第四話 最強の男VSヴォルトレイン
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研究塔へ向かう直線道。
倒壊した建物の瓦礫を踏みしめながら、テンポリオンとカナタは全力で駆け抜けた。
遠く、爆炎を背に異次元人の男がゆっくりと歩いている。
周囲には 四体の滅級異獣。その全てが先ほどの上位種と同格か、それ以上の怪物。
白い肌。
黒目と白目が反転した瞳。
歩くたび、周囲の砂粒が浮き上がり、砕け散る。
カナタは息を呑んだ。
(……あいつだ。
こいつが全部を連れてきた)
テンポリオンも同じ結論に達し、低く空気を震わせる声で呟く。
「テメェ……何者だ」
男は静かに立ち止まり、ゆっくりと視線を向けた。
「私は国の一部だ。」
声は静寂そのものだった。
周囲の火炎が、その瞬間だけ小さく揺れる。
テンポリオンが一歩前に出る。
「この街で好き放題やったんだ。
名前くらい置いてけや。」
男は微笑ともつかぬ、ごくわずかな表情の変化を見せた。
空気が重く沈む。
「我が名はヴォルトレイン。
カ=ゼル上位思考層、大佐。」
テンポリオンが息を呑む。
(カ=ゼル……異次元側の国家名……!)
ヴォルトレインは淡々と続けた。
「この次元は、我々カ=ゼルに吸収される。
抵抗は無意味だ。」
「無意味かどうかは——殴ってみりゃ分かる!」
テンポリオンが空を叩いた瞬間、
大気そのものが刃となって周囲の滅級一体を内部から爆裂させた。
怪物は影を残す暇もなく崩れ落ちた。
テンポリオンは微動だにしない。
「お前の雑兵は役に立たねえぞ。」
ヴォルトレインはわずかに目を細め、賞賛でも嘆息でもない無表情で言う。
「そうだな。私が相手をするしかないようだ。」
二人の距離が縮まった。
テンポリオンが踏み込む。
拳が音速を何倍も超えて突き出され、
圧縮された空気の刃が破壊線となってヴォルトレインへ走る。
通常の異獣なら影も残らない。
だがヴォルトレインは——
ただ“手を上げただけ”でその衝撃を吸い込み、消した。
テンポリオンは止まらない。
拳を振れば振動が重層的に重なり、
殴った空間ごと前方を抉り取る。
地を叩けば震動が地中を走り、
壁を蹴れば超音速の衝撃が四方へ散る。
街全体が、戦場というより巨大な粉砕機だった。
しかし——
ヴォルトレインの周囲だけは常に静かだった。
吸収し、整え、無化し、また吸う。
ほとんど動くこともなく、嵐のような猛攻の中で涼しい顔をしている。
——その均衡が崩れたのは、一瞬。
テンポリオンが地を蹴り、
全力のDPを使って増幅させた振動を纏った奥義を放つ。
その拳がヴォルトレインの胸元へ届く寸前——
拳の向こうで男が口を開いた。
「この次元の音は、心地よい。」
「……止めた……だと……!?」
テンポリオンの背に初めて冷汗が流れた。
ヴォルトレインの足元から、見えない圧が広がる。
テンポリオンの身体が一瞬沈み、
拳を包んでいた振動が、糸の切れたように消えた。
次の瞬間。
周囲の瓦礫、火花、熱、破壊衝撃、空気の流れ、叫び。
この場のあらゆるエネルギーがヴォルトレインの手の平一点へ吸い込まれる。
(……エネルギーを集めている!?)
光が凝縮した。
ヴォルトレインが手を軽く振る。
——世界が爆ぜた。
その瞬間、テンポリオンの身体が、
骨も、臓腑も、全てが音を立てる暇もなく弾け飛んだ。
地面はクレーター状にえぐられ、
黒い煙が静かに舞い上がった。
煙が消えた後には何も残っていない。
カナタの膝が崩れる。
(……嘘だろ……?)
ガリア最強の盾。
滅級を秒で砕く英雄。
仲間の誰よりも強かった男。
そのテンポリオンが——
抵抗すら許されず、一瞬で消えた。




