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短編集置き場。  作者: 桜ありま
世界を救った巫女とある男の話
11/16

世界の終わりを告げる声

世界を救った巫女の報われた裏話。

両想い。メリーバッドエンド。残酷描写有。

 


「――私は、本当はあなたの事、好きじゃなかったの……」


 少女はやっとの事で、青年にその言葉が言えた。

 この言葉を言うだけで――少女の世界は終わりを告げるはずだった。


 彼女にとっての世界の終りは、失恋。

 でも彼女はあえて自分の意志で、恋を失う道を選び取る。


 ただ、それだけなのに。

 本当に世界が滅びて終ってしまうより、いいはずの事なのに。

 何度も、何度も言い聞かせたのに。


 辛くて心が軋む。

 どうにもならないこと、なのに。


「どうして、そんな事を言うんだい?」


 この人に悲しそうな顔をさせた。

 いつも優しく穏やかに微笑んでいる人なのに。

 つらい、つらくてたまらない。

 でもここで踏みとどまらないと――もっとつらい結末が待っている。


 だから、残酷な言葉を吐く。

 引き返せないように。


「ごめんなさい。私、元の世界に帰りたかったの……帰りたいの。だからあなたを利用した」






 少女はこの世界に召喚された巫女。

 世界の隅々を回り、穢れを浄化すれば元の世界に帰れる、その希望を胸にこの世界の穢れを払い続けた。

 でも段々とこの世界に慣れて――旅をする間に恋をした。

 この国の第一王子、アメル。

 まるで少女マンガに出てくる、典型的な銀髪アイスブルーの瞳の王子様。

 そんな人が、自分が「巫女」というだけでいつもそばに居てくれた。

 冷たく感じていて、最初は苦手だったけど。いつでも頼りになって、優しくて、この世界に来てからちょっとしたことで不安になる少女を甘やかしてくれて、本来ならちっぽけな女子高生の自分には一生縁のない人。

 旅の間だけでも、仲間として一緒に居られるだけで、幸せな時間だった。

 自分が、彼を好きになってしまうのは当たり前で。

 どうせ、自分なんて好きになってもらえるなんて思わなかった。

 最初からあきらめていたのに。

「好きだ」って言われて、信じられなくて……一度は断ったのに、それでも何度も「好きだ」と言われて気持ちが上下して、舞い上がって。その気持ちのせいで、元の世界に帰りたいって気持ちが、帰りたくないに傾いていく。

 彼と一緒に生きる事を本気で考えてしまった、そんな大それた夢を見てしまった。

 それで何度目の告白だったか――頷いた。

 その時の、アメルの嬉しそうな顔が、抱きしめられた温かさが、とても幸せだったのに。


 なのに、最後の穢れを払って――世界の(ことわり)から告げられた真実。


 巫女は穢れを払っているのではなく、身の内に貯めているのだと。

 元の世界に帰れば、穢れは浄化される。

 しかし、この世界に居る限りは、巫女の身に何かあれば、些細なきっかけで身の内にたまって凝縮された穢れは世界を滅ぼすと。


 自分が世界を――アメルを殺してしまう。


 そんな事を聞かされて、この世界に居ることが出来るだろうか。

 だから、少女は決意する。


 私のせいで世界が終わってしまうのなら。

 アメル、貴方の為にこの世界で生きていく事を諦める。


 この世界から去って、全てを終わらせる事を。






「巫女殿、準備が整いました」


 ノックをされて、はっと少女は我に返った。

 昨日はどうやって自分の部屋に帰って来たのか覚えていない。


 穢れを払い、安定した状態になって、やっと元の世界に帰る道を開くことが出来ると神官長に言われていたので、すぐに元の世界に帰りたいと王様に願った。アメルとの事を薄々感づいていたのだろう、秘密裏に動くと約束してくれた。その用意が整ったと告げられる。


