モテる倉田
──夜勤明け―――
警備室で佐々木がスマホを見つめてうめいていた。
佐々木「うわぁ、マジかよ……母ちゃんから“トイレ壊れた”ってLINE……」
倉田「……修理業者に頼めばいい」
「“業者は冷たいからイヤ”だそうです。お湯じゃないんだけど」
(ちら、と視線だけ向ける)
「あっ……来てくれます?うち……あ、一軒家です。和風でボロ家です。」
(黙って立ち上がり、工具袋を手に取る)
佐々木「さすがです。もはや愛してます」
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佐々木家
築35年の平屋風木造住宅。
植木鉢が並び、玄関前に三輪車が置いてある(孫はまだいないのに)。
玄関を開けると、昭和なにおいのする木の床と、和風の廊下。
母「まあまあまあまあ!いらっしゃい!あなたが噂の倉田さんね!?こうくん、ちゃんと仕事してる?」
佐々木「してるよ……“こうくん”はやめて……」
父(新聞から顔をあげる)「おお、よう来なすった」
倉田(軽く一礼)
母「もうね、トイレがジャージャー鳴ってて!パパがいくら頑張っても治らなかったの!お茶出すから、じゃ、お願いね!」
倉田「その為に来ました。」
母「ステキ!!」
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トイレ
床がうっすら濡れていて、止水栓のあたりからじんわり漏れている。
タオルとビニール袋が巻かれていた。犯人は母。
倉田(静かに屈み、ナットの緩みとパッキン破損を確認)
「……経年劣化。パーツが……合う」
(工具箱からジャストサイズの部品を取り出し、ぴたっと修理)
佐々木「あの、それ何の資格で……って聞きたくなるスピードなんですけど」
倉田「……職業柄、色々と……試行錯誤しただけだ」
佐々木「便利の範囲超えてるんだよなぁ……」
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修理後・リビングでお茶
母「もうね!あなたがうちの子なら良かったのに!!」
父「おいおい、……わしと歳変わらないんじゃあないか?」
母「冗談はヨシコさんよ。ほんと光太がいつもお世話になって……いや、かなり迷惑かけてるとは思うのよ。」
佐々木「どういうこと!?俺何した!?いや、何もしなかったからか!?」
母「だってこの人、無言で全部直してくれて、お茶も飲んでくれて、あんたと違って姿勢がいいのよ!」
倉田(湯呑を見つめながら)
「……茶柱が、立っている」
母「ね!?ご縁感じるわよね!?泊まっていかない?布団あるわよ?朝はうちの自慢の味噌汁よ?」
佐々木「やめて!!そのまま拉致しないで!!」
倉田「…………遠慮します(ミソシル…)」
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玄関先・帰り際
母「また来てね、泊まりに!……じゃなくてもいいから、お茶だけでも!」
(軽く会釈)
佐々木「これが“自然なモテ”ってやつなのか……母ちゃんが惚れるのは斜め上すぎるけど」
父「ま、悪い男ではなさそうだな。光太よりはな」
佐々木「親に比較されると割とガチでヘコむ!!」
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今日は実家のトイレを倉田さんが直した。
母が人生で一番テンション高かった。
そして父まで「お前よりマシ」って。
……なんだこの流れ。
倉田さんって、もしかして“親が求める理想の子ども像”なんじゃ……
でも、断言しよう。
あの人は、誰の家族にもならない人だ。
そういう生き方を、選んでる……
佐々木は倉田=ドラキュラ説のノートを引き出しから引っ張り出しタイトルを二重線で潰し、
【倉田=オレの師匠】
とデカデカと上書きしニヤケだした……。