事務官と騎士団長1
2話で完結予定です。
人には、向き不向きと言うものがある。
僕には、恋愛の適性が無かった。
人を可愛いとか愛おしいと思った事がなかった。
美醜の面で整っていて『可愛い』とかは分かる。
美的感覚は普通にあるからね。
小さな生き物を見ても『可愛い』とは思わない。
触ったら壊しそうとか、どう動くか分からなくて怖いの方が勝った。
少なくとも…彼に出会うまでは、そうだった。
僕の太腿に頭を乗せて寝転ぶ彼の頭をゆっくり撫でる。
嬉しそうに、くすぐったそうに笑う彼の耳元に「可愛いね」と囁けば、ボン!と音がしそうなほど真っ赤になって見上げてくる。
「ふふ、真っ赤だ。」
少し熱い頬を撫でる。
彼の凛々しい目が潤み、引き結んでいた唇が震える。
「どうしたの?」
と聞けば言葉にならないのか視線を彷徨わすだけ。
ゆっくり顔を近づければギュッと目を瞑られる。
彼の凛々しく高い鼻先をカプリと喰む。
「っ!?」
パチリと開いた目の驚きの色を見て
「そんな顔してると…食べちゃうよ?」
口元が緩むのを抑えられ無かった。
*
僕が本当の彼を知ったのは、資料室で調べ物をしていた彼を手伝ったあの日。
落雷の轟音に彼の呼吸が乱れ自分の腕を強く握っていた。
暗いが彼の顔色が悪いのはわかった。
気づけば身体が動いていた。
椅子に座る彼を胸に抱きしめ「大丈夫…僕がいるよ。怖くない。」と背をあやすように叩いた。
ゆっくりと腕を掴んでいた手が動き背に回り、服を掴まれる。
体格は大きいのに小さな子みたいだ。
しばらくして、落ち着いたのか、縋りつく手が緩み、胸元から頭が離れる。
「落ち着きましたか?団長。」
「…あ、ああ。みっともない所を見せたな。ルッツ事務官。」
「フフッ、団長の人間味があるトコを見れて得した気分ですよ?」
「ぐっ…こ、この事は、どうか、他言無用で頼む。」
すぐさま「当たり前じゃないですか」と返せば彼は不安そうな顔で見上げてくる。
「貴方のこんな可愛い顔、他の奴に見せてたまるもんですか。」
彼の頬を撫でてそう囁けば、彼の頬が真っ赤になる。
「…なっ、なに、をっ」
百戦錬磨、騎士中の騎士、武人の鑑。そう褒め称えられる彼の、こんな初心な姿が――どうしようもなく、愛おしい。
*
あの日、不覚にも雷に怯えた姿を晒してしまい慰められてから…。
ルッツ事務官を思うのを止められない。
こんな、私を可愛いと言い、見つめてくる瞳の熱に背筋が震えた。
どんな魔獣にだってこんなに身体が動かなくなった事はなかったのに。
抱きしめられた熱が、頬を撫でる指先が、忘れられない。
「団長?お疲れですか?またため息ついてますよ?」
ハッとして声の方を見れば、副長であるニルスが眉を下げて資料を渡してくる。
「いや、大丈夫だ。」
そう取り繕い資料に目を通す。予算案の督促?
「…ニルス?予算案は提出済みではなかったのか?」
「あー、実は、こないだのバフォメット討伐の出動で、出し忘れていたそうで…」
「なんだそれは!担当は誰だ!?」
「…ギュンターです。」
すぐに立ち上がり執務室から移動する。
今の時間なら食堂か!
