表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

第十二話 襲撃

夜明け前のローデンは静まり返っていた。


薄灰色の霧が地表を淡く覆い、

石畳は冷たく湿っている。

宿の前に立つ木製の街灯は、夜の名残の油を燃やし尽くし、

小さな火花を吐きながら消えかけていた。


宿の中は、木が軋む音と、微かな寝息だけが満ちている。


カナタはベッドに横になることなく、

窓際の椅子で夜明けの気配をじっと見守っていた。

眠れないのではなく——眠る仲間の時間を静かに護っていた。


——そのとき。


ドンッ。


続いて、木材が割れる乾いた音。


バキィィィィン!!


宿全体が揺れ、天井から埃が雪のように落ちてくる。


マルタが飛び起きた。


「な、なに……!? 地震……じゃないよね……!」


銀は無言で立ち上がり、

無数の銀球が瞬時に宙へ浮かぶ。


「来た。」


カナタは窓際に立ち、崩れ落ちる外壁を静かに見つめた。


破壊された壁の向こうから——

二人の男が歩み入ってくる。


胸には銀色の鷲。

《ローデンの七騎士》 の紋章。


露出した腕からは淡い蒸気が立ち昇り、

その身体から放たれる威圧は、

朝の冷気をねじ伏せるような重たさを帯びていた。


背後では十数名の騎士が武器を構え、

その中の一人が誇らしげに叫ぶ。


「見よ!

 このお方はローデン七騎士の二名!

 ベータランクの“剛腕”ドルガン様!

 そして、

 同じくベータランクの“恐念”サミア様だ!!

 貴様ら庶民風情が敵う相手ではない!!」


マルタが震える。


「べ、ベータ……?」


銀が短く説明する。


「DP使いのランクは五段階。

 デルタ → ガンマ → ベータ → アルファ → オメガ の順だ。


 七騎士は最低でもベータ。

 アルファもひとりいるらしい……昨日の帳簿にあった。」


「じゃ、じゃあ……ほんとに……強い人たち……?」


「普通は勝てない。」


銀は淡々としているが、

その視線は既に七騎士の動きを読み取っていた。


カナタは肩を回しながら言う。


「領主まで案内してもらわないとな。」


巨躯の男が一歩踏み出す。

床板が悲鳴を上げ、足元の石が沈んだ。


「……俺は《剛腕のドルガン》。」


腕の筋組織が金属のように脈動し、

皮膚の下で“重力を帯びた”黒い脈が走る。


「昨夜、我らの騎士を叩きのめしたのは——貴様だな?」


細身の男が静かに続く。


「《恐念のサミア》だ。

 領主様に逆らう愚か者には……絶望をくれてやる。」


指先から微細な波動が走り、

空気がゆらりと歪んだ。


マルタが息をのむ。


「ベータランクって……こんなに強そうなんだ。」


「ガリアの戦いが異常だっただけだ。

 ベータ以上は軍の主力級だ。」


銀は短く答えた。


七騎士の部下たちが一斉に叫ぶ。


「ベータランク様が二人も揃っているんだ!

 反逆者ごとき、粉々にしてやれ!!」


カナタは崩れた壁を一歩で越え、外へ踏み出す。


身を包む動きは軽く、

宿の残骸でさえ触れる前に落ちていくようだった。


ドルガンが大地を踏み鳴らす。


ドガアアアアッッ!!


