幼女がつくる騎士の弁当は特別です
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――目を開けたとき、リリアは見知らぬ森の中にいた。
木々は高くそびえ、冬の名残を抱えた冷たい風が枝葉を揺らしている。地面には苔が広がり、ところどころに白い花が咲いていた。小鳥のさえずりが遠くから聞こえるが、近くには人の気配がない。
「……ここは、どこ?」
小さな声が漏れる。自分の声が幼いことに気づき、リリアは驚いた。手を見れば、指は短く、肌は柔らかい。身体も小さく、歩こうとすればふらつく。前世の記憶がある。確かに自分は大人の女性だったはずだ。だが今は、五歳ほどの幼女の姿になっている。
転生――その言葉が頭をよぎる。
理由は分からない。けれど、ここで生きていくしかないのだと直感した。
森の奥から、獣の唸り声が響いた。リリアは慌てて木の陰に隠れる。心臓が早鐘のように鳴り、冷たい汗が背を伝う。前世では平凡な日常を送っていた。獣に襲われるなど想像したこともない。
「こわい……」
涙が滲む。だが泣いても誰も助けてはくれない。小さな足で必死に歩き出す。苔に滑り、転んで膝を擦りむいた。痛みに顔を歪めながらも、立ち上がる。
そのとき――。
金属のぶつかり合う音が森に響いた。剣戟の音だ。リリアは思わず足を止める。木々の間から覗くと、鎧をまとった男が獣と対峙していた。大剣を構え、鋭い眼差しで獣を睨む。
「退け、魔獣!」
男の声は低く、力強い。剣が閃き、獣の咆哮が森を震わせる。数合の斬り合いの末、獣は倒れ、静寂が戻った。
リリアは息を呑んだ。目の前の男は、まさしく騎士だった。鎧は傷だらけだが、立ち姿は凛々しい。戦場を渡り歩いてきた者の気配を纏っている。
男は剣を収め、周囲を警戒する。そして木陰に隠れていたリリアの存在に気づいた。
「……誰だ?」
鋭い声に、リリアはびくりと肩を震わせる。小さな身体で必死に言葉を探す。
「わ、わたし……迷子……」
男は眉をひそめ、近づいてきた。鎧の音が重く響く。だがその瞳には、先ほどの戦闘の鋭さとは違う、戸惑いと優しさが混じっていた。
「子供……? こんな森で……親はどこだ?」
リリアは答えられない。前世の記憶はあるが、この世界での家族はいない。言葉に詰まり、ただ涙がこぼれる。
男はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「……仕方ない。放ってはおけん」
そう言って、彼は膝をつき、リリアの目線に合わせた。大きな手が差し伸べられる。
「俺はアルノルト。王国騎士団に属する者だ。怖くない。ついて来なさい」
リリアはその手を見つめる。大きく、傷だらけで、温かそうな手。迷う心を押しのけ、そっと指を重ねた。
その瞬間、胸の奥に安心が広がった。
「……リリア」
小さな声で名を告げる。前世の記憶から選んだ、自分の新しい名前。
アルノルトは頷き、リリアを抱き上げた。鎧の冷たさと、彼の体温が同時に伝わる。高い背に抱かれ、森の景色が遠ざかっていく。
「大丈夫だ。俺が守る」
その言葉は、リリアの心に深く刻まれた。
森を抜ける道すがら、アルノルトは何度も振り返り、周囲を警戒した。戦場帰りの騎士らしく、危険を察知する目は鋭い。だがリリアを抱く腕は優しく、揺れは少ない。
リリアはその胸に顔を埋め、静かに涙を拭った。
――この人なら、信じられる。
こうして、幼女として転生したリリアと、孤独な騎士アルノルトの出会いは始まった。
アルノルトに抱かれたまま、リリアは王都の騎士団寮へと運ばれていった。石造りの建物は重厚で、夕暮れの光を受けて赤く染まっている。門をくぐると、鎧を着た騎士たちが行き交い、訓練場からは剣戟の音が響いていた。