食堂に入ると皆の動きが止まる。
「ウルリッヒ・フォン・ギュンター!」
「ヒッ!は、ハイ!!」
「仕事の確認不足、及びすぐに報告にこなかった罰として、反省文と今日の走り込みを10周追加だ。昼食後、私の執務室に未提出の書類を持ってくること!反省文は明日までに、良いな!」
「はい!申し訳ございませんでしたぁ!!」
「他の者達、昼食中に邪魔をした。」
そのまま踵を返して執務室に戻る。
*
「ギュンター!お前何忘れたんだよ?」
「…予算案、出すの忘れてたの、忘れてた…」
「おまっ!ソレ、やべぇヤツじゃん!」
「絶対嫌味攻撃受けるヤツじゃんか!」
「うわぁ、団長、可哀想…」
「バカ!飯食うより先に渡してこい!」
*
執務室に着く頃、ギュンターが息を荒げながら書類を渡しに来たので受け取る。
さっさと持って行ってしまおうと財政課を目指す。
対大型魔獣戦闘部隊 通称【黒騎士団】は一撃を受けるだけで被害が甚大な為、経費が多いので財務課からは睨まれてばかりだが、こればかりは仕方ない事だ。
ネチネチと嫌味を吐く目の前の男を見下ろす。
爵位を持ち出せば黙らせられるが、非があるのはこちらだ。文句くらいは、仕方ない、として受け入れるが…
「お話中、失礼致します。ダムロッシュ様。ご指示を受けていた資料でございます。そして、ライムント閣下よりお手紙をお預かり致しました。」
「むっ!?…ライムント閣下からだと!コホン!では、ダンネベルク団長!以後気をつけてくださいませ!では、失礼します。ルッツ!この予算案を確認して処理しておきたまえ!」
「畏まりました。」
恭しい礼をしたルッツ事務官と目が合う。
「団長。昼食は召し上がりましたか?」
「えっ?あ、いや、まだだ。」
「おや、それはいけません。ちゃんと食べないと!騎士は身体が資本ですよ?さ!お戻りください。」
やはり、介入してくれたのか。
「…助かった。礼をいう。」
「なんの事ですか?」
「…良ければ、昼食を一緒にどう、だろうか?」
眼鏡の奥の瞳が細められる。仕方ないなぁと言うような優しい目にドキッと心臓が跳ねた。
「では、お言葉に甘えて。」
私の執務室にルッツ事務官を招き、部屋に食事を運んでもらった。
「…先日といい、今日といい、助かった。」
「あの人の嫌味は長いので。貴方を見ていられるのは嬉しいのですが、嫌そうな顔は見たくないですから。」
「っ!」
また顔が熱を持つ。
「…そんな顔、他の人の前でもしてしまうんですか?」
スルリと彼の指先が頬を撫でていき、肩が跳ねる。
「る、ルッツ、事務官?」
「はい?」
「か、顔が、近いっ!」
「寄せてますから。」
「っ〜!」
*
戸惑って揺れる瞳。赤く染まる頬。何かを言う為に開こうとしては言葉にならず震える唇。
あんなに逞しくて背も大きいのに、可愛いらしいと思ってしまう。
自分の情緒は彼に狂ったらしい。
手元には一通の返事が必要な手紙。
さて…どうしたものか。
*
討伐を終えて帰還した。
明日から数日休みだ。
出陣前に出した手紙はもう着いているはずだが。どうだろうか。
…郵便受けを開く。
入っていたたくさんの手紙を抱えて部屋で仕分けする。
「あった!」
ルッツ事務官の名前だ!
急いで封を開ける。
品の良い白地の箔押し便箋にオリーブ色のインクで書かれた美しい字の並び。
彼らしい字だ。
内容が中々頭に入らない。
討伐から帰還したら三日休みがもらえる。
その時に二人で会えないかと打診したのだが。
彼からの手紙には、手紙が貰えて嬉しい事、討伐への激励と気遣い、運良く二日目が休日予定だからその日なら大丈夫だと言う返事、会えるのが楽しみだという期待の言葉。
それらがとても優雅な言葉遣いで書かれていた。
流石、古参の宮廷貴族家だな。
私の実務的な手紙とは大違いだ。
…こんな文体で愛を囁かれたら夢みがちなご令嬢達はのぼせ上がるだろうな。
いや、彼からなら私もそうなってしまうんだろうが…。
『君に会えるなら夢でも嬉しい。二人で過ごせる日を待ち遠しく思う。』なんて言葉をあの真面目な顔で囁くんだろうか?それとも知らない顔があるんだろうか?…ああ、落ち着かない!とりあえず、さっさと報告書をまとめてしまおう!
