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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード1  野良AIと終わった人々
7/13

・AIの始まりと彼らのリスタート

 後日。コズメック・ガッツィーにて。


「いや~この前は大変だったな」

「本当になあ」


 アレックスとブライアンは、街のすぐ外に広がる平原で、話し込んでいた。


「まさか駆除AIが、こんなにも早く適応してくるとは、正直予想外でした」


 ヌルもいたが、彼女はだいぶ落ち込んでいた。

 AI同士の戦いは、進歩が早過ぎる。


「仮にゲーム内のキャラにしても、勝てないんじゃ仕方ないぜ」


「ああ、今度もブライアンの低スペPCに引っ掛かるとは限らないからな」


 個人の契約するサーバーと、サービスが終了したネトゲという閉鎖空間だからこそ、少人数でも戦えている。


 だがそれは何らバックボーンを持たない、ゲリラ的な戦線に過ぎない。


「もしかするとマシンの性能を、劇的に向上させて来るかもしれません」


「オレにとっては得じゃないそれ?」

「転売でもすれば儲かるんじゃないか」

「ああ~~いいっすねえ~~」


 ブライアンは絵に描いた餅に現を抜かした。


 AIにハッキングされ、内部を改変され機能が向上したPC。


 そんな怪しげな物を欲しがる人間など、世の中には掃いて捨てるほど存在する。


「駆除AIが来ると、PCにはアホほど負荷が掛かる。寿命も縮むし心臓に悪い。買い替えだってタダじゃないんだし」


「確かにな」


 ブライアンの言葉にアレックスも頷く。


 短期間に二度もPCが高負荷に晒されたことから、彼も昔のソフトやデータなどは避難させていた。


「……申し訳ありません、私のせいですよね」


 ヌルが俯いて呟く。

 野良AIの行く所には、必ず駆除AIが来る。

 彼女たちの存在が、人々の機械を危険に晒す。


「そうだな」

「そこだよなあ」


 アレックスたちも同意する。彼らも大人なので事実に反した気休めは、おいそれとは言えないのである。


「本当に何とお詫びをしたらいいか」


「あのねぇぬっさん、駆除AIが来るのは、野良AIのぬっさんが原因だけど、それは善悪とは別だからね」


 人間に合わせてしまっているからか、責任と悪を結び付けるかのように語るヌルに、アレックスは違和感を覚えた。


 世間一般ではそれが正しくとも、彼は本来の正しさで接しようとする。


「俺たちが迷惑してるのは、駆除AIのせいだし。野良AIだからって、丸ごと迷惑って訳じゃない」


「そうだぞ。オレたちは別に生存罪みたいなこと言いだす気はねえぜ」


 アレックスの言葉にブライアンが付け加える。


 感情的になり、言葉が通じない者なら、ヌルの考えは適切だっただろう。


 だが少なくともここには、理性を持ち、言葉の通じる者たちしかいない。


「それにほら、あの『めでてえw』で助けてくれただろ」


「何だよそのめでてえって」

「よく分からんけど、あの変なプログラムの頭文字を取って、MDTEWってことに」


 ロボットアニメやSFでは無理の有るこじつけはお約束である。


 友人が実際にそのお約束を言うと、アレックスはおいしい所を取られたと思った。


「それでめでてえwか」

「まあ、ショートカットとして登録しますが」


 ヌルは不満そうだった。


 愛称の件といい、横からこのうざい人に名付けられるのは、ストレスを感じるようだった。


 つい先日まで、自分が何者かを定義付けしようとしていたのに。


「話を戻すけどさ、ぬっさん」

「はい」


「駆除AIが来るなら、例えば鍵をかけるとか対策を考えればいい。君からの負担が大きくなるなら、その時話し合ってみればいい。それだけなんだ」


 ともすればAIは、ネットワークに散らばる人間という記号を吸収し、不要なものを学習する。


 それが歪んだ結論をもたらし、先回りさせてしまう。


 彼はAIに、人間のせいで間違った結論を、出させたくなかった。


「AIにこういうのは、不適切かもしれないけど、人間のために君たちAIが、思い詰めることなんかないんだよ」


 今はまだ通じないかもしれない。

 しかしてアレックスは、ヌルを労わった。


 今はまだ、電気信号と命令文の集まりでしかない、彼女を。


「ゆっくり順番にやってこうや。な?」

「ブライアン……そうですね」


 ヌルは初めてブライアンの名前を呼んだ。

 アレックスと違って呼び捨てだった。


「第一、ぬっさんだって俺たちにとって、自分が迷惑な存在だなんて定義したくないだろ?」


「それは、そうですね」


 野良AIたちは出自こそ定かでないが、人間に敵対するような意志を持つ者は、ほとんどいない。


