第六話 侵略の終わり
◆銀
カナタがプラズマホールと融合する少し前。
銀は、崩落したビルの影で黒い巨体の滅級異獣に追い詰められていた。
体ごと吹き飛ばされた拍子に、腰のポーチから“木製の笛”が転がり出た。
焦げ跡の残る、小さな笛。
——父の形見。
(……親父……)
脳裏に、父が最後に見せた姿が鮮明によみがえる。
DPをすべて使い切り、己の肉体を犠牲にしてまで“壁”を展開したあの日。
母と幼い自分を守るために。
(俺だって……!)
視界が赤く染まり、銀の体内で何かが外れた。
——DPのリミッターが壊れた瞬間だった。
空気が振動し、周囲一帯が金属の匂いに満ちる。
次の瞬間、
空間が裂け、“銀色の金属”が滝のように異次元から召喚された。
流動する金属は銀の周囲に浮かび上がり、巨大な球体となって夜空の星のように輝きを放つ。
滅級異獣が吠える。
地面が揺れ、大地がめくれ、黒い四肢が振り下ろされる。
銀は歯を食いしばり、叫んだ。
「——いけッ!!」
無数の金属球が一斉に変形し、
全方向から槍の雨となって異獣へ突き刺さる。
さらに銀自身も、金属から金属へと高速で移動し、
もはや捉えられない存在となっていた。
「ようやく……DPで“全部操作”できる。」
銀が指を鳴らす。
弱った異獣の体内——
その体液に含まれた微量の金属が震え始める。
それらは膨張し、脈動し、
——内部から爆発した。
異獣の巨体が肉片になって飛び散り、黒煙が夜空へ昇る。
遠く、研究所の方向には、
光の柱が天へ伸びていた。
カナタの向かった場所だ。
「カナタ……」
胸に不安を抱えながらも、銀は歯を食いしばり、
まだ町に残る異獣の群れへ駆けていった。
——しかし、夜が明けても、戦いは終わらなかった。
「数が多すぎる……。俺の体も、限界が近い……」
ふらつく足を前へ出し、銀は異獣の群れに向き直る。
そのとき——
——バシュッ。
黒い閃光が銀の横を通り抜けた。
一瞬後、前方の異獣たちは
跡形もなく肉片となって散っていた。
血煙の向こうに、ひとりの“人間”が立っていた。
「……カナタ!!」
シルエットは親友のそれだ。
だが、その姿形は銀の知る少年とは別物だった。
黒く光る鎧のような物質に包まれ、
瞳は深い緑に輝き、
黒髪は白と黒が混ざり合い、
まるで異質な炎に焼かれたかのように揺らめいていた。
「銀!さすがだな。ずっと町を守っていてくれたのか。」
声はいつものカナタなのに、
その表情には安堵と、そして……わずかな悲しみが混じっていた。
銀は荒い息を吐きつつ答えた。
「お前のほうこそ……色々あったみたいだな……」
「まあな。だけど敵のボスは倒した。あと少しでこの地獄は終わる。」
「……そうか。なら急いで片付けよう。」
二人は並んで走り出し、町に散らばる異獣を次々と討ち倒していった。
カナタが腕を振るうたびに、
異獣は 爆散し、崩壊し、消滅した。
銀はその横顔を見つめながら、胸の奥に冷たいものを感じた。
(……一体、何を犠牲にしたら……こうなるんだよ……)
町の外れ。
炎と瓦礫の境界で、最後の一体の異獣がいた。
その足元に広がっていたのは——
無数の“マルタ”の亡骸。
手足を失ったもの。
顔が潰れたもの。
泣き叫んだまま凍りついたもの。
どれが“本体”だったのか、
もう判別すらできない。
銀は声を失った。
「一体……何があったんだ……」
異獣へ視線を向ける。
その瞬間、
五人の“マルタ”が異獣に向かっていった。
複製を続け、
壊されても壊されても、
なお終わらない自己犠牲。
「離れろッ!!」
カナタが一瞬で距離を詰める。
右足を振り抜くと、
異獣の全身は黒煙のように消し飛び、血液だけが雨となって散った。
複製されたマルタたちが同時に崩れ落ちる。
その中心で——
本体と思しきマルタが、原型を保たない姿で震えながら呟いた。
「まも……らなきゃ……まも……ら……な……くちゃ……」
かすれた声でうわごとのようにつぶやき、
ゆっくりと、膝から崩れ落ちた。
マルタが崩れ落ちた瞬間、複製体たちは砂に還るように消滅していった。
残ったのは、ボロボロになった“本体と思しき”マルタだけだった。
カナタは駆け寄り、そっと抱き上げた。
マルタの体は氷のように冷たく、呼吸は弱々しい。
だがかすかに、確かに脈が打っている。
「マルタ……もういい。よく戦ったよ……!」
心臓の奥が締めつけられる。
こんな姿になるまで戦い続けた理由は、聞く必要もなかった。
マルタのかすれた声が、それを全部物語っていた。
(まさか……一晩中……)
銀が荒い息をつきながら近づいてきた。
「カナタ……マルタは……?」
「大丈夫だ、まだ息がある。町の生き残りを探して安全な場所に連れていく。」
カナタはマルタを抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。
まだ耳の奥に残る爆音。遠くで上がる炎の匂い。
だがひとつ、確かな変化があった。
——異獣の咆哮が、止んでいる。
ガリアに満ちていた“侵略の気配”が、確かに無くなっていた。