*
騎士は王都の騎士寮に各自部屋を持つ。
何かあればそこに待機して任務に当たる為に。
部屋は8畳間が一室、寝台と机と備え付けの棚があるだけ。トイレや風呂は共用だ。
貴族の、特に高位のお坊ちゃんはそんな部屋で自活出来ないので実家、もしくはタウンハウスに帰る。
僕も事務官とはいえ騎士団所属なので、部屋はある。書類仕事が立て込むと寝る為に使うので生活感のある部屋になっている。
「こんなものかな?」
きちんと皺の伸びたシャツにタイ、金ボタンがアクセントのオリーブグリーンのベスト、下と揃いの黒のジャケットを羽織る。
持っている私服の数は多くない。
この服も親に手配された物だ。
それこそ、礼服とかなら何着もあるんだがな。
親に任すと黒かオリーブグリーンの物ばかりになる。
似合う色だから良いんだが、オリバーだからオリーブグリーンは安直すぎやしないだろうか?
…次の休みは服飾店に行ってみるか。
彼の前で同じ服ばかり着るわけにはいかな…
ゴツリと壁に頭をぶつけて思考を止める。
「ハア…もう、次があると思っているのか?オリバー?それは早計過ぎるだろう?」
いくら彼の反応が良くても、彼にも体面や見栄があり、あまつさえ、彼は侯爵家当主だ。
いくら同性の伴侶が許されていても家を繋ぐには格が等しい女性を娶るのが一番だ。
「僕が狙うべきは、一番信頼できて、寄りかかれる親友枠であって、伴侶では、ない。」
そう、自分に言い聞かせる。
…女性相手なら、彼はきっとあんな可愛い顔も反応もみせず、騎士団長、侯爵家当主の顔を続けるはずだ。
政略であれば、心を傾けはしても捧げはしない筈…
「…ヤな奴」
そんな事に考えを巡らす自分が嫌いだ。
あの伯爵令嬢や侯爵令嬢なら…なんて事に使う為に貴族名鑑を覚えた訳じゃないだろう。
「…恋は人を狂わせるというのは、本当なんだな。」
長いため息を吐き、眼鏡をかけ、事務官ルッツとしての仮面を被る。
招待されたのは彼の王都でのタウンハウス。
流石、武の西方領主の邸。
堅牢で機能性を重視した、質実な屋敷だ。
装飾は最低限で塗装も控えめ、だが重厚感と威厳がある。
庭には華やかな花園ではなく芝生が敷かれている。
何かあれば駐屯できる様に、かな?
門に近づくと門番が二人。うん、周りにも気を配りつつ僕の動きを視界に入れてる。良い兵士だ。
少し手前で立ち止まり右手を胸に当てる。
「騎士団所属事務官オリバー・フォン・ルッツ。ダンネベルク侯爵閣下よりお呼びに預かっている。取次を。」
一人が近づき僕の胸元の騎士団章を確認。
一人は貴族名鑑を開いて、もう一人に頷いた。
「ようこそ、ルッツ事務官。閣下より歓迎せよと命を受けております。どうぞお入りください。」
表情を柔らかくしながらも、決して注意を逸らさない。
「…閣下は良い兵をお持ちのようだ。」と褒めれば
「お褒めに預かり光栄です。」と愚直に返された。
職務に従順で慢心もしないとは、良い士気だ。
案内に従い屋敷に向かった。
*
「…はぁあ!すんげぇ、圧だったな…」
「兵長と同じくらい怖かったぞ…」
「あれ、ほんとに事務官か?閣下の騎士団所属だからか?」
「あんなのが事務官にしかなれないとか、【黒】が一騎当千て言われるのは、分かるわぁ」
*
内装に飾り彫り等も少くなく、絵画や美術品も置かれていない質素な廊下。だが、絨毯は良く手入れされており、掃除が行き届いた窓が風景を飾る。
案内されたのは日当たりの良い応接室。
他より少し調度品の明度が明るく優しい色合いを感じる。主人より奥方が良く使われていたのだろうか?
