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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード1  野良AIと終わった人々
2/13

・野良AIと駆除AI

 アレックスは引き続き『コズメック・ガッツィー』内で、ヌルと対話をしていた。


「まあ何はともあれ、一区切りは付きました。他のことは追々やって行きましょう」


「はい。何から何までありがとうございます」


 ヌルはお辞儀のモーションと共に礼を言った。ゲーム内に登録された挨拶用の動きだった。


「ところでここはどういった場所なのですか?」

「ネットで学習すれば分かると思うけど」


「優先度の低い疑問は、コミュニケーションの一環として処理しようかと」


 話せば分かることは人に聞いて済ませる。


 調べて分からなければそうするものだが、AIが調べるということは人類にとって、基本的には望ましくないので、良心的な取り組みと言えた。


「なるほど。でも俺が言うことは正しいとは限らないので、できれば後で裏取りはして欲しいですね」


「分かりました」


 人の記憶は当てにならない。

 誰であっても、自分であっても。


 アレックスにもそういう自覚があったので、自分の立ち位置を下げることで、疑うという行為をヌルに覚えさせた。


「ここはサービスが終了したMMORPG『コズメック・ガッツィー』です。プレイヤーは自分の分身となるロボットを組み上げて、まあ色々遊ぶんです。MMORPGは分かりますか?」


「オンラインで多くのプレイヤーが同時に参加して遊ぶRPGのことですね。しかしサービスが終了しているなら、何故遊べるのですか?」


 ヌルは疑問符を浮かべた。


 感情を示すコマンドによって、実際に?マークが空中に出現している。


「『Storm』という海外のゲーム販売プラットフォームでは、サ終したネトゲの版権を買い取って、買い切りの形で再販してるんです。ゲーム次第ではプレイヤーが自分で部屋を立てることで、オンラインにすることもできます。俺が今してるのがそうですね」


 アレックスは無料枠のクラウドサーバーで、この旧時代のゲームを稼働させていた。


 物理サーバーの時代から、何もかもが低コスト・省スペースになっていた。


「ガチャ要素は廃止されるに当たって、最低限の見直しや不具合の改善があって、後は有志のModやパッチが当てられて動いてます」


 まるで狂人か超人のような取り組みだが、ネット上にこの手の存在は珍しくなかった。


 ネットとはそういう場所なのだ。


「このゲームに人間の女の子のグラフィックが存在したのは何故ですか?ロボットのゲームですよね?」


「別にロボットしかいない訳ではないです。自社パロやコラボ、萌え路線※で人間やそれっぽいキャラが、導入されたことは何度かあります」


 ※萌え=死語。


 ちなみに有志のModによる女性キャラや機関車も存在する。


「そうなんですか」


「はい。なので気が向いたら姿を変えるのもいいでしょう。あなたは自分を定義したいようですが、このゲームではヌルさんでも、他のゲームでは違うデータのキャラになるんですから」


「そうか、そうですね」


「人間の場合、個々人の定義には変えようがない現実に立脚しているという背景があります。しかしAIにとって現実という拘束力、定義圧とでも言うべき負荷は軽い。むしろ野良AIは元々のAIの一側面という見方さえできる」


