌がきめ細かいし、近くでみると瞳の紫が本当に宝石のような色をしているご尊顔は美しいままだけれど。はっきりいってあまり仲の良くない人間に、必要以上に近づいて来られて、私は不愉快だった。落ち着かないのは不快だからだ。そうに決まっている。


「知り合いだからといって、こうやって男と茂みにいる理由にはならないだろう。危険性を考えないのか?」

「私だって。誰とでも茂みに隠れたりするような事なんてしませんよ? 信頼してる人間か……そういった相手じゃないと、行こうという気はしません」


 真実だった。

 貴族のお戯れで、手を付けられたら泣き寝入りするしかない。相手は私を平民と思っているのでなおさらだ。そんな危険を冒すほど私は愚かではない。


「なら……俺とこうしているのは信頼してるということか?」

「いいえ」

「なら、どういう事だ?」


 無表情になっている殿下は、内心私を汚らわしいとでも思っているのだろう。美しい眉がひくひくと動いている。もう一つの可能性だと勘違いされていそうなので、私は言葉を慌てて重ねる。


「だって殿下は女嫌いじゃないですか! 警戒するも信頼もなにもそれ以前の問題ですよ。この国で一番安全な男性じゃ無いですか!」


 暗に私が殿下を"そういったお相手"と考えていると勘違いされたから、こう言ったのに。殿下は益々眉をひそめた。近いので顔の微妙な動きがいつもよりわかってしまう。

 何が殿下の気に障ることなのか解らない。めんどくさ……いや、難しい人だ。また見えない殿下の不機嫌のシッポを踏まないように、私は逃げるが勝ちだと思った。


「では、仕事がありますので、これで」

 膝をおり。早足で去ろうとすると腕を捕まれた。思わぬ方向からの力で引っ張られて痛いのと、あまりの無作法さに反射的に睨んでしまうのは仕方がない。


「痛いです……は、放してください」

「なら、今日の仕事が終わったら俺と会え」

「無理です。先約が……」


 これ以上殿下の機嫌を損ねないようにと、こっちが気を使っているというのに。

 何でそんなに不機嫌になる私なんかと会いたいのか。


 ――ああそういえば、私達は王妃様に……と考えて既成事実を作りたいのかと理解した。


「命令だ」

「……。分かりましたよ」


 そう言うと、ねじり上げられたように不自然な力が入っていた腕がやっと放される。

 久々の兄上との語らいを潰されて私は渋い顔だった。

 王妃様が何を企んでいたのかも聞きたかったのに。

 王城には何日滞在の予定だろうか? きっと兄上のことだから、師匠に言付けしてくれるだろうけれど。








「殿下」


 兄上との時間を潰されて、私は無言の抗議で身嗜みも整えず。仕事終わりの恰好のまま殿下を約束の場所で待っていた。はっきりいって、土いじりをした後なので小汚い恰好だ。早く家に帰って水浴びと洗濯してさっぱりしたい。

