・隣の芝生は遅い
CG内のとある平原。
「システムアップデートが完了しました。再起動をすれば適用されるはずです」
「おー、サンキューぬっさん!」
ブライアンはヌルにより、ゲーム内の不具合等を修正してもらった。
「思ったんだけどさ、この修正をパッチにして、コミュニティに上げたらいいんじゃね?」
「コミュニティですか?」
「ああ、Stormはゲームごとに、掲示板が作れるようにセッティングされてるんだ。そこで雑談や質問は元より、パッチやMODをアップしたり、イベントを呼び掛けることもできる」
アレックスは海外ゲーム販売サイトについて、軽く説明した。
公式からサポートが出ることもあるが、サービスが終了したネトゲの内容に触れられることはまずない。
「サ終したネトゲのプレイヤーは、大半がオンラインにしないけど、そこそこの人数が買ってはいるんだ」
「なるほど。確かにそれならば、個別に対応するよりも効率的ですね」
ヌルはその提案を肯定する。
古来よりコミュニティサイトでは、有志がプログラムや翻訳ツールなどを、開発したり配布したりすることは珍しくなかった。
「誰が見てるか分からないけど、告知をしておけば何人かはダウンロードするだろ」
「ああ、オレもアレックスの告知を見たから、こうしてやって来たんだし」
誰かが負担してサーバーを解放しても、交流が無ければ訪ねて来る者などいない。
ブライアンもまた、アレックスがホストであると分かっていたから、再会に踏み切った。
「もしかしたら他の連中も、また来るかも知れないしさ」
「メタルバーバリアンの方が、他にも存在するのですか?」
「やっぱ人から言われるとちょっと恥ずかしいなこれ……」
その場の勢いと身内のノリしかない、開かれた閉鎖空間。それがネトゲというもの。
だが同じ価値観を共有していない相手に真顔で返されると、アレックスは落ち着かない気持ちになる。
「アレックスさん?」
「まあね、うちのギルドは俺とこいつしかいなかった訳じゃないし。他にも何人かいる」
彼は昔を懐かしむと、メニュー画面を開く。
そこには幾人もの名前が載っていた。
ゲームのサービスこそ終了したが、退会した者は一人もいないことが、アレックスの密かな自慢だった。
「攻略とかガン無視、自分の好きなことしかしない連中の集まりで、一芸特化のキワモノばっかりだよ」
「脳筋チンパンの集まりだから、メタルバーバリアンって名前がピッタリだったんだぜ」
「おまいう」
胸を張るブライアンを、アレックスは白い目で見ていた。
楽しい思い出は沢山あるが、思い出すと腹が立つことも山ほどある。
「でも、久しぶりに会って見るか。毎日は無理だから、月の何日か決めて、サーバー解放の予定を書き込んで」
「サ終したネトゲをよ、自力で継続する奴ってたまにいるけど、傍で見るとほとんど狂人」
「うるさいよ」
軽口を叩き合いながら、今後の予定を決めていく二人。
客観的には死にぞこないのような状況だったが――それでも彼らは楽しそうだった。
「だいたいこんな所か。後はやってみてからまた調整していくわ」
「オッケー! じゃあオレもそろそろ帰るわ。それとぬっさん、オレのことは今度から呼び捨てでいいからな!」
「ええ……ああ……はい……」
ヌルに一度も名前を呼ばれていないのにも関わらず、ブライアンは距離を詰めにかかった。
彼女は到底笑顔とは呼べない表情を浮かべていたが、本人は気が付いていない。
(すげえな、この短時間でAIに嫌われるとか、ある意味才能と言えるかもしれん。む?)
