第十六話 戦いの処理
崩れた町を見下ろした三人は、ようやく訪れた静寂の中で言葉を失っていた。
家々は半壊し、道は裂け、水路も寸断されている。
異獣に破られた倉庫からはまだ煙が立ち上り、
住民たちは互いに支え合いながら避難所へと歩いていた。
カナタは、握った拳を見つめたまま小さく漏らす。
「……俺たち、戦って勝ったけど……ここからどうするんだ?」
銀は風に揺れる瓦礫を眺めながら、淡々と現実を口にした。
「行政は空白だ。
領主は消え、七騎士も指揮系統としては機能していない。
物資は燃え、インフラは壊れ、治安を保つ人員もいない。
周囲の国と結んでいた連絡線も、途絶えたままだ。」
マルタは沈んだ声で言う。
「これ……僕らだけじゃ、どうにもできないよね……町に残るわけにはいかないし、誰かが政治をして、町を支えて、仕組みを作らないと……」
カナタは黙って頷いた。
戦えば勝てる。
強さならもう疑う必要はない。
だが、壊れた町を明日からどう動かすか――
それは、自分たちの手にはないことだと痛感した。
その時、
城門の方から規律だった足音が聞こえた。
乱れのない歩調。訓練された兵の動き。
掲げられた旗には、人類連合の紋章。
先頭には二人の男女。そして、その後ろには、重傷の、七騎士隊長ザルドが立っていた。
ザルドはカナタの前へ来ると、深く頭を下げる。
「救援を要請したのは俺だ。
領主の暴走を見た時……自分たちだけでは止められないと悟った。」
カナタは目を瞬かせた。
「……いつ通報してたの?」
「ローデン領主が異次元人との交渉をしていると知ったときにな。七騎士としての誇りより、息子の未来が大事だった。
そして、民の未来もだ。」
ザルドの背後から、連合の指揮官が一歩出る。
「状況は把握済みだ。ここからの立て直しは、我々に任せてほしい。」
その言葉を合図に、連合隊は素早く町へ散っていった。
労働施設を解放し、医療班は負傷者を運び、物資班は食糧と水を配り始める。
治安部隊は広場へ展開し、各集落との連絡路が次々に復旧されていった。カスターナ中央政府と連携し、
破壊された建物の査定、異獣の残骸処理、異次元汚染の有無――
全てが同時に、秩序を持って進んでいく。
ザルドは再びカナタの前に立ち、
「俺たちは、もうローデンの名で好き勝手はさせない。
これからは連合とともに、この領地を作り直す。」
と宣言した。
指揮官も深く頷く。
「君たちのおかげで、ローデンはまだ立て直せる。
だが、政治と行政は専門の仕事だ。
強さだけでは領地を維持できない。」
カナタの胸が少しだけ痛む。
それは敗北ではなく、自分たちの役割を理解した痛みだった。
銀が静かに言う。
「……俺たちは戦いができる。
けど、家を建てたり、制度を作ったり……全部はできない。」
マルタも力なく笑う。
「うん……。
僕たちが戦えるのは、ほんの一部。
暮らしを守るのは、別の強さだよね……」
◆
避難所の中央では、小さな少年が涙を流しながら母親と抱き合っていた。
「お父さんは……死んじゃったの……?」
その声に応えるように、治療班に支えられたザルドが前へ出る。
「いるぞ。ここに。」
少年は泣き崩れ、ザルドの胸に飛び込んだ。
ザルドは震える腕でしっかりと抱きしめる。
「怖い思いをさせたな……すまない。
だが、もう大丈夫だ。」
銀とマルタは、その光景を静かに見守った。
カナタは強く思う。
(戦うだけじゃ、守りきれない。
戦いは……守るための手段の一つにすぎないんだ。)
その時、二人の男女が、こちらへ近づいてきた。先ほど、人類連合の先頭にした二人の男女だ。
「さて、と。君たち三人……っすね。
この騒ぎを止めたっていうのは。」
茶髪の青年が軽く手を挙げながら歩いてきた。
人類連合の規格品の軍服を着崩しているが、動きに無駄がない。年は二十代半ばほど。視線は柔らかいが、周囲を鋭く観察している。
