表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

雑務より味噌汁




倉田さんは懐中電灯を床に置いた。

冷たい光が横から照らし出す中で、その顔は影をまとったままだった。


「な、なんなんだあんた……ただの警備員じゃ――」

社員が後ずさりし、パイプを振り回す。


その足元に、すり寄る毛並み。

「うわっ!」

巽がするりと足に絡みつき、社員のバランスを崩させた。

鉄パイプがガシャリと床を叩く。


「ちっ……猫だと?」

社員が蹴り払おうとした瞬間、闇の奥から二つの眼がぎらりと光った。

今度は笑っているように見える――不気味に。


「……逃げ道はない」

倉田さんの声は低く、鋭く、耳の奥に直接響いた。

社員の肩がびくりと震える。


「お、おれは……金を、ちょっと……!会社だって……!」

言い訳は、倉田さんの一瞥で凍りついた。


――そのとき、佐々木はぼんやりとした視界で見た。

社員の影が、床の光の中で揺らぎ……次の瞬間、すっと闇に吸い込まれるように消えた。


残されたのは静寂と、冷たいコンクリートの匂い。


巽が、にゃあと一声鳴いて、尻尾をゆっくり立てた。

それはまるで「仕事は終わった」とでも言っているかのようだった。



佐々木は救急搬送され、肩にギプスをはめられて病院のベッドに横たわっていた。

点滴のチューブが揺れる横で、母親が座っている。

「……あのね、倉田さんが助けてくれたんだよ」

佐々木が熱っぽい声で語る。


「ほんとかっこよかったんだよ!やられたらやり返す!(倉田さんが)二倍返しだ!って心の中で叫んじゃったよ!

 だから母さん、僕は大丈夫。だって倉田さんがいるから!」


母親は目に涙をため、深々と頭を下げた。

「倉田さん……息子を守ってくださって、本当にありがとうございます。

 このご恩は一生忘れません」


廊下に立つ倉田さんは、無言で軽く会釈するだけだった。

(……過大評価だ)

心の奥で小さくため息をつきながら。


病院を出ると、夜明けの空気が冷たく肺に入った。

巽が足元にすり寄って鳴く。


倉田さんは自販機で缶コーヒーを買い、無表情で一口。

だがふと、昨夜佐々木ママが病室で言った言葉を思い出す。

「今度、お味噌汁でも食べにいらしてくださいね」


ほんのわずかに口元が緩んだ。

派手な感謝よりも、その湯気立つ一杯のほうが――ずっと心に沁みる。


夜明けの街を、倉田さんは静かに歩き出した。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