第三話 惨状
◆
テンポリオンは最前線へ到達していた。
瓦礫と血まみれの道で、黒い甲殻の異獣たちが群れをなして押し寄せる。
「来いよ……全部、まとめて沈めてやる。」
足元の空気が震え、音が“刃”のように凝縮される。
異獣が雄叫びを上げて突進する。
テンポリオンが指を軽く弾く。
——空気が爆ぜた。
見えない振動刃が一直線に伸び、
災級異獣二体の頭部が同時に吹き飛んだ。
さらに背後から迫る魔級たちの影。
テンポリオンは空を叩くように手を振り下ろした。
“音衝”が地面を走り、一直線に異獣の腹を内部から破裂させる。
周囲で戦っていた下位ランクのガードたちが息を呑んだ。
「すげぇ……テンポリオンさんがいなかったらもう持たねぇぞ!」
「まだ来るぞ! 市街北部、突破される!!」
テンポリオンは戦いながら違和感を覚えた。
(……数が多すぎる。こいつらは“誘導”されている——)
視線の先で、黒い瞳の“男”だけが静かに歩いていた。
◆
南部の避難路。
銀は避難民を守りながら、迫る魔級異獣の群れに立ちはだかっていた。
拳を握ると——
周囲の鉄骨・破片や地面の異次元金属が一斉に銀の周囲へ集まる。
「マルタ、走れ。ここからは俺が引き受ける。」
「で、でも——!」
「いいから行け!」
異獣が吠え、地面を粉砕しながら突進する。
銀は右手を振り下ろした。
浮遊していた金属が槍となり、
高速で射出され異獣達の脚を十数本貫く。
しかし、まだ動く異獣もいる。
銀は顎を上げた。
「……まだだ。」
周囲から大量の金属を引き寄せ、瞬時に巨大なハンマー状に固めて振り抜く。
——異獣の頭部が陥没し、そびえ立つ肉塊が崩れ落ちた。
その瞬間、南側の建物が爆ぜるように崩れ、
巨大な異獣が姿を現した。
———間違いなく滅級相当だろう。
黒い海のような体表。破壊された建築物の残骸を踏み潰す脚。
銀がマルタをにらんだ。
「マルタ、逃げろ。」
「銀は……?」
「あれは……俺がやる。」
銀は一歩前へ出た。
滅級の咆哮が風圧となり、地面がえぐれる。
(……勝てるとは思ってねぇ。ただ、時間を稼ぐ。)
銀は金属を全て呼び集め、
周囲数十メートルを覆うほどの鉄の壁を作り出した。
滅級の異獣と銀の激突が始まった。
巨大な滅級の咆哮が大地を揺らす。
銀は岩壁に叩きつけられ、
肺から血を吐いた。
「……くそ……まだ……立てる……」
腕は震え、視界は二重に揺れる。
滅級の巨影が迫る。
(時間……稼がねぇと……
ここ、全員……死ぬ……)
滅級が踏み込む。地面が砕ける。
意識が飛びそうな銀は——
“ある光景”を思い浮かべた。
――笛。
焦げた木製の笛。
ガリアの外で母と自分をかばって死んだ父の形見。
父を失い、異次元生物に襲われ、絶望していたあの日——
黒髪の少年が助けてくれた。
御藤カナタ。
その後も、国境まで共に戦い、逃げ込み、
難民としてガリアに編入したものの——
見た目と境遇のせいでギャングに絡まれた。
笛を奪われ、燃やされそうになった瞬間も——
カナタは黙って拳を握り、銀を助けた。
あの日、初めて気付いた。
自分は、もう独りじゃない。
この街は、自分の“守る場所”になった。
(……だから……守る……
守りてぇんだよ……)
銀は吠えた。
「こいよ……ッ!!
この街は、俺が守る!!」
全金属を限界まで引き寄せ、
巨大な“鉄の竜”を形成する。
滅級が咆哮し、竜と衝突——。
爆音、衝撃、建物の崩落。
鉄は砕け、銀の身体が壁へ叩きつけられる。
視界が赤く染まる。
限界は近い。
◆
西商業区。
銀と離れたマルタは逃げ遅れた子ども達を守っていた。
路地の奥から災級の影が迫る。
子ども達が泣き叫ぶ。
「大丈夫……!
僕が……守るから……!」
満身創痍の身体。
限界を越え、DPが暴走を始める。
——肉体の複製。
本来なら“一体”出すだけで負荷が大きい。
しかし恐怖と使命感が、制御を完全に吹き飛ばす。
地面から、壁から、空気から——
マルタ自身のコピーが次々と這い出した。
「逃げて……!
ぼ、僕が……ぼくたちが……守る……!」
意識を持った“自分”が何十、何百と並び、
恐怖に震えながらも災級の異獣へ突っ込んでいく。
災級の腕が振り下ろされる。
——コピーが粉砕された。
骨、肉、断末魔。
次々と潰されるマルタ達。
路地は血と叫びで満ちていく。
(やめるな……守れ……
守れ……守れ……守れ……!!!)
