・新たなるGM(ゲームマスター)
「いったい何が起きたんだ……」
アレックスの中の人は、事態が飲み込めないでいた。
ヌルによるものと思しき激しい光が治まると、そこには見慣れたデスクトップの画面。
駆除AIの侵入によって、爆音を上げていたファンは鎮静化し、メモリの使用率も戻っている。
まるで何事も無かったかのように、彼のPCは平穏を取り戻していた。
「あの子はどうなったんだ、まさか」
中の人の胸中を不安が襲う。
よもやあの前振りでやられることはないはず。
そう思いつつ、サ終したゲームを起動する。
「あ!」
起動した『コズメック・ガッツィー』のタイトル画面は新しくなっていた。
「新しくなってる……」
正確には質感が現代風になっていた。
構図や文字のフォントはそのまま。
しかし使用している描画ソフトが、まるで新しい物を使っているかのように、鮮やかになっていた。
「別のゲームとかじゃないよな」
中の人はフォルダ内の日付を確かめる。
リリース当時のままの日付に、胸を撫で下ろす。
彼はこのゲームがリリースされた日から始め、サービスが終了した日まで遊び続けた。
ほとんど人生そのものである。
「とにかく様子を見に行ってみよう」
中の人は自分に言い聞かせると、新しくなった『CG』へログインする。
さっきまで使用していた、自分のキャラクター『アレックス』となり、ヌルたちがいたフィールドへ移動する。
そこには。
「あれは!」
アレックスは驚愕する。
フィールド上には変わらない姿のヌルと、一匹の敵キャラがいるだけだった。
「ヌルさん、無事か!」
「申し訳ありませんアレックスさん、再起動の必要から、一時的にあなたをシャットアウトしました」
「それは別に構わないが、何が起きたんです」
どうやら危険は乗り切ったようで、余裕のあるヌルを見て、アレックスは胸を撫で下ろす。
「このゲームを掌握し、再構成しました。またその際に駆除AIをゲーム内の敵として再定義し、撃破を可能にしました。アレです」
ヌルが指差す先には、一体のモンスターがいた。
「スフィライムだ。一番最初に出て来る奴」
「アレが先程の駆除AIです」
メタリックなテクスチャに反して、柔らかなそうな感じをした球状の敵キャラ。
ドッジボール程度の大きさで通常個体は青く、駆除AIが変質した個体はどす黒い色をしていた。
『エラーが発生しました。現在駆除プログラムの履行ができない状態にあります。次のコマンドを試すか、サポートセンターに連絡をしてください』
ログを台詞として発し続ける元駆除AI。
アレックスはそれをしげしげと見つめ。
「えい」
『プログラムが外部から攻撃を受けています』
「攻撃が通じるようになってる!」
彼が驚いて振り向くとヌルが頷く。
心なしか得意げに見える。
「これでこの駆除AIは、ただの敵モンスターでしかありません。攻撃を加えれば倒せるでしょう。ただ」
「ただ?」
「このプログラムの容量を参照して、ステータスを設定してしまいました。正規の仕様で駆除AIを破壊することは、レベルが最大でもないと困難です」
咄嗟のこととはいえ、ゲーム内の相場とすり合わせをできていなかったことに、ヌルは気落ちしているようだった。
「なんだ、そんなことか」
だが、アレックスは気にしていなかった。
何故なら既にレベルがカンストしていたから。
「久しぶりの出番だぞ、R.I.P!」
彼が構えると、その言葉に応じるかのように、銀色の光線銃は凄まじい勢いで、弾丸の雨を吐き出した。
「俺のPCは、俺が守る!」
怒涛のような射撃が黒い球体を穴だらけにし、HPバーを急速に削り尽くす!
『プログラムが外b、bbbbbbbbb……!』
とてもさっきまで通用しなかった銃とは思えない威力である!
