鍵が見つからない
「倉田さん、倉庫の鍵、持ってます?」
深夜2時。倉田が休憩室の窓際で無言のまま缶コーヒーを飲んでいると、
新人の佐々木が、やや青ざめた顔でやってきた。
倉田はカチリ、と小さく缶を置き、ゆっくりと立ち上がる。
気怠げに目だけを佐々木に投げた
倉田の動きが止まった。
佐々木がごくりと唾を飲む音が、やけに大きく響いた。
「……あの、倉田さん?」
倉田は目を細め、時計を見た。2時12分。
この時間に倉庫を開ける予定はない。だが、そこに異常を知らせる警報が出ている。
巡回用の端末には「倉庫D、動体検知(小)」の表示。
倉田は何も言わずに、棚のキーボックスを確認しに行った。
鍵が、一本だけ抜けていた。
しかもそれは――倉庫Dの鍵だった。
佐々木が小さく息を呑む。「これって……侵入、ですか?」
倉田は無言のまま、警備バッグから銀色の工具ケースを取り出す。
中に、古びたピッキングツールと非常用の万能鍵がある。
吸血鬼には、鍵など必要ない。
――だが、勤務規定ではピッキングは“原則禁止”である。
佐々木の背後から、小さな音がした。
カサッ……という何かの動く気配。ふたりが一斉に振り返る。
誰もいない。廊下は薄暗く、清掃用のモップだけが立てかけられていた。
倉田は、黙って歩き出す。
夜警の夜は、静かだが、油断するとすぐに何かが忍び寄る。
廊下に出ると、ひんやりした空気が流れていた。
倉田は無言で足を進める。新人の佐々木は慌ててその後を追う。
「な、何かいるんでしょうか? 動体反応って、動物とかでも出るんですかね?」
倉田は答えない。ただ、左手をポケットに差し込みながら歩き続ける。
倉庫Dの前に着くと、確かに扉が少しだけ、開いていた。
鍵は――かかっていない。
倉田はそっと扉を開け、中に足を踏み入れた。
暗闇の中、僅かな音が聞こえる。くしゅっ、くしゅっという、小さなくしゃみのような。
ライトを照らすと、隅に一匹の痩せた猫がうずくまっていた。
毛並みはぼさぼさで、首輪もない。
その口元には、何か光るもの――銀色の鍵がくわえられていた。
佐々木がぽかんとした顔でつぶやく。
「猫が……鍵を……?」
倉田はしゃがみ込むと、ゆっくり手を差し出した。
猫は一瞬身を引いたが、やがて観念したように鍵をぽとりと落とす。
鍵には見覚えがあった。旧倉庫の裏口の鍵――
もう十年以上前に失くしたものだ。いや、自分が落としたのだ。
そのときから、たまにこの猫が建物の周辺をうろついていた。
まるで何かを知っているかのように。
倉田は猫を抱き上げた。猫は抵抗せず、腕の中で丸くなる。
「倉田さん……知り合い、なんですか?」
佐々木の問いに、倉田はほんの少しだけ、口の端を上げた。
「……同僚。」
「えっ?」
「夜勤仲間だ。」
倉田はそう言うと、倉庫の扉をそっと閉めた。
動体反応は、猫だった。
鍵の所在も、長い時間をかけて、ようやく明らかになった。
――だが、それ以上の何かが、そこにはあった。
佐々木は、後で日誌に書いた。
> 『本日異常なし。ただし、夜間の“猫”に要注意。
先輩曰く「同僚」らしいが、
詳細は不明。』