第7話 記憶の潮が満ちる日
ユナが胸を押さえ、崩れ落ちる。
瞳は青く光り、涙が頬を静かに流れ落ちる。
その涙は、ただの水ではなかった。
光を帯び、落ちるたびに足元の深淵に“波紋”が広がる。
それは――記憶が戻る痛み。
そして、百年前の“ユナ”と今の“ユナ”が重なり合う痛み。
光の少女(百年前のユナ)は、優しく膝をつき、
今のユナの手を包み込んだ。
「泣いていいよ。
全部、あなたなんだから」
「……全部、思い出しちゃった……
どうして……?
どうして私は……何度もあなたにならないといけないの……?」
「だって――あなたは、約束したから」
ユナはかすかに震えた。
百年前の記憶が胸に突き刺さる。
リオは震えるユナを抱きしめた。
抱きしめながら、声を震わせる。
「ユナ……
君が誰のユナでもいい。
“今の君”を……失いたくない……」
ユナは顔を埋め、泣いた。
「じゃあどうしたらいいの……
私……私のままじゃいられない……どうしたら……」
光の少女が静かに答えた。
「私を受け入れたら、あなたは私になる。
でもね――
“あなた自身”は消えない。
どちらかが消えるんじゃなくて、
二人がひとつになるだけ」
「ひとつ……?」
「あなたの涙も、あなたの笑顔も、
百年前の私が残した痛みも、願いも、全部」
ユナはリオの胸の中で、かすかに息を吸い込んだ。
「……怖いよ……
でも……私、分かってる……
この痛みは、誰かを……ずっと好きだった痛み……」
リオはユナの手を握った。
「ユナ……俺を思い出した?」
涙の海のような瞳で、ユナが頷いた。
「……思い出したよ、リオ……
海で出会って……
私が消えたとき、あなたが泣いた顔まで……
全部……」
光の少女が静かに微笑んだ。
「さぁ、ユナ。
“あなた”に戻って」
百年前のユナの姿が、ゆっくりと溶けはじめた。
淡い光の粒となり、風に揺れながら、ユナの胸へ吸い込まれていく。
「っ……!」
ユナの体が震える。
強い光が全身を包み、深淵が唸りをあげる。
リオはユナの体を支えるが、光の圧力で一歩押し戻された。
それでも離さない。
絶対に離さない。
百年前のように、ひとりにしない。
「ユナ!!
大丈夫だ! 俺がいる!!」
「リオ……ごめん……
あなたをまた……一人にして……」
「してない!!
ユナ、お前はずっと……俺の中にいた!!」
その瞬間、ユナの胸の中で光が“脈動”した。
ドクン――
深淵の海が、呼吸した。
ドクン――
空が青く染まり始める。
そして――
ドクン――!!!
ユナが叫び声をあげた。
「――リオ!!!」
その声と同時に、
ユナの身体が眩い光を放ち、深淵全体が“海”に変わった。
水も風もない、純粋な青の世界。
そこに、ユナが立っていた。
百年前よりもずっと強く、
でも変わらず優しい、ひとりの少女として。
「……リオ」
ユナは震える声でリオを呼んだ。
彼女の瞳は、百年前と同じ“海の青”だった。
しかしその奥には、今のユナの無垢な光がある。
「……帰ってきたんだな」
リオの声が震えた。
ユナを見た瞬間、胸が苦しくなるほど愛しくて、
そして――涙が溢れた。
「リオ……ごめんね……
百年間……ずっと……ひとりで……」
リオは首を振り、ユナを抱きしめた。
「ひとりじゃなかった。
ユナ、君の声はずっと……俺の中にいたから」
ユナは胸の奥を押さえ、泣いた。
泣き続けた。
しかし――その涙は悲しみだけのものではなかった。
“帰ってこれた涙”だった。
ふたりが抱き合った瞬間、
深淵の世界がゆっくり現実へ戻り始めた。
海の色が静かに満ち、
空が青を取り戻す。
百年前には果たせなかった光景。
ユナがリオの胸の中で囁く。
「――また、海で会えたね」
リオは涙をこらえ、彼女を抱きしめた。
「うん……
約束、守ってくれてありがとう……ユナ……」