 案の定。殿下は私の恰好をみて不機嫌だったが、急に予定を狂わされて命令されたんだからこっちのほうが怒りたいと言う態度を私は崩さない。


「それで……わざわざ一体何のご用でしょうか?」

「本当に。あの貧乏子爵の息子とはなんでもないんだな?」


 いつの間にやら兄上を調べている。

 しかし調べられ私の事が露見する危険性よりも、私は殿下の言動を許せるものではなく、怒りを出来るだけ抑えて、抗議した。


「……何かあるわけ無いですが。あに……彼を馬鹿にするのは止めてください」


 流石に身内の悪口は聞きたくなかった。大好きな兄上なら尚更だ。


「本当になんでもないんだな?」


 二度も念を押すなんて……と気がついて。やっと殿下が言いたいことが思い当った。


「王妃様の事をご心配ですか?」

 殿下と私の関係に第三の男が出現するなんて、ややこしいことになりたくないのか。それで探ってるのか。

「彼とどうにかなるなんて事は神に誓って絶対ありえません。」

 ――兄妹だし。

 とは言えないが、絶対ありえないと言い切る私の態度に、絶対なんてありえないという不満げな態度だった。


「本当なのか」

「はい。殿下とのカモフラージュは続けてくださっても、何の問題もありません」

「ならよかった。ついて来い」

「え」

「その小汚い恰好も、むしろ好都合かもしれない」

「なにがですか」


 とても嫌な予感がする。


 お芝居を滞りなく続けられると納得してくれたのなら帰りたいのに。殿下は後ずさる私の手を握った。「きゃ」と女らしい悲鳴を私はついあげてしまう。

「お前が……腕は嫌だと言ったんだぞ?」

 さっき腕が痛いと言ったから、殿下なりに反省してくれたらしい。けれど手を握られるのは、腕をつかまれるのとは違った意味で嫌な気分だ。

「ちょっと、お待ち下さい殿下!」

 嫌な予感は当たった。殿下に引っ張られながら私は青ざめる。殿下は私を連れて表廊下を通ろうとしているようだった。こんな小汚い恰好をした……しかも殿下が「女」をひっぱっていると、沢山の人の眼に留まることになる。なのに思いきり拒否しても、殿下の手ですっぽりと包まれた右手によって、ぐいぐいと表廊下の方へ連れていかれる。


 ――最悪だ。


 抵抗も虚しく、私はきらびやかな人達の好奇の的になった。

 考えたくない、後が恐い。


 そして私が連れていかれたのは王妃様の部屋だった。

 私の汚い恰好を見て入室を拒否する従僕を押し切って、入室する。


「一体どうしたというの?!」


 王妃様は、お気に入りの取り巻きのご婦人達と流行の物についての会話をしていた。今日は布の商人が来ていたらしく、広い室内に所せましと色とりどりの極上の反物が敷き詰められている。

 そんなお楽しみ中に、殿下はともかく闖入者連れで来たものだから王妃様は眉をひそめた。


「母上大事な話があります」

「……」


 王妃様はちらりと私を見た。

 明らかにやり過ぎだといった、不愉快を表す眼だ。

 取り巻きのご婦人達も興味津々といったり、どうみてもこの場に相応しくない私に、軽蔑の眼を向けている。そして、殿下が握られた手の方により強い視線が向けられていた。

 それもそうだろう、女嫌いの殿下が女の手を握っているなんて、"ありえない"事だからだ。


「俺は彼女を正妃にしたい」


 一応この場にいた皆様も私も殿下が、何を言ったのか聞こえていたが、理解できなかった。

 理解して静寂が一気にざわめいた。


「な、ななな何言ってるんですかっ……ででんかっ!!」

「何を言うの、この子は。おほほ」


 流石に王妃様だけは、動揺を一瞬で立て直す。


「俺は彼女じゃなければ、子供を作れる気がしません」


 私はその恐るべき内容に、殿下の横顔を見つめた。

 近くで見ているからわかった。殿下はこの状況を楽しんでいる。

 表情は、まるで身分違いの恋に身を焦がし、真剣に母親を説き伏せる……物語のような表情だが、目が愉快な色を宿している。

 王妃様を困らせてやろうそれが成功してるといった、そういう色だ。

 でもこの場で一番困っているのは私だった。

 全くそういった親子の確執に私を巻き込まないでほしい。

 殿下は私が庶民で、殿下の正妃になる事どころか、正式な側室でさえも絶対許される事では無いと思っているから、言うだけ無駄、断られる事前提で言っているのだ。そして自分は安全な所でその通らない問題を通すふりをして王妃様を困らせるだけ困らせたいと……ドSだ。


 ――でも、そうじゃない。


 私は自分が事なかれ主義だったのを、痛い程反省した。

 王妃様に頼まれた時に職を失おうとも、きっぱりはっきりさっぱりと殿下との縁を切っているべきだったのだ。でももう遅い。そして殿下もこの嘘の結果が大事になる事なんて露にも思っていないだろう。


