プロローグ
白い防護服が幾重にも並び、巨大なガラス越しに無数のケーブルが束ねられていた。
研究施設の空気は乾いており、空調の低い唸りと、計器の電子音だけが響く。
深夜一時。
加速炉の中心で、金属粒子が極限まで圧縮され、青白い光を放っていた。
「エネルギー値、上限を突破。臨界点まであと五秒」
オペレーターの声が震える。主任研究員は黙ったままモニターを見つめ、操作盤に手を添えた。
衝突実験は、世界初の“自己維持型核融合”を目指すものだった。
計算上は成功するはずだった。だが、彼の目に映った数値は、論理の外側を示していた。
「数値が……跳ね上がってる!?フィールドが——反転してる!」
実験炉の中心で、光が花弁のように広がった。
空間が、音もなく裂ける。ガラスの向こう側で、金属の床が波のようにうねり、壁が呼吸するように脈動した。
非常ベルが鳴らない。センサーは、存在しない現象を認識できず、ただ沈黙した。
「遮断を——!電源を落とせ!」
誰かが叫ぶが、手遅れだった。
照明が爆ぜ、空気が軋む。青白い光の裂け目から、異質な何かが滲み出る。
それは液体のようであり、霧のようでもあり、形を持たぬまま床を這い、計器の上を覆った。
主任の男は息を呑み、手元のスイッチを押した。
最後に目にしたのは、数値の羅列ではなく、“未知の法則”がこの世に刻まれる瞬間だった。
光が全てを飲み込み、研究棟が沈黙した。
———そして、世界は異次元との融合が始まった。