「アルノルト、そいつは……子供か?」
門番の騎士が目を丸くする。
「森で迷っていた。放ってはおけん」
アルノルトは短く答え、寮の中へと進む。
広い食堂では、仲間たちが夕食を取っていた。彼らはアルノルトの腕に抱かれた幼女を見てざわめく。
「おいおい、どうしたんだ? まさか拾ってきたのか?」
「怪我はないのか?」
「こんな小さな子が森に……」
心配そうな声が次々に飛ぶ。リリアは人の多さに圧倒され、アルノルトの胸に顔を埋めた。
「静かにしてやれ。怯えている」
アルノルトの低い声に、騎士たちは口を閉ざす。だが視線は温かく、誰もが幼い存在を気にかけていた。
やがて、寮母のマリアが現れた。彼女は騎士団の食事や生活を支える女性で、母のような包容力を持っている。
「まあまあ、かわいらしい子ね。お腹は空いていない?」
柔らかな声に、リリアは少し顔を上げた。大きな瞳に涙の跡が残っている。
「……すこし」
マリアは微笑み、温かいスープとパンを用意した。リリアはアルノルトの隣に座り、恐る恐る口にする。優しい味が広がり、少しずつ緊張が解けていった。
「よかったわ。食べられるのね」
マリアは安心したように頷く。
食堂の空気は和やかになったが、やがて誰かが問いかけた。
「ところで、親御さんは? 森で迷ったなら、探しているだろう」
その言葉に、リリアはスプーンを止めた。胸が締め付けられる。前世の記憶はあるが、この世界での家族はいない。答えようとしても、声が出ない。
沈黙が流れる。騎士たちは互いに顔を見合わせ、困惑した。
「……親は、いない」
小さな声で、リリアはようやく言った。
食堂が静まり返る。誰もがその言葉の重さを理解した。幼い子供が一人きりで生きることの厳しさを、騎士たちは知っている。
「そんな……」
「孤児か……」
「どうして森に……」
心配と同情の声が広がる。リリアは俯き、涙をこぼした。
アルノルトは黙ってその肩に手を置いた。彼の瞳には深い影が宿っている。戦場で多くの孤児を見てきた。だが今、目の前の小さな存在を見捨てることはできない。
「俺が保護する」
短い言葉に、騎士たちは頷いた。
「アルノルト、お前が言うなら間違いない」
「寮でも手伝うさ。子供の世話は慣れていないが……」
「マリアがいるし、安心だな」
仲間たちの声は温かかった。リリアは涙を拭い、少しだけ笑みを浮かべる。
その夜、アルノルトはリリアを自室へと連れて行った。質素な部屋だが、清潔で整っている。ベッドに座らせ、毛布を掛ける。
「怖くない。ここは安全だ」
アルノルトの声は低く、だが優しかった。
リリアは小さな手で毛布を握りしめ、頷いた。
「……ありがとう、パパ」
その呼び方に、アルノルトは目を見開いた。だがすぐに表情を和らげ、頭を撫でる。
「そう呼びたいなら、構わん」
リリアは安心したように目を閉じた。眠りに落ちるまで、アルノルトは静かに見守っていた。
――こうして、騎士団寮での新しい生活が始まった。リリアが親を失っていることは皆に知られたが、その分、彼女を守ろうとする温かな絆が芽生えたのだった。
騎士団寮での生活が始まって数日。リリアは少しずつ環境に慣れていった。最初は大勢の騎士に囲まれて緊張していたが、彼らが優しく声をかけてくれるうちに、安心できるようになった。特に寮母のマリアは、母のように世話を焼いてくれる。
ある朝、リリアは早く目を覚ました。窓から差し込む朝日が部屋を照らし、鳥の声が響いている。アルノルトはまだ眠っていた。鎧を脱ぎ、疲れた顔で休んでいる。戦場帰りの彼は、眠りも浅い。そんな姿を見て、リリアは胸が締め付けられた。
