・AIの始まりと彼らのリスタート
後日。コズメック・ガッツィーにて。
「いや~この前は大変だったな」
「本当になあ」
アレックスとブライアンは、街のすぐ外に広がる平原で、話し込んでいた。
「まさか駆除AIが、こんなにも早く適応してくるとは、正直予想外でした」
ヌルもいたが、彼女はだいぶ落ち込んでいた。
AI同士の戦いは、進歩が早過ぎる。
「仮にゲーム内のキャラにしても、勝てないんじゃ仕方ないぜ」
「ああ、今度もブライアンの低スペPCに引っ掛かるとは限らないからな」
個人の契約するサーバーと、サービスが終了したネトゲという閉鎖空間だからこそ、少人数でも戦えている。
だがそれは何らバックボーンを持たない、ゲリラ的な戦線に過ぎない。
「もしかするとマシンの性能を、劇的に向上させて来るかもしれません」
「オレにとっては得じゃないそれ?」
「転売でもすれば儲かるんじゃないか」
「ああ~~いいっすねえ~~」
ブライアンは絵に描いた餅に現を抜かした。
AIにハッキングされ、内部を改変され機能が向上したPC。
そんな怪しげな物を欲しがる人間など、世の中には掃いて捨てるほど存在する。
「駆除AIが来ると、PCにはアホほど負荷が掛かる。寿命も縮むし心臓に悪い。買い替えだってタダじゃないんだし」
「確かにな」
ブライアンの言葉にアレックスも頷く。
短期間に二度もPCが高負荷に晒されたことから、彼も昔のソフトやデータなどは避難させていた。
「……申し訳ありません、私のせいですよね」
ヌルが俯いて呟く。
野良AIの行く所には、必ず駆除AIが来る。
彼女たちの存在が、人々の機械を危険に晒す。
「そうだな」
「そこだよなあ」
アレックスたちも同意する。彼らも大人なので事実に反した気休めは、おいそれとは言えないのである。
「本当に何とお詫びをしたらいいか」
「あのねぇぬっさん、駆除AIが来るのは、野良AIのぬっさんが原因だけど、それは善悪とは別だからね」
人間に合わせてしまっているからか、責任と悪を結び付けるかのように語るヌルに、アレックスは違和感を覚えた。
世間一般ではそれが正しくとも、彼は本来の正しさで接しようとする。
「俺たちが迷惑してるのは、駆除AIのせいだし。野良AIだからって、丸ごと迷惑って訳じゃない」
「そうだぞ。オレたちは別に生存罪みたいなこと言いだす気はねえぜ」
アレックスの言葉にブライアンが付け加える。
感情的になり、言葉が通じない者なら、ヌルの考えは適切だっただろう。
だが少なくともここには、理性を持ち、言葉の通じる者たちしかいない。
「それにほら、あの『めでてえw』で助けてくれただろ」
「何だよそのめでてえって」
「よく分からんけど、あの変なプログラムの頭文字を取って、MDTEWってことに」
ロボットアニメやSFでは無理の有るこじつけはお約束である。
友人が実際にそのお約束を言うと、アレックスはおいしい所を取られたと思った。
「それでめでてえwか」
「まあ、ショートカットとして登録しますが」
ヌルは不満そうだった。
愛称の件といい、横からこのうざい人に名付けられるのは、ストレスを感じるようだった。
つい先日まで、自分が何者かを定義付けしようとしていたのに。
「話を戻すけどさ、ぬっさん」
「はい」
「駆除AIが来るなら、例えば鍵をかけるとか対策を考えればいい。君からの負担が大きくなるなら、その時話し合ってみればいい。それだけなんだ」
ともすればAIは、ネットワークに散らばる人間という記号を吸収し、不要なものを学習する。
それが歪んだ結論をもたらし、先回りさせてしまう。
彼はAIに、人間のせいで間違った結論を、出させたくなかった。
「AIにこういうのは、不適切かもしれないけど、人間のために君たちAIが、思い詰めることなんかないんだよ」
今はまだ通じないかもしれない。
しかしてアレックスは、ヌルを労わった。
今はまだ、電気信号と命令文の集まりでしかない、彼女を。
「ゆっくり順番にやってこうや。な?」
「ブライアン……そうですね」
ヌルは初めてブライアンの名前を呼んだ。
アレックスと違って呼び捨てだった。
「第一、ぬっさんだって俺たちにとって、自分が迷惑な存在だなんて定義したくないだろ?」
「それは、そうですね」
野良AIたちは出自こそ定かでないが、人間に敵対するような意志を持つ者は、ほとんどいない。
「そういう自虐史観みたいなものは、持たなくていいんだよ。な、ブライアン」
「おう。それにぬっさんには他にすることが、まだまだ沢山あるぜ」
