第十八話 到着
北方の荒野を抜けるころ、空の色が変わった。
灰色の雲が低く垂れ込み、森の向こうに黒い壁がそびえ立っている。
それが軍事国家バルバスタだった。
外壁は二十メートル以上。
無骨で、装飾という概念すら存在しない。
ただ、侵入を拒むための質量が並ぶ。
塔や監視砲台の配置だけで、この国が常に実戦を前提に存在していることが分かった。
カナタが小さく息を吐く。
「……厳重だな。」
銀は周囲を注視したまま答える。
「当然だ。北方は異次元の亀裂が多い。守るならこうするしかない。」
エリオスが肩をすくめる。
「まあ、バルバスタは平時なんてない国っすからね。連合本部を置くには最適なんですよ。」
門前には長い列が続いていたが、人類連合の行軍は特別通路をそのまま進んだ。
身分確認、魔力反応チェック、異界汚染検査。
すべてが迅速で、兵士たちの動きには一切の無駄がない。
「歓迎ムードじゃないのは普通だから、気にしないでね。」
と、エリオスが耳打ちした。
カナタたちはうなずき、要塞都市の中へ足を踏み入れた。
内部は外観以上に殺伐としていた。
兵士、研究者、整備班が絶えず動き、
鉄のレールを走る輸送機が都市全体を震わせる。
建物は直線的で、窓も少ない。不要な装飾は徹底的に排除されていた。
リゼが淡々と言う。
「機能性以外は切り捨てられています。戦闘、研究、指揮……すべては異次元対策のため。」
別部隊の兵が駆け寄り、エリオスに敬礼した。
「エリオス中尉。会議準備が整いつつあります。本部長より至急の参加要請が。」
「了解。すぐ向かいます。」
エリオスはカナタたちに振り返った。
「行きましょう。今日中に大きな会議が動くらしいです。」
◆
人類連合本部は、バルバスタ中心区の喧騒から少し外れた場所に建っていた。
巨大な装甲扉が鈍い音を響かせてスライドする。
内部へ進むと、長い廊下がまっすぐ伸び、両脇には重厚な防壁扉が並んでいた。
壁には連合章と、加盟国の紋章。
余計な飾りは一切ないが、だからこそ圧倒的な存在感があった。
「外より静かに聞こえるけど、緊張はこっちが本番っすよ。」
と、エリオスは言う。
奥に進むにつれ、空気が冷え、背筋が自然と伸びた。
廊下の先で、視界が開けた。
中枢ホール。
円形で巨大な広間だ。
天井は高く、声が吸われるような構造になっている。
装飾は最小限だが、空間全体がまるで武器のような威圧を放っていた。
しかし、それ以上に目を引いたのは――行き交う者たちだった。
「……異次元人だ。」
マルタが息を漏らす。
半透明の羽根と触覚を持つ小柄な種族が、ふわりと宙に浮かんで移動していく。
砂が凝固したような身体を持つ岩砂生物が、歩くたび細粒をこぼしながら通路を進む。
菌糸のローブをまとった胞子族が、淡く光る粒子を揺らしながら会議室へ入っていく。
リゼが静かに説明する。
「共存が可能な種族とは、協力関係を結んでいます。」
そのとき。
金属を踏みしめる重い音が近づいてきた。
潜水服をまとった二足歩行のシャチ族が二体、カナタたちの前に立つ。
ヘルメットの向こうに黒白の模様。
人間の倍以上の体格。
周囲の兵士が少し距離を置く。
一体が低く声を放つ。
「……人間の新人か。」
敵意ではないが、鋼のような硬さを帯びた声音だった。
隣の一体がやや和らいだ態度で続ける。
「驚かせたなら謝る。我々は見た目で警戒されやすい。」
マルタが姿勢を固めたまま、声を震わせる。
「い、いえ……そんなこと……。あなたたちは連合の……?」
「そうだ。盟約に基づく派遣だ。」
粗暴な方がマルタを見下ろした。
「……陸の者は、水の匂いに慣れてないな。」
「えっ、あ、はい……?」
返しに詰まるマルタ。
もう一体が小さく、しかし鋭く牽制する。
「おい。」
粗暴な方はわずかに肩を動かす。
「……分かってる。」
エリオスが一歩前に出た。
「シャチ族です。連合と協力関係にあります。」
粗暴な方が身を乗り出す。
「お前ら、人間は……水のない土地でどうやって暮らしてる?」
マルタがきょとんとする。
「水が……ない?」
「陸地ばかりだろ。あの量じゃ音も通りにくい。」
「音……?」
「海じゃ全部が近いんだよ。声も衝撃も、境界もな。」
落ち着いた方が補足する。
「我々の故郷は、ほとんどが水で満たされた次元だった。
だから、この環境は……独特だ。」
粗暴な方が潜水服の胸を軽く叩いた。
「……こんな装備まで着ねえと身体が保たねえ。
水で満ちていない次元なんて、正直住みにくいにもほどがある。」
「やめろ。」
と、もう一人が静かに牽制した。
粗暴な方は肩をすくめる。
「本音を言っただけだ。」
マルタが心配そうにエリオスを見る。
「……本当に大丈夫なんですか?」
エリオスは低く答える。
「人類が海中まで領土を広げない限り、彼らも敵対はしない。互いに不可侵の関係だよ。」
粗暴なシャチ族が喉を鳴らして笑う。
「海を奪いに来ねえなら、仲良くできるさ。」
二体は重い足音を響かせ、別の通路に去っていく。
その背中には、共闘の影と紙一重の緊張が漂っていた。
エリオスが息を整える。
「……会議が本格的に始まる。
カナタ、銀、マルタ。今日は重要な一日になるよ。」
三人は深く息を吸い、中枢ホールの中心へ向かって歩き出した。




