風雲!魔王城(前編)
ファンタジーっぽい何かな物語。
魔王も勇者も出てくるけど主役はただのメイドさん。
ハーレムっぽく見えてそうハーレムでもないお話です。
この世界には何時の頃からか、魔王と呼ばれる邪悪な存在がおりました。
その魔王が住むといわれている北の国に、お城から勇者達が次々と魔王討伐に向かいますが……誰一人かえって来ません。国中が恐怖におびえる中ついにある日、その国のお姫様が魔王に連れ去られてしまいました、従順なメイドと共に。
もう何人も魔王討伐に向かった勇者が帰ってこないのですから。
か弱い姫なんて帰ってくるはずもないのです。
この国の王様は大層嘆き悲しみ、国中は悲しみのムードにつつまれました。
そして、一方その頃北の国。
魔王城。
「ルクレツィーーーーーーーーアァァァ!!!」
「は、はいはいはい! ただ今っ!」
ぱたぱたと、陰気くさいお城の中を小柄で元気な影がよぎる。
「ちょっと、遅いじゃない!」
この城で二番目に立派な部屋から大声で、ルクレツィア……愛称レセアの名を呼んだのはロザリアンナ姫だ。
「申し訳ありません、姫様」
「まったく、トロイったらありゃしない。ナニをやっていたの?」
「二番目の勇者様と、庭園で庭仕事を……」
「なに手伝っているの、貴方は私のメイドなのにっ!」
「あ、でも……お世話になっているんですから」
「いいのよ! 私たちを招いたのはま・お・う様自身なんだからっ!」
「招いたというか……居座っているというか……早く帰ってあげた方がいいというか」
「あれ? 何言い争ってるの?」
ひょっこりと、開け放した重厚なドアの向こうの廊下から顔を覗かせたのは、素敵に無駄に爽やかな青年だった。でも外見だけではなくその内面も自然に爽やかなので嫌味がない。
その青年を見て、姫は先ほどの剣幕を引っ込めて、とてもかわいらしい猫をかぶる。
いつもながらにお見事だ。
「オホホ、何でもありませんわ、ディズ様」
「あ、一番目の勇者様こんにちは」
「こんにちは、挨拶が遅れちゃったね、ごめん。姫様、レセア」
「いえいえ、ディズ様」
「今朝の朝食はどうだったかな?」
姫様はこの一番目の勇者様がことのほかお気に入りだ。目がお邪魔虫でてけ! になっているので、レセアはこの場を退散することにする。今から二番目の勇者様のところに戻って、庭仕事の手伝いと栗拾いでもしようかなと思って長い廊下をテクテクと歩いていると、この城で一番立派な部屋の前を通りかかる。
今日は……ご挨拶をしてませんでしたけれど……大丈夫でしょうか?
少し、嫌な予感がしながらつつ、その部屋の扉の前に立つと、相変わらずすすり泣く声が聞こえるので、ホッとする。いや、泣いているのだからほっとしてはいけないのだけれど、コレが安心する基本設定なのだから仕方がない。
この部屋の中で泣いているのは、魔王様。
この城の主であり、ロザリアンナ姫様とレセアを攫ってきた張本人だ。
なぜ、魔王の城で帰ってこないといわれている勇者や攫われた姫やメイドが闊歩しているかというと。
魔王様は基本、引きこもりなのである。
「おそようございますー魔王様?」
ドアをノックしながら、レセアは一応声をかけてみた。
「な、なんだっ……!!」
泣いていたのがバレバレの鼻声で、声が返ってくる。
その後に、魔王様とは別の冷たい声がレセアに聞こえてきた。
「あぁ、鍵は掛かってないから入ってくれば?」
「! し、失礼しますっ!?」
扉を開けると、隅っこでシーツを握り締め、立派な黒い羽をぐったりとへたれさせて泣き明かしている、いい年した魔王様……ああ、シーツを洗濯しなきゃ! と、高い天井までびっしりと作られた本棚の前に、三番目の勇者様がこの部屋の主人よりも主人らしく陣取って、人が殺せそうなほど分厚い本を眼鏡の奥の目を細めてひたすら読んでいた。
二人とも、入ってきたレセアには顔も上げない。
「何を……」
してるんですか? そう尋ねかけたレセアの問いを間髪いれずに三番目の勇者様が答える。
「あぁ、丁度読みたい本が魔王の部屋にあったからさ、読ませてもらってた」
「読ませてもらってたって……」
こんなに号泣してる、魔王様放置ですか?!