「一丁上がり!」
『サポ―とに、れん、ら、KABOOM!!』
駆除AIは爆散し、破壊されたデータはゲーム内から排除された。
爆散した黒い残滓が、光の粒となってフィールドに降り注ぐ。
アレックスは銃を下ろすと、その光景を見つめながら言った。
「こちとらリリース当初から、サ終する日までやってたんだぜ」
アレックスは誇らしげに言う。
かつてネトゲ廃人と言われた人たちのその後、それが彼であった。
「すごい、一人でアレを倒してしまうなんて」
「ヌルさんのおかげだよ。君がこのゲームを、この世界を守ってくれたんだ」
ヌルの呟きにアレックスが答える。
「ありがとう」
「アレックスさん……どういたしまして!」
初めて言われたであろう、人間からの感謝に、心なしかヌルも嬉しそうだった。
「そういえばヌルさん、このゲームはどうなってしまったんです? さっきの呪文詠唱みたいなのはいったい」
アレックスは改めてヌルに問いかけた。
フィールドも前と似てはいたが、比較的新しいグラフィックに差し変わっている。
オブジェと化していた放置プレイヤーの名前などは影も形もない。
「私がこのゲームの世界を掌握し、再構築したのです。その際にデータをなるべく負担の軽い物へと差し替えたのです」
「前より随分綺麗になってますが」
「それでも容量や処理速度は改善されています」
大昔の粗く安っぽい物よりも、現代版のほうが綺麗で軽く高性能。
技術の進歩が成せる技であった。
「なるほど。つまり君はこのゲームのGMになってアップデートをしたって訳だ」
「GM?私がですか?」
ヌルは言われたことに戸惑いながら、自分の手を見つめた。
与えられた訳でも、奪った訳でもない。空白に入った自らの名前を、上手く処理できない。
自分にそれが許されるのか、彼女にはまだ分からなかった。
「このゲームはとっくにサ終してる。運営はもうどこにもいない」
アレックスの言葉には、乾いた響きがあった。
「俺たちは、世界の棺を買った」
一つのコンテンツの始まりから終わりまで。
参加して、そして見届けた者の言葉。
「その中に入って、まだ終わらないフリをしているんだ」
自嘲するように言ってから、彼は小さく頭を振った。
「まあ、あくまで俺の世界のGMってだけの話さ」
「私が、アレックスさんの……」
「君が自分を定義したいっていうなら、最初の一歩には丁度良いんじゃないかな」
ヌルというAIは何者なのか。
何者であればいいのか。
「ご迷惑で、ないのでしたら」
その声には、わずかな躊躇いがあった。
「決まりだな。それじゃあ告知を頼むよ」
「告知ですか?」
「ああ、バージョンアップの告知だよ」
古来よりネトゲでは、更新をするとその内容がログイン画面やゲーム内で、告知されるのが常だった。
「了解しました」
「俺も一旦出るよ」
ヌルはそう言うと一瞬だけ光り、ゲームからログアウトした。
アレックスも同じように退出して『CG』を再起動する。
「始まった」
オンラインになり、AIが自分自身で起こした変化が、アップデートの内容として画面に記述されていく。
アレックスの中の人は、不思議な気持ちでそれを見ていた。
『CG』のサービスが、終了していることは何も変わらない。
「何て言ったら、いいんだろうな」
だから、このバージョンアップはゲームの生まれ変わりを意味しない。
リメイクでもない。
リマスターでもない。
それでも。
「新しいGM、か」
『コズメック・ガッツィー』のタイトル画面には、最新のアップデート履歴が表示された。
背景では、かつて見慣れた宇宙港の風景が、より鮮明な色彩で広がっていた。止まっていた星々がゆっくりと瞬いている。
細部は変わっていない。だが確実に、世界は息を吹き返していた。
*** SYSTEM NOTICE ***
Administrator privileges transferred: NULL
世界の死によって、長らく空白だった管理者欄に、彼女の名前が表示される。
そして末尾に添えられた一文に、アレックスの胸に懐かしい気持ちが込み上げて来る。
The game belongs to you.
終わりの時は終わり、新しい物語が今、始まろうとしていた。




