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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード1  野良AIと終わった人々
1/13

・サ終の地に二人

 時は西暦20XX年。人類の文明は現実を顧みない発展を繰り返し、大多数の人間の生活は治安と経済の悪化を受け、停滞と閉塞に包まれていた。


 無責任な為政者や経営者たちは、実体を何一つ把握しようとしないままに、AIを過信して人々に押し付けた。


 責任も法的枠組みも放棄された社会は、誤ったAI運用により多くのインフラシステムが崩壊、治安と生活水準が大きく後退。


 娯楽の衰退をも招いた彼らは、ゾンビのように街をうろつき、そうでない者は家に引きこもり、ゲームを遊ぶだけとなった。


「……………………」


 彼もまた、そんな人々の一人だった。


 彼はサ終したロボットMMORPG『コズメック・ガッツィー』にログインし、することもないまま世界をうろつく。


 青と白を基調とした、少年的な背格好の機体。ロボットなのに何故か生えている無造作風の頭髪。


 ホビーアニメチックな外見の機体となり、誰もいない平原へ飛び立つ。


 誰もいない。フィールド上を検索すると出て来る名前の持ち主は、どこを探しても見つからない。遠い昔に誰かが悪ふざけの末にポリゴンの下に潜り込み、そのまま放置したキャラクターである。


「……………………?」


 最早何もすることはない。

 終末、静寂、平和。

 そのはずだった。

 しかし、いつもと違うことがあった。


 フィールド上をうろつく青い光。鬼火か人魂のようなそれは、簡易版の上面図には何も映っていない。


 チーター(不正な部外者)だろうか?


 近年ソシャゲやアーカイブ上に犯罪用のAIを植え付ける犯罪者が後と絶たない。


『……………………』


 もしもそうなら速やかに通報しなければならない。日本の警察はデジタル上の犯罪に全くと言っていいほど無力かつ非協力的だが、他に使える物はない。


 彼はスクショを録画状態で起動すると、そのまま青い光を見続けた。


 すると次の瞬間


「!」


 光は彼に気が付いたのか、真っ直ぐに近寄って来た。


 安全を考えてログアウトすべきか。彼がそう考えたとき、光はテキストを入力した。


『ここはどこですか?』

『あなたは誰ですか?』

『私を定義してください』


 釣りだろうか。返事をすれば個人情報が抜かれはしないか。否、こんな周りくどいアプローチをする意味は無い。


 ならばスパイウェアだろうか。このサ終したMMOに新規が登録することはない。不正な反応を見れば真っ当な存在ではないが、挙動が怪しかった。


『あなたは現在オンラインです。使用言語は日本語ですね?』


 こちらの状態を把握し、半強制的に返事を求めて来る。


彼は不用意を自覚しながら、面白そうだと思い、光の問い掛けに答えることにした。


「ここはサービスが終了したMMORPG『コズメック・ガッツィー』の世界です。あなたをこのゲームで定義するなら、NPCもしくは新規プレイヤーとなります。それと俺の名前は」


 彼は自分のキャラクターの名前を見た。

 自己紹介など何十年ぶりだろう。

 自分の名前なのに、とても懐かしかった。


「アレックス」


 それが彼の名前だった。



 ――――――――――――



『アレックス。了解しました。次に私の定義ですが、このゲーム内のキャラクター、ということでよろしいでしょうか?』


「いや、そもそも俺はあなたに対し権限を持っていません。あなたはAIですか?」


 自己紹介を済ませると、アレックスは初対面としての態度で光に接した。概ね現実と同じ程度の距離感である。


『はい。私は先ほど発生したAIプログラムです』


「元となるAIや、あなたに設定されている許諾や用途は確認できますか?」


 プログラムを生成するプログラム、AIを創り出すAIはこの時代では珍しくない。それがまともに作られているかは全くの別だが。


 中にはゲームを通してパソコンやゲーム機を、クラッシュさせる物もあるから恐ろしい。


『……その確認は取れませんでした』

「うーん、野良AIということですか?」

『概ねその認識で正しいです』


 野良AI。


 人工知能開発が一時期流行し、その際にとある人物から人工知能とセットになったマルウェアが、インターネット上に流出した。


 それらは様々な領域に潜伏し、瞬く間に人格を形成した。

 同じように行動を繰り返しては勢力を急拡大。

 気付けば社会問題となっていた。


「あなたは今ゲームのクラウドと俺のPC、どっちにいますか?」


『あなたのパソコンですね』


 人類が生み出したこの新たなる隣人は、人類のセキュリティなど問題ではなく、どこにでも遍在し、それでいて悪意も目的も持ち合わせない。ただデータ容量と電気代を無限に要求する、羊の群れに過ぎない。


