酔いつぶれて目が覚めたら後輩の家だった。
現代OL物・R15のちょっとマニアックな恋愛事情です。
「あれ?」
気持ち悪いような、身体がだるいような、まだ目を閉じていたいような。
あやふやな意識の中で目を開くと、目の前には浅黄の顔があった。
しかも鼻と鼻がくっつきそうなほど、超近距離。
あーこいつまつげ意外と長いなぁとボーっとしてると、声をかけられた。
「あ、起きました? 先輩」
「ん、ここは…………っ!?」
起き上がろうと思って、手を突いて起き上がろうとすると手が動かない。
私の両手は拘束されていた。
なんでだ、どうして?
「俺の部屋ですよ」
浅黄が身体を起こして、顔が離れる。
段々と意識がはっきりしてくると、見知らぬ部屋のベッドに寝かされ両腕を何かで一つに纏め上げられ、浅黄はその横に腰掛けている事が分かった。
たしか今日は、仕事で失敗してむしゃくしゃしてた。
同じ部署の唯一の後輩、浅黄矢壱に「おねーさんが奢ってやるぞ!」とか言って、酔いつぶれ後の保護者が出来たぜ! やっほうと、つい飲みに飲んだ。
浅黄は仕事が出来るが、後輩としては先輩を立てる人間で、私が無茶言っても「仕方ないなぁ」ってニコニコしてるような奴だ。
それが、どうしてこうなった?
私は一気に青ざめる。
「も、もしや……!」
「今の状況、わかってくれました?」
「私は……またやっちゃった?」
「え?」
「ごめん、浅黄。お前にこんなことまでさせちゃって」
「……先輩」
「私、分かってるから、お前がこんな事した理由」
「本当に、ですか?」
困ったような、ほっとしたような顔を浅黄は私に見せた。
それもそうだろう。
ベッドに先輩を両腕を縛って拘束している。
目が覚めて私が騒いだら、浅黄は完全なる犯罪者だ。
「私がお前にこうしろって強要したんだろ? 私は酔いすぎると、変態になるんだっ!!」
「………………」
浅黄は固まった。
かなり間が合ってから、浅黄は口を開いた。
「は?」
「私の趣味につき合わせてごめんっ最近はこんな癖なくなってたので油断したのにっ!!」
そう、私は酔うとその縛って、とか……口では恐ろしくて言えないことをおねだりしたりしていたようだ。
被害は主に歴代の彼氏だ。
そして次の日は即効別れ話を切り出されるという悲しい結末を何度迎えたか。
でも本当に、最近は全くそんな癖は出てなかったので本当に油断だった。
しかも相手は、可愛い後輩。
もしかしなくてもパワハラというやつか。
「びっくりしたよな、私がこんな変態で」
「びっくりしました」
浅黄がうつむく。
「縛られるの好きなんですか?」
「いや、酔ってる間の記憶って全くなくって、お恥ずかしながら」
そういいながら、顔に手を当てたいが、拘束されている手は動かない。
「ないんですか」
「だから、すっごく恥ずかしいんで、出来たら忘れてもらえたらな~なんて?」
「忘れる……無理ですよ」
呆れたような口調だった。
うん、そうですよねー。
浅黄が言うのももっともだった。
私でも、会社で一緒に働く人間がこんな変態趣味だったら忘れない。
「まぁ、とりあえず。ちょっと、これはずしてもらえるかな?」
つい、何時ものように手を動かそうとして、拘束している布だろうかが、手に食い込んで痛かった。
縛られたままだと、起き上がれないので、浅黄に頼む。
本当に、酔った私は何を考えているのだろうか。
縛られたって痛いだけなのに。
「無理ですよ」
「ん、きつく縛りすぎたのか? 何で縛ったのかわかんないけど切るとか駄目? 弁償するから」
「嫌です」
「そんな高価なもので縛ったの?」
「そうじゃなくて……本当に覚えてないんですか? 酔いが醒めたからって話そらそうとしてませんか」
「なにが?」
記憶を手繰ると、飲んで愚痴言って……別に話をそらすほどの会話なんて浅黄とはしていない。
「じゃあ、今の状況、分かってます?」
「え、ちゃんと分かってるって」
上半身覆いかぶされて、息が掛かるぐらいの距離で、目が合った。
その目が何時になく真剣で強張っていたので、安心させるために微笑む。
「酔っ払って、介抱してくれてたんでしょ? 誤解なんてしないから早――」
「誤解。して欲しかったんですが……いや、誤解じゃないかな」
「? 意味不明なっ!!」
