第二十話 会議は踊らず
円形の会議場は、すでに埋まっていた。
段状の議席には、各国代表が整然と座っている。
軍服、礼装、簡素な外套、宗教的意匠を残した衣装。
統一感はないが、全員に共通しているのは、
この場が人類の命運を左右する場所だという認識だった。
中央の円卓には、地図と資料が広げられている。
この世界では貴重となった紙だ。
把握されている範囲での世界地図には、赤と黒の印が無数に打たれている。
議場の空気は重い。
誰もが言葉を選び、沈黙すら意味を持っていた。
ヴァレッタ・アレクシアは、中央席に立った。
「人類連合・緊急合同会議を開始します」
淡々とした宣言。
それだけで私語は完全に消えた。
「議題は三点。
異次元侵攻の同時多発化。
次元融合の進行速度。
そして、それに対する対策です」
視線が議場を一周する。
「まず、現状報告から」
最初に立ったのは北方国家の代表だった。
「我が国では、三週間前から異獣の発生頻度が急増しています。
従来の召喚生物とは性質が異なり、討伐後も土地汚染が残る」
続いて、別の席が応じる。
「沿岸部では、海中で異常な潮流が確認されました。
異次元由来の生体反応も検出されています」
「南部では、農地の作物が突然変異を起こしました。
環境そのものが書き換えられ始めています」
報告は淡々としているが、どれも深刻だった。
長時間に及ぶ各国の報告が終わると、場に静寂が落ちる。
リゼや周囲の職員が立ち、資料を配った。
「これが、連合で把握している現時点の状況です」
紙が回る音だけが響く。
各国代表が、地図と数字を睨みつけた。
「共通点は一つです」
ヴァレッタが言う。
「すべて、次元融合の進行と一致している」
会議場の一角から、低い声が上がった。
「融合は、止められないのではないか」
「自然現象として受け入れ、適応すべきだという意見もある」
即座に反論が飛ぶ。
「適応?
環境が激変し、異次元人が主導権を握る世界でか」
「友好的な異次元種族も存在する。
一概に敵と決めつけるのは危険だ」
議論が交錯する。
声は荒げないが、言葉は鋭い。
ヴァレッタは遮らない。
全てを聞き、整理する。
「確かに、全ての異次元人が敵ではありません」
一拍置いて、続けた。
「しかし」
声が、わずかに強まる。
「融合が進めば、主導権は人類から失われる。
環境、資源、人口。
そのすべてが、我々の管理外に置かれる」
「それは、緩やかな滅亡です」
沈黙。
ここで絶望的な観測だけを並べる必要はない。
連合長が次に何かを示すことを、多くの参加者が察していた。
「では、止められるのか」
誰かが、核心を突く。
「理論はあるのか。
実証は」
ヴァレッタは、ゆっくりと視線をカナタへ向けた。
「可能性は、ここにあります」
そう言って、彼を中央へ促す。
ざわめきが広がる。
「彼は、ガリアで次元国家カ=ゼルと交戦し、生還しました。
その過程で、プラズマホールと融合しています」
即座に異論が出る。
「危険すぎる」
「制御できている保証は?」
「人類にとって最大の不確定要素だ」
疑念は、正当だった。
ヴァレッタは、それを否定しない。
「だからこそ、彼をここに呼びました」
「疑うために。
そして、判断するために」
彼女はカナタを見る。
「あなたは、この場で主張する立場に立ちます」
「融合を止められると考える理由。
そして、なぜ人類連合の協力が必要なのか」
会議場の全視線が、カナタに集中した。
ここは戦場ではない。
力で押し切る場所でもない。
理屈と覚悟だけが問われる場所だ。
カナタは、一歩前に出た。
「俺は必ず融合を止めます」
単刀直入な言葉。
「融合を止めなければ、人類は絶滅する。
環境が変わるだけじゃない。
異次元人の多くは、人類を同等の存在として見ていない」
「例外はあります。
でも、例外に世界の命運を預けることはできない」
会議場は静まり返った。
「だから、止める必要がある」
そして、核心を告げる。
「プラズマホールの無尽蔵のエネルギーを使い、
融合の進行そのものに干渉する方法がある」
「それは、ガリアで御堂新作が構築し、残した理論です」
「俺は、その理論に最も近い位置にいる」
言い切った。
ヴァレッタは、しばらく沈黙したまま彼を見つめていた。
やがて、口を開く。
「……議論を続けます」
「彼の提言を前提に、
融合阻止の現実性について検討に入る」
会議は、次の段階へ進んだ。
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会議は、そこからさらに深度を増していった。
議題は拡散し、しかし散漫にはならない。
各国代表は、事前に共有された資料を前提に、次の段階へ踏み込んでいく。
融合進行地域の優先順位。
異次元汚染地帯の切り捨てライン。
友好異次元種族との不可侵条約の再定義。
人類主導権が失われた場合の暫定統治構想。
誰もが、破滅を前提にした現実的な話をしていた。
その中で、異界共存国家ゼリスの代表が、ゆっくりと口を開いた。
「一点、確認したい」
声は穏やかだが、含みがある。
「この少年の提言が、会議の前提として扱われていることについてだ」
視線が、自然とカナタへ集まる。
「ゼリスは、異次元存在との共存を国是としてきた。
その立場から言えば、融合そのものが即座に人類滅亡へ繋がるとは限らない」
「にもかかわらず、融合阻止を前提に議論が進んでいる。
その中心にいるのが、プラズマホールと融合した人間……」
一瞬の間。
「彼自身が、異次元との融合を選ぶ側の存在になっている可能性は?
