第11話 世界の終わりで会いましょう
静かに世界が崩れ始める
ユナが「リオを助けたい」と告げた瞬間、
世界の色はゆっくりと剥がれ落ちていった。
風の音が止む。
鳥の声が止む。
波の音すら止む。
まるで世界が、
ユナの選択を理解してしまったかのように。
海面がひび割れ、
空が逆流し、
白い砂浜が青の光に溶けていく。
「……私が……壊してる……」
ユナの声は震えていた。
胸の青い光は痛みのたびに大きく脈動し、
そのたび世界が音を立てて崩れていく。
世界は泣いていた。
ユナも泣いていた。
でも――止めない。
「リオ……返してもらう……
どんな罪を背負っても……」
空が裂け、白い光が奔流となって降る。
その中心に“青い穴”が現れた。
底の見えない海。
波ではなく、記憶が揺れている海。
影のユナが囁く。
「落ちなさい。
そこが“裏側の海”。
リオが閉じ込められている場所」
ユナは震える足で、一歩踏み出した。
次の瞬間――
世界からユナの体が抜け落ち、
青い闇へ真っ逆さまに落ちていった。
落下の途中、
聞き覚えのある声が流れてくる。
『ユナ……どこ……?
暗い……寒い……』
「リオっ!!」
その声に手を伸ばすが、まだ届かない。
闇の海は深すぎた。
どれほど落ちたのか――。
ユナが瞼を開けると、そこは
“空が下にあり、海が上にある”
ひっくり返った世界だった。
青い海が天井で揺れている。
空には無数の記憶が浮かんでいる。
‘声’が波のように流れている。
『ユナ……ごめん……守れなかった……』
『ユナ、泣かないで……』
『ユナ……迎えに行くよ……』
全部、リオの声。
けれど姿はどこにもない。
「どこ……?
リオ……どこにいるの……」
足元の地面が淡く光り、
ひとりの少年の幻影が浮かび上がった。
あの日。
ユナをかばい、裂け目へ落ちていくリオ。
「イヤ……見せないで……!」
ユナは耳を塞ぐ。
でも記憶の波は止まらない。
『ユナ。
もし俺がいなくなったら……
君は笑えるかな……』
「無理だよ……そんなの……!」
ユナの叫びは、裏側の世界に吸い込まれた。
突然、世界が凍ったように静まり返った。
空に“ひとつの記憶”が浮かぶ。
リオが泣いていた。
世界の裏側で、独りぼっちで。
名前を呼ぶこともできず、
時の流れすらない場所で。
『ユナ……会いたい……
でも……君は……幸せでいて……』
その言葉が、ユナの心を砕いた。
世界の裂け目に落ちた瞬間の、
リオの最期の願い。
「そんな……そんなの聞きたくなかった……!」
ユナは泣き叫び、空に手を伸ばした。
そのとき。
遠くの闇で、小さな光が揺れた。
光の中から、少年が歩いてきた。
足取りは弱く、
体は透け、
まるで消えかけているかのようだった。
それでも――
ユナが知っている
世界でいちばん優しい笑顔をしていた。
「……ユナ?」
ユナは声にならない声を漏らした。
「リオ……っ……!」
走り出す。
涙で前が見えない。
転びそうになりながら、手を伸ばす。
リオも手を伸ばす。
届く。
やっと届く――
そう思った瞬間。
ユナの腕をすり抜けた。
「え……?」
リオの手が、ユナの体を通り抜けた。
「どうして……触れないの……?」
震える声で問う。
リオは寂しげに微笑んだ。
「ごめん……ユナ。
君が“世界を壊した瞬間”に……
俺はもう……この世界にいられなくなったんだ」
ユナの膝が崩れた。
「いやだ……いやだよ……!
やっと会えたのに……!」
リオはそっとユナの頬に触れようとした。
けれど――触れられなかった。
指先は空気に溶けていく。
「ユナ。
君が助けてくれたんだよ。
それで十分だよ」
「全然……十分じゃない……!
あなたに……触れたい……!!
抱きしめたい……!!
生きててほしい……!!」
ユナの叫びは裏側の海を震わせた。
リオは悲しそうに微笑んだ。
「ユナ……
言わなきゃいけないことがあるんだ」
ユナは涙でぼやける視界の中、
必死にリオを見つめた。
リオは言った。
「ユナ。
――俺を、忘れて」
ユナの心臓が止まった。
「……え……?」
「君が世界を壊したのは、俺のためだ。
だから……これ以上、君が罪を背負う必要はない。
忘れていいんだよ。
俺のことなんて」
「いや……いやだ……!!!」
ユナは叫び、手を伸ばす。
だがリオの体は光になり、
指の隙間から零れ落ちていく。
「ユナ……笑って……
最後くらい……笑ってほしかったな……」
「無理!!
リオがいないのに……笑えるわけない!!
だから消えないで……!!
お願いだから……!!」
抱きしめたいのに、
触れられない。
叫んでも、
手は届かない。
涙で視界が真っ白になる。
リオは静かに、最後の言葉を残した。
「ユナ……
世界の終わりで……会ってくれて……ありがとう」
光が弾けた。
リオは、完全に消えた。
ユナは崩れ落ち、
声にならない声で泣き続けた。
世界は崩壊し続ける。
胸の中の欠片だけが、
ユナの涙に震えながら光っていた。




