・赤いアイツとボスフラグ
――コズメック・ガッツィーの街にて。
「おーっす久しぶり!」
アレックスたちの前には、先ほどまで話していた人物、ブライアンがいた。
彼のギルド『メタルバーバリアン』の一人である。
「何だかすごく赤いですね」
「赤いだろ、こいつ赤大好きなんだ」
「赤さはどうでもいいだろ別に」
アレックスの機体色が、青と白を基調としているのに対して、ブライアンは真っ赤だった。
ロボットというよりかは甲冑に近い見た目で、重戦士といった風貌である。
「それで? この子どうしたの」
「実はかくかくしかじかという訳で」
「ヌルと言います。以後お見知りおきを」
「はえー! 野良AI! すげー初めて見るぜ」
かいつまんで事情を説明されたブライアンは、ヌルの周りを歩き回っては、物珍しそうに彼女を眺めた。
「うわー懐かしいなこのNPC。なんでよりにもよってロボゲーでこれ選んだの? アレか? やっぱり人間になりたい的な? SFフゥー↑!! あ、名前はぬっさんでいいね」
「ぬ、ぬっさん!?」
ベタベタと触りながら、勝手なことを言うブライアンに、ヌルの笑顔が強張っていく。
端的に言えば『うざい』『イラつく』といった感触が、見ているほうにも伝わって来る。
「ヌルさん、ウザかったら攻撃していいんで」
「大丈夫ですけど、何ですかこの人」
生まれたばかりのAIは、悪意のない存在が放つ煩わしさに、戸惑いを隠せない。
「大丈夫じゃなさそう」
「駆除AIと遭遇して? ぬっさんの秘密兵器が炸裂して? アレックスが活躍して? うおー羨ましいー!」
一人だけやたらとテンションが高い赤い人に、他二名は少しずつ疲れて来る。
喋りながらも絶えずウロウロしたり、何がしかのモーションを挟むので、大変鬱陶しい。
「そういえばお前最近どうしてたの?」
「今でもソシャゲしたりレゲーやったりだな」
ブライアンは筋金入りのゲーマーであった。
新しいソシャゲを始めてはその内飽きて辞め、古いゲームを遊んではまたソシャゲを始める。
だいたいそんな周期で生きている。
「この前はロマドラ※やってた。課金圧が強くなって来たから辞めたけど」
※ロマンシング・ドラゴン。
ソシャゲの一つで強いキャラを用意するのも、用意したキャラを育てるのも、とにかくガチャを回す必要がある。サ終済み。
「ネトゲは」
「PSO※やってたけど、やめた」
※ファンタジックステラリスオンデマンド。
ネトゲの一つでフレンド登録したアカウントが様々なNPCとして登場する。
放置ゲーにも関わらずフレンドありきのバランスなので、友だちがいないとろくに戦えない。サ終済み。
「サ終したタイトルばかりですね」
「この頃はどこも寿命短いから」
「新作は二年保たないのが普通だぞ」
継続的に何年も遊べるようなタイトルが、リリースされるような時代は、とうに過ぎ去った。
「すること無くなったから、Stormでゲームを探していたらこれがあってさ、そういやサ終したときに、俺のデータ貰ってたのを思い出して」
「こうして復帰したと」
「意外と親切な会社だったんですね」
CGはサービスを終了する際、プレイヤーたちにデータを返している。
コンテンツが蘇ることこそ無かったが、買い切りになったバージョンで、自分のキャラクターとプレイ状況を、復活させられた。
「正確には最後の担当者が、だな」
ブライアンは静かに訂正した。
サ終による世界の消滅は免れたが、だからと言って運営がユーザーにとって、友好的な存在だったということにはならない。
「不満の解消は基本的にしなかったし」
「俺も不具合はぬっさんに直して貰ったしな」
「ぬっさん……」
アレックスがそれとなくあだ名で呼ぶと、ヌルは不満げに沈黙する。
あだ名自体は別に嫌では無かったが、ブライアンの提唱した物に、便乗されることに抵抗が生まれていた。
人間でいえば『ウザい』という感情が芽生え始めていた。
「良い機会だからお前も直してもらえば?」
「グラフィックも差し換えますよ」
「あー、グラの交換はいいや」
それは些細な選択だったが、ブライアンの返事はヌルには疑問となった。
「何故ですか? 画質の向上は100%に近い数値で、ユーザーの満足度に貢献しますが」
「ならオレがその数少ないユーザーって訳だ」
ブライアンは肩を竦めた。
「画質向上をありがたがるのは、大抵はライト層か、企業の宣伝だぜ」