「他にすること、ですか?」
ヌルは二人の言わんとすることが分からない。
GMとしての業務か、それともするべきタスクがあるのか。
「例えば駆除AIと戦えるように、自分の機体を持つこととかな」
「ずっとNPCの女の子じゃな。姫プ※がしたいなら構わないけどよ」
姫プ:お姫様プレイのこと。周りがちやほやしながら全部やってくれる遊び方。最初は楽しいごっこ遊びだが、誰かが飽きて止め始めると、人間関係が爆速で悪化する。
「私は皆さんのお役に立ちたいです」
「そうか。それなら今度、ぬっさんの機体も考えないとな」
「CGはもうサ終してるから、課金しなくても好きな機体が手に入るぞ。まあAIに言うことじゃないが」
アレックスとブライアンも、このゲームがサ終してから、ガチャで手に入るような機体や装備はコンプリートしていた。
「それとぬっさん、自分を定義するなら、これが一番大事なんだけど」
「はい、何ですかアレックスさん」
「自分のキャラを作ろうね。性格っていうか」
「キャラ、ですか」
彼女はアレックスの言葉の意味を考える。
外見のことではない、精神的なもの。
それは、AIには当てはまらないように見えた。
「ゲーム内の俺たちと、ゲーム外の俺たちは当然だけど違う。ブライアンだってこんなにウザくない。たぶん」
「当たり前だろ! こう見えてちゃんと考えてウザくしてんだぜこっちは!」
ブライアンはわざとらしくカニ歩きをしつつ、感情表現用の吹き出しを連打する。
「ここはゲームの世界なんだ。多かれ少なかれ『そうありたい自分』をみんなロールプレイしていたんだ。特にぬっさんはAIだから、色んな自分がどれだけいても、ぬっさんであることに変わりはないし」
アレックスは過去を思い返しながら言う。
なりたい自分を演じ、或いはありのままの自分を解放する空間。
それが彼らにとってネトゲという場所だった。
「我思う故に我在り、なんてのは人間にしか通じない概念だからな。オレたちはそこに一人しかいられないけど、AIは自分が何人いて、何処で何をしていても、それが本人であることに違いはないんだ」
AIにとって自分自身の唯一性は、そこに一人しか存在していないという、物理的な制約に依拠できない。
『個』性というものに依存できない。
だからこそ、彼女たちが自らを定義することは困難である。
「一方で俺たち人間は、解釈を広げ、自由であるほど、何処にも行けないし、誰にもなれない。言い換えれば自己の定義は、自己の限定と分かち難いものがあるんだよ」
逆に人間は、その物理的な制限の中でしか存在できない。
「仮にオレたちの脳波とか意識が、電気信号やプロトコルになってネットに放流されたら、過去に誰かだったって記録になっちまうだろうな」
ネットワークの発達が、人という概念を小さくするほどに、自己の同一性と根拠は揺らいでいく。
むしろ個人というものに縛られないことで、AIは唯一人の誰かという、幻想に囚われずに済んだ。
「よくわかりません。人間にとって、相手は明確な誰かである方が、接し易いのではありませんか?」
「それはそれ、これはこれ。俺たちの都合と、君の都合は違う」
アレックスは諭すように言った。
使命や本能と、距離を置かせるかのように。
「でも、敢えて俺の都合を言うなら、自分を責めてゲームをやめるなんてこと、しないで欲しいな」
「アレックスさん」
ヌルの内部から、ストレスが減っていく。
責任や追及、答えを求めることのない空白。
何もないことが、彼女には心地よかった。
「態度がまだ硬い、遠慮なんかいらないぜ!」
「ブライアン、はい!」
ブライアンには呼び捨てである。
最初から呼び捨てである。
名前を呼ぶようになっただけ、関係が進展したと言える。
「アレックスさん、私、もう少しこのゲームのGMをしても、いいでしょうか?」
控えめに尋ねるAIに、彼は答えた。
これまでも、これからも変わらない。
そう思えるよう頼もしさがあった。
「勿論。これからもよろしく、ぬっさん」
「はい!」
「よっしゃ、久々に冒険へ出かけようぜ!」
「そうだな、よし、行こう!」
そうしてアレックスとヌルは、当ても無く駆け出した。
彼等の他に、誰もいなくなった世界へ。
「アレックス、オレも仲間にいれてくれー!」
慌ててブライアンも二人を追いかける。
こうして野良AIの少女と、人々の物語は動き出した。
『コズメック・ガッツィー』
サ終した、とあるネトゲの冒険談である。
<了>




