ある青年とメイドのお話
ファンタジー世界で主従モノ・R15
旦那様にプロポーズされたメイドさんのお話SS。
小さい頃からメイドとしてセドラがお仕えしている旦那様。
サージュント様は、年頃でいつ結婚してもおかしくない年齢だ。
貴族の次男坊という微妙なお立場ではあるが、長男様から一部の権利を受け継いで起業したり、投資したりと、それが成功して羽振りがよく……貴族というよりも企業家として独自の生活を営んでいた。
そんなは旦那様は仕えるメイドとしての欲目からではなく、素晴らしく頭のよい方だ。しかし一介の使用人にも無闇に怒ることなく、優しく諭してくれる素敵な方ではあるが……。
唯一の欠点は、仕事人間な事だった。
寝る間も食べる間も惜しんで仕事に駆け回り、倒れそうになったことも一度や二度ではない。
庭で優雅にお昼寝をしているのかと思いきや、実は空腹で倒れていたりと、大変世話が掛かる旦那様だった。
セドラは旦那様が食事の席に現れない時は、ポケットにこっそりと焼き菓子を忍ばせたり、くつろげるようにと安眠のポプリを差し入れたり、お茶を出したり。寝ている姿を見れば生きていることを確認し、うたた寝であれば叩き起こして寝室へと誘導する。
メイドの身で僭越ながらも「お体に気をつけてください」とその都度忠告していた。
そんな旦那様だからこそか、お身体を心配したご両親から結婚のお話もよくくる。
身を固めれば少しはマシになるか、体調のメンテナンスは妻がしてくれるだろうという考えなのだろう。
更に周りからも、旦那様の求婚市場での価値はかなりお高いようで、よい縁談のお話が沢山来る。しかし、旦那様は仕事一筋なので、まだ結婚する気は全くないようだった。妻に時間を割くぐらいなら、仕事をしていたいだろう。そんな気持ちが聞かなくても、使用人としてそばにいるセドラには痛いほどわかっている。
穏やかな旦那様も、いつも大量に舞い込む縁談を断り続けるにはうんざりしたようだ。
……だからって。
あんな事を仰るなんて……。
旦那様から言われたことを思い出し、セドラは心が乱れる。
その日の朝、セドラは外出する旦那様をお見送りする際に言われていた。
誰にも知られないように、真夜中に旦那様の寝室で、会おうと。
セドラは、何故自分がそんな風に呼ばれたか分かっていた。
真夜中……誰か他の使用人に見つからないような時間。
そんな時間にセドラを私室に呼ぶのは「あの返事」が聞きたいからという理由しか思いつかない。
サージュント様はうんざりしたお見合いを止める方法に気ががついたのだ。
自分が結婚しさえすれば、お見合いの話が来ないと。
それで「お見合い除け」に、セドラにプロポーズしてきたのだ。
それで何故、使用人であるセドラに白羽の矢を立てたのか。
頭のいい旦那様の考える事は、セドラにはよく分からなかった。
だから何故セドラと結婚したいのか、理由を聞いたのだ。
そんな旦那様は一瞬驚いた顔をしてから、少し考え込んで思う存分長々と語ってくれた。
ずっと今まで一緒にいたから、セドラとならこれからの長い人生一緒にいても上手くいきそうな気がするとか。自分が自由に生きるためには、妻に財産なんて求めないとか。
色々と普通のプロポーズとはかけ離れた言葉を、沢山いわれたような気がする。
その口調は熱心だった。
熱心だったが、まるで仕事相手に話すような口ぶりで、求婚としては一風変わっていた。
少なくとも旦那様が必要としているのは、長年一緒にいても不自然でなかったセドラのようだった。
旦那様は優しいが、仕事人間で恋愛面に関してはどうでもいいらしい。
結婚に対して「愛する」という感情に重きを置いていないようだ。
仕事が楽しくて、仕方ないといった風で、それを邪魔しない妻なら誰でもよさそうで。
その条件に今一番近いのが、セドラだということだろう。
悲しいことに、それでもセドラは嬉しいと思ってしまう。
だって、セドラは旦那様が好きだったからだ。
「サージュント様」
「セドラですか、入ってきてください」
「よ、よろしいですか?」
「ええ」
旦那様のお許しがでると、セドラは寝室に躊躇い無く入る。
寝室なのに、書斎のように書類や資料が山積みされていた。
旦那様はカウチソファに優雅に寝そべっている、ように見えるが実際は書類に仕事用の書類を置き、それらに埋もれているような状態だった。手にも書類、小さいテーブルにはインク壺から乱雑に置かれた羽ペン。実質書斎として機能している。
「少しは、躊躇って欲しいものですが」
旦那様の呟きが微かに聞こえたが、セドラは旦那様の部屋の乱雑具合には慣れっこだった。
「今日は、その。お返事を……」
「ええ、貴女の返事が聞きたくて、呼び出してしまってすみません」
「あの……」
言いにくそうにしているセドラに、旦那様は優しく微笑む。
「ああ、断ったからといって。貴女をこの屋敷から追い出すなんて事はしませんから、安心してください」
