雨の日のホームで
コノハ、カリン、テンリの女の子三人はカラオケ帰りに駅のホームで最終電車を待っていた。ホームには三人の他に若い女性一人以外いない。今日は生憎の天気、雨が降っている。
「いやー、今日はよく歌ったなぁー」
カリンは傘の水滴を払いながら満足気に微笑む。
「カリン、アニソンばっかやけどな」
「そうそう」
テンリとコノハがそう言って笑う。
「ええやんけー、アニソンは日本の文化や!」
カリンは一人でアニソンのフレーズを口ずさみ始めた。
「まぁ、アニソンもええ曲あるけどな」
「そうやろ? ポップミュージックをこれから引っ張っていくのはアニソンや!」
「カリン。それは言い過ぎやでー、あはは」
テンリが少し肯定するとカリンが調子に乗り、それをコノハが抑制する。お決まりのパターンだ。
三人で今日歌ったカラオケの曲について話をしていると、プオーンという電車の警笛が聞こえてきた。
「お、電車来た?」
「ん? 最終電車はまだやで、これは通過やろ」
「あー、雨の中帰るの面倒やわ~」
三人でそんな話をしていた時、高速で走る電車が目の前を通過した。
「うわっ、冷たっ!」
「ちょっと……これ、水撥ねる量、半端ないで!」
「もぉー、一気にテンション下がったわー」
通過した電車は雨を弾いてコノハ達三人に水しぶきを浴びせて去っていった。
「へっくしょん」
水しぶきを浴びたのはコノハ達だけではなかった。若い女性も今の通過で思いっきり水しぶきを浴びてしまった。
「もぉー、何よ。ありえないー」
若い女性はハンドバックからハンカチを取り出し、水の浴びた部分を拭き取っていく。
「へっくしょん」
どうも今日は体が一日中熱っぽい。季節の変わり目で風邪を引いてしまったのかもしれない。
ハンカチで水しぶきを拭き取っていると、ハンドバックの中からケータイの着信音が聞こえた。
「はい、猫柳です。え、狐塚のめえちゃん? 久しぶりー、元気してるー? 家、遠いから最近会ってないもんね。急にどうしたのー?」
猫柳は久々の幼馴染みからの電話に驚いた。
「え? 最近、女の子三人の友達ができたの? 良かったねー。めえちゃんとこ、田舎の神社だからねー。巫女さんやっててもあんまり出会いがないでしょー。うんうん。へぇー、何か楽しそうだねー」
電話はどうも酔っ払ってかけてきたらしい。ひっくひっくとしゃっくりの声と奥からワイワイと楽しそうな声が聞こえてくる。
「最近の私? 神社は継がずに大学に通っているよ。神社継ぐのはそれからでもいいかなぁーって、これからどうするかはまだわからないけど……へっくしょん」
猫柳は体が熱っぽいと感じつつも会話に夢中になっていた。
「う~寒いよ、コノハー。何で今日は雨なんや! どうせ降るなら雪にしてやー。何かもふもふできる動物に変身してうちを温めてやー」
「イヤや! カリンに近付くと何されるかわからへんし」
「あはは。わたしがブタにしてやろうか?」
「ブタはええわー。こうなったら自分で……」
「こらっ、カリン、人がいるところで変身したらあかんやろ!」
「心配いらへん。あっこにいる人は電話してはるし、うちは服の中だけやから……ん?」
カリンはそう言って、同じ駅のホームにいる猫柳をチラッと見た。カリンは猫柳を見て何か違和感を覚えた。気のせいか、しっぽがあるような……
「あかんあかん。我慢しぃ。カリンはすぐに調子に乗るんやから」
「確かに」
コノハとテンリがカリンの動物化に反論すると、カリンは猫柳の方を見ながらコノハとテンリを呼んだ。
「ちょっ……、コノハ、テンリ、あの人見てぇーや。しっぽあらへん?」
「「しっぽ?」」
カリンの思わぬ発言にビックリして二人は猫柳の方を見た。