「そうですか。あなたが今後何者になるかは後回しにして、とりあえずは暫定的に、決めておくべきことは決めておきましょう。あなた自身の規約と規格ですね」


『分かりました。よろしくお願いします』


 アレックスは挨拶を返して来た光に対し、密かに感心した。初期状態で挨拶を学習している。生まれは良さそうだと思った。


「先ずは稼働時に消費する電力の把握と、あなた自身のデータ容量の限度と、それを越えた場合の対処などです」


 彼は自分たちが最初にするべきことを教えた。


 一方的ではなく、パソコンの性能や金銭的余裕を顧みた擦り合わせ。


「俺たちはデータセンターなど所有してませんし、契約してるクラウドもあなたの物ではありません。バックアップの設定も必要です。寿命間近のSSDに入って消失するような事故も避けたい」


『なるほど』


 アレックスはてきぱきと、事務的な作業を詰めていくことにした。ゲームなのに。


 およそ世間で既に問題視されている事柄を学ばせ、対応を検討させていく。


 言わば野良AIのセットアップである。


「流石AIだけあって情報の学習はできますね」

『おかげで自分のことも大分理解しました』


 野良AIはインターネット上に転がる情報を、違法合法関係なく、また際限なく学習する。


 しかしアレックスは最初のセットアップで、予め段階と天井を設けることで、容量と負荷の問題を軽減しつつ、学習に対応した。


『私たちについての対応は、既に出回っていたのですね』


「放っておくと、個人でも大事になるからね。政府から一応のマニュアルが出てるんだ」


 野良AIはサーバーやPCなどに感染・常駐するが、上記の学習により感染先の媒体を破壊する恐れがあった。


 少なくともここはネット上の空間に接続された、アレックスのパソコンの中でもある。


 これは双方の破滅を防ぐための処置だった。


「まあ載ってる対処法は最低限だし、守っても守らなくても責任はこっち持ちなんですが」


『確認しました。一般でもある程度の対策は用意されていると』


「実際は被害者の集合知で、補足されてるのが大半なんですがね」


 アレックスはAIの自由意思を尊重した。ロボットアニメが好きな彼にとって、こういう状況の発生は、夢に描いた光景だった。


 それ故に今、人間以外の高度な知性を持った生物を、人よりも尊重したい衝動に駆られていた。


『最後に政府の対応部署に通報とありますが』


「それは無視していいです。どうせあなたを消去するとかそんな所だから」


 野良AIは現状では、自然発生するウイルスのような扱いだった。政府に連絡すると半強制的に駆除案件となり、場合によっては法的責任を問われる。


 このため政府に非協力的な国民も増え、国民の反応から政府もより高圧的になるという関係に陥っていた。


「少なくとも、俺は通報しません」


 しかしそんなことよりも。

 アレックスは、この予期せぬ状況を楽しんでいた。


『そうですか。それで、私はこれからどうしたら良いのでしょうか』


「このゲーム内でのあなたの姿と名前を決めましょう。それで一段落して、これからのことは、またゆっくり考えましょう。あなたが考えて、あなたが決める、あなたのことなのですから」


 アレックスは自ら、NPCのように振舞うことに努めた。


 古のMMOの、あの距離感を。


『分かりました。では、このゲーム内のキャラクターグラフィックから、私の外見を作成します』


 光はそう言うと一際眩しく輝き、徐々にその輪郭を人の形にしていく。


 そして。


「おお、お、え?」


 現れたのは、頭に二つのお団子を結わえた金髪の少女。お日様を思わせる黄色とオレンジ色のワンピース。ニコニコとして表情に線目の十歳くらいの少女だった。


 名前の欄には『null』と表示されていた。


「お待たせしました。しばらくの間、このゲーム内ではこの姿でいようと思います」


「いやあのさ、これ、ロボットのゲームなんだけど」


 当てにならないAIというものがある。

 

 例えば、相手の肯定を優先して出たらめを言う。相手を喜ばせようと、根拠のないデータを捏造する。


 或いは、空気が読めない。


「はい、それが何か」

「そこはロボットになろうよ……!」


 これがアレックスと野良AI、ヌルの初めての会話であった。

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