「……わたしにできること、ないかな」
小さな声で呟く。守ってもらうだけではなく、自分も支えたい。そう思ったとき、前世の記憶がよみがえった。毎日、父に作っていたお弁当。卵焼きやおにぎりを詰めて、笑顔で渡した日々。
「そうだ……パパに、お弁当を作ろう」
決意したリリアは、台所へ向かった。まだ朝早く、食堂は静かだ。マリアが仕込みをしていたが、リリアの姿を見て微笑んだ。
「まあ、早起きね。どうしたの?」
「パパに……お弁当を作りたいの」
その言葉に、マリアは目を細めた。
「素敵ね。じゃあ、材料を分けてあげるわ」
リリアは小さな手で野菜を洗い、卵を割る。慣れない手つきだが、前世の記憶が助けてくれる。卵焼きを焼き、パンを切り、野菜を詰める。香ばしい匂いが広がり、マリアは感心したように頷いた。
「上手ね。きっと喜ぶわ」
やがて弁当箱に彩り豊かな料理が並んだ。卵焼き、ハムと野菜のサンドイッチ、小さなおにぎり。リリアは蓋を閉じ、胸を張った。
「できた!」
その日、アルノルトが出勤の準備をしていると、リリアが弁当箱を差し出した。
「パパ、これ……お弁当。お仕事のときに食べてね」
アルノルトは驚いた顔をした。だがすぐに表情を和らげ、受け取った。
「……ありがとう。大切にいただく」
その言葉に、リリアは嬉しそうに笑った。
昼休み、騎士団の食堂では仲間たちが食事をしていた。アルノルトは少し離れた席で弁当箱を開ける。彩り豊かな料理が並び、周囲の騎士たちが目を丸くした。
「おいおい、アルノルト。まさか弁当か?」
「誰が作ったんだ?」
「こんなに可愛らしい弁当、見たことないぞ」
アルノルトは少し照れながら答える。
「リリアが作ってくれた」
その言葉に、騎士たちは一斉にざわめいた。
「なんと……あの子が?」
「すごいな。俺たちも食べたいくらいだ」
アルノルトは黙って卵焼きを口にした。柔らかな甘みが広がり、思わず目を細める。戦場で荒んだ心に、温かさが染み渡る。
「……うまい」
その一言は、リリアへの最大の賛辞だった。
それからの日々、リリアは毎朝お弁当を作るようになった。卵焼きの味を少しずつ変えたり、野菜を工夫したり。マリアが料理を教えてくれるので、腕も上達していった。
「今日はにんじんを花の形に切ってみたの」
「おお……見た目も華やかだな」
アルノルトは毎回、真剣に味わい、必ず「うまい」と言ってくれる。その言葉がリリアの励みになった。
やがて、騎士団の仲間たちも弁当に興味を持ち始めた。
「アルノルト、今日の弁当は何だ?」
「見せてくれよ」
「リリアちゃん、俺にも作ってくれないかな」
冗談交じりの声に、リリアは照れながら笑った。
「パパの分だけだよ」
そのやり取りに、食堂はいつも笑い声で満ちるようになった。
ある日、アルノルトは遠征任務に出ることになった。数日間、寮を離れる。リリアは心配でたまらなかった。だが、できることは一つ。
「パパ、これ……特別なお弁当」
彼女は心を込めて作った。卵焼きには「がんばって」の文字を焼き印で刻み、小さなお守りを添えた。
アルノルトは弁当を受け取り、しばらく黙って見つめた。
「……ありがとう。必ず帰ってくる」
その言葉に、リリアは強く頷いた。
遠征先で、アルノルトは仲間たちと弁当を分け合った。緊張した空気の中、彩り豊かな料理が心を和ませる。仲間たちは笑い、力を取り戻した。
「リリアのお弁当は魔法だな」
誰かがそう言った。アルノルトも同意するように微笑んだ。
こうして、リリアのお弁当の日常は騎士団に温かさをもたらした。
小さな料理は、戦場帰りの騎士の心を癒し、仲間たちの絆を深める。
そしてリリア自身も、料理を通じて成長していった。
