感謝が言えたクソガキ
──夜の団地。涼しい風が吹く中、裏階段の手前に見慣れた少年の姿。
「……来ると思った」
倉田(懐中電灯の光をそらしながら近づく)
「今日で、オレここ終わり。……施設、行くんだってさ」
(青いフードの下、口元だけ笑っているが目は暗い)
「学校も変わる。家もなくなる。親は、しばらく“治療”とかで一緒に住めないんだと。……笑っちゃうよな」
(そう言って足元を見る。そこには、少し大きめだけど新品のスニーカー)
「これ、“施設用”に誰かがくれたやつ。……すっげぇダサいけど、まあ、裸足よりマシ」
(沈黙)
「さ……あの時さ、階段から落ちそうになって助けられたの、あれ、もちろん忘れてねぇけど」
(ぽつり、ぽつりと喋りながら、視線は定まらない)
「それだけじゃねーんだよな。……味噌汁のことも嬉しかったんだ。」
「オレが黙って寒そうにしてたら、“そこに座るな、蛇が出る”とか、“靴は?”とかさ」
「──そういうの、今まで誰にも言われたことなかったんだよね」
(鼻をすすってごまかすように笑う)
「うぜぇって思ってたけど、……今思えばさ、あれ全部、親っぽかったんだなって」
倉田「……それは、違う」
「ん?」
「俺は、ただ“怪我をしないように”注意をしただけだ。……命令ではない。お前が生きたがってたから、手を出した」
(一瞬きょとんとするが、やがて──)
「……なんだよそれ、やっぱ詩人だな。よくわかんねーよ。でも、なんか……嫌じゃねぇな」
(手にしたコンビニ袋の中、カップ味噌汁が二個)
「これさ、なんとなく買っちゃった。はい。最後にさ、言っとこうかなと思って」
「ありがとな」
(すっと目線を上げ、倉田の目をまっすぐ見る)
(そして──踵を返し、階段を上っていく……)
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◆警備室・夜明け前
佐々木「……え、今日で最後だったって?えっ、俺お別れしてないよ!?最後の味噌汁は!?」
倉田「……彼は、“自分の分”を、用意できるようになった。」
「うっ、名言すぎて返す言葉が……ッ!」
机の上にはカップ味噌汁が二つ。
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佐々木の日誌
> クソガキ、去る。
あいつが最後に持ってきたのは、お礼のカップ味噌汁と、(倉田さんのみに)ありがとうの言葉だった。
味噌汁よりも、あの“素直じゃない優しさ”が胸にしみた。
倉田さん、やっぱあんた、父親じゃないけど──
“夜の担任”くらいにはなってたんじゃないですかね。