「そ、そういうわけじゃ……」
セドラは親を早くに亡くし、頼れる親戚もおらず。
この屋敷という働き口を失えば、路頭に迷うことになる。
「あ、あの。あのお話、私でお役に立てるのであれば、お受けしたいと思うのですが……」
「…………」
「サージュント様には本当に並々ならぬご恩がありますし、私は返すことができません。なので……」
旦那様のプロポーズに「はい」というのは並々ならぬ勇気が居る。
二人の間には身分差がある。
この屋敷内では気に留めないものも、旦那様の奥様になって外に出た瞬間。きっとセドラの出自や常識は、通用しなくなることもわかっていた。
これからの旦那様未来のことを考えれば、ここは断るのがベストな選択だ。
セドラ自身のことを考えても、辛いことばかりの日々だと分かっている。
ーーでも、好きな人からのプロポーズを断ることなんて出来ない。
それが、たとえ、そこに愛が無くても、だ。
だから旦那様の負担になる事……好きだとは言わない。
それを告げた瞬間に、求めてしまうから。
誠心誠意、今までのご恩に報いるため、旦那様の望むままに妻としてお仕えしたいと……セドラはいいたかった。
それが、セドラの愛の形。
「そうですか、分かりました」
そんなセドラの精一杯の思いを遮る様に、旦那様は言った。
「どうやら私は貴女に、恩を売りすぎたようですね」
「?」
「来てください」
「は、はい?」
旦那様の台詞の意味がよく分からないまま、促されるままにセドラはカウチから立ち上がった旦那様についていく。
そして急に腕を引っ張られた。
ぐらりと視界が揺れて、反射的に目をつぶると、衝撃はやわらかく。
恐る恐る目を開けると、旦那様の顔が近くその表情は硬い。
旦那様にベッドの上に押し倒されているのに気がつくとセドラはあわてた。
「サージュント様!? もしかしてまた具合がお悪いのですか?」
「……この状況で、そんな台詞が出るほど信頼されるのは嬉しいよりも、悲しいですよ、セドラ?」
「え?」
セドラの頭が回りきらないうちに、旦那様はセドラのメイド服の首もとのボタンをはずしていく……そしてブラウスの胸元まで下がっていくうちにある一つの答えが出たのだが、セドラは信じられなくて、旦那様に訴える。
「あ、あの。こんなことするには何か理由があるんですよ、ね?」
「私が何故、こんなことをするのか分からないのですか?」
「わ、分からないですっ……!」
言いながらも旦那様の手は止まらなかった。
ボタンをはずされ開放的になったブラウスから下着がちらちらと見えていて……もう、セドラは旦那様の行動の意味を誤解することが出来ない。
「だ、駄目ですっ……っ!」
「私の役に立ちたいと言ったのは嘘、なのですか?」
「そ、それは……あっ!!」
「貴女が悪いのですよ」
覆いかぶさるように、首元に唇を落とされて、くすぐったいような熱いような、恥ずかしいような色んな感情がない交ぜになったセドラは、旦那様の腕の中から逃げたくて仕方がなかった。
でもいつもの旦那様なら、セドラは恥ずかしさに消え入りたくなりながらも、そのまま身を任せていただろう。
しかし今の旦那様はいつもの穏やかな声とは違い、少しだけ怒りを含んでいて。
しかもセドラを責めるようなことを言う……それを見逃せなかった。
今までそんな感情を旦那様に向けられたことがないセドラは、混乱した。
そして、自然と涙が溢れてくる。
「やっぱり……こんなの駄目ですっ!!」
旦那様の事が好きで、ドロドロに溶け合いたい感情がある一方。
旦那様の行動は一方的で……怒っているように全身で感じられた。
この行為が、愛から来るものでもなく欲から来るものでもなく、暴力だと感じるほどに。
いままでずっと、穏やかで……一度も怒ったことが無い旦那様なのに。怒らせてしまうようなことをしてしまって、胸が苦しく。そして、理由が分からずセドラは謝ることしか出来ない。
「ごめんなさい、サージュント様……」
旦那様の手も行動もすでに止まっていたが、セドラは何度も泣きながら繰り返した。
「夜に、男の寝室に来るという事がどれだけ危険なことか分かりましたか?」
「ご、ごめんなっ……」
「私と結婚したら、こういうことを貴女に強要してしまうという事なのですよ」
「っ……」
「恩や義務感だけで、貴女は出来ないでしょう? ですから、断りなさい」
「……で、でもっ」
「私の事は気にしないでくださいと、言ったはずですよ?」
「ち、違っ」
いきなりの行動と感情の揺れに、涙がとめどなく溢れてくる。
旦那様の口調からは、怒りはすっかり消えていつもの穏やかな口調に戻っていた。
「わ、私はっ……旦那様と、結婚、したい……です」
「まだ、貴女はそんな事をいうのですか、忠誠心もそこまで行くと迷惑ですよ」
「ど、どして、そんなこと、言うんですか? 求婚してくれたのは旦那さまなのに」
「これ以上、わたしを惨めにさせないでください」
惨め……とはどういうことだろうか?