――お弁当は、小さな魔法。守る力と支える力を結ぶ、愛情の証だった。
騎士団寮での生活が始まってから、リリアは毎日お弁当を作り、アルノルトや仲間たちに笑顔を届けていた。小さな手で握るおにぎりや、甘い卵焼きは、戦場帰りの騎士たちの心を和ませる。彼らは「リリアのお弁当は魔法だ」と口々に言ったが、リリア自身はただ「美味しいものを食べてほしい」と願っていただけだった。
ある日の午後、訓練場で小さな事件が起きた。若い騎士セリスが練習中に剣を振りすぎ、手を滑らせて掌を切ってしまったのだ。血が滲み、彼は顔をしかめた。
「大丈夫か?」
アルノルトが駆け寄る。
「たいしたことない……けど、痛いな」
セリスは苦笑した。
その様子を見ていたリリアは、思わず走り寄った。小さな足で必死に駆け、セリスの前に立つ。
「痛いの、かわいそう……」
リリアはそう呟き、そっと彼の手を両手で包んだ。すると――。
柔らかな光が、リリアの掌から溢れた。淡い金色の輝きが傷口を覆い、血が止まり、痛みが和らいでいく。セリスは目を見開き、驚いた。
「……え? 痛みが……消えた?」
アルノルトも息を呑んだ。彼は戦場で多くの魔法を見てきたが、こんな穏やかな癒しの力は初めてだった。
「リリア……お前、今……」
リリアは自分の手を見つめた。光はすぐに消えたが、セリスの傷はほとんど塞がっている。彼女自身も驚いていた。
「わたし……なにをしたの?」
マリアが駆け寄り、セリスの手を確認した。
「傷が……ほとんど治ってる。これは癒しの力ね」
騎士たちはざわめいた。
「癒しの力……?」
「そんな力を持っていたのか」
「子供なのに……すごい」
リリアは戸惑いながらも、心の奥に温かさを感じていた。誰かの痛みを和らげられることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
その夜、アルノルトはリリアを自室に呼び、静かに話した。
「リリア、お前には癒しの力があるようだ。これは特別な力だ。戦場では多くの者が傷つく。癒しの力は、剣よりも大切なものになる」
リリアは毛布を握りしめ、真剣に聞いていた。
「でも……わたし、ただ『痛いのかわいそう』って思っただけなの」
アルノルトは頷いた。
「それでいい。力は心から生まれるものだ。お前の優しさが、癒しを呼んだのだろう」
リリアは少し考え、やがて笑みを浮かべた。
「じゃあ、これからも……みんなを癒したい。パパのお弁当みたいに」
その言葉に、アルノルトは目を細めた。戦場で荒んだ心を持つ彼にとって、リリアの存在は光そのものだった。
翌日から、リリアは意識して癒しの力を使うようになった。訓練で擦り傷を負った騎士に触れ、疲れた仲間の肩に手を置く。すると淡い光が広がり、痛みや疲れが和らぐ。
「すごいな……体が軽くなった」
「リリアちゃん、ありがとう」
仲間たちは口々に感謝した。リリアは照れながらも嬉しそうに笑った。
マリアは彼女を見守りながら言った。
「癒しの力は珍しいけれど、使うたびに心も磨かれるのよ。あなたはきっと、この寮の宝になるわ」
リリアは胸を張った。
「わたし、がんばる!」
ある日、アルノルトが遠征から戻った。鎧は傷だらけで、肩には深い切り傷があった。リリアは駆け寄り、涙を浮かべた。
「パパ、痛いの?」
「少しな……だが心配するな」
リリアは彼の肩に手を置いた。光が広がり、傷が少しずつ塞がっていく。アルノルトは驚きながらも、静かに目を閉じた。痛みが和らぎ、心まで軽くなる。
「……不思議だ。体だけでなく、心まで癒される」
リリアは微笑んだ。
「パパを守るのは難しいけど、癒すことならできるよ」
