第二十一話 オメガランクの召喚者達
先ほどまでの会議で注がれた無数の視線。
それらは期待よりも、恐怖や疑念に近いものだった。
人類を救う可能性として担ぎ上げられながら、
同時に、いつ爆発するか分からない爆弾のように扱われる。
その歪な立ち位置を、カナタは冷めた頭で理解していた。
宿泊部屋に戻ると、マルタと銀はまだ起きていた。
灯りは落とされ、窓の外の要塞灯だけが淡く差し込んでいる。
カナタは簡単に、会議で話したことと、
翌日、合同作戦検討に参加することを伝えた。
銀は何も聞かず、ただ一言だけ言った。
「会議は別室から見ていた。無理はするなよ」
マルタは心配そうに、少し間を置いてから言う。
「大人は勝手なことばっかり……戻ってきてよ。ちゃんと」
カナタは明るく答えた。
「友達100人作ってくる」
やるべきことは分かっている。
友人の顔を見ると、その決意が、よりはっきりとした。
◆翌朝。
カナタはエリオスに案内され、
人類連合本部の地下広域演習場を抜け、
合同作戦検討室へ入った。
扉が閉じた瞬間、空気が変わる。
そこにあったのは、会議場のような重苦しさではない。
肌を刺すような、鋭い緊張感だった。
重厚な防壁に囲まれた空間に集まっていたのは、わずか数名。
しかし、その一人一人が放つ存在感は、
千の軍勢にも匹敵する。
室内は円形。
中央に作戦卓。
右側の席には人類連合ディメンションガード所属。
左側には各国所属の召喚者。
その中央奥、少し高く設えられた席に、
ヴァレッタ・アレクシアが腰掛けている。
金髪のロングヘアは一切乱れず、
冷たい青の瞳が、全体を均等に見渡していた。
扉が閉じ切ると同時に、空気が張り詰める。
カナタが足を踏み入れた瞬間、視線が集中した。
測る目。
疑う目。
そして、わずかな期待。
円形の検討室。
その左側、各国所属の召喚者が並ぶ一角から、
突き刺すような言葉が飛ぶ。
「許可できない。
何故、このような不確定要素が、神聖な作戦検討の場に立っている」
封建国家カスターナ所属。
アルファランク召喚者。
『千刃』コルト・ヴァイス。
整えられた軍服の襟。
腰には数多の短剣。
その瞳には、規律を乱す者への純粋な嫌悪が宿っていた。
「御藤彼方。
貴様はローデン領において独断で事態に介入し、混乱を招いた」
「その責も問われぬまま、人類の切り札のような顔をしてここに座るというのか。
私は認めん」
隣に座る巨漢が、岩を砕くような声で笑った。
軍事国家バルバスタ所属。
オメガランク召喚者。
『城塞』ドルガン。
岩石を削り出したような筋躯。
無数の戦痕が刻まれた重厚な鎧。
「硬いことを言うな、カスターナの」
「お前さんのところの中央政府がのろまだから、
現場のガキが動くしかなかったんだろうよ」
「国家を侮辱する気か」
「事実を言ってるだけだ」
ドルガンは鼻で笑い、太い腕を組む。
カナタを品定めするように見つめながら言う。
「俺は実力主義だ。
こいつに化け物共を黙らせるだけの力があるなら、
出自も罪もどうでもいい」
「はは、同感だ」
陽炎のような気配をまとった男が肩を揺らして笑った。
日に焼けた褐色の肌。
赤銅色の短髪。
人類連合ディメンションガード所属。
オメガランク召喚者。
『灼陽』サルヴァドル・レグナス。
燃えるような紅い外套を羽織り、
座っているだけで周囲の空気が揺らめいている。
「疑うなら、焼け跡が残るくらいまでやってからにしようぜ」
「まあまあ、皆さん。初対面からそう殺気立たないでください」
苦笑しながら割って入ったのは、
一際目を引く風貌で、柔和な顔立ちの青年だった。
人類連合ディメンションガード所属。
オメガランク召喚者。
『電童雷太(本名)』。
丸みを帯び、巨漢と言って差し支えない体躯。
だが、その肌は不思議な質感を持っていた。
光を反射せず、鈍く黒光りするゴム質の肉体。
動くたび、パチパチと青白い火花が走り、
周囲の空気をイオンの香りに変えていく。
「……必死で草」
冷ややかな、しかし場違いな言葉が空間に落ちた。
人類連合ディメンションガード所属。
オメガランク召喚者。
『虚空』空羽ユラ。
膝まで届く長い黒髪をさらりと流し、
感情の読み取れない虚ろな瞳が、
一瞬だけコルトへ向けられる。
「……今のは侮辱か?」
「うん」
即答。
「図星だから」
コルトの怒気が、一気に噴き上がった。
「変な言葉を使いやがって……!」
激昂し、周囲に数多の短剣が浮遊する。
「そんなに疑うなら、
こいつが我々の足元に及ぶかどうか、
今ここで試してやる!」
一歩、踏み出した瞬間。
椅子が、軋んだ。
いや、椅子だけではない。
コルトの身体そのものが、
見えない力に引き戻される。
「……っ!?」
膝が強制的に折れ、椅子へ叩きつけられた。