衝撃波で宿の残りの窓ガラスが割れ、

石畳が波のように揺れた。


ドルガンの腕は完全に“質量の塊”へ変貌し、

一撃で家屋を粉砕する威力を帯びていた。


「沈めェッ!!」


巨腕がカナタを叩き潰す直前——


カナタは、動かなかった。


ただそこに立っていた。


次の瞬間、

ドルガンの拳はカナタに直撃したが、

カナタの立つ場所だけ何事もなく、

その背後の石畳が大きく陥没した。


瓦礫が舞い上がる。


「……無傷だと……?」


カナタは淡々と言った。


「エネルギーが足りないな。」


そして——

カナタの拳が、

ドルガンの胸へかすかに触れた。


ボグッ。


鈍い破裂音がし、

ドルガンの巨体は三回転しながら空へ吹き飛び、

街の反対側の壁に深々とめり込んだ。


壁に亀裂が走り、

ドルガンは崩れ落ちて動かない。


騎士団が絶句する。


「ば……馬鹿な……

 ドルガン様が……一撃……!?」


サミアは動揺しながらも、

能力を発動させた。


その姿は、さきほどよりもはるかに大きく見えた。


理由はひとつ。


空気が歪んでいる。


サミアの周囲の空間そのものが、

まるで心臓の鼓動のように脈打ち、

見えない圧力が波紋となって地表を震わせていた。


サミアの声は低く、割れた。


「……恐れるんだよ。どんな強者でも」

「“恐念”は魂に触れる。お前も、抗えない。」


その瞬間——


世界が反転した。


カナタの視界が、音もなく暗転する。


代わりに見えたのは、

瓦礫ではない。


何万本もの黒い腕が、地面から生えていた。


指先は鋭利で、湿った音を立てながら蠢いている。


その全てがカナタへ向けられていた。


サミアの声が四方八方から響く。


「逃げ場はない。

 己の“恐怖の形”に触れた者から順に——壊れていくんだ。」


黒い腕の一本が、

カナタの足首に触れた。


ザラ……ッ。


触れた瞬間、

生き物のように巻き付いてくる。


本来なら耐え難い悪寒が走るはずだった。


しかし——


カナタは眉ひとつ動かさなかった。


ただ、淡々と腕を見下ろす。


「……悪い。俺には恐怖が動かない。」


黒い腕が一斉にカナタへ飛びかかった。


空の色が悲鳴を上げるように歪む。


サミアは勝利を確信した。


「恐念の領域は絶対だ。精神を飲み込み——」


次の瞬間だった。


破裂音。


いや、正確には——

恐念の領域そのものが砕けた音。


世界を覆っていた黒の幻界が、

ガラスのように割れて飛び散った。


サミアの目が見開かれる。


「……な、に……?」


カナタは、ただ元の瓦礫の上に立っていた。


黒い腕も、幻界もない。


カナタの返答は簡潔だった。


「悪い。俺の身体、普通じゃ無いんだ。」


プラズマホールと融合した体。

恐怖や動揺という“揺らぎ”が作用する基盤そのものが、

既に人間のそれではない。


サミアの足が震えた。


「ま、待て……! 領主様に逆らう気か……!?

 俺たちは七騎士……ベータランクだぞ……!!」


カナタは近づいた。


一歩。


その一歩だけで、

サミアの背後の騎士たちが、怯えて武器を落とした。


圧が違った。


カナタは静かに言った。


「ランクとか、階級とか……どうでもいいよ。」


そして——


二歩目。


その瞬間、空気が収縮した。


カナタの右手が、一瞬、サミアに向かってブレた。


「終わり。」


ゴッ。


鈍い破裂音とともに、

サミアの体は“線”になったかのような速度で吹き飛んだ。


建物の壁を三枚貫通し、

最後の石壁に深々とめり込む。


サミアは崩れ落ち、そのまま動かなかった。


七騎士の部下達は完全に戦意を失い、

地面に膝をつく。


「……べ、ベータ二人が……秒殺……だと……?」



残った騎士たちは武器を落とし、震えだす。


「無理だ……無理……七騎士様が二人とも……!」


「ひぃ……し、死にたくない……!」


銀が静かに前へ出る。


「……動くな。」


銀球が一斉に首元へ浮上し、

薄い朝光を反射して冷たい光を放つ。


そのまま急所を外し、

精密に全員を地に伏せさせた。


マルタはぽかんと呟く。


「……すご……。」


カナタは肩を回しながら言った。


「まだ本番じゃない。

 七騎士はあと五人いるし、

 領主の後ろには異次元人がいる。」


銀が深く頷く。


「城へ急ぐぞ。」


三人は崩れた宿を背に、

朝霧の向こうにそびえるローデン城へ歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