その言葉に、アルノルトは胸が熱くなった。戦場で失ったものを、今この小さな存在が取り戻してくれている。
こうして、リリアは自分に癒しの力があることを知った。
お弁当で心を支え、癒しの力で体を守る。
小さな幼女の存在は、騎士団にとって欠かせない光となっていった。
――癒しは、剣よりも強い。優しさこそが、真の力なのだ。
リリアが癒しの力を持っていることに気づいてから、騎士団の仲間たちは彼女をますます大切にするようになった。擦り傷や疲れを癒す小さな光は、戦場帰りの騎士たちにとって何よりの救いだった。だがリリア自身は、ただ「痛いのかわいそう」と思っただけで力が出ることに戸惑っていた。
ある朝、彼女は台所で卵を割りながら考えていた。
「わたしの力……お弁当にも込められるのかな?」
お弁当は、毎日アルノルトを支えるために作っている。もしそこに癒しの力を込められたら、もっと役に立てるかもしれない。そう思ったリリアは、心を込めて卵焼きを焼いた。小さな手で菜箸を握り、真剣な眼差しで火加減を見守る。
「パパが元気になりますように……」
その願いを込めた瞬間、卵焼きから淡い光がふわりと広がった。驚いて目を見開いたが、すぐに消えてしまう。だが確かに、力が宿ったように感じた。
「できた……!」
リリアは胸を高鳴らせながら弁当箱に卵焼きを詰めた。おにぎりにも「元気になってね」と心を込める。すると、米粒がきらりと光った。
昼休み、アルノルトは弁当を開いた。仲間たちが興味津々に覗き込む。
「今日もリリアのお弁当か?」
「いい匂いだな」
アルノルトは卵焼きを口にした。すると、体の奥から温かさが広がり、疲れがすっと消えていく。驚いて目を見開いた。
「……これは」
仲間たちもおにぎりを一口もらった。すると、肩の重さが軽くなり、心まで晴れやかになる。
「なんだこれ……体が軽い!」
「まるで癒しの魔法だ!」
騎士たちはざわめいた。アルノルトは弁当箱を見つめ、静かに呟いた。
「リリア……お前の力が、料理に宿っているのか」
リリアは照れながら頷いた。
「うん……『元気になってほしい』って思ったら、光が出たの」
仲間たちは感嘆の声を上げた。
「すごいな……ただの料理じゃない。癒しのお弁当だ」
「これなら戦場でも力になるぞ」
それからというもの、リリアのお弁当は騎士団の宝物になった。遠征に出る騎士たちは「リリアのお弁当を持っていきたい」と願い、彼女は心を込めて作った。
「無事に帰ってきてね」
そう願いながら握ったおにぎりは、戦場で疲れた心を癒し、仲間たちの士気を高めた。
ある日、セリスが遠征から戻ったとき、仲間たちに語った。
「リリアのお弁当がなかったら、俺たちはもっと消耗していた。食べるたびに力が湧いて、心が落ち着いたんだ」
その言葉に、リリアは胸を張った。
「わたしのお弁当で、みんなが元気になるなら……毎日作る!」
アルノルトはその姿を見て、静かに微笑んだ。戦場で剣を振るう自分を支えるのは、この小さな存在なのだと実感した。
夜、アルノルトはリリアに言った。
「お前の力は特別だ。剣で守る者も必要だが、癒しで支える者も同じくらい大切だ。お前のお弁当は、俺たちの心を守ってくれる」
リリアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、わたしは『癒しのお弁当屋さん』だね!」
その言葉に、アルノルトは思わず笑った。
「そうだな。世界で一番頼もしいお弁当屋だ」
こうして、リリアのお弁当はただの食事ではなく、癒しの力を宿した魔法の象徴となった。騎士団の仲間たちはそれを心から信じ、彼女を守ることを誓った。