本体のマルタは泣き叫ぶ。
「消えないで……!
僕が……全部守る……ッ!!」
複製は生まれ続け、潰され続ける。
コピーたちの痛みと恐怖が、本体へ流れ込む。
(痛い……怖い……でも……やめるわけにはいかない……)
精神にひびが入る。
それでも、複製は止まらない。
血と肉片の中、終わりのない惨劇が続いていった。
◆
中央の大通り。
カナタは単独で侵入した異獣の群れを迎え撃っていた。
(数は多いが……触れれば終わりだ。)
異獣が四方八方から襲いかかる。
カナタは地面に触れた。
次の瞬間、地面のタイルが砕け、
破片がロケットのように高速で飛散し、魔級の胴体を串刺しにする。
後ろから跳びかかってきた異獣の顎。
カナタは手を添える。
——顎が止まった。
異獣の運動エネルギーを触れた瞬間すべて“無効化”。
直後、反対方向に力を操作し、異獣の首が反転して折れた。
さらに、災級までもが進行してくる。
災級は空間をゆがめ、建物を吸い込むように崩壊させていた。
周囲のガードたちが恐怖で硬直する。
「危ない! 下がれ!」
カナタは災級の前に立つ。
(でかい……。でも、止める。)
手を地面に置き——
地下深くのマントルの熱エネルギーを収束。
灼熱の光線が一直線に災級の腹部を貫通した。
災級が暴れ、建物を薙ぎ払いながら倒れる。
その影の向こうに——
静かに歩く“男”が見えた。
カナタは理解した。
(……あれが、本丸だ。)
しかし、
中央大通りの向こうから、
“影の波”のような衝撃が押し寄せた。
建物が横一線に切断され、
遅れて重い崩落音が響く。
(……来た)
カナタの視線の先。
瓦礫を押しのけるように現れたのは、
先ほどの災級よりもさらに巨大な影。
黒い棘、闇のように光を吸い込む体表。
異様に長い四肢は、動くたびに空間を“歪ませる”。
滅級異獣。
——しかも、ただの滅級ではない。
あの男が従えてきた上位種だと、カナタは直感した。
カナタは一歩前へ出る。
滅級が吠え、空間そのものが裂けた。
カナタは地面に触れる。
——地表を這うように、地球の運動エネルギーを利用。
無数の瓦礫が浮き上がり、
弾丸のように滅級へ突き刺さる。
しかし——
「……効かねぇのかよ……!」
滅級は歩みを止めない。
一歩踏み出すだけで、地面が波紋のように沈む。
カナタの額に汗がにじむ。
(……触れれば、終わりだ)
滅級の巨大な腕が振り下ろされる。
カナタは触れた瞬間、運動エネルギーを“反転”させた。
轟音——。
巨腕は逆方向へ跳ね返る。
だが、カナタの指は骨まで軋んだ。
(硬すぎる……っ)
滅級が二撃目を構えた——その刹那。
空気が震えた。
————“音”が走った。
滅級の腕が振り下ろされる寸前、
その腕は粉々に砕け散った。
目の前に立っていたのは、テンポリオン。
「……よく、こいつとやりあったな」
振り返りもせずに言う。
「後ろ下がれ、御藤の坊主。
こいつは……オレが沈める。」
カナタは唇を噛む。
テンポリオンの背中は、
音の振動で黒く揺れていた。
滅級が咆哮。
空気が裂ける。
テンポリオンの拳が
音速の何倍もの速度で撃ち出された。
大通りが震動で砕け、
滅級は吹き飛び、三つの建物を貫通して倒れた。
カナタは息を呑む。
(……強すぎる……
でも……これでもまだ終わらねぇ……)
崩壊した中央通りの先。
異次元人の男は、どれだけの被害が出ようと微動だにしない。
黒い瞳。
反転した白眼。
砂を砕きながら歩く異次元人のリーダー。
そいつは、プラズマホールがある科学省の研究塔へ向かっていた。
「お前も気付いているだろう。いくぞ。」
テンポリオンの言葉に、カナタはうなずき、
二人は一直線に異次元人のリーダーへと走った。
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研究塔では、カナタの父、御堂新作が非常事態の制御を急いでいた。
「全防衛塔、稼働率を最大まで上げろ!!
ミサイル管制、空域へ一括照射! 地対次元砲も装填を急げ!」
塔の窓から見えるのは、地獄だった。
防衛塔の光線が空を貫き、
ミサイルが異獣の群れへ集中投下される。
だが——
リーダーのような異次元人の男がゆっくり手を上げると、
ミサイルがすべて空中で停止した。
新作が息を呑む。
「……ば、バカな……!」
停止したミサイルは逆回転し、
ガリアの防衛塔や町へ向けて一斉に直進する。
轟音。
塔の半分が吹き飛び、
新作は吹き飛ばされながらも端末を死守した。
「……なんて力だ……」
侵略者の圧倒的な力に、新作は戦慄した。
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