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短編集置き場。  作者: 桜ありま
大神官様の初恋はけして一筋縄ではいかない
14/16

に、落とし者の私と異世界住人との一期一会




 この世界に落とされた私は、初め混乱しました。


 さっきまで家に帰るために通学路を歩いていたはずです。

 それなのに気がつけば見知らぬ噴水らしき場所に、落ちていたのです。急に水の中に入ったので、足がつく深さだったのに、溺れてしまうところでした。 これは夢だ夢に違いないとは思ったけれど、水浸しになった感触はかなりリアルで、これは夢じゃないと思い知らされるのには十分でした。

 ごぼごぼと咳き込んで辺りを見回した、私の衝撃といったらありません。

噴水があるのは整えられた芝生と、外国のバラ園のような広場。初めはどこかのお宅の庭にでも迷い込んでしまったのかと思いました。しかし夕暮れ時に松明を掲げるのは、外国人のように彫りの深い顔立ち、金髪から茶髪、銀髪まで色とりどりの髪を持った人たちでした。見たことのないような、昔のヨーロッパ的なエレガントなドレスやらひらひらな礼服やらな服装をしていて、時折ボソボソと聞こえるのは英語でもなく、聞きなれない知らない言葉。

 そんな人たちが険しい顔で、こちらを伺っています。


 私は我に返ると、とにかく逃げ出しました。

 その途端に、人々の驚くような声が後ろから聞こえてきます。

 ――まるで私を追いかけてくるように。

 捕まったら最後、どんなことになるのか恐ろしい想像しかできません。


 後で聞くと、そこは王宮の中庭で、代々「神に落とされし者」が降臨する噴水だそうで。数百年ぶりに訪れる「落し者」に皆さん半信半疑で、まるで金環日食で日食グラスが品切れになるほど日本中が湧いたあの日のように、好意と好奇心のお祭り気分で「落し者」を今か今かと待っていて、本当に来た! と緊張していただけみたいです。

 私からすると、ただただ理解不能な状況で、恐ろしかったのですが。


 庭園から逃げ出すと、見渡す限り豪華な石造りの建物の壁が広がっていました。その反対側はまるで森のように、木々が生えています。日も暮れかけた時間、林の中に逃げるにはほとんど真っ暗で怖くて、だからといって、室内に入るわけにも行かず、私はどうしようもないまま、ただひたすら走っていました。

 こんなだだっ広い場所、通学途中にはありません。

 何かのテーマパークにしては、建物が細部まで細かくて、窓から見る部屋の中も、豪華な作りです。セットではなく長年使われた重みのある本物だと感じ取れます。歩けば歩くほど、ここは日本じゃないって不安になってきました。

 日が落ちると、急に冷えてきて、濡れた衣服に段々と体温を奪われて、寒くてたまりませんでした。でもどうする事もできずに走り疲れて、トボトボと歩いていると、林のなかでぽうと明るい温かな光が浮かんでいました。まるで希望のように。私は疲れてぼーっとなった頭で、「あ、帰れるんだ……」と思って。その光の点る方に歩いて行ったのですが。


「きゃ!!」


 自分にこんな透明で甲高い声が出せるとは思ってもみなかった、悲鳴を上げました。

 光の正体は、巨人?! か、と言いたいぐらいの大きな男性が持っている燭台でした。顔は見えません、なぜならロウソクに照らされて、赤ともオレンジともつかない燃えるような髪の毛とヒゲを、モジャっと仙人のように生やした人だったからです。洋服はオペラ歌手が着ているようなズルズルのドレスみたいな、そう今でなら旦那さまが着ている神官服と同じだとわかりますが、でも色違いでした。

 私は宮殿の敷地の隣にある神殿に、林と建物を周り着いたのです。その人はちょうど、神殿の渡り廊下を通っていたところでした。

 男の人は、私の悲鳴を聞くと驚いた様子もなく、ゆっくりと振り返りました。

 私の理性と体力は、そこで限界でした。腰が抜けてもう立てない! 逃げられません。

「ご、ごめんなさいっ、か、勝手に入るつもりはっなかったんです! 許してくださいっ、気がついたらいつの間にやらここにいて! 本当なんです」

 私は段々と近づいてくるその不審人物に、怯えてギュッと目を閉じうつむきました。もう怖くて、何もできません。震えるしかないのは寒さのせいだけじゃです。もしかして、このまま殺されてしまう!? と、心臓がドキドキしていたところ、何も起こりません。おそるおそる薄目で、見上げてみたところ、相手は考え込んでいるようでした。ヒゲと髪の毛で表情全く見えませんが……。

