第十四話 七騎士との決着
広場の中央で、七騎士一の巨漢、バドゥの身体が変質していく。
腕、胸、脚——すべてが金属そのものへと変わり、
重厚な鎧のような光沢を放つ。
その硬度は、外側も内側も等しく尋常ではない。
全身が圧縮金属となったような異常な質量感。
バドゥが胸を張り、咆哮した。
「これが俺の《硬質化》だッ!!
斬撃も槍も通らねぇ!!
お前の鉄球なんざ——デコピンだ!!」
銀は緑の瞳を細め、
どこか淡々と構造を計測するような視線を向ける。
一歩。
地面が砕けた。
バドゥが突進しながら腕を振り下ろす。
全身重量を乗せた殴打は、城をも粉砕できる威力だった。
だが。
銀は半歩、横へ滑っただけだった。
重拳は空を切り、
石畳を深く抉り取る。
バドゥが怒鳴る。
「避けてんじゃねぇッ!! 正面から来い!!」
銀は静かに鉄球を一つ、前へ押し出した。
重力に従って落ちるはずの塊が、
滑るように空を走り、一直線にバドゥの胸へ向かう。
バドゥが笑った。
「効くわけねぇだろ!」
次の瞬間——
ガシュッッ!!!
鉄球が 鎧をひしゃげさせ、そのまま胸部を貫通した。
金属と肉を同時に砕く、乾いた破砕音。
バドゥの体がのけぞり、
背中側へ血が噴き出す。
「が……ッ!?
なん……で……鎧ごと……!」
銀は表情を変えずに歩く。
「貫通力は、
質量 × 速度 × 操作精度 だ。」
鉄球が回転しながら引き抜かれ、
バドゥの胸には拳大の貫通孔が開いた。
ベータランク相当の肉体強化があっても——
その穴は、生々しく脆い。
バドゥは叫ぼうとするが、
声にならない呼吸だけが漏れた。
そして、その傷口から噴き出した血が空中で震えた。
銀が低く説明する。
「DP使い同士は、お互いの法則を押し返し合う。
直接、体内に干渉するのは難しい。」
バドゥの顔が恐怖で歪む。
「じゃあ……なんで……動かせ……」
銀は胸の貫通孔を見下ろした。
「集中が乱れた。
大量の出血で、君のDPの押し返す力が一瞬だけ弱まった。」
バドゥの全身が震えた。
血が糸のように伸び、
傷口へ潜り込み——
内側から締め上げた。
バドゥの膝が落ちる。
「や……め……ッ……
俺の……体……勝手に……!」
銀は淡々と告げた。
「血を操作しているんだ。勝ち目はない。」
バドゥの巨体が、前のめりに沈む。
ドシャァァッ。
二度と立ち上がらなかった。
銀は鉄球を静かに回収しながら言う。
「……終わりだ。」
その声音は冷たくもなく、誇らしげでもなく、
ただ淡々と勝負の結末だけを語っていた。
広場の中央。
倒れた七騎士を横目に残された最後の男が、静かに歩み出た。
ザルド=バーン。
アルファランク。七騎士隊長。
赤銅色の肌が薄く光を帯び、まるで内部に炎を蓄えているかのようだった。
その巨大な大剣が石畳に触れるたび、
ジュッ……と熱で石が焦げた。
ザルドは深く息を吸った。
「……ベータが六人。
それを一瞬で薙ぎ倒すとは、聞いていた以上だ。」
カナタは肩を軽く回すだけで答える。
「あんたが隊長なんだろ。強そうだね。」
ザルドの赤い瞳がわずかに細まる。
「領主のために戦う気は……正直、もう無い。
だが、民も息子も……守れずに逃げたくはない。」
その言葉には偽りがない。
一瞬で、カナタは悟った。
(悪人じゃない。苦しんでるだけだ。)
ザルドは大剣を構えた。
地面が熱で溶け始める。
空気が震え、陽炎がゆらめく。
広場の端でマルタが叫ぶ。
「やばい……来るよ!」
ザルドの全身が爆ぜるように加速した。
大地を蹴るたび火花が散り、
大剣は巨大な熔岩のように輝きながらカナタへ迫る。
「熔断熱!」
極限まで凝縮された熱が叩きつけられる。
だが。
カナタは一歩も動かなかった。
刃が肩に触れた瞬間、
ジュッ、と音がして──
そこで止まった。
ザルドの目が大きく見開かれる。
「……止めた……?」
カナタは何気なく答える。
「これくらいじゃ壊れないよ。」
ザルドは熱量をさらに上げ、
全力でカナタを押し切ろうとする。
周囲の石畳はとっくに溶けている。
空気は焼け焦げ、炎が掠めたマルタの腕が熔けて崩れ落ちる。
再生しようと肉が盛り上がるが、
熱で焼かれ続けるため追いつかない。
マルタが青ざめる。
「これ……再生じゃ追いつかない……
僕が前に出たら…本当に溶ける……!!」
銀が淡々と言う。
「アルファの火力だ。あれを正面から受けて立つのは……いかれてる。」
カナタの髪がひらりと揺れる。
白と黒が混ざったその髪は、
熱を受けても焦げる気配がない。
カナタの肉体は、
プラズマホール融合後に全細胞が再編されている。
筋繊維、骨格、神経伝達速度、反応速度──
どれも常人とは比較にならない。
ザルドの剣が止まる理由はただ一つ。
カナタが硬すぎるからだ。
「これ、下げるよ。」
次の瞬間。
カナタが指先で大剣を押す。
ただそれだけで──
巨体のザルドが十数メートル吹き飛んだ。
ドガァァン!!
背後の石壁が半分砕け落ちる。
ザルドは立ち上がりながら、呼吸を荒くする。
「馬鹿な……!
力も……速さも……読めん……!」
だが、まだ戦意は折れない。
ザルドは吠える。
「舐めるあああ!!」
地面が揺れ、大剣が燃え上がる。
炎の奔流とともにザルドは突進する。
「……強いな、やっぱり。」
ザルドの刃が縦に薙ぎ払われる。
炎の衝撃で、広場に熱風が巻き起こる。
マルタが押し流されそうになりながら叫ぶ。
「っ、危なっ……!」
銀が腕でマルタをかばう。
しかしカナタは、その熱を正面から浴びながら歩いていた。
一歩。
また一歩。
炎が割れるように、
カナタの影がまっすぐ近づいてくる。
ザルドが震える。
(……化け物め……!)
カナタはザルドの間合いに入る。
ザルドが咄嗟に突きを放つ。
「はああああッ!!」
刃が一直線にカナタの胸を貫こうとする。
しかし。
カナタは手のひらで受け止めた。
甲高い金属音。
ザルドの全力の突きを、
ただの手のひらで。
そして、ゆっくりと押し返す。
「俺がこの地の圧政を終わらせるよ。」
ザルドは無表情で答える。
「そうか……」
カナタも表情を変えない。
「あんたは悪くない。
必死に戦ってるだけだろ。多分。」
拳を握る。
ドンッ!!
広場が揺れる衝撃。
ザルドの巨体が空を弧を描き、
砕けた石の山へと沈む。
完全に戦闘不能。
だが、ザルドは意識を失う直前にかすかに呟いた。
「……頼む……ローデンを……救ってくれ……
ローデンの……未来を……」
カナタは深く頷いた。
「任せて。」
銀とマルタが追いつく。
三人の視線の先には──
城の最上階。
黒い紋章が脈動する、不気味な塔。
カナタは歩き出す。
「行こう。
あとは……領主だけだ。」




