第八話 人類連合に向けて
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瓦礫の町を抜け、ガリアの境界線が遠くなっていく。
夕日が沈み、夜の帳が静かに落ち始める頃、三人は荒野へ出た。
銀が浮遊させている銀球が淡く光り、マルタのコピーはまだぎこちない足取りでついてきていた。
「……ねぇ、カナタ。」
マルタが遠慮がちに横を見る。
「人類連合って……どんな国が集まってるの?」
カナタは歩きながら答えた。
「ざっくり言うけど——まったくタイプの違う五つの国だよ。」
●1. 軍事国家バルバスタ
「まずはバルバスタ。軍事独裁国家だ。
強い召喚者がそのまま軍のトップで、強さが階級になる。
子供の頃から“戦士になるための育成”ばかりらしい。」
銀が頷く。
「力こそ正義ってやつだな。気に食わないが、あいつらの戦術は本物だ。」
●2. 信仰国家イシュタル
「イシュタルは宗教の国。
神官や祭司が国を動かしてて、全部の決定が神託頼みだ。」
マルタが驚く。
「本当に……神様と?」
「らしいよ。でも信仰で守護者を召喚できるから……あなどれない。」
●3. 異界共存国家ゼリス
「ゼリスは人間と異次元人が共存してる国だ。
異次元の存在が政府に座ってるくらいで……文化が混じり合ってる。」
銀が肩をすくめる。
「建物も、人も、言葉も混ざってるらしい。結婚までしてるとか。」
「うん。あそこは独特だよ。」
●4. 封建国家カスターナ
「カスターナは封建制。
それぞれの土地に領主がいて、領主が召喚者を抱えて各地を守ってるけど……中央は弱い。
次の目的地へ行くには、その領地の一部を通ることになる。
領主によっては……まあ、クセが強いところもある。」
銀がため息をつく。
「面倒ごとに巻き込まれなきゃいいけどな。」
●5. 流浪国家ノマディラ
「最後にノマディラ。部族の集合で、定住しない。
自然と異次元の力を調和させてる国だ。シャーマンが指導者で、
精霊を召喚して部族を守ってる。」
マルタは感心したように聞き入っていた。
「……本当に全然違う国ばかりなんだね。」
「そうだな。異次元と融合してからの150年で人類がバラバラになった証拠らしい。」
カナタは静かに言う。
◆
そのとき、乾いた地面が“ズッ”と揺れた。
銀の銀球が警戒するように周囲へ広がる。
「……来るぞ。」
銀がつぶやく。
荒野の影から、四足の異獣が三体、低い姿勢で迫ってくる。
背中が裂け、黒い霧のような触手が揺れていた。
「魔級か……来るぞ。」
カナタが構える。
次の瞬間、異獣の一体が跳躍した。
黒い牙が月光を反射し、カナタへ迫る——
しかし。
カナタの拳が先に届いた。
拳が触れた瞬間、運動エネルギーを“逆流”させる。
異獣の突進の勢いそのまま、吹き飛ばす力へ変換し、
怪物は空中でねじれながら地面へ叩きつけられた。
「一匹。」
別の個体がマルタへ向かって走る。
だがその前に——銀が動いた。
「遅い。」
銀の周囲に漂っていた小さな金属球が、
一瞬で鋼鉄の矢のように伸び、
異獣の四肢を貫き、地面に縫い付けた。
「二匹。」
三体目は速度を上げてマルタへ向かう。
銀がわずかに手を動かしかけたが——その必要はなかった。
カナタが地面を蹴った瞬間、
黒い影のように後ろへ出現していた。
そして——
首を掴んで地面へ叩き落とす。
地面が抉れ、異獣は動かなくなった。
「三匹。」
銀が球を戻しながら呟く。
マルタはただ目を見開いていた。
「……ほんとに、二人とも強いね。」
カナタは軽く頷いた。
「人類連合に行くなら……この程度で手こずってられない。」
荒野を抜けると、遠くに森の影が見えてきた。
その向こうは、封建国家カスターナの領地だ。
近づくにつれ、森の様子がおかしいことに気づいた。
木々の幹はゆるやかにねじれ、まるで空の裂け目へ手を伸ばすように曲がりくねっている。
葉は人の吐息のように微かな光を帯び、風が吹いていないのにざわざわと震えていた。
根元からは淡い霧が立ち上り、その霧の中で影が動いているようにも見える。
森の奥では、鳥の声に混じって、異次元特有の低い唸り声が響いた。
銀が前を見据えて言う。
「ここからしばらくは、カスターナの領土を通る。
領主によっては話の通じるやつもいるけど……
逆に、よそ者に厳しい地域もある。」
マルタのコピーが少し不安そうに言う。
「僕たち……大丈夫かな。」
カナタは空を見上げ、遠くに見える塔を指した。
「大丈夫じゃなくても、進むしかない。
人類連合へ行く道は……この先にしかないから。」
三人は再び歩き出す。
夜の風が肌を刺し、森の中からは不気味な鳥の声が響いた。
だがその鳴き声は途中で途切れ、代わりにどこか遠くで金属を擦るような音が続いた。
足元の土も暗く濁った色に変わり、ひび割れの隙間からは淡い光が漏れている。
人類連合への旅は、まだ始まったばかりだった。