旦那様の言うことがセドラにはとっさに理解できない。
セドラからすでに離れて、背を向けてベッドの縁に座っていた旦那様の背中を見つめる。
こういう事は、初めてだった。
セドラは旦那様が怒っている理由が知りたかった。
旦那様の行為を止めてしまったのが、旦那様の気に触ってしまったのだろうか。でもその前から旦那様の機嫌は、うっすらと悪かった。
セドラには分からない事尽くしだ。
でも一つ分かっているのは、今旦那様を引き止めないと、永遠に失ってしまうことだけだ。
「サージュント様が怒っているのが……怖くて。
その混乱してしまいましたが、その、もう大丈夫ですから」
自分の今の格好をすっかり忘れて、旦那様の背中にすがりつく。
嫌われたくなかった、失いたくなかった。
「だから……続きをしても、だ、大丈夫です」
自分の大胆な台詞にセドラの声は震え、顔から火が出るかと思った。
しかし、旦那様はセドラの手が前に回り抱きしめようとした瞬間、体が強張りその手をゆっくりとはずし立ち上がる。完全な、否定。
「私とは……もう、結婚したくないですか? そ、それなら諦めますから」
旦那様はこちらを向かない。
とても長い沈黙の中。
「結婚したくない? 結婚したいに、決っているでしょう……」
搾り出すような、声だった。
だったら何故? そう言いかけるセドラに振り向く旦那様の瞳は、感情を抑えこんでいるように揺らめいている。
「でも、貴女は私を好きでいてくれている訳じゃない、そんな貴女を無理やり妻にするぐらいなら、このままなにも変わらず、側にいてもらうほうがいい。結婚がしたいんじゃないんですよ、私は貴女に好かれたいんです」
「……で、でも」
「だから、気にしなくていいのですよ、分かってます」
「サージュント様は分かってません! わ、私がどれだけ勇気を出して、こんなことしたのか、分かって欲しいんです」
「ですから……っ!?」
セドラは、もう聞きたくないといわんばかりに、旦那様の唇を奪い取る。
ひんやりとした感触。
なのに、触れた先からセドラは熱くなる。
旦那様は信じられないといったように、セドラを見つめた。
それはそうだろう、セドラだって自分の大胆な行動が、信じられない。
「話を聞いてください、旦那様」
「…………」
いつもの旦那様らしくない、いつもならどんなに失敗しようが、きちんと話を聞いてくれて、優しく諭してくれるのに。今日は全くセドラの言葉を聞いてくれない。
まるで、聞くのを恐れているように。
だから、セドラは――決心する。
「私は、旦那様の事が、好きです」
「え?」
「好きだから求婚をお受けしようと思ってました」
「しかし、貴女は、私に恩返しがしたいから受けると……」
「それは、好きだといったら、私。サージュント様に求めてしまうと思ったからです」
「求める?」
「サージュント様の……心を、です」
「何故、求めてくれないんですか?」
心底、訳が分からないといったように、旦那様は言った。
「それは、旦那様に負担になると思ったから、です」
「負担?」
「旦那様は、私に求婚してくださる時に私が妻になったらどういった事になるとかそういうことしか言ってくださらなかったので、私の心は必要ないのかと思ってました、だから」
「それは、貴女が私と結婚したらどれだけ利点があるのかアピールしなければ、貴女は私を選んでくれないと思っていたからで……」
商談の場での勝利の秘訣は、いかに利点があるかをアピールし、自分と組むことがどれだけ相手の有益になるかと、他社と比較されて選ばれなければならない。
「その、私はそんな言葉より……」
「ええ、そうですね、私も恩だというよりも」
あなたがすき。
ただその一言で、よかったのに。
「……あの、もう一度求婚しなおしてもいいですか? セドラ」
「は、はいっ!!」
「セドラ。私は貴女が好きです、だから結婚してください」
「はい。私もサージュント様が好きです」
その答えを聞いて、蕩ける様な笑顔を浮かべた旦那様は、セドラを抱きしめようと手を伸ばし……はっとしてセドラから目を離す。
セドラはただそれだけの動作なのに、不安になった。
「ど、どうかされたのですか?」
「い、いえ。自分がしたこととはいえ目の毒だ……」
「?」
どういうことだろう? セドラは少し考えてから、自分の格好を思い出して、顔を真っ赤にして服の前を合わせて握る。
気恥ずかしい雰囲気が二人の間に漂う中。
「この続きは……結婚してから求めてもいいのでしょうか?」
「…………はい」
消え入りそうな声で返事をするのが、いっぱいいっぱいなセドラだった。
実は旦那様の求婚で
アリメアが求婚を受けていたらというverも書いていたのですが
求婚を受けない方がアリメアらしいとそっちの方を採用し
没にした話をベースにちょっと短編風に仕上げてみました。