「レセア、泣きたいときは泣かせておかないと。涙は心の汗だって言うだろ」
「何だか、深いい話っぽく語ってますが、ひどいですよ。ほら、魔王様も泣き止んで……朝食は食べたんですか?」
「レセア……今日も起きたら何故余はこの世に生を受けたのだという悩みから突然、泣きたくなったんだ」
つまりは起きてから、何も食べてないということですね。
「い、今持ってきますからっ、だから泣き止んでくださいね?」
目をウルウルさせてレセアを見つめる魔王様のその漆黒の瞳は、まるで雨の中にうち捨てられた子猫。
レセアはその魅力に逆らえなくて、つい甘やかしてしまう。
たとえ、魔王様の外見がレセアより年上の二十台前半、体躯は立派な大人でも。
魔王様の容姿は、真顔なら超が付くほどの美男子だ。
透き通るような白い肌に、怪しく光るブラックオニキスの瞳。髪も夜を紐解いたような、サラサラの長い黒髪。赤い唇はなまめかしくつやめいていて、普通なら耽美で神秘的な雰囲気を醸し出すだろう。
でもいつも真顔でいた例がないので、もったいないことに元は神がかり的に良いのに、三枚目的雰囲気しかない。しかも、その白い肌も長い髪も長年の引きこもりの結果だそうだ。色々と惜しい魔王様である。人間中身が大事だとはっきりと分かる標本のような人だ。
でもそんな外見の美しさよりも、何よりもレセアの心を捕らえて離さないのは、魔王様の雰囲気と潤んだまなざし。それは耽美とか神秘性をはるかに凌駕する、母性本能や弱いものを守ろうとする父性愛にディープインパクトを与えるのだ。
そう、この魔王様はある意味、魅力の目を持っている。
「あと、三番目の勇者様にも持ってきますから! もうちょっと明るいところで本読んでください、目が悪くなります」
そう忠告すると、レセアはあわてて厨房へと駆け出した。
一番目の勇者様ディズ様は、魔王様が実は人に害を与えないくて、ただこの城に存在しているだけの魔族だと気がつき、元来面倒見のいい(じゃないと勇者なんかやってられないだろう)彼は、魔王も討てないし、何より魔王が心配だしでこの城に滞在することにした。宿屋の息子の彼は、この城の厨房担当でこの城に暮らす勇者のリーダーだ。
二番目の勇者様ヴァン様は、一番目の勇者様の友人で、兼業農夫の兵士だった。一番目の勇者様の説得と、今にも死んでしまいそうな魔王様を見て、コレは捨て置けないと、魔王討伐は諦めたらしい。無口で朴訥で暖かい人柄の彼は、中庭で家庭菜園やら乳牛の飼育やら植木の剪定をしている。
三番目の勇者様トラン様は、一人だけちょっと違ってて、魔法学に興味があって魔王討伐に参加した。魔王を討伐しなくても、魔王城の書庫の本を読み放題だと知ると、あっさり討伐をやめる。魔法をコントロールする練習として、部屋の掃除担当だったらしい。
あと四番目と五番目の勇者、カラント様とサカント様は兄弟で二人一緒に討伐に来て、動物好きなお二人は魔王様のこの捨て猫のような目に、完敗したらしい。樵の息子のお二人は城の補修工事と食料調達を受け持っていて、二人とも「魔王にうまいもんくわせてやるぞー」といって毎朝狩に行って夕方には帰ってくる。
六番目の勇者様のソワン様と七番目の勇者様のオンズ様は元からコンビを組んでいた傭兵で、腕試しがしたかったのに、瀕死の金魚のような魔王様を見て盛大にがっかりしたのだが、人間に害をなしている魔物(それこそが魔王様の悪名の原因になった)がそこらにうろうろいるということを知ると……勇者らしく周辺の魔族をしばいて従える事にシフトチェンジしたらしい。時折この城に魔王様へ報告する為に帰ってくるらしいが、レセアはまだ会ったことがない。
というわけで、この魔王城は白雪姫と七人の小人ならぬ、魔王様と七人の勇者様がいるのだ。
そう、城下では攫われたと噂で持ちきりになっているのだって、本当は攫われたんじゃない。