 ――お世話になった人にもお礼、言えなかったな。


 それほどあわただしい帰還になったのは、未練を残さないため、逃げるためだ。

 とくに、アメルと会えば、引き止められれば、決心が鈍ってしまう。

 巫女だと崇められても、少女は普通の人間だった。

 そんなに立派な人間じゃない。

 理性がダメだと言っていても、心は残りたいと思ってる。

 自分の中に穢れが入っているという実感がない今、一緒に居られるなら――もう少しなら……と、世界の理から告げられたことを隠してしまえば――ちょっとはずるい事も考えてしまう。


 この国を救ってくれる巫女様だからと、色々な貢物を貰ったけれど、全て置いていこうと思った。

 この国に来た時の制服を着て……持っていく物は旅の途中、アメルに露店で買ってもらった髪飾りだけ……巫女ではなく、自分自身にもらったそれだけなら、と自分を甘やかす。


 来た時と同じ、神殿にある巨大な魔法陣の中央に立ち、神官たちが準備を終わるのをただひたすら待った。

 目を閉じて、手を組んで祈る。

 神様なんかに祈った事は、神社で初詣の時ぐらいしかないけれど。

 この世界の神様が、異世界の住人の願いを聞いてくれるとは思わないけれど。


 ――どうか、アメルが幸せになりますように。


 願うのに夢中で、少女は気が付くのが遅れた。

 あわただしい人の動き、悲鳴、血の匂い、静寂。



「帰さないよ――愛しい人」



 そして、愛しい人の存在。

 少女が目を開けると、そこには血まみれのアメルと惨劇が待っていた。


「まさか、僕が君を諦めると思ったの?」

「ア……メル?」


 血まみれの手で、アメルは少女の髪に触れる。

 そして、髪飾りを外して、床に落とした。

 カラン、とその音が妙に響く。


「こんな物を大事にとっておかなくても、もっといいものを君に贈るよ」

「ど、どうして?」


 訳が分からない。

 相変わらず優しく微笑むアメル。

 後ろに広がっている光景が、まるで嘘のようだ。

 先ほどまで儀式の準備をしていた神官たちが倒れて、その分だけ血だまりが床に広がっていく――帰還の魔法陣をかき消すように。


「ああ、神官たち? 僕と君を引き離そうとするから、仕方ないね」

「でも、私、帰らなきゃ……」


 恐怖のあまり、心で強く思っていた事しか口に出せない。

 帰らなきゃ、帰らなきゃ、帰らなきゃ。

 そうじゃなきゃ――皆、死んじゃう。

 だから帰ろうと思ったのに、後ろに倒れてる人たちは?