あるいは、融合を止めると言いながら、特定の次元勢力に有利な結果へ誘導している危険性は否定できないのでは?」
会議場が静まり返る。
これは非難ではない。
だが、明確な疑義だった。
その場で、エリオスが立ち上がった。
まず、名を告げる。
「人類連合ディメンションガード所属、エリオス中尉です」
会議場に視線を巡らせる。
「俺は理論屋じゃない。
現場を見て、判断する立場の人間だ」
続けて、淡々と告げる。
「この少年とは、ガリアでは共闘していない。
だから、身内の庇い立てでもない」
「だが、ローデン領での事態と、その後の連合行軍における戦闘には立ち会っている」
数人の代表が、わずかに反応した。
「ローデンでは、領主の暴走と異次元侵攻が同時に起きた。
統治は崩壊寸前だった」
「その中で彼は、民間人の避難を最優先にし、自分が囮になる選択を取った」
「北上中の行軍でも同じだ。
通常兵器もDP支援も通らない異獣の奇襲に対し、彼は前に出て止めた」
声は抑制されているが、内容は重い。
「異次元と癒着している存在が、
人類側の損害を最小に抑える行動を取るか?」
「少なくとも、俺はそうは思わない」
ゼリス代表は、すぐには返さなかった。
代わりに、軍事国家バルバスタ側の代表が口を開く。
「評価と疑念は分けるべきだな」
低く、重い声。
「能力がある可能性は認める。
だが、戦略級と呼ぶなら、実績が必要だ」
「机上の理論ではなく、実地で確認できる証拠を示してほしい」
拒絶ではない。
条件提示だった。
ヴァレッタ・アレクシアが、そのやり取りを受けて立つ。
「合理的な要求です」
彼女は、全体を静かに見渡した。
「よって、次の決定を下します」
「カナタを、翌日実施される合同作戦検討に参加させる」
ざわめきが起きる。
「ディメンションガード、
および各国実働部隊とともに、融合阻止を想定した具体作戦を立案する」
「その過程で、
彼の能力、判断、協調性を評価する」
視線が、カナタへ向く。
「あなたは、観察される立場になる」
「それでも、参加しますか」
カナタは即答した。
「はい」
迷いはない。
ヴァレッタは、一度だけ頷いた。
「では、会議はここまで」
重厚な扉が開き、代表たちが席を立つ。
議論は終わっていない。
だが、次の段階へ進むことは決まった。
廊下に出ると、エリオスが肩の力を抜いた。
「……とりあえず、首は繋がったな」
少し歩いてから、続ける。
「この後が本番だ。
明日、ディメンションガードと各国の実働部隊で、合同の作戦検討がある」
「机上の会議じゃない。
実際に動く連中の集まりだ」
声の調子が、わずかに変わる。
「……正直に言う。
あの場に出る連中は、一段階違う」
リゼも静かに頷いた。
「各国と連合が、切り札として温存している戦力です」
エリオスは、カナタを見る。
「今日の会議を経て、避けては通れなくなった。
明日に備えて、今日は休んでくれ」
カナタは小さく頷き、踵を返した。
銀とマルタが待つ宿泊区画へ向かう通路は、静かだった。
だが、その静けさは安堵ではない。
嵐の前の、わずかな間だ。
明日は人類の最高戦力達との邂逅だ。




