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第5話 青の輪廻

 ユナが消えてから、海は一度だけ泣いた。


 その夜、世界中の海面が一瞬だけ光り、

 潮が逆流し、波が人々の名を呼んだ。


 ――それが、ユナが還った証だった。


 リオは孤児院のベッドの上で、息を呑んで目を覚ました。

 見知らぬ天井、見知らぬ世界。

 けれど胸の奥が、懐かしい海のように疼いていた。


 彼は夢を見ていた。

 誰かが、自分の名前を呼ぶ夢。

 優しい声。泣きながら笑っていた、光の中の少女。


 名前は思い出せない。

 でも、その声が“生きる理由”になるほど愛しかった。


 この世界では、海は“禁忌”とされていた。

 人々は波を恐れ、誰も浜辺に近づかない。

 けれどリオだけは、どうしても海を見に行きたかった。


 風の匂い、潮の音。

 何もかもが懐かしい。


 「俺は、ここで……誰を、待ってるんだ?」


 波打ち際に立つと、

 足元の砂が青く光った。

 そこに、小さな“貝殻”が埋まっていた。


 手に取ると、指先に微かなぬくもり。

 耳に当てると、かすかな声が聞こえた。


 『――リオへ。私を忘れても、海は覚えてる』


 その瞬間、胸の奥が破裂しそうになった。

 涙が零れる。

 彼の心が叫ぶ。


 「……ユナ」


 その名前を口にした瞬間、海が息をした。

 風が止まり、波が逆巻く。

 空が青白く光り、世界が再び“記憶”を取り戻していく。


 波の中から、青い光が現れた。

 リオは無意識にその光へ手を伸ばす。

 すると、世界が反転した。


 空も海も消え、静寂だけが残る。

 そこは、かつてユナが記憶を還した“深淵”だった。


 青い光の中に、少女の影が揺らめいている。

 その姿を見た瞬間、リオの足が勝手に動いた。


 「ユナ――!」


 彼女は振り向いた。

 瞳は海と同じ色で、微笑みは懐かしいほど優しかった。


 「……リオ?」


 声が震えた。

 「本当に、リオなの?」


 彼は泣きながら頷いた。

 「やっと……会えた……!」


 ユナは小さく首を振った。

 「違うの。これは“残響”。

  あなたが覚えてくれた想いが、形になってるだけ」


 「それでもいい。君がいない世界なんて、意味がない!」


 彼はユナを抱きしめた。

 けれど、彼女の体は光の粒となって、少しずつ崩れていった。


 「やめて……もう離れたくない!」


 ユナは微笑んだ。

 「リオ。私ね、“忘れられること”は怖くなかったの。

  でも、“思い出してもらえること”が……こんなに嬉しいなんて」


 リオは泣きながら彼女の手を掴んだ。

 「俺、何度でも君を見つける! 生まれ変わっても、世界が変わっても!」


 ユナの光が、彼の胸の中に吸い込まれていく。

 「――じゃあ、約束ね」


 その声を最後に、ユナは消えた。


 リオは目を開けた。

 空は青く、波は穏やかだった。

 胸に手を当てると、心臓の奥が温かかった。


 彼の中に、ユナの声が生きていた。


 『また、海で会おうね』


 彼は微笑んだ。

 「約束だ。君がこの海を好きでいてくれる限り、俺は生まれ続ける」


 波が答えるように輝いた。

 その光は、まるでユナの笑顔のように優しかった。


 ――その後、百年が経った。


 新しい世界の海辺で、ひとりの少女が貝殻を拾い上げた。

 「……きれい」


 風が吹く。

 どこか遠くで、声が響いた。


 『君の名前は――ユナ』


 少女の瞳が青く光った。

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