「でもこれで、君は還れなくなったね」



 アメル……私はただ貴方に、幸せになって欲しかっただけなのに。







 この世界は本当に、巫女に残酷だ。


 世界に蔓延る穢れは、人々を、生き物すべてを狂わせる。

 どこから湧いているのか分らないその穢れは、この世界の在人にはどうする事も出来なかった。

 それで考えられたのは、この世界ではない異人を呼び出し、身体に穢れを封じ込め、異世界に持ち去ってもらう事。

 その処置は数百年の安寧しかもたらさないが、根絶する方法がない在人には十分な代物だった。


 巫女に穢れを払ってもらうために、この世界は巫女に優しかった。

 彼女がその身の内に穢れを封じ込めてくれる限り、どこまでも。

 偽りの優しさは――諸刃のように、残酷だ。

 巫女が過ごしやすいように、王族は心を砕く。

 さらに周到に年頃の巫女には美しい異性を傍に置くことで、行動を操ろうとした。

 しかし、今回召喚された巫女は誰にも等しく関心を持ち――誰にも等しく特別な感情は持っていなかった。


 お人よしな彼女は、この世界の王族にとって、とても操りやすい傀儡。


 他の人間と等しく青年は、巫女がどうなろうとよかった。

 王子として、王家の者として巫女を支えるのは義務だった。

 王子として生まれた時から、心から、こうしたいと言う事なんて今までなかったはずだった。

 なまじ能力があったからこそ、王族の重責、義務、を淡々とこなしていただけに過ぎない。


 ――巫女を好きになるまでは。


 巫女の歓心を買うためだけに、露店で巫女が立ち止り見ていた髪飾りを買ってあげると、本当にうれしそうに微笑む。

 男からすると、偽りの贈り物、ただの安物なのに。

 本当に、まぶしい程の笑顔。


 少しの罪悪感を感じたのは、この時からだ。

 それから男の心は、少しずつ、確実に巫女へと動き始めた。


 それが決定的になったのは、ある静かな夜の事。

 護衛の為に見回りをしていた青年は、元の世界を恋しがり、一人で泣く巫女を見つけた。

 今まで頼れる人畜無害な、兄のような存在として振る舞って来た青年は、その巫女を抱きしめ、子供をあやすように慰める。


 ぬくもりに、巫女の香りに。

 心がざわめいた。

 今まで彼女の事を「人」だと思っていなかった。

 異世界から来た人間など、穢れを払うべきただの器だと、道具だとそう教えられてきた。


 そう割り切ることで、一人の人間に世界の命運を背負わせることの罪悪感を感じる事がなかった。



 彼女の一生懸命な姿に。

 本来ならこの世界の事なんて関係がないはずの、むしろ攫われたも同然のようにこの世界に連れてこられ――義務もないのに、必死になる彼女に。

 一人の心細いただの"少女"だと気づかされて。


 他の男を巫女の護衛と言えど、近づけさせたくなかった。

 青年は彼女に、自分だけを頼って欲しい欲が出る。

 巫女が困った時に、自分を一番に頼ってくれる、それだけで心が打ち震える。


 彼女は優しい笑顔が好きだと言ってくれた――ならば微笑もう。


 周りの者は、完全に巫女を虜にし、いいように動かしたと思っただろう。

 しかし、本当に虜にされたのは青年のほうだった。


 君の為にたとえ世界を失っても、世界のために君を失いたくはない。

 どこかで語られた、愛の詩。


 その心境を正に体現しようとは。



 巫女は元の世界に帰ることまでが、その存在の意義。

 それを覆したいと、二人で共に在れる道を模索する。


 考えて、考えて。

 考えたのに。

 その方法を見つけるのは絶望的だった。

 絶望にうちひしがれる中、少女は、青年を裏切った。

 拒絶し、それだけでも耐えられないのに……青年に内緒で、元の世界に帰ろうとした。


 彼女が自分の為に――世界の為に嘘を吐いていたのは分っていた、だがそれも許せない。

 考えて欲しいのは、青年だけの幸福ではなく、二人が結ばれる道だったのに。



 それほど、彼女は僕の事を愛しては居なかった、という事か。




 ――彼女が嘘を告げた時、青年の築いた優しい世界は、終わった。





 過去の王族は巫女を、異界の住人を同じ人間だとは思っていなかった。

 歴代の巫女たちは、ただの穢れを安全に運ぶ入れ物。

 そう、軽んじて来た。

 だからこの危惧を想定していなかったのだ。


 巫女を本気で愛し――この世界に留めようと――狂う程、執着してしまう者が出るなんて。







 体が重い。

 もう、何年外に出ていないのか分らない。


 少女はどこかわからない場所に閉じ込められた。

 はめ殺しの窓から見えるのは、代わり映えのない森と格子。

 その部屋の中には、少女の穢れを逃がさないように緻密な魔法陣がびっしりと描かれている以外は豪華な家具をそろえられた、寝室だった。

 時折訪れる青年以外、少女の世話をする者はめまぐるしく変わる。


 その理由は――少女は知りたくなかった。


 何度も何度も帰りたいと訴えたのに

 でも青年はその願いを否定して、彼女をここに縛り付ける。 


 青年は言う、僕たちが幸せになる為に、子供を産んでくれ……と。


 今の青年はもう何を考えているのか分らない。

 優しい笑みはそのままなのに。

 なのに少女は怖くて怖くてたまらない。


 穢れが溜まりきった、この身で育つのは……。

 産声を上げ生まれてくるのは――、一体、何なのか。








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