第1話 波に消えた約束
青く光る欠片、崩れゆく世界、そして失われた存在――。
これは、ひとりの少女と少年が交わした約束の物語。
ユナとリオ。二人の間には、時間も距離も、世界の法則すら超える強い絆があった。けれど、その絆は 試練に打ち砕かれ、世界そのものを揺るがす選択を彼女に突きつける。
この物語は、愛と喪失、犠牲と希望の狭間で揺れ動く心を描く。涙なくしては読めない瞬間もあるかもしれない。
けれど、最後までページをめくることで、痛みの先にある小さな光を感じてもらえるはずだ。
覚悟してほしい――心が震え、涙が零れる体験を。
そして、ユナとリオの想いが、あなたの胸に静かに届くことを願っている。
最初に覚えているのは、
あの子の手のぬくもりが消えた瞬間だった。
指先から伝わってきた小さな震え。
その震えが、海の冷たさに呑まれていくのを感じた。
――ユナ、泣かないで。
――泣いたら、私のこと、波が連れてっちゃうよ。
その声が最後だった。
次に目を開けたとき、隣にいたはずのミナはいなかった。
海は何事もなかったように、ただ静かに、灰色の波を打ち寄せていた。
それから十年。
ユナは“他人の最期の記憶”を視る少女になっていた。
人が死ぬたび、その人の「最後の想い」が彼女の中に流れ込む。
それを“還す”ことが、ユナの生きる理由だった。
けれど――今日は違った。
海辺の岩場に、白い布を被せられた小さな身体が横たわっている。
浜の人々が祈りを捧げ、花を置いていく。
誰かがつぶやいた。
「……可哀想に。まだ八歳だって」
その言葉を聞いた瞬間、ユナの胸が締めつけられた。
少女の名は、ミナ。
――同じ名前だった。
潮風が冷たくて、息が苦しかった。
ユナは震える指先で、そっと白布に触れた。
次の瞬間、光が走り、記憶が流れ込む。
暗い海。
夜の波。
少女の小さな背中。
『ユナおねえちゃん、怖いよ』
――その声に、胸が張り裂けそうになった。
少女は、海に沈みながらも必死に誰かを呼んでいた。
その“誰か”の名前が――ユナだった。
視界が霞む。
記憶と現実が溶け合う。
私を呼んでいる。
けれどユナの唇は、震えて言葉を出せない。
ミナの小さな手が、波の中で消えていく。
ユナは泣きながら叫んだ。
「ごめん……! ごめんね……!」
だがその声は、潮騒にかき消された。
光が消え、現実に戻る。
膝が崩れ、砂浜に手をつく。
涙が止まらなかった。
――どうして、こんなに苦しいの?
ユナは呟く。
風が答えるように、静かに頬を撫でた。
「……ミナ、なの?」
その瞬間、潮の向こうに小さな光が浮かんだ。
まるで波間に咲いた花のように、青白く輝いている。
光の中に、笑顔のミナがいた。
『泣かないで。ちゃんと海に帰れたよ』
声にならない声。
ユナは嗚咽を漏らし、地面を掴んだ。
「帰らないで! お願い、もう一度……!」
だがミナは首を振る。
『ユナが笑ってくれないと、海も泣いちゃうんだよ』
ユナの肩が震えた。
風が髪を乱し、潮が頬を濡らす。
「……ごめん。守れなかった。ずっと、ずっとごめんね」
ミナは優しく微笑んだ。
そして、光がゆっくりと海へ沈んでいく。
「ミナぁぁぁぁぁっ……!」
叫び声が夜の海に響いた。
その瞬間、空から細かな光の粒が降り注ぎ、
海が静かに、泣くように揺れた。
夜明け。
ユナは砂浜に座り込んでいた。
瞳は腫れ、声は掠れている。
けれど、海は不思議なほど穏やかだった。
波打ち際に、ひとつの貝殻が転がっていた。
それはミナがいつも大切にしていたもの――
「泣き虫ユナが笑ったら、これを返すね」と言っていたあの貝殻。
手に取ると、指先にぬくもりが残っていた。
そのとき、ユナは悟った。
“記憶を還す”というのは、悲しみを手放すことではない。
失われた命の想いを、自分の中に生かすことなのだと。
ユナは立ち上がり、涙を拭った。
朝の光が海を照らす。
その光の中に、確かにミナの笑顔が見えた気がした。
――海が言った。
「ありがとう、ユナ」
胸の奥が温かくなり、涙がまた溢れた。
けれど今度の涙は、少しだけ柔らかかった。
その日の夕方。
ユナは貝殻を海に投げた。
「ミナ。次は私が、誰かを守る番だよ」
波が応えるように、静かに打ち寄せる。
光の欠片が漂い、消えていく。
――そして、少女は歩き出した。
もう一度、涙の意味を探すために。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語の登場人物たちが、あなたの心に少しでも息づいてくれていたら嬉しいです。
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次回も心を込めて書きます。
またこの世界でお会いできるのを楽しみにしています。
――ありがとうございました。