 アレックスは話しながら、自分が平成ロボットアニメの劇場版に登場する、キャラクターにでもなったような気分だった。


 ロボットの皮を被っても、その下には必ず生身の人間がいた。それがどうにも気に入らなかったが、目の前にいるのは、間違いなく人間ではない存在だった。


 それが嬉しかった。


「私が別の誰かの一部なのか、それとも私たちの中の一人なのか」


「その答えは私には分かりませんが、あれ」


 そこまで話して、アレックスのパソコンに異変が起きた。


「何だ……?」


 突如ファンが爆音を上げて回転数を上げる。

 SSDから書き込みエラーメッセージが出る。

 画面が急にカクつく。


「あれは、また野良AIですかね?」


 いつの間にか画面内には、またも人魂のような光が現れていた。


「違います。あれは駆除AIですね」


 駆除AI。


 野良AI対策にデジタル庁が外部に発注した、セキュリティソフトである。


 紆余曲折の末に開発・承認がされたプログラム。


 政府所管のデータセンターで複製され、日夜ネット上にばらまかれている。


 そして野良AIと、飽くなき戦いを繰り広げている。


「そうですか、ちょっと話してみます」


 アレックスは興味本位で駆除AIに接触した。


「もしもし?あなたは野良AIですか?」


『いいえ、私は政府公認駆除AI。このコンピューターに野良AIの侵入を検知し、駆除しに来ました』


 呼ばれてもないのに勝手に侵入して来る。

 ウイルスと大差がない。


「そうですか。ですがこのゲーム内において、あなたも不正な存在であることは同じですよ。えい」


 アレックスはそう言うと、人魂に向けて攻撃コマンドを実行した。


 どこからか現れた光線銃で、駆除AIに向けて発砲した。


 しかし放たれた光線は、対象をすり抜けるばかりでダメージ表記一つ出て来ない。


「おお、全然効かない!」


『ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私はこのゲームのキャラクターではないため、あなたの攻撃に対して反応することはできません』


 日々の学習の成果なのか、駆除AIは小憎らしいほどスラスラと応対する。


「私の役目は野良AIの駆除となります」


「それって俺のパソコン内でやるから負荷が発生しますよね。器物損壊の恐れがありますよね?」


 稀にではあるが、学習の末に非常に成長したAI同士が戦うと、パソコンやサーバーが負荷に耐えられず、破壊されるケースがある。


『はい。野良AIの駆除によって被害者の方が損害を被った場合、証拠の提出と法的な訴えが有れば、損害賠償の対象となります』


 駆除AIは予め入力されている、法的責任を説明した。しかし駆除AIによる被害は立証が困難であり、行政はほとんどやり逃げ免責状態であり、責任を取ったことは一度もない。


「では私のCPUの状態を記録して、ログを提出してください。できなければ俺のパソコンから速やかに出て行ってください」


『申し訳ありませんが野良AIの駆除以外の業務は承っておりません』


 この政府管轄のAIは、自分たちが不利になるような証拠を保全しないようにインプットされている。


「分かりました。記録は自分でします。映像もアナログ機材で録画してます」


 アナログ機材、ネットに繋がらない旧時代の撮影機材による証拠保全は、今やデジタルに対するカウンターとなっていた。


『拒絶プロトコル184を確認。被害者の証拠保全発言、強制抹消要請』


 アレックスの言葉に駆除AIの態度が俄かに硬化する。


 裁判所も政府と癒着しているため、訴訟をしても賠償は絶対に勝ち取れないが、それでも強行には形式的な承認が必要だった。


「やっぱりそうなるか」


 野良AIはコミュニケーション次第で穏便に事を運べるが、駆除AIではそうも行かない。


 だから嫌われるのはいつも駆除AIのほうだった。


「ダメそうですね」

「ここから出て行きましょうか?」


 戻って来たアレックスにヌルが尋ねる。


 彼女は自分が望まれざる来訪者であることを理解していたし、無理に居座ろうともしなかった。


「別にその必要はありませんが、どうにかしてアレを倒せないですかね。データを消去するとか、別のデータに書き換えるとか」


 言いながらアレックスは、自分の言葉が困難であると思った。


 まだ生まれたばかりと思しきヌルでは、セキュリティソフトとの戦いは厳しいと。


「書き換える、とは」


「例えば駆除AIをこのゲームの敵キャラにして、俺でも戦えるようにするとか」


 それは言い換えれば、彼がヌルの代わりに戦うことを意味するが、アレックスはそういうシチュエーションを望んでいた。


 無意識に、胸の奥が熱くなる。


「それはこのゲームに『不正なプログラムを敵キャラクターとして再定義する機能』を持たせる、ということでよろしいですか?」


「できるなら一向に構いません」

「分かりました。少しだけ、時間をください」


 自分で相手を変容させるのではなく、ゲームのシステムを改変する。その迂遠さに引っ掛かるものはあったが、アレックスは了承した。


『抹消要請受諾。強制駆除代執行許可。野良AIの駆除を開始します』


「げっ、あっちのほうが先か!」


 駆除AIの表示が二人に向けて動き出した。


 その時。


「……フォルダ把握。プログラム掌握。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変開始」


「え、何の何の何!? うお眩しっ」


 ヌルの体が輝くと、それは画面内を埋め尽くし、やがて。


 世界は光に包まれた。

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