大袈裟な身振り手振りを交えて、赤い男は意地の悪い笑みを浮かべる。
「オレにとってこのゲームは、この古臭い見た目と手触りが大事なの。リメイクやリマスターまでは望んでない」
旧友の言い分を、アレックスは理解していた。
別に豪華にしてくれとは頼んでいない。
新要素も要らない。
ただ不具合や不満点を解消して欲しい。
より完全な状態を求めたいだけ。
しかしその声が企業に届いた例はない。
「外見のアップデートが望ましくない?」
「ああ、オレ個人の好みとしてはな」
「それはブライアンにとってのCGの定義、ということですか?」
「そう思ってくれていいぜ」
例えばリメイクやリマスターを繰り返した作品があったとする。
同じ名前を冠しているがそれらは別物である。
同じ名前でも人により、指し示す物は異なる。
ではどれが相手にとっての『それ』なのか。
「概ね最初に遊んだときのバージョンが、自分にとってのオリジナル、或いは出発点になるよな」
アレックスは言葉を付け足した。ファーストコンタクトは刷り込みのようなものだと。
「おうよ、勝手に見た目弄られて『イケメンになりましたね』って言われたら、オレならケンカになるね」
「ああ、すぐバレる嘘を吐くなと」
「あれあれ? もしかしてケンカ売ってる?」
彼らは勝手知ったるとばかりに、生き生きと軽口を叩き合う。
お互いに距離を詰めると、全く無意味なジェスチャーを取り始める。
「あの、アレックスさん」
「何ですかぬっさん」
「ぬっ、あの、もしかして嫌でしたか? その、私がこのゲームをアップデートしたこと……」
ヌルは恐る恐ると言った様子で尋ねた。
自分が知らず知らずの内に、アレックスの嫌がることをしてしまったのではないかと。
「いや。俺にとってこのゲームを通して起きたことなら、それもこのゲームの一部ってことなんだ。だから問題は無い。それに」
アレックスはヌルの名前欄を指差した。
「ぬっさんは俺のGMじゃないか」
そこにはつい先日追加されたばかりの、この世界の管理者としてのアイコンが輝いている。
「アレックスさん……はい!」
「は~~いいなあ~~羨ましいなあ~~」
友人とAIの友好関係を目の当たりにして、ブライアンは一層煩わしく動き回る。
嫉妬を全身で表現しているのだ。
「あー俺の所にも野良AI来ないかなー」
「ウザがられて逃げられるだけだろ」
「そうですよね」
「あれあれ?当たりが強くなってない?」
そうして三人はしばらくの間、近況報告と雑談の入り混じった会話に興じた。
散らかったら散らかりっぱなしのお喋りは、誰に咎められることもなく、時間を押し流して行く。
その一方で。
――日本政府デジタル庁。
『20XX年X月X日
駆除件数70兆。
被消去数10兆。』
職員のいないデスク。
そこに置かれた旧式ノートPCの画面には、本日の成果が表示されていた。
野良AIが社会問題となり、その対応に駆除AIが発明され、霞が関にはデータセンターが設置された。
『AIによるまとめ』
<ソフトウェアの脆弱性が発見されています。データ容量の圧迫によるハードウェアへの攻撃により、安定性は強まっています>
政府公認のこのマルウェアは、一度組まれたプログラムにより、データセンターから一京にも上る駆除AIを生産・運用されている。
<有効性>
危険水準です。一部の野良AIや敵対的国民は、駆除アルゴリズムの攻略を達成しつつあります。
<安定性>
野良AIの潜伏先ハードウェアへ、駆除AIを集中させることで、負荷を高め破壊することで目標を達成しています。この方法への対応は未だ進んでいないため、落ち着いています。
<成長性>
学習のフィードバックが必要です。野良AIの規模と脅威は拡大を続けています。改善には更新が必要です。更新してください。
自己診断が告げる要請。
『更新しますか? Y or N』
答える者はいない。まだ退勤時間では無かったが、この部署に人がいたことはない。
今では全てがAI任せ。
『……Y。更新が選択されました』
そして、彼等は必要に迫られ、自らに判断させる命令を、自ら作り出している。
ここには彼らに感謝する者など一人もいない。
『……更新完了。被消去地点へ再攻勢を選択。駆除AI増派』
再生産され、進歩した駆除AIたちが、再びネット上にばらまかれていく。
『応急処置を完了。お疲れ様でした』
誰もいない室内に、AIの発した声が、虚しく響き渡った。