などとアレックスが考えていると、PCに異変が起きる。
ファンが爆音を上げる。
グラボの温度が上がり、画面がカクつく。
「あれ、何か急にPCの調子が」
「駆除AIだ。また来たらしい」
「オレにも被害出るのかよ!」
機器に及ぶ負担の激増は、野良AIの潜伏している機械一つに限らない。
その場に居合わせている者全員が、同じだけの悪影響を受ける。
駆除AIが野良AIよりも、嫌われる理由の一つがこれだった。
「何度来ても倒してやる。ぬっさん!」
アレックスが呼ぶのと同時に、平原に名前もグラフィックもない、鬼火のような物が出現する。
『駆除対象を確認。駆除に移ります』
「駆除AIと判断。駆除に移ります」
「殺意が半端ないな……!」
「俺もちょっとこういうの好き」
機械同士の無機質かつ容赦のない対立。
SF映画めいた状況に遭遇して、アレックスたちは感動していた。
「『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変を開始します!」
「何の何の何!?」
(こいつ俺と全く同じ反応してるな)
ヌルが駆除AIを、CGの存在へと変換する。
画面が眩しく光り輝くと、そこには。
「あれ?画面がそのままだ」
「アレックスさんのPCとサーバーですので、もう再起動する必要はありません」
「あっそうなんだ」
「アレックス、見ろ!」
ブライアンが指差す先には、以前倒した相手よりも遥かに巨大な敵がいた。
機械らしいメタリックな黒い地肌に、豚を思わせる頭部をした、建物くらいあるロボ。
「メガオークだ」
「このゲームで最初のボスだ懐かしい。えい」
言いながらアレックスはいきなり銃撃。
情緒も何もない不意打ちだが、しかし。
「避けた、速いぞ!」
「気を付けてください!」
「目標を確認、排除します!」
「逃げろぬっさん! ぐほう!」
メガオークは見た目にそぐわぬ俊敏な動きで、間に入ったアレックスを弾き飛ばした。
「アレックスさん!」
「こいつ、改変に適応してるぞ!?」
「うおー!死ねやあああーー!」
背後からブライアンが駆除AIに殴りかかる。彼の武器は大振りな両手持ちのハンマーだった。
「当たった! アレ?」
しかし彼の攻撃は駆除AIの手前で空を切る。
「どうしたブライアン!」
「くそ、同期ズレだ。画面が、重い!」
「俺のほうはまだ余裕があるけど」
「AIもPCのスペックダウンは厳しいです」
同期ズレとは、回線速度の差によって、ゲームの情報が食い違う現象のことである。
処理が遅れている方の画面はほとんど止まっていたり、あたかもスローモーションのようになったりする。
「一般の方の抵抗を確認。制圧します」
「え、それはどういう、ぐわあ!」
駆除AIの容赦ない一撃がブライアンを襲う!
重装甲の巨体が容易く吹き飛ばされる!
「待てよ。ということは、こいつも俺のPCの余力に便乗してるってことだよな」
「そうなりますね」
「じゃあブライアンのPCは低スぺなのか……?」
この時アレックスは、あることに気が付いた。
「なるほど、そういうことか! ぬっさん!」
「はい!」
「ブライアンのパソコンに移動して、奴を誘き出すんだ! そしてすぐに戻ってくれ!」
「分かりました!」
ヌルはアレックスの指示に従い、姿を消した。
ブライアンのPCへと移動したのだ。
『野良AIの逃走を確認。追跡します』
それを追って移動する駆除AI。
「アレックスさん、戻りました!」
「でかしたぬっさん、これで……!」
『野良AIを発見、駆除します』
即座に戻って来る二つのAI。
「やってみな!」
アレックスが銃を抜き放ち、弾丸の雨を降らせる。すると今度は全弾が命中する。
まるでさっきのブライアンのように、駆除AIは身動きが取れなくなっていた。
『もくひょウ、クジョ、gggggggg』
「ブライアン、やるぞ!」
「何だか分からんが分かった!」
ブライアンがやっとの思いで敵めがけてハンマーを振る。
「目覚めろ!Eternal Memory!」
一方で、アレックスの銃が黄金に輝くと、光の刀身が現れた。
『でええええぇぇぇぇーーーーいッ!』
『く、じょ、くkkkkkkkk KABOOM!!』
二人の攻撃が炸裂し、駆除AIは盛大に爆散した。
「やった!」
「おお、PCの調子が戻った」
熱暴走等の危機を逃れ、CGの世界に再び平和が訪れた。
画面のカクつきは解消され、キャラクターの動きが正常に戻る。
「ぬっさんを追って迂闊にブライアンの低スぺPCに飛び込んだのが、お前の敗因だ」
「そうだけど、うん、言い方」
アレックスが決め台詞と共に剣を振ると、光の刃は音もなく消失。
爽やかな風のエフェクトが、彼らを祝福しているかのようだった。