 もう心臓が破裂しそうなほど長い間待たされて、男の人は言いました。


「君、……ニホンゴ? 話す? してる」

「はい?」


 この絶望的な状況に似合わない見事な、エセ外人カタコト日本語でした。

 一昔前の機械での自動翻訳……ですか、これって? っていうぐらい感情のこもらない、単語、単語。平坦な言葉の羅列。


「僕、少し、話すこと出来る」

「ほ、本当ですか!?」


 一気に、気が抜けました。

 片言だろうと言葉が通じるって、素晴らしいと、神様にあったみたいに男の人を見つめちゃいました。地獄に仏。自然と手あわせちゃってました、私。それにしてもこの人、仙人みたいな風貌だったのでかなりのお年と思っていたのですが、声からすると意外と、若い? とか考えられるほど、余裕出てきましたよ、私。「僕」っていう一人称もとぼけた愛嬌があります。


「よ、よかった……本当に、よかったよぉ……」

「よい、ない」

「え……」

「君、ここに居るの、よい、ない」

「え!?」


 私は、助かった。と思ったのに、男の人は私がここに居るのは、「良い」+「ない」=「良くない」って言うって事は。立ち入り禁止の場所だったりするんでしょうかと、真っ青になっていると。


「危険という意味、違う。しかし、君、僕と一緒に来る」

「?」


 強引に大きな手……ほんのりと暖かい……が私の手をつかむと廊下を通って、さっき窓からみた宮殿の豪華な部屋とは違った簡素な部屋に連れ込まれました。小さな暖炉に炎が揺らめいています。暖かい。

「な、なななにするんですか?」

 私は男の人の目的がわからなくて、まさか騙されて捕まった? 罠?と、涙目になっていると。

「君、水、濡れる、た。病気、なる」

 どうやら私の制服が、半乾きだったので、「風邪引く」って言ってくれてるみたいです。

 私は折角の親切心を疑ってしまったので、罪悪感が……と、暖かい火に辺りながらぼおっとして、思ってると。


 ……って! また、な、何してるんですか!?

 目を離した隙に、この人服をためらいもなく脱ぎ出しました。

 何をする気かと、その行為の結末を想像するより早く、下衣のポンチョっぽい、厚布でできただぶだぶのシャツを渡されて、ああ代わりに着ろことかとやっと理解して、恥ずかしい。

 あんまり男性の生着替えなんて見たことないので、私ビックリしました……。下はズボンみたいな物履いてて助かりました。しかもこの人めちゃくちゃ均整の取れた体してます。

 私はありがたく受けとると、男の人は早口で「終わる、君、僕に言う」といって部屋を出ていきました。ちょっとよろめきながら半裸で。

 少し肌寒い夜です。大丈夫なのかな? と、心配になりながら服を脱ぐと、困ったことになりました。下着どうしよう、という大問題です。まだ半乾きで気持ち悪いというか、せっかく服を貸してもらえたというのにこれ着たままじゃ寒いです。かといって、あの人に下着貸してくださいというわけにもいかず。私は苦渋の選択で、火で燃えないように注意しながら、暖かくなるまで炙ってから着て、更に借りた服を被りました。待たせているので手早く! と乾かしたので湿っぽさがだいぶ残っていますが、それだけでもぬくぬくです、しかもこのお借りした洋服、凄い肌触りがいいです。まるでもこもこの布団にくるまれたような心地よさに一気に力が抜けて、まぶたが重くなりつつあります。