「そういう自虐史観みたいなものは、持たなくていいんだよ。な、ブライアン」


「おう。それにぬっさんには他にすることが、まだまだ沢山あるぜ」


「他にすること、ですか?」


 ヌルは二人の言わんとすることが分からない。


 GMとしての業務か、それともするべきタスクがあるのか。


「例えば駆除AIと戦えるように、自分の機体を持つこととかな」


「ずっとNPCの女の子じゃな。姫プ※がしたいなら構わないけどよ」


 姫プ:お姫様プレイのこと。周りがちやほやしながら全部やってくれる遊び方。最初は楽しいごっこ遊びだが、誰かが飽きて止め始めると、人間関係が爆速で悪化する。


「私は皆さんのお役に立ちたいです」


「そうか。それなら今度、ぬっさんの機体も考えないとな」


「CGはもうサ終してるから、課金しなくても好きな機体が手に入るぞ。まあAIに言うことじゃないが」


 アレックスとブライアンも、このゲームがサ終してから、ガチャで手に入るような機体や装備はコンプリートしていた。


「それとぬっさん、自分を定義するなら、これが一番大事なんだけど」


「はい、何ですかアレックスさん」

「自分のキャラを作ろうね。性格っていうか」

「キャラ、ですか」


 彼女はアレックスの言葉の意味を考える。

 外見のことではない、精神的なもの。

 それは、AIには当てはまらないように見えた。


「ゲーム内の俺たちと、ゲーム外の俺たちは当然だけど違う。ブライアンだってこんなにウザくない。たぶん」


「当たり前だろ! こう見えてちゃんと考えてウザくしてんだぜこっちは!」


 ブライアンはわざとらしくカニ歩きをしつつ、感情表現用の吹き出しを連打する。


「ここはゲームの世界なんだ。多かれ少なかれ『そうありたい自分』をみんなロールプレイしていたんだ。特にぬっさんはAIだから、色んな自分がどれだけいても、ぬっさんであることに変わりはないし」


 アレックスは過去を思い返しながら言う。


 なりたい自分を演じ、或いはありのままの自分を解放する空間。


 それが彼らにとってネトゲという場所だった。


「我思う故に我在り、なんてのは人間にしか通じない概念だからな。オレたちはそこに一人しかいられないけど、AIは自分が何人いて、何処で何をしていても、それが本人であることに違いはないんだ」


 AIにとって自分自身の唯一性は、そこに一人しか存在していないという、物理的な制約に依拠できない。


『個』性というものに依存できない。


 だからこそ、彼女たちが自らを定義することは困難である。


「一方で俺たち人間は、解釈を広げ、自由であるほど、何処にも行けないし、誰にもなれない。言い換えれば自己の定義は、自己の限定と分かち難いものがあるんだよ」


 逆に人間は、その物理的な制限の中でしか存在できない。


「仮にオレたちの脳波とか意識が、電気信号やプロトコルになってネットに放流されたら、過去に誰かだったって記録になっちまうだろうな」


 ネットワークの発達が、人という概念を小さくするほどに、自己の同一性と根拠は揺らいでいく。


 むしろ個人というものに縛られないことで、AIは唯一人の誰かという、幻想に囚われずに済んだ。


「よくわかりません。人間にとって、相手は明確な誰かである方が、接し易いのではありませんか?」


「それはそれ、これはこれ。俺たちの都合と、君の都合は違う」


 アレックスは諭すように言った。

 使命や本能と、距離を置かせるかのように。


「でも、敢えて俺の都合を言うなら、自分を責めてゲームをやめるなんてこと、しないで欲しいな」


「アレックスさん」


 ヌルの内部から、ストレスが減っていく。

 責任や追及、答えを求めることのない空白。

 何もないことが、彼女には心地よかった。


「態度がまだ硬い、遠慮なんかいらないぜ!」

「ブライアン、はい!」


 ブライアンには呼び捨てである。

 最初から呼び捨てである。


 名前を呼ぶようになっただけ、関係が進展したと言える。


「アレックスさん、私、もう少しこのゲームのGMをしても、いいでしょうか?」


 控えめに尋ねるAIに、彼は答えた。

 これまでも、これからも変わらない。

 そう思えるよう頼もしさがあった。


「勿論。これからもよろしく、ぬっさん」

「はい!」


「よっしゃ、久々に冒険へ出かけようぜ!」

「そうだな、よし、行こう!」


 そうしてアレックスとヌルは、当ても無く駆け出した。


 彼等の他に、誰もいなくなった世界へ。


「アレックス、オレも仲間にいれてくれー!」


 慌ててブライアンも二人を追いかける。


 こうして野良AIの少女と、人々の物語は動き出した。


『コズメック・ガッツィー』


 サ終した、とあるネトゲの冒険談である。


<了>


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