「そうなの。この娘でないと無理だと、貴方は言うのね……だったら側室なら許しましょう」


 その言葉に、それさえも許されないと思っていただろう殿下は、少し驚いたようで眼が動く。


「いいえ、母上。俺は彼女でなければ娶れません」


 軌道修正。

 これだったら絶対無理だと思ってか、殿下は暗に王妃として迎えたいと言い出した。

 めっそうもないです! というかこっちからお断りです。私はあわてて王妃様にアピールする。


「王妃様私のような低い身分の女が……」

「御黙りなさいな、もう貴方が決める事ではないのですよ」


 このメス猫!! と険悪が王妃様から感じ取れる。

 もとはと言えば。誘惑してくれって言ったのは王妃様なのに身勝手すぎる……とは流石に私は言えない。


「殿下、このように言われますと、王妃様は本当に再考されてしまいますよ?」


 私が決める事ではないのなら、今度は殿下にこのまま嘘を続けるとやばいとアプローチするまでだ。じっと、上目づかいで殿下を見つめる。この状況がやばいと気が付け!と目に力を込めて。

 すると、殿下は何をトチくるったのか私をギュッと、抱きしめて……。

 私は抱擁から顔を上げた殿下が、その次に何をしでかそうとしているのか本能的に感じ取って「ぐきっ」と鈍い音がしそうなほど、殿下の頭を両手でつかんで私の顔から全力でそらさせた。

「今更恥じらう仲でも無いだろうスティン」

 そういわれてパッと反射的に手を離してしまうと、その隙をぬうように殿下は私の額にキスをする。

「!!」


 あまりにも自然な動作。傍目で見ると、私達二人がまるでいつもこんな痴話喧嘩をしているかのごとく写っていただろう。女嫌いじゃ無かったんですか殿下!と叫ぶ余裕もないほどに、私は真っ赤になって言葉を失った。

 そんな私達を見て王妃様の取り巻きは、ショックのあまり更に固まり、王妃様は深い深いため息をついて一言。


「そのような動かぬ証拠をみせられては……本当に。貴方達二人の結婚を認めるしかないようね」


 え?


 王妃様の眼から私をさげずむこのメス猫!といった色が消え去り。

 純粋な驚きから諦めに変わった。

 私はパニックに陥る。


 なんで、今の行動で……王妃様は納得するの!?


 こんなに手慣れてるなら殿下、より取り見取りですよ! と言いたいのに先程の殿下に額にされた……行為の衝撃で私は口をパクパクさせることしかできない。

 そして結婚の許しが出たというのに……本当はそんなつもりはないと慌てるどころか、面白そうな眼をしたままの殿下は、一体何を考えているのか。いや、この先の事なんて何も考えていないのかもしれない。

 王妃様の驚く顔が見れたんだから、もうこんな茶番は切り上げてください殿下! と眼だけで訴える。


「この女なら世継ぎが望める……というのならいたしかたがありません。しかし最低でも一人は男児を授からないかぎりは正妃ではなく愛妾として迎え入れるのを許しましょう。それ以上は許しません」


「分かりました、早く孫の顔をお見せできるように励みますよ」


 いやいやいや! 何言ってるんですか! 殿下っ……!!??


 周りのみんなは「まぁ」と上品に扇で顔を隠しながら赤くなっているのに対して、私は青くなる。いや赤紫色をしているに違いない。


「コッツラウル子爵令嬢。レディ・ステファニアとの正式な婚約を認めましょう」


 その言葉で息子に意趣返ししたと、満足げな様子の王妃様……。

 やっとその言葉を聞いて殿下は心底驚いた顔をして私の顔をみる。

 それもそうだろう、ただの庶民で園丁だと思っていた女が、実は貴族の子女だったのだから。

 私はそんな殿下を恨めしく睨みつけた。


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