魔王様は一番目の勇者様に、カウンセリングという名の説得を受けて、勇気を出して初めての和平交渉に来たのだ。……それなのに、お可哀想に魔王様。入る部屋を間違えてそれがよりにもよってロザリアンナ姫様のお部屋で、姫様に缶切り声を上げられ、逃げ帰ろうと転移魔法を使おうとした。
しかしかなりあわてていたために、そこへ一番初めに駆けつけたメイドの私が蹴飛ばしたバケツの効果もあいまって、姫と私も巻き込んで、魔王城に帰ってきてしまったのだ。
うう、ごめんなさい魔王様、私のせいで、悪名が一つ増えました。
でも、初めの頃はかなりおびえていた私たち二人に、何もしないから送り返すといってくれたのに。
姫様ってば、隣国のあまりかっこよくはない王子との縁談が来ていたのが嫌だったのと、一番目の勇者様に一目ぼれしたということで、居座っているのだ。
勿論、姫がいるならレセアが帰れるわけがなくて、ここにいたのだが。
時間が経つにつれてその心境は変化していた。
帰れません……この魔王様と対峙してこの駄目だめっぷりを見れば! 胸の辺りがきゅーっとなってしまう。
レセアも魔王様をどうにかしてあげたいと、勇者様達と志を同じくしてしまった。
やはり、魔王様は魔です。
レセアは厨房によると、すでに帰ってきていた一番目の勇者様に、魔王様と三番目様の食事はありますかと聞いてみた。するとどうやら四番目様と五番目様が間違って狩の昼食として持って行ってたらしい。また作ろうか? と嫌な顔一つせずに言ってくれる一番目様に自分で作ってみます! というとぽんと頭をなでられて、いつか僕にも作ってねというお言葉と、材料は何でも使っていいよというお許しも頂いた。
とにかく魔王様は意外と好き嫌いがないので、ここは三番目様の好みに合わせていただこうと思う。
ふわっふわな食パンを厚切りにして、それに縦に切り目をいれて袋状にすると、何の肉かは良く分からない四番目様特製厚切りベーコンをカリカリに焼き、目玉焼き、サラダを味付けしてチーズと共に押し込む。両面をフライパンで焼き、サンドイッチの完成だ。
そして、今朝二番目様の愛牛絞りたてのミルクをピッチャーに入れて、見た事もないほど作りは豪華だがどこかグロテスクな食器と杯を二つ持っていく。
「ワイルドだな」
レセアの忠告を聞き入れて、比較的明るい本棚の前に場所を写していた三番目様は、見た目に一言感想を言うと、視線はすぐに本に移した。でも手は黙々と食べているので問題はないみたいだった。魔王様用には、テーブルにフォークとナイフをセットし、席についてもらう。先ほどよりは幾分マシになった顔で、いただきますといわれて行儀良く食べ始めた……と思ったら途端、目に涙が溢れ出した。でも、顔は笑おうとしている。
「ど、どうしたんですか?」
「な、なんでもないぞ!」
「まさかっ!!」
砂糖と塩を間違えている。
もくもくと食べている三番目様に視線を向けると。
「別に集中していれば、食べられない味じゃない」
三番目様の優しさは少しずれている。
どうやら一番目様には、レセアの手料理を食べてもらうのはもっと先になりそうだ。
と、申し訳なく平謝りで二人から食べ物を回収していると、またもや姫様のオペラ歌手も真っ青な肺活量の華麗なる美声で、レセアを呼ぶ声がした。その声が聞こえた途端、魔王様はがくがくと震えだした。激しい姫様が凄く苦手なのだ。本心では丁重にお帰り願いたいのだが、あの剣幕でこの城に滞在させろと詰め寄られると、首を立てに振るしかなかったらしい。
仕方がないので、姫様の部屋に行く前に一番目様に平謝りして、二人の朝食を作って運んでもらうことにした。下げた食べ物は捨てるのももったいないので、ナプキンに包んで後で自分の昼食にまわす事にする。きっとマヨネーズさえかければ何とか食べれそうな気がするレセアは立派なマヨラーだ。マヨラーには何事も開拓精神が必要だ。