「あの、終わりました……ありがとうございます」

 約束通り外で待っている筈の男の人に声をかけると、ドンっという何かがぶつかったような大きな衝撃音がして、不安に待ってしばらく、男の人が入ってきました。やっぱり半裸です。下着を少し乾かす時間で、待ち時間を伸ばしてしまったのは悪い事をしてしまいました。「すいません」と前置きしてから私は、この安心を失ってわかってても、男の人に聞きました。ここは地球の日本ですか……って。案の定「否」と返事が帰ってきました。

 単語をうまい具合に繋げて、話してくれた事……、もしかしたら私の理解が悪くて間違っているかもしれませんが、ここは異世界で、よく他の世界から人や物が迷い混むこと。この国はそんな人達の文化に理解があって、保護してくれること。この人は神に仕える神官でその仕事柄、今までの「落とされし者」について学んだから、日本語がなんとなく解ること。

 そして一番大事な質問。

 最後の最後まで取っておいた、質問。


 ――今まで元の世界に戻った人は居たのか、ということ。


「居る、ない」


 男の人は淡々と機械のように話していて、そのせいではっきりと、それが本当だということが……嘘をついていないことが、感じ取れました。一気に襲いかかってくる恐怖。


「どうして、どうしてなんですかっ……どうしてっ私、なんですか?」


 男の人は無言で、冷静さを欠いた私をただ見下ろしてました。

 私は目の前の男の人が悪くないって分かっていても、よくわからない感情を抑えられません。

 生まれ育った場所に、もう二度と帰れないのです。

 私は泣きました、今までここまで泣いたことないぐらい泣きました、しゃくりあげる嗚咽が、言いたい言葉をかき消します。でもその言いたい言葉も、浮かんだままに吐き出してるので、聞こえていても意味が通らないモノになってたと思います。

 いつまでも、泣き止めない私は、ふと頭に暖かい感触があるのに気がつきました。そして、頭を撫でられていると理解するより早く、それが顎から涙が流れているラインを遡り、目を強引に拭ってきます。


「さわらないでくださいっ!!」


 瞬間、私は感情が悲しみから怒りに似た激しさに変わりました。その手を、思いっきり振り払います。

何もかもが嫌になって、どうでもよくなってやけくそでした。

 だってこんなどうしようもない事が起こって、私には受け止めきれなかったからです。

 その訳もわからない状態の最たる物で、形になったモノが、目の前にいる異世界の男の人で。その存在感が、私に思い知らせたから。


 この人さえいなくなれば、消えてくれさえすれば、元に戻るような気がして……。


 私が半狂乱なのが分かってか、男の人は私を落ち着かせる為にか抱きしめてきました、固い感触は体温を感じなかったら、ロボットのような揺るがない力でした。

 更に存在感が感じ取れる行動に私は抵抗します、受け入れたらそこで終わりな気がしましたから。

 本当にこれが現実になってしまって、帰れなくなっちゃう、と……。


「泣く、止める」

「む、無理ですっ!」

「付いてる、僕。居る」

「嫌です、いなくなってください、消えてください!」

 そんなひどい言葉ばかり投げつけてしまいました。でもどんなにひどい言葉を言っても、腕の中で暴れて叩いても、居てくれました。人間ってこれだけ泣けるんだな、っていうぐらい泣いて泣きつかれるまで、一緒に居てくれました。疲れると人の体温と心音が心地よく感じ取れてきます。こうしてこの人が一緒に居てくれなかったら、私は正気を保てたのだろうか、という有様でした。

 泣き疲れて眠たくなった頃に、長椅子を進められて私は横になりました。もう、体を起こす力も振り絞れません。私を横たえたあとに、男の人が離れようとして、ついズボンの袖を掴んでしまいました。


「いっしょ……いしょ、付いてる。君に、僕」

「……本当、ですか?」

「この後、心配、ない。なる」


 まぶたが重くて仕方ない頃には、私はその言葉に、安心しきってしまいました。手を握られて、まるで小さい子供のように、一人眠るのが怖くて男の人を引き止めてました。信頼できるのはこの人しかいないって。男の人はさっきの私の態度にも一つも非難もせずについててくれました。表情は相変わらず見えなかったけれど、燃えるような赤い髪がわさわさと、暖炉の炎で暖かく光っています。


 そして私は、いつの間にやら眠りについてました。




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