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重い腰を上げる倉田





夜勤シフト開始前、控室の古びた固定電話が鳴った。

滅多に鳴らないその受話器を、倉田さんは無言で取る。


「……倉田さんか。悪いね、急で」

受話口の声は、このビルのオーナーのものだった。


「……」

倉田さんは短く相槌だけ。


「例の社員のことで、ちょっと耳にしたんだ。この間の件もあるし、今回も何らかの不正があるらしい。

 普通の社員には頼めない。……あんたにしか」


「……承知しました」

それだけ言って受話器を置く。


そのやりとりを背後で聞いていた佐々木が、思わず口を挟んだ。

「え、え? 今のオーナーですか? ていうか“あんたにしか”って……どういう意味です?」


倉田さんは答えない。

ただ制服の襟を正し、懐中電灯を確認する。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんか特別な任務じゃないですか、それ!」

佐々木が慌てて隣に立つ。


巽が、どこからともなく控室に入り込み、にゃあと楽しげに鳴いた。






二人と一匹は、エレベーターで地下の資料保管フロアへ降りていった。

夜のビルは冷えたコンクリートの匂いが漂い、照明の蛍光灯が不安定にチカチカと瞬く。


「……倉田さん、オーナーに頼まれるって、どんだけ貸しがあるんですか」

佐々木が小声で尋ねる。


倉田さんは沈黙。

代わりに巽が「にゃあ」と鳴いた。


「……あ、はいはい。聞いちゃダメってことね。すみません」

佐々木が苦笑いして肩をすくめる。


そのとき、通路の先で物音。

人影が、段ボールを抱えて倉庫の奥に消えていった。


「……!」

佐々木が慌てて駆けだす。

「ちょっと待て!」と制止の声を上げるより早く、倉田さんは懐中電灯を点けて足を進める。


倉庫の扉を開いた瞬間、不正社員と鉢合わせた。

「……っ!」

社員は慌ててノートパソコンを閉じ、箱をひっくり返す。中には本来なら外に出せない資料やデータ媒体がごっそり詰まっていた。


「おまえら……警備のくせに何を!」

逆上した社員が、足元の鉄パイプを振り上げる。


「危ない!」

佐々木が咄嗟に前へ出た。

だが間に合わず、肩口に強烈な打撃を受け、その場に倒れ込む。


「……ぐっ……!」

必死で身を起こそうとするが、腕が動かない。


社員は息を荒げながら、逃げ道を探すように後ずさる。

その背後――闇の奥に、巽の目が二つ、ぎらりと光った。


倉田さんが静かに一歩踏み出す。

無表情。

ただしその視線だけが、闇の刃のように鋭く光っていた。



―――続く―――






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