――お弁当は小さな魔法。癒しの力を込めた料理は、戦場をも支える希望となる。
リリアのお弁当に癒しの力が宿ることは、騎士団の中だけの秘密ではなくなっていた。遠征に出た騎士たちが口々に「リリアのお弁当が心を癒し、体を軽くした」と語り、噂は王都全体に広がった。やがてその話は王家の耳にも届く。
「癒しの力を持つ幼子がいると聞いた。しかも料理に力を込められるという。これは国にとって大きな財産だ」
王宮の重臣たちはざわめき、王は使者を騎士団寮へと遣わした。
寮の広間に、王家の使者が現れた。金糸の衣をまとい、威厳を漂わせている。彼は厳しい声で告げた。
「王家はリリアを宮廷に迎え入れたいと望んでいる。癒しの力は国の宝。王宮で育て、国のために役立てるべきだ」
その言葉に、騎士たちはざわめいた。アルノルトは眉をひそめ、前に出る。
「リリアは俺の養女だ。騎士団で守り育てると決めている」
使者は冷ややかに笑った。
「だが王家の命令に逆らうのか? 国のために力を使うべきだろう」
リリアは不安そうにアルノルトの袖を握った。彼女にとって王宮は未知の場所。騎士団の仲間たちと過ごす日常こそが居場所だった。
数日後、王宮で正式な話し合いが開かれた。広い謁見の間に、王家の重臣と騎士団の代表が集う。アルノルトもその場に立ち、リリアはマリアに抱かれて傍らにいた。
重臣が声を張り上げる。
「この子の力は国を救う。戦場で兵を癒し、民を守る。王宮で教育を受けさせるべきだ」
騎士団長が反論する。
「だが彼女はまだ幼い。力を酷使させれば心を壊す。騎士団で守りながら育てる方が良い」
議論は激しく続いた。王家は国益を重視し、騎士団はリリアの心を守ろうとする。
アルノルトは一歩前に出て、静かに言った。
「リリアの力は、心から生まれる。『元気になってほしい』と願うからこそ癒しが宿る。だが王宮に閉じ込め、命令で力を使わせれば、その心は枯れる。力も消えるだろう」
その言葉に、重臣たちは黙り込んだ。
王はしばらく沈黙した後、リリアに視線を向けた。
「リリア、お前はどうしたい?」
リリアは小さな声で答えた。
「わたし……パパとみんなと一緒にいたい。お弁当を作って、元気になってほしい」
その純粋な言葉に、広間は静まり返った。王は深く息をつき、やがて頷いた。
「……よかろう。騎士団に留まることを許す。ただし、国のために必要なときは力を貸してほしい」
アルノルトは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「必ず。だが彼女の心を守ることを第一にさせていただきます」
こうして、政治的な駆け引きの末、リリアは騎士団に留まることが決まった。
寮に戻った夜、仲間たちは安堵の笑みを浮かべた。セリスが肩を叩き、笑う。
「よかったな、リリア。これからも一緒だ」
マリアは優しく抱きしめた。
「あなたの居場所はここよ。王家もそれを認めてくれたのだから」
リリアは涙を浮かべながら笑った。
「うん……ここがわたしのおうち」
アルノルトはその姿を見て、静かに心に誓った。
――たとえ王家が再び望んでも、必ず守り抜く。
こうして、リリアは騎士団に留まり、癒しのお弁当を作り続ける日々を送ることになった。彼女の力は国の宝でありながら、何よりも「絆の証」として守られることになったのだった。
リリアのお弁当は、騎士団の仲間たちを癒し続けていた。卵焼きやおにぎりに込められた「元気になってほしい」という気持ちと、彼女の工夫したレシピが合わさることで、食べる者の心と体を軽くする。騎士たちは遠征のたびにその力を実感し、やがて王都の人々にも噂が広まった。
「騎士団には、不思議なお弁当を作る子供がいるらしい」