隣には黒髪の女性がいた。
ミドルボブの髪が風に揺れ、茶色の瓦礫と煙の中で、やけに静かな存在感を放っている。こちらを値踏みするような視線ではなく、町全体を見ている。
カナタは一歩前に出た。
白と黒が混じった髪。
戦闘の余熱で乱れてはいるが、焦げ跡はない。
灰色の瞳は疲労を帯びながらも澄んでいて、異形の力を宿した身体とは裏腹に、どこか人懐こさが残っている。
そんなカナタと二人は静かに目を合わせる。
「止めたのは……結果的に、です。
巻き込まれたから圧政を止めようとしたけど、その後の統治は俺たちにはできない。」
青年は肩をすくめる。
「十分すぎる結果だよ。正直、助かった。異次元人が町を襲っていたのは知っている。
この規模で町が残ってるのは、奇跡に近い」
そこで初めて、彼は名を名乗った。
「俺はエリオス。人類連合のディメンションガードだ。ランクはアルファっす。
こっちはリゼ。無口だけど、仕事は正確だよ。」
リゼは軽く会釈した。
「救助と治安確保のために来ました。
……状況を拝見しましたが、被害は甚大ですね。」
彼女の視線が、崩れた町ではなく避難している人々へ向かう。
行政官のような冷静さではなく、
現場を何度も見てきた者の静かな理解。
銀が一歩前に出て答える。
「異獣の襲撃と、災害級の異次元人……。
こちらも全力で対処したけど、町はこの通りです。」
エリオスは周囲の瓦礫と、
立ち尽くす住民たちを眺めた。
驚きや評価ではなく、
今なにをすべきかを含んだ実務的な視線。
そしてカナタに目を向けた。
普通の人間とは違う気配がある。
だがエリオスは眉ひとつ動かさない。
召喚者にはこういう特徴は珍しくない。
「……相当、危険な相手だったんすね。」
カナタは頷く。
「俺たちだけじゃ守り切れなかった。
住民を助けられたのは……連合が来てくれたからです。」
「それは互いさま。
君たちが戦ってくれなきゃ、俺たちが来た時には町は消えてた。」
短いが、誠実な言葉だった。
リゼがその横で、淡々と状況をまとめる。
「現時点で、政治空白が発生しています。
領主は死亡、行政組織は崩壊。
七騎士の残存部隊はザルドがまとめているようですが……
単独での領地運営は困難です。」
銀はうなずいた。
「だからこそ、連合に任せるしかない。
正直、俺たちだけで統治はできないです。」
カナタも同意する。
戦うことはできても、
町を動かすことはできない。
誰が食料を配り、
どうやって道を直し、
治安を住民だけで保てるのか——
三人の誰にも分からない問題だ。
エリオスは腕を軽く組みながら言った。
「行政の空白は仮評議会で埋める。カスターナ中央政府と連携しながら、
ザルドと、領内に残っている実務官を中心に暫定統治をする。
食糧と医療は連合の備蓄も使う。 治安維持は連合軍と再編した七騎士が共同でやるから安心してくれ。
……で、君たちは、この後どうするんすか?」
マルタが答える。
「僕たちは……旅の目的があるんです。
異次元との融合を止める方法を探していて……」
リゼが静かに瞬きをした。
「……なるほど。
それなら、ちょうどよい時期に来ました。」
エリオスも続ける。
「連合本部に向かうんだろ?
ここから北へ抜ければ、本部への隊列が組める。
一緒に行くといいっす。
君たちが向かう理由があるなら、なおさらだ。」
カナタ、銀、マルタは視線を交わし——
その提案を受け入れるように頷いた。
リゼは少しだけ表情を柔らかくする。
「ここは人類連合が責任を持って引き継ぎます。
ともに次に進みましょう。」
エリオスが歩き出しながら振り返る。
「準備が整い次第出発だ。
長い旅になるけど……頼りにしてるぞ、三人とも。」
朝の光が差し込む瓦礫の上で、
カナタたちは静かに息を整えた。
再び、人類連合への旅が始まる。