二人が見ると、確かにスカートの下からチラチラとしっぽのようなものが見え隠れしている気がする。
「あの人、めえやコタローさんと同じファーかな?」
「わからん……けど、尾天地域に住んではるんだったらそうかもしれへんなぁ」
「何の動物になるんやろ……?」
三人は猫柳の様子を見ることにした。
「あはは。めえちゃん、酔ってるねー。何なに? 好きな人? うーん、いるようないないような……へっくしょん」
猫柳は友人との話に夢中だが、体は少しずつ動物化していっている。お尻にはオレンジ色のしっぽが生え、耳は三角に尖り頭の上の方に移動している。
猫柳が話に夢中になっていると、再び電車が目の前を通過する。
「きゃぁっ! へっくしょん、へっくしょん。もぉー、ここの電車、水を撥ね過ぎよっ! あ、ごめん、ごめん。こっちの話。うん。駅で最終電車を待っているんだけど、なかなか来なくてねー。特急か何かが通り過ぎてばっかりなんだけど、雨を撥ねてばっかりで、こっちにかかるのよ。まったく……え? めえちゃんに怒ってないよ。あはは、相変わらず甘えん坊だねー、もう二十歳でしょ? いい加減、大人になりなさい! なんてね、あはは」
また水しぶきを浴びたことで体がブルっと震え、腕にオレンジ色の毛が生えた。髪の毛の色が赤髪からオレンジ色に変わっていく。
「コノハ、テンリ、あの人……写真撮ってもええかな? こっそりと」
「コラコラ。カリン、知り合いならまだしも知らない人を盗撮したらあかんやろ。 警察に突き出すで!」
「ホンマ好きやなぁー、人が変身するの見てそんなに面白いんか?」
カリンがカバンからデジカメを取り出したのを見て、コノハは慌ててカリンを叱り、テンリは呆れた声を出した。
「ちぇ~っ、コノハは固いなぁー。面白いっていうか、TFは興奮するんや。内に秘めた衝動? そんな感じ。今までホンマにそういうことができる人がおるなんて知らんかったしな。いや、信じとったけど……」
カリンは珍しく潔く諦めた模様。
「ヘンタイやな、ヘンタイ。くくくっ」
「うん、そうやなぁ……」
テンリがおかしそうに笑い、コノハは毎度のことだと溜め息をついた。
「こら、テンリ、ヘンタイ言うなぁー! コノハもそんながっかりした顔せぇへんといてーな」
カリンは否定気味なコノハとテンリに抗議する。
「お、おぉー! 顔もTFし始めたで! 萌えるー」
「「……」」
カリンの興奮にコノハとテンリは言葉が無くなった。
「コテン祭りの舞の主役を務めたんだ。すごい! え? キツネに変身しても? あはは。演技力抜群? それじゃ、今度見せてもらおうかなー、へっくしょん」
猫柳はさらに変身していく。体が熱いのか寒いのかよくわからない変な感じ。鼻先が少し突き出て、白くて長いヒゲが生える。首元にももさぁ~っとオレンジ色の毛が伸びてくる。
「ん? にゃにゃっ! いつの間にこんなに変身を!」
猫柳はケータイが持ちにくくなったと感じて自分の手を見ると、指が太くなり、肉球が形成されていた。慌てて人に戻ろうと意識する。すると、ネコに変身しかけていた体が人の姿に戻り始める。
「あれ? 変身が中途半端な状態で人に戻っとる? でも、これはこれでええなぁー。あー、もう、うち友達になりたい! 話しかけてくる!」
「あ、ちょっとカリン!」
カリンは猫柳に向かって走り出した。
その時、三度、高速で走る電車が水しぶきを飛ばして通過した。
「へっくしょん……あちゃー、ネコになっちゃったよ。ん?」
「あのぉー、うちも動物に変身できるんですけど、良かったら、友達になりませんか?」
猫柳が水しぶきを浴びて一気にネコ化した時、カリンがニコニコして話しかけた。
プオーン。
この時、ようやく駅のホームに最終電車が到着した。