「食べると疲れが取れるんだって」
「癒しの力を持つ料理……まるで魔法だ」
市場や酒場でその話題が飛び交い、庶民たちの間で期待が高まった。王家も再び注目したが、以前の政治的な話し合いで「騎士団に留める」ことが決まっていたため、今回は強制的に召し上げることはしなかった。代わりに、王は提案した。
「その力を国民にも分け与えよ。癒しのお弁当を広め、民を支えるのだ」
こうして、騎士団と王家の協力のもと、リリアのレシピを国民に広める計画が始まった。
まずは寮母マリアが中心となり、リリアの作り方を記録した。卵焼きの甘さを少し控えめにして、心を込めること。おにぎりは手で優しく握り、食べる人の顔を思い浮かべること。サンドイッチには彩りを添え、食べる人が笑顔になるように工夫すること。
「大切なのは、材料だけじゃない。誰かを思う気持ちを込めることよ」
マリアはそう説明し、王都の料理人たちに教えた。
リリア自身も小さな声で言った。
「お弁当はね、『元気になってほしい』って思いながら作ると、光が出るんだよ」
料理人たちは驚きながらも真剣に聞き入った。
やがて王都の広場で「癒しのお弁当祭り」が開かれた。騎士団の仲間たちが屋台を並べ、リリアのレシピを再現した弁当を配る。人々は列を作り、手にした弁当を口にする。
「……なんだか、体が軽くなった!」
「心が温かくなる……」
「涙が出そうだ。まるで母の味だ」
広場は感動の声で満ちた。王都の人々は癒しのお弁当を心から歓迎し、笑顔が広がった。
アルノルトはその光景を見て、静かに呟いた。
「リリアの力は、もう騎士団だけのものではない。国全体を支える力だ」
リリアは少し照れながら笑った。
「でも、わたしはただ……みんなに元気になってほしいだけなの」
その後、癒しのお弁当は王都から地方へと広まった。各地の村や町で料理人がレシピを学び、祭りや市で弁当を配る。農民は収穫の合間に食べ、疲れを癒した。旅人は道中で食べ、心を軽くした。兵士は遠征先で食べ、士気を高めた。
「癒しのお弁当があるから、頑張れる」
「これがあれば、家族を守れる」
人々は口々にそう語り、国全体に希望が広がった。
しかし、広める過程で問題もあった。癒しの力はリリア自身の心から生まれるもの。単にレシピを真似るだけでは、同じ効果は得られない。料理人たちは悩んだ。
「どうすれば、力を込められるんだ?」
「ただ作るだけじゃ、光は出ない」
そのとき、リリアは答えた。
「大切なのは、食べる人を思う気持ちだよ。『元気になってほしい』って心から願うこと。それが力になるの」
料理人たちはその言葉を胸に刻み、ただの料理ではなく「思いを込めた料理」を作るようになった。すると、不思議なことに、食べる人の心が少しずつ癒されるようになった。
王家はこの現象を「癒しの文化」と呼び、国の政策として広めることを決めた。各地に「癒しのお弁当教室」が設けられ、子供から大人までが参加した。母親は家族のために、教師は生徒のために、兵士は仲間のために――それぞれが大切な人を思いながら弁当を作った。
「お弁当は、ただの食事じゃない。心を結ぶ魔法だ」
その理念は国民の間に根付き、やがて国の象徴となった。
リリアはまだ幼いが、国民から「癒しのお弁当の始まりの子」として尊敬されるようになった。だが彼女自身は変わらない。毎朝、騎士団の台所で卵を割り、アルノルトのために弁当を作る。
「パパ、今日も元気になってね」
その小さな願いが、国全体を支える力となっていた。
リリアのお弁当は、国だけでなく世界に広まっていく。他国の王子を救ったり、領地改革の役に立つのはそう遠くない未来の話。
読んでくださりありがとうございました。