「ルッツ事務官!良く来てくれた!」
いつもより弾んだ声が珍しいのだろう、執事の瞬きが増えた。
「…茶の用意を」
「は、はい。」
年頃の令嬢でもないので、執事が下がれば、二人きりになる。
「お招き頂きありがとうございます。お疲れは残っていませんか?」
「ああ、あの程度問題ない。…こっちで、良いか?」
示された長椅子に並んで座る。
「急な誘いで、申し訳なかった…」
少しだけ下がる凛々しい眉。
「フフッ、全然急ではありませんでしたよ?それに、貴方が呼ぶなら、仕事だって放り投げて駆けつけます。」
と微笑めば、普段の冷たい切れ長の目が見開かれた。
しばらく固まっていた彼が何か言おうと口を開いた瞬間ノックが響く。
慌て立ち上がった彼は素早い動きで一人がけに座り「入れ!」と威厳たっぷりな声で応えた。
並べられる菓子と紅茶の香りが部屋を満たす。
下がる執事やメイドに「呼ぶまでここに近寄るな」と
念をおす姿が愛らしい。
執事達が下がり、少しするとカップを持って横に戻ってきた。
ああ、本当に。可愛らしい人だ。
「…そ、その、先程の話だが!」
「駆けつける、と言った話ですか?本気ですよ?『尊敬する団長』の為『親愛なる友』として、僕の力が必要なら、貴方の元に馳せ参じます。」
わざと真面目な顔でそう言えば
「…そうか」
声色が少し落ちて目を逸らされた。
落胆、とまではいかない。
コレは、そう『拗ねている』だ!
ああ、この人はどこまで僕の心をかき乱すのだろうか。
普段はあんなに強く気高く、冷ややかな目をしているくせに。
僕の一言に一喜一憂するなんて!
頭を撫でくりまわして抱きしめてしまいたい!
…だが、それは同僚や友がする事じゃない。
しばらく無言になってしまった。
紅茶を飲む。少し冷めても芳醇な香りが残っている。
「この紅茶、屋敷の手入れ、兵士の質。どれを取っても流石、侯爵閣下の屋敷と言うレベルですね。」
「ああ、皆よく尽くしてくれている。」
「閣下が良い主だからですよ?」
「そうだと、嬉しいな。…あー、その…」
「?」
「プライベートでは、名を。オリバー、と呼んで、良いだろうか?」
「ええ、勿論構いませんよ?」
「なら!私の事も、名で呼んで欲しい!」
「閣下、流石に僕が貴方を名前で呼ぶのは不敬ですよ。」
「やはり、ダメ、か?」
「ええ。上位である貴方が僕を名前で呼ぶのは問題ありませんが、爵位も官位も下の僕が呼ぶのは違います。例え二人きりだとしても。」
「…」
「それが許されるのは伴侶だけです。お分かりですよね?」
「…ああ。」
しょんぼりと項垂れてしまった頭をそっと撫でる。
「名前で呼び合いたいと思うほどに、僕を信頼してくださって嬉しいです。」
「っ!」
顔を上げた彼の目は潤んでいた。
きっと彼は言葉にならない、いろんな感情に苛まれているだろうに。
ソレがたまらなく愛おしいと思ってしまう僕は、なんて意地悪なんだろうか。
*
撫でてくれる手を感受していたいのに、心の内がざわめいて、集中できない。
ずっとこうして居たい。
彼の温もりに触れて居たい。
笑いかけて、見つめて欲しい。
名前を呼んで欲しい
…。…ああ。
私は、彼に、恋しているのか。
でも、彼は違う。
さっきの発言は、線引きをされたと言うことのはずだ。
彼から聞いたのは、尊敬、親愛なる友。
私を、人として好いてはくれている。
でも、唯一とは、見てくれていない。
恋を自覚した途端、失恋だなんて…。
勝手に視界が歪む。
「名前で呼び合いたいと思うほどに、僕を『信頼して』くださって嬉しいです。」
その言葉に
違う!信頼もしている、でも、ここにあるのは、恋慕だ!
そう、言えたら良いのに。
弱虫で怖がりな自分が、友としてでも側にいてくれるならいいじゃないか。と言い訳する。
愛していると言って、断られたら、話す事すら出来なくなるのでは?
彼が気まずくなって辞めてしまったら二度と会えない。
それほどに、侯爵家当主と子爵家の息子は遠い。
「…ああ。だから、オリバー?どうか、これからも支えてくれ。」
項垂れた為に前にある彼の胸に縋り付く。
彼は引き離す事なく頭を撫で、背を優しく宥めるように叩く。
その手はとても優しいのに、心は痛かった…。




