佐々木、倉田を誘う
──終業後のロッカー―――
巡回と点検記録を終えた佐々木が、コーヒー片手にうずくまっていた。
佐々木「……倉田さん……今日、行きません?」
倉田「どこへ」
「“ふくや”。定食屋。……日勤の岩田さんとこの間行ったの知ってますよ?」
(静かに頷く)
「たまにはどうすか。“朝活”ってやつ。朝からちょっとだけ飯食って、のんびりして。疲れてんでしょ?俺は疲れてます!」
「……味噌汁がぬるい」
「またそれ言う!!味噌汁にうるさいのはわかりました!いやでもあそこ、朝飲み可なんですよ?ビール冷えてますよ?」
(無言。だが、制服を脱いでロッカーに仕舞い佐々木に顎を出す倉田)
「……マジか、今のが“行く”ってこと?え、マジで?」
──
午前10時すぎ
「大衆めし処 ふくや」
開店直後ののれんが揺れる。まだ客は少ない。
店員「いらっしゃい。お好きな席どうぞ~」
倉田(奥のカウンター席へ無言で着く)
佐々木「えっと、とりあえず唐揚げ定食と、瓶ビール2本!」
「ビールはお二人で?」
「あっ……えっと、はい。でも……たぶん一本は全部あの人が飲みます」
(静かにメニューを見ながら、倉田はうなずく)
──食事が始まると、佐々木はよく喋り、倉田はよく食べた。
「それにしても倉田さん、酒強いですよね。前も全然顔色変わらなかったし」
「……体質だ」
「それで言うと俺、超弱いっすからね。たぶんすぐ酔うタイプ」
(味噌汁を一口すする)
「……今日は、ぬるくないな」
「またまたーー……ってほんとだ!」
──数分後、瓶ビールの栓が二つ。
唐揚げの皿が空になった頃。
「あの……倉田さん。失礼だったらスルーでいいんすけど……」
(目だけ向ける)
「……なんで夜勤、やってるんすか?」
(店内のテレビが流すニュースの音だけがしばらく響く)
「……夜は、静かだ。……それだけだ」
「……なんか、それっぽいなぁ。俺だったら“昼がうるせぇから”って言っちゃうけど……。あ、そうか、それ同じか」
(不意に、倉田が一本指で空の皿をトンと軽く叩く)
「……唐揚げ、レモンかけなかったな」
「えっ?……はい。嫌いなんすよ。しみるし。口の端とか割れてると地獄だし」
「……わかる」
(ふいに二人、同時に笑った。わずかに。ほんの一瞬だけ)
──会計時、倉田が先に立ち、伝票を持ってカウンターへ。
「あっ、俺出しますって!たまには後輩に奢らせ──」
「……先に食ったやつが、払う」
(しれっと財布を出す)
「や、やべぇ……かっこいい……。あの言い方、会社で使いたい……」
──
店を出て
日差しが強くなり始めた歩道。
コンビニの前を通る時、佐々木がふと思い出したように言う。
「あ、そうだ。夜勤のやつに、“おっさんの味噌汁論”が広まってますよ」
「……余計なことを吹き込むな」
「うへへ、バラしますよ?“温度で見抜く男”ってあだ名」
「……味噌汁は、鍋の最後の一杯で、温度がすべてだ」
「なんかそれ聞くと、人生論に聞こえる……」
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佐々木の心の日誌
> 倉田さんと朝定食。
たぶん、あの人はひとりが好きだ。でも、誰かと食う飯も嫌いじゃない。
“夜が静かだから”なんて言ってたけど、本当は──
自分の声を、誰にも聞かせたくないだけなのかもしれない。
あんなに人間かどうか疑ってたのに、気づいたらなんか仲良くしたい気持ちになってきたんだよなあ……
これは……マインドコン……いや、直感を信じるんだ!倉田さんは悪い人じゃないと俺のセンサーに引っかかっている!!
ん……引っかかっるとまずいのか?……逆かな?俺今何考えてたっけ?……ま、いいや。
でもまあ、今日の味噌汁、俺はちょっと熱すぎたな……やっぱ母ちゃんのが1番だ。