その横で、エリオスが片手を下ろす。
人類連合ディメンションガード所属。
アルファランク。
次期オメガ候補。
『万有引力』エリオス。
「ここは討論の場っすよ」
穏やかな声。
「勝手に攻撃に移るなら、
強制着席です」
凄まじい引力に押さえつけられ、
コルトは無理やり着席させられる。
その制圧の精度は、
まさにオメガに最も近い男のそれだった。
「……フフ、相変わらず血気が盛んですこと」
扇子で口元を隠し、優雅に眺めていたのは、白い法衣の女。
神権政治国家イシュタリア所属。
オメガランク召喚者。
『聖鐘』セラ・ベルナータ。
「彼の中に眠る力が聖なるものか、あるいは災いか。
ゆっくりと見定めさせていただきましょう」
「面白いですね」
静かな声。
「人間同士で、
ここまで役割が分かれるとは」
さらに、指を組んで微笑むのは、
肌に青い鱗のような紋様を持つ女だった。
瞳は爬虫類のように縦に割れ、
隣には、人ならざる異界の影が寄り添っている。
異界共存国家ゼリス所属。
オメガランク召喚者。
『同化者』イヴ。
その奥では、二人のオメガランクが沈黙を守っている。
部族連合国家ノマディア所属。
オメガランク召喚者。
『遊天』ラハム。
色黒の顔に深く刻まれた傷。
一言も発さず、風と砂の匂いをまといながら、
ただカナタを見つめていた。
そして、もう一人。
人類連合ディメンションガード所属。
オメガランク召喚者。
『地落とし』岳翁。
背を丸めた老人。
深い皺。穏やかな目。
その静寂そのものが、
部屋全体の重力を変えているかのようだった。
また、人類連合ディメンションガードの列には二つの空席がある。
オメガランク召喚者。
『氷獄』と
『ロジック』の席だ。
「十分です」
冷たい声が、全体を制した。
「これ以上の私闘は認めません」
人類連合長ヴァレッタの視線が、カナタへ向けられる。
「……あなたが、この場に相応しいかどうか」
「これから、全員で判断します」
人類最高戦力の視線を、 その身一つで受け止めながら、 カナタは静かに頷いた。
ヴァレッタが、卓上に広げられた世界地図を指し示した。 その瞳には、私情を排した冷徹な決意が宿っている。
「私が彼を、この場に招集した理由はただ一つ」
「地球と異次元の融合を止めること」
「その鍵が、 プラズマホールと適合した彼にあると判断したからです」
その言葉に、議場が微かに揺れた。
『次元八宝』の一つがついに人類の手に渡ったことへの衝撃。 そして、不可能を可能にすると、最高指導者が断言したからだ。
「しかし、我々には時間がありません」
ヴァレッタが一度、言葉を切り、 沈痛な色を瞳に浮かべた。
「ガリアにおける最終報告が入りました」
「人類最強と謳われた男、 『テンポリオン』の死亡が確認されました」
沈黙。
それは、他の誰が死ぬよりも重い、 絶界に近い静寂だった。
「……あの化け物が死んだのは本当だったか。 信じられねえな」
ドルガンが、自身の拳をきつく握りしめた。 岩のような拳が、震えている。
「あいつが……。 ガリアの盾が消えたという事実は、 人類にとって太陽を失うも同義だ」
サルヴァドルの纏う熱気が、一瞬だけ揺らぎ、消えかけた。 最強の背中を追っていた彼らにとって、 それは世界の終わりを告げる音に聞こえた。
「これからは、異次元国家との戦いが激化します。 もはや、局地的な紛争では済まされない」
ヴァレッタが、次なる戦略について口を開こうとした、その時。
――ズズン!
轟音が、地下深くの検討室まで響き渡った。
防壁が震え、天井から塵が舞う。 強固なはずの結界が、内側から悲鳴を上げていた。
扉が乱暴に開かれ、 一人の女性が、息を切らして駆け込んでくる。
人類連合所属。 アルファランク召喚者。 リゼ。
「報告します! 本演習場の直上……人類連合本部内に、異次元との『窓』が発生!」
「現在、大量の異界生物が溢れ出しています!」
場に戦慄が走る。 この場所は、人類で最も安全であるはずの聖域だ。
「規模は?」
ヴァレッタの問いに、リゼが震える声で答えた。
「……魔級、災級が多数」
「そして、その中心に、 『滅級』の個体を数体確認しました」
その場にいた、数名のアルファランクたちが息を呑む。
「滅級だと? 冗談だろう」
「アルファの上澄みでも、 一対一じゃ殺されかねない化け物だぞ」
コルトが、その場に立ち上がる。 先ほどまでの傲慢さは消え、 戦士としての焦燥が顔を覗かせていた。
「どうやら、顔合わせの時間は終わったようだな」
『地落とし』岳翁が、ゆっくりと腰を上げた。 老人の目が、戦士の鋭い光を帯びる。
「カナタ君。 ここからが、君の本当の試験だ」
轟音が、再び響く。
人類の牙と、異次元の絶望。 今、その衝突が始まろうとしていた。