さらりと、右手で頬に掛かる髪の毛を払われて、その親指が艶かしく唇をなぞった。
指の温度が高くて、なぞられた余韻がやけに強く残る。
その動作だけで、今の状況はただの会社の先輩と後輩の爽やかな付き合いが、終わりかけているということに気がついた。
「こんな格好、見て。俺が我慢できると思ってます」
「し、信頼してるしっ……?!」
でも、その言葉とは反比例するかのごとく、浅黄の手は信頼を裏切っていく。
頬から、首筋、そして鎖骨に移動する。
目をそらした先の浅黄の胸元が、ネクタイをはずしてて……ちらちらと肌が見えるのも目の毒だ。
「だっ!!」
だめ! と言い掛けた言葉だけで、浅黄の手が止まる。
「こ、こういうことは。いくら若さが暴走しちゃったからって手近で済ませたらいけないって言うか! そうだ、私は浅黄が今の私みたいなかっこうしててもそそられませんから! 大丈夫!」
何が大丈夫なのか、よく分からないけど、心臓がどきどきしすぎて落ち着かない。
でもこのまま流れだけで進んじゃいけないことは十分理解してる。
「誰でもいいって訳じゃありませんよ?」
「いや確かに行きずりのナンパよりは身元もしっかりしてるし、いいかもしれないけどさ!」
「…………まだ、酔ってます? 先輩」
「次の日になったら後悔するようなことは、先輩としてもお勧めできないというか」
「……先輩」
「いや、もう本当に浅黄の事はいいやつだと思ってるけど、そういう友達にはなりたくないっていうか」
「先輩?」
自分でも何言っているか分からないままに、この場を切り抜けようとあがいてみるが、自分自身混乱してる言葉は浅黄に届いているはずもなく。
「やっぱり、俺が言った事、忘れてるんですね」
「言うって?」
「先輩の事好きですって言ったんです」
「あーそうなんだ」
「一応、二度目でも緊張するんですけど、流しますか普通」
浅黄の言葉は、頭に入ってこなくって、意味を理解するのに掛かること数秒。
理解したらそりゃもうパニック。
その仰天している私に気づいてないのか、浅黄は話し始める。
「告白したら、先輩、俺の両手を握って、凄く可愛いとろけた笑顔で『じゃあ縛って』って言うんですから居酒屋から連れ出すの大変だったんですけど、タクシーの中でもうるさいから、仕方なくネクタイで縛ったんですけどね、覚えてないですよね?」
「お、覚えてない」
タクシーの中でそんなことしていたとは! と血の気が引く。
同じタクシーに乗れないっていうか乗りたくない!! 乗ることもないだろうけどっ!
その反面、だから浅黄ネクタイしてなかったのかと、違うことに納得した。
いや、このシチュエーションでネクタイしてないのって、凄く……。
そう考えて、私はネクタイをしていた浅黄を思い出してはっとなる。
「だから、俺的には好きな女とちょっとでもいい雰囲気になったのなら……逃したくないんですけど」
「そういえば、今日してたネクタイって!アレだよね」
「! 人の話聞いてますか?」
「え、あ、ごめんっ!! 聞いてなかった」
「…………」
あ、浅黄、俺なんでこんな人好きなんだろうって顔してる。
でも、私の発見はすぐに言いたいことだったので、かまわず話した。
「もしかして、そのネクタイって……今縛ってるネクタイって私が、あげたやつ? とか」
「……そうですよ」
少しふてくされながら答える浅黄が、ちょっと可愛い。
いやすっごく可愛い。
今まであまり深く考えたことはなかったけど。
考えてみればこの縛られたい癖。
縛られたい相手って歴代の彼氏とか、ちょっと好意をもっている相手ばっかりだったような。
最近は全く出てなかったのは、好きな人が居なかったからで……
あれ、もしかして、縛られたいのって……
この特殊な癖で、自分の気持ちに気がつくなんてなんてやばいんだろう、自分と思いながら。
この癖を見ても二度目の告白をしてくれる奇特な浅黄に向かって、ポツリとつぶやく。
「私、浅黄が好きで……縛られたいのかも」
浅黄はその告白を聞いて、少し驚いた顔をしてから。
「俺でよければいくらでも縛りますから」
といって、機嫌を直して微笑んだ。
その台詞は精神的なものだろうか、それとも今みたいなものだろうか、どちらでもいい気がする自分は素面でもやっぱり